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繋ぎ回。原作の描写が格好良すぎて、なかなか気に入った描写ができませんね。

「早く早く!急がないと前の方取れなくなっちゃいますよ!」


「早苗ちゃん、そんな風に走ると人にぶつかってしまうよ」


「あーあ、ありゃあ完璧はしゃいでんね。まぁ無理もないか……」


「あ、あはは……お姫様って、やっぱり憧れなんですかね」



 呆然とするアルバートさんに別れを告げ、帰還呪文で帰ってきた僕らを迎えたのは、二ヶ月かぶりの二人の姿。赤間くんはギルドの準備を手伝っていて出迎えには来られないとのことだったが、今は手を引く早苗ちゃんを落ち着かせる方が先決だった。


 何をそんなに興奮しているのか、僕とキティさんの手を引っ張ってぐいぐい進んでゆく少女。レイネシア姫の話を聞いた時からこうなってしまったという金井くんは、何とも言えない苦笑いで後ろを歩いている。何度かすれ違いざまにぶつかりそうになった相手に頭を下げたりと、フォローの方もつつがない。そうして止まる様子のない早苗ちゃんに付いていけば、目的地である中央広場はすぐだった。

 すでにおおまかな準備は終えているのか、完全武装の上に揃いのマントを身に着けた〈D.D.D〉のメンバ―が目に付く。〈黒剣騎士団〉や〈ホネスティ〉のギルドメンバ―もそこそこの数が見受けられるが、整列した〈D.D.D〉の姿は別格の存在感を放っている。ゲーム内のコミュニティとは思えないほど細かな指示系統が構築されている、常識離れのギルドらしい姿ともいえるだろう。


 そんな列の端で、こまごまと作業をしていた赤間君の姿を見つけた。こちらが手を振ると振り返してはくれたが、すぐに作業に戻っていく。歩き回る《三羽烏》の姿から察するに、この集まりのためだけの作業ではないようだが、そういった詮索は後にして視線を移す。



「ぼちぼち人が集まってきてるねぇ、そのどれもが全身武装……クエストの公布かなんかってことで呼んでんのかね」


「一応おふれみたいなものは出してますよ!街の広場でお姫様が演説するんですから、カッコいいとこ見せなきゃ嘘ですもん!」


「……元気だね。確か、コーウェン公爵の孫娘の、」


「レイネシア=エルアルテ=コーウェン様、です!」


「うん、それはもう聞いたよ」


「細かい演説の内容については特に聞かされてはいませんが、結構力が入ってますね。ロデ研うちも主任たちがなにかバタバタしていたので、忙しくなりそうです」



 〈円卓会議〉に名を連ねるギルドの幹部たちは基本的に派兵には肯定的だということは、この用意周到さから読み取れた。ただ、僅かながら不安はある。明確な見返りのない戦いに赴く、その決意を芽生えさせる力がかの姫君にあるのか、ということだ。僕はレイネシア姫に会ったことはない、会ったことはないが、“あの”クラスティさんが連れ帰ってきたのなら、ひとかどの人物ではあるはずで。それでも、最悪を振り払うには間近でその在り様を見てからの話になる。

 衛兵団団長と公爵令嬢なら、レイネシア姫の方が説得に成功する確率は上。これでアキバの〈冒険者〉が動かないようなら、ツテのある〈冒険者〉にクエストを発布する形でツクバに戦力を持ち帰らなければならない。慣れないことだが、今後の展開を脳裏に描きながら、集まりつつある〈冒険者〉らの姿を見つめていた。


 しばらく観察していると、〈召喚術師〉(サモナー)がステージの両脇の屋根に控える姿が目に付いた。傍らのマジックライトや〈光の精霊〉リュミエール、〈セイレーン〉から察するに大道具係なのかもしれないが、なんとも豪勢な話である。これだけの仕掛けを施した上で演説を行う〈円卓会議〉に苦笑を漏らしながら、後方に視線を向ける。

 広場に集まった〈冒険者〉の数は広場を埋めかねない数に達しつつあり、近くの建物の上や窓の向こうから舞台の様子を窺う者も居る。……その表情には一部を除いて、疑問の色がある。こればかりは姫君と〈円卓会議〉の手腕に任せるしかないだろう。



「クラスティが連れ帰ったお姫様ってのはどんなのだろうねー?こう、豪気でお転婆な感じかねぇ」


「……それはちょっとテンプレート過ぎないかな。王道は王道でも、もうちょっと一筋縄ではいかなさそうな人かもしれないよ」


「そうかい。まぁなんにせよ、きっちり務めを果たしてくれればアタシは十分さ」


「どんな人であれ、きっと美人ですよー!髪は滝のように流れてて、宝石みたいに澄んだ瞳で、不思議とよく通る声の!」


「どんな根拠があってそんなこと言ってるんですか、もう」



 夢見がちな早苗ちゃんの発言に、ふっと空気が緩む。夜明け前の薄暗い空は重く、緊張を煽るが、少しそれが軽減されたような気がした。本人意図していないだろう小さな功績に、口元を弛めると、首を傾げられてしまった。なんでもないと誤魔化して、また壇上を見る。既に、準備は整っていた。



「――このような夜明けより集まっていただき、嬉しく思います」



 演壇に、白い外套が翻る。〈記録の地平線〉ログ・ホライズンのシロエさん。〈茶会〉の参謀、〈腹ぐろ眼鏡〉、〈円卓会議〉の黒幕。こうして薄闇の中でその姿を眺めると確かに余人の評価そのものの酷薄そうな青年にも見える。実際に、言葉には突き放した冷たさがあり、こうして被害状況を語る口ぶりはイースタルの存亡自体に興味がないとすら思える態度だ。……それが恐らく誤解だというのも、また事実なのだろうが。


 こっそりと、周囲の〈冒険者〉の姿を盗み見る。冷たく、無慈悲な言葉と現実。誰かが手を強く握りしめた。地図と照らし合わせて被害状況を確認している。瞳の奥に燃えるものを宿す。密やかに息を呑んだ。その一挙一動は、何よりも雄弁で。



(三割?でもそれは戦力の話で、実際の人的被害はもっと……城壁のない街や村なら、いくらでもあったはずだろ)


(村落の壊滅は、このままでは免れないだろうな。……ここの、世話になった人たちだって)


(本当に?ほんとうに私たちは、〈大地人〉を見捨てていいの?……そんなことをして、平気で笑っていられるの?)


(…………俺たちはどうすればいい)



 この状況で聞き耳を立てている人間はそう多くないだろう。思わず零れただろうちいさな呟きたちが、勝手ながら嬉しかった。心の奥にある温かなものが、確かに彼らには宿っているのだから。徐々に薄明るくなってゆく空の色は、そのまま〈冒険者〉たちの心を移していくかのように、菫色のグラデーションを描いてゆく。


 高揚する心と、徐々に会場を包みゆく熱気。それでも、シロエさんの声はあくまで冷静を保ったまま続けられる。



「繰り返しますが、助ける必要は、一切ありません。―――その上で、聞いていただきたい話があります」



 差しのべられた指の先から、誰かの足音が聞こえた。二人分の、武装した人間の足音。その姿が壇上に見えた時、東の空から、眩い光が、



「―――みなさん、はじめまして。私は〈大地人〉。〈自由都市同盟イースタル〉の一翼を担う、マイハマの街を治めるコーウェン家の娘、レイネシア=エルアルテ=コーウェンと申します」



 滝のように流れ落ちる銀糸の髪、美しく磨かれた宝石のように澄んだ瞳、広場の隅々まで届く鈴の声。夢見がちな少女の空想から抜け出たような姫君が、曙光を浴びてそこに立っていた。

 その美しさに息を呑んだ人間は、僕だけではないだろう。人によっては溜息すら零れるかもしれない。その眼差しは強い意思を帯びて星のように輝き、風に靡く髪は戦乙女ヴァルキリーの放つ極光さながらに煌めいている。すっと伸びた背筋、気高さを映す声は、どのような〈冒険者〉でも持ちえない、人間のうつくしさに満ちている。


 彼女は語る、〈大地人〉の悲運を。彼女は語る、〈大地人〉の厚顔さを。その言葉はどこまでも誠実で、……どこまでも、敬意に満ちていた。なぜ姫君がこれほどまでに〈冒険者〉を敬っているのかは分からない。それでも、その熱意は奥底に何かを流し込み、そして満たした。


 派兵の嘆願という場でありながら、全てをありのままに伝える姫。そこに混じっていたのは社会的な都合や打算を越えたもの――つまるところ、礼の心。

 「礼は寛容にして慈悲あり。礼は妬まず、礼は誇らず、驕らず、非礼を行わず、己の利を求めず、憤らず、人の悪を思わず」と、名のある人は説いた。その体現のように、まっすぐに自分たちを見据える彼女に、〈冒険者〉は目を奪われる。



「私は臆病で怠惰で、考えなしのお飾りですけれど……。戦場へ……いきます」


「俺たち、助けられるんだよな。助けていいんだよな、いや……助けたい」



 零れた誰かの声と姫君の懇願に、僕の記憶は過去へ飛んだ。初めは、アンドロメダとペルセウス。やがてスサノオとクシナダ、それから多くのイメージが脳裏を流れていく。星の数ほど溢れる多くの物語。口承、文献、映像、朗読、詩吟、小説、絵画、空想、散文、遊戯。記憶の海を巡るそのどれもが、『姫と勇者』が描かれている。

 彼らは実にさまざまだ。姫が複数だったり、戦えたり、はたまた勇者の方が沢山いたり、恋人であったり親友であったり、臣下や奴隷であることもある。……やがてその海の一番浅く、けれども旧いはじまりの記憶が蘇る。


 ピコピコと、単純で騒々しい、けれどよく馴染んだ音。以前は随分と見慣れていた、平面で構成された世界。光の点が集まって作り上げられるドットは、古めかしい城の風景が描き出していた。そこに立っているのは、優雅なドレスに身を包んだ姫君。鎧を纏った青年の前に立ち尽くす姿に、面影が二重写しになっていく。



『 ゆうしゃの なのもとに たすけては くれませんか ? 』

「あなた方の善意と自由の名のもとに、助けてくれませんか?」



 空想の声が、無意識に重なる。そうだ、自分たちはそうだった。指先一つでやってきたことかもしれない、だけど。僕たちはそれが嬉しくて、誇らしくて、



『 どうか おねがいします 』

「どうか、お願いします」



 ――鋼の鳴る音が、“はい”と答えた。かつてボタンを押したように、初めて祈りに応じたように。喉から迸る歓喜を隠そうともせずに、歓声が次々に上がってゆく。あるものは笑い、あるものは決意を胸に、あるものは憧憬の眼差しを、またあるものは狂ったように手を叩く。



「ひーめさま!ひーめさま!!」


「安心しろー!必ず〈緑小鬼〉ゴブリンどもをブッ飛ばしてやるからなー!」


「すげぇ、すげぇよこれ!姫様からのクエストキター!」


「やってやる、やってやるよ!」


「これで行かなきゃゲーマーじゃねーだろ!RPG好き舐めんな!」



 高らかに角笛が響く。


 〈吟遊詩人〉(バード)達は勇ましい音色を奏で、〈守護戦士〉(ガーディアン)たちは己の武具を掲げて叫ぶ。

 〈施療神官〉(クレリック)は〈大地人〉たちの無事を祈り、〈妖術師〉(ソーサラー)らは杖に希望の光を灯す。

 〈盗剣士〉(スワッシュバックラー)は剣を重ね決意を示し、〈暗殺者〉(アサシン)は密やかに刃を光らせる。

 〈神祇官〉(カンナギ)達は武具を願うように振り、〈武士〉(サムライ)は己が剣に誓いを立てた。

 〈森呪遣い〉(ドルイド)は木々に加護を求め、〈召喚術師〉(サモナー)らは自らの従者に鬨の声を上げさせる。


 かつて憧れた勇者の背中。今、その場所に立つ人間として、精一杯の応えを。



「どんな危機が訪れようとも。嘆きの河が血に染まり、天空が果てのない暗雲に包まれようと。悲痛で、陰惨で、耐え難い悲劇が来ようと。ここに、いる」


「〈冒険者〉が――冒険者は、ここにいる!」



 産声にも似た自分の声が、歓喜の列に加わった。



「そして、このクエストの報酬はただ一点。ここに立つひとりの〈大地人〉からの敬意であるっ」



 こうして、この世界での第一幕。『ゴブリン王の帰還』への大反撃が幕を開けたのであった。












 夜から続いた念話通信網の構築と小隊編成に始まり、〈ミドウランド馬術庭園〉を出発した後。馬車から見える風景の中に、ザントリーフの野を駆ける〈冒険者〉と、その内心を映したような颯爽とした青空を駆ける遠征軍の姿があった。車輪と蹄の高らかな音が幾重にも重なった套路で、キティさんが声を上げる。



「――で、ローゼンクロイツッ!アタシらを誘った理由をまだ聞いてないよ!」


「ああ、理由は単純だよ?レベルが〈なかつくに〉うちの高レベル組とかち合ってて、戦闘訓練を積んだ〈吟遊詩人〉と魔法攻撃職が欲しかったんだ。それとオヤブンの馬車があればオレの狙った作戦で戦えるって寸法さ!それに、ソロだからって通信班に回すのはもったいない!」



 張り上げた声を受けた男は、〈冒険者〉であることを抜きにしても異様な風体だと言わざるを得ない。ゴシック風の改造が施された神父服に真っ白な長髪、あげく眼球は白目と黒目の色合いが反転しており、〈邪術士〉ウォーロックのエネミーだと言われれば信じてしまいそうな姿だ。

 この奇怪きっかいな人物に向けて声を張り上げたのは、男が今座っている場所が問題だった。今現在、僕らの班が移動に使用しているのは箱馬車と呼ばれる、座席部分が小さな部屋のような構造になったものであり、幌馬車よりも構造は頑強と言える代物だ。だが、だからと言って“屋根の上”に座るような設計にはなっていない。まいったことに、ローゼンクロイツさんはまさに屋根の上で悠々と他の班の進軍を眺めているのだ。体力的には非力に当たる〈妖術師〉のすることではない。


 叫ぶなどという手間を相手にかけさせているというのに、反省したようなそぶりは特にない。それどころかニヤニヤと随分楽しそうな笑みを浮かべてさえいるが、そもそもこういう人物なので今更どうこうとは言えない。言うだけ無駄ともいえるのかもしれないが。



「いやーほら、オレたちってば腕のいい〈御者〉と早い馬車が揃ってるわけじゃん?ヨソの隊よりダンゼン早く動けるってことは要求される役割だって変わってくると思うんだよね。普通にやるなら守護のガチ盾とか連れて体力勝負するのがセオリーだけど、今回はレベル差あるし。だったらもうちょっと手早いお掃除の方法ってのも考えて損はないと」


「ほー、それでこの編成かい。やけに固いんだか脆いんだか分からん編成だと思ったよ!」


「どちらにしろ正気の沙汰ではないと思うがな。実質、ギルドマスターの鞭捌きで生死が変わってくる方法だというのはどうかと思うぞ」



 怜悧な眼差しはそのままに、声色に呆れを含んだ聡子さんが言葉を続ける。ギルドマスターと名指しされた当のオヤブンさんといえば、けろっとした表情で猫髭を風になびかせている。その態度にいっそ頼もしさを感じつつ、パーティチャットの画面を開く。回線越しに今回の盾役に声をかけると、予想通りの快活そうな返事が返ってきた。



『あー、テステス。パーティチャットは最近使ってなかったから、勝手を間違えたら悪いね』


『そんなの気にすることはないよ。なんでも今回は「自走砲作戦」ってのらしいからね。たぶんそんなこまいこと考えてる暇もなくなっちまうって!』



そう言って笑う〈狐尾族〉の女性はウカノ・ミタマさん、今回の盾職・・を務める〈武闘家〉である。後衛職だらけのパーティ編成にはいささか不釣り合いにも見える組み合わせだが、今回の作戦に当たっては足の速い〈武闘家〉がいいのだと、やっと聞こえやすくなったローゼンクロイツさんの自慢げな声が伝えてくる。いつも思うが、彼の自信はいったいどこから湧いてくるのだろう。いささか悲観的な気のある自分としては羨ましい限りである。


 そうして賑やかしい男の言葉に耳を傾けていると、耳朶に小さな笑い声が届いた。一瞬疑問に思ったが、声の主はすぐに知れた。声こそ控えめだが、今まさに笑っていますという顔をした聡子さんと目が合ったからだ。



「……どうしたんだい?」


「いや、君にしてはやけに楽しげな顔だと思ってな。いつもの八の字眉は何処に消え失せた?口元はともかく、表情全体で笑っているのは珍しいじゃないか」


「ああ、これか。いや、ヘンリー五世の指揮下で戦った兵士の気分、とでも言えばいいのかな」


「『もう一度、あの突破口へ。さぁ、わが友よ、もう一度。さもなくば、イギリス兵の死体で城壁を覆うがいい』?」


「『おまえたちは鎖に繋がれた猟犬、いまにも飛び出そうと身構えている。獲物は、すぐ目の前だ』、だね」



 これだけ獰猛な気分になったのは初めてかもしれない。あたりに響く進軍の音のせいなのか、姫君の演説のせいなのか。奥底からじりじりと身を焦がす熱が生まれている事実は無視できない。生来気弱……よく言えば温厚な質だと自負していただけに、この感覚は戸惑いを多分にもたらした。同時に、大いなる意欲を呼び起こしているのだから、感情をあちこちに振り回されて我慢ならなくなりそうになる。勿論、いい意味でだ。


 僕らが組み込まれているのは、ザントリーフ平野でも最前線に位置するカスミレイク周辺の山間部――詰まるところツクバの周辺ということになる。先頭に立って山から堕ち延びてくる〈緑小鬼〉の軍勢を叩くという大役にどうやって僕らを捻じ込んだのかは不明だが、その点はローゼンクロイツさんに感謝している。

 これで、アルバートさんの言葉を無碍にせずに済むのだから。


 そうして考えを深める間にも、馬車は勢いよく車輪を回転させ、先を行ったはずの隊を追い抜かんばかりのスピードで走り抜けていく。思えば、こうしてオヤブンさんの馬車趣味が功を奏するのも不思議なものである。


 四頭立て、かつ優美な車体を持ったこの馬車の名前は〈地を往く玉座〉、四体の黒馬を呼び出したのは〈王太子殿下の号令笛〉。どちらも〈御者〉のレベル85以上で入手できる〈秘宝級〉アイテムという大盤振る舞いだ。加えて、馬車には生産ギルドの解析・改造も加わり車輪の走行性も向上、振動も大幅に軽減されたとも、キティさんの聞いた自慢話の中で語られていたという。……〈地を往く玉座〉の解析は、今後の馬車の性能に大きな影響をもたらしたらしいので、そこはよしとしよう。

 今回仰せつかった役を考えれば、この機動力は確かに重要なのかもしれない。いまだに作戦の内容は聞いていないものの、より速く、特出しすぎない程度に現場に辿りつくのは遠征軍の目的と一致している。上空を飛び回る〈グランデール〉の飛行部隊や、〈召喚術師〉の飛行騎乗による編隊に次いで速度のある部隊と評しても過剰にはなり得ない。便利な馬車ではあるが、〈交易商人〉はともかく〈御者〉を上げるプレイヤーは少なくて当然だろう。


 友人の趣味の極まり具合になんとなく乾いた笑いが零れた僕に、ふいに声がかかった。ミタマさんだ。



「ねぇ見なよ。〈黒剣〉の連中もうこんなところまで追い付いてきたみたい。あいつらも元気だよねぇ、騎馬の性能より気合で走ってるくさいんだけど」


「……あー。気合で性能の差を凌駕できるのなら、いいことなんじゃないかな?」



 馬車の後部に据え付けられた扉から外を窺うと、野太い声を上げながら疾走する真っ黒な集団が少し離れた場所に見えた。鏃のような隊列を組んで進む姿は地を裂く剣にも似ているが、所々にレイネシア姫に対する心の叫びが混じっているところが少々締まらない。それもらしさだと思えば失笑の対象にはなり得ず、ミタマさんの眼差しも微笑ましげだ。

 対して、一種双璧とも呼べる〈D.D.D〉の姿を思い返してみた。こちらが剣なら、あちらは盾。巴の紋を纏って馬術庭園を出立する姿は堅牢さを極め、地を覆うように進軍していったことは記憶に新しい。……よくよく考えるとあちらも姫君へのラブコールの声が混じっていたような気がするが、気のせいとして頭の隅に追いやる。

 

 好対照な二つのギルド、そして〈円卓会議〉に名を連ねるギルドや無数の中小ギルド、そして今もコオリマで戦っているであろう〈怪物たち〉。これだけの戦力を揃えて戦う以上、敗北は在り得ない。心にそんな希望を灯した上で、馬車の前方、徐々に近づく山々をオヤブンさんの肩越しに眺める。日差しを浴びる緑の山脈は、魑魅魍魎の巣窟とはとても思えない佇まいで、今は沈黙していた。

 ……今回の目的は〈大地人〉の被害を最小限に抑えること。森林丘陵地帯に〈緑小鬼〉を封じこめるのも、レベル帯に応じた広域索敵も、その為の作戦。


 ちらりと、天井を仰ぐ。その向こうに居座る人物の意図は読めないが、参謀の許可は出ているらしいから信用はできる。問題は、僕が役割を務め切れるかどうか。



「――さて、それだけ自信満々ならちゃんと効果のある作戦なんだろうね」


無問題モーマンタイ。シロエ君のオッケーが出てるし…撃ち尽くしたら後は腕利きギルドと、聡子さんに任せるさ」


「……そういうことだ。詳しくはこれから説明する、焦ってとちるなよ」



 笑みをたたえた二つの声を頼もしく思いながら。目的の戦地は、目の前まで迫ってきていた。 



ギルド〈なかつくに〉の〈妖術師〉さん、ローゼンクロイツ。〈茶会〉解散後のシロエとパーティを組んだことがあるとかないとか。

やってることに悪意はありませんが、ちょっと困った感じのひとです。


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