02
残念な、大変残念な食事を味わい、次いで食材アイテムならば味があると報告を受けてさらに数秒。つい先ほど買い物をしていた店舗に駆け込むという醜態を演じつつも、ようやっと僕は銀葉の大樹の前に辿り着いていた。
この大樹というのはアキバの街にそびえる超巨大樹であり、少し高いところに行けば、どこからでもその枝葉が見えると〈大地人〉は口々に言っていた。僕自身その光景は想像していたし、アキバの街ならではの風景として気に入ってすらいた。だが、そこに込められた敬意というのを僕は理解していなかった。いや、理解したつもりでいたのだ。だが実際として間近で大樹を目撃した瞬間に、僕は自分の傲慢を恥じた。ご当地の名物、などという簡単な表現で済ませていいものではなかったのだ。
元々地方に寄った土地で生活していたせいか、アキバの街ですくすくと育つ緑にもそう感動はしなかった。だがこの樹は格が違う。巨大な枝葉は天を覆い、地に根を下ろしたその幹は何抱えはあるだろうか?
バオバブの木や深い森林の奥地に根ざす木よりもはるかに高いその樹高は、見上げる首が痛くなるほどに高かった。大きさだけでこれほどまでの偉大さを、自然は感じさせるのだと思い知らされる。爽やかに吹き渡る五月の風が枝葉を微かに揺らすたび、ひらりと銀の混ざった木の葉が舞い落ちる。ざわざわと遠く聴こえる梢の響きは、いつまで聴いていてもうんざりさせることはないだろう、心地いい深緑の調べだ。
「……“かの大樹は九つの天地を貫き、その枝に三羽の偉大な鳥を抱く。どこまでも伸びる枝々を縦横無尽に栗鼠が駆け、生き生きと命の漲るその根は、悪竜が齧り苛もうと容易く腐ることはない。悪蛇の泉、知恵の泉、運命の女神の泉が育む世界の礎”」
思わず、そう世界樹に例えた呟きが漏れた。そのくらいには、この大樹というのは壮麗だったのだ。遠目から見る分にはまったく現実感のない樹だったが、こうしてざらついた樹皮を触ってしまってはその実在は疑いようもない。〈セルデシア〉の緑は精霊の恩恵を受けより大きく育つというが、それだけでこれほどまでに育つものではない、と感じられる。ただ銀葉の大樹だけがなぜこれほど大きいのか、というのはわからずとも、この樹にはそれだけの由縁がある、ということだけは理解ができた。
僕はあんぐりと開いてしまった口が間抜けそのものの表情を作り出していたことにも気づかず、その枝の合間からこぼれる陽光だとか、梢で涼む小鳥のさえずりをいつまでも楽しんで──
「てんめぇ、わからないってどういうことだ!」
──いられなかった、現実は非情である。がしゃんと何かが割れる音がして、そちらに視線をやれば言いがかりの真っ最中。〈冒険者〉らしき屈強な〈守護戦士〉が、〈大地人〉の店員に掴みかかっているではないか。僕もいつかはあるだろうとは思っていたし、遭遇もするだろうと予想はしていたが、こんなに早くエンカウントせずともいいだろうに、と嘆くしかない。大樹との出会いで沸き立っていた胸の鼓動が、急速に萎んでいくのが自分でもわかった。
誰かが止めようにも周囲の〈大地人〉は怖がって遠巻きにしているし、〈冒険者〉もチラチラと様子を伺うが行動には出ないようだった。嗚呼哀しいかな、こんな余計なところで〈冒険者〉たちの日本人的気質が表れてしまっている。
とはいえ、僕までが無視するのは良心が咎めるため、気まずいながらも歩み出ることにした。僕がやらねば誰がやるんだと内心で息巻いて、しかしできるだけ忍び足で近寄ると、店員の胸ぐらを掴んでいた、男のの装備する手甲のちょうど関節あたりを、あらんかぎりの力で握る。関節の固め方なんて僕は知らなかったが、こうすれば動かしにくいというのは理解していた。
相手の男は横から伸びた手に一瞬驚いたものの、こちらが〈吟遊詩人〉だと気づくと自信も露に睨みつけてくる。……もっとも、実際はこちらが見下ろしている状態なので、あまり怖くはなかったが。176、ほどになるだろうその上背は、残念ながら僕の背の10cm以下だった。
〈守護戦士〉とは味方の防衛を主に担当する戦士職、〈吟遊詩人〉は高いダメージを叩き出すことを役割とする武器攻撃職だ。しかし〈吟遊詩人〉というのは武器攻撃職三職の中で最低の攻撃力しか持たず、対して〈守護騎士〉は戦士三職の中で最高の防御力を持っている。多少見た目に威圧感があろうと、自分にまず危害は加えられないだろうと確信しているのだ。
僕としては舐められきっているのは承服しがたかったが、その程度流せなければ、支援職などやってはいられない。貧弱火力、と言われるのは常のことである。見るところ相手の防具は高ランクの製作級で、馬鹿らしい性能の追加効果と防御力を誇る幻想級ではない、それだけが救いだった。
ひとつ息を吐くと、できるだけ落ち着きはらった声を出す。店員を不安にさせないよう、ゆっくり相手の頭に染み込ませるように諭さねばならないからだ。激昂というのは威圧にはなるかもしれないが、怯えない相手にはなんの意味もない、むしろみっともない行動でしかない。口喧嘩とは、先に我を失ったほうが負けになる戦いなのだと、僕は考えていた。
「〈守護戦士〉の名が泣くぞ、青年。90レベルにもなって、一桁台の相手を苛めるのは感心しないな」
「はっ、ノッポの〈吟遊詩人〉サンがもっともそうなことを言いやがる。俺はよ、ご丁寧にもNPCに質問したんだぜ?“このイベントはどうなっているんだ”ってな。それなのにこいつは分からない、なんてとぼけやがる。運営が用意したNPCなんだから、もうちょい知っててもいいのによ」
「知らないのなら答えようがないだろう……客観的に見て今の君は暴漢同然だぞ、行動するのは悪くないが礼節を弁えたほうがいい」
「はぁ?NPC相手に何言ってんだ、そのタッパでぬいぐるみがオトモダチとかいっちゃうクチ?」
吐き出された言葉に、頭がくらくらしてしまった。世代の差なのか、単純に人柄の差なのかは推測できないが、その考えは僕には理解ができそうになかった。目の前で話し、客を呼び込んだり帳簿を付けたりもしていて、しかも見た目もたいして変わらない〈大地人〉を相手にしてこれである。もはや生命の定義については言っても無駄であるし、偏見かもしれないが現実世界の店員にも横柄に接していた手合いだろうか?と意味のないことを思わず考えてしまった。
あまりの衝撃に握っていた手首を離しそうになったが、気を取り直し眼力を気持ち強めてから、相手を見返した。これもまた現実逃避の一つなのかもしれないが、この行いをわざわざ肯定してやる義理などない。
しかし、不幸なことにあまりの衝撃で用意していたあらゆる言葉が口の端から滑り落ちてしまった、絶句とはまさにこのこと。仕方がないので、相手の言葉に繋げて返すことにした。説明し、納得させるというのはあまり得意ではなかったから、より慎重に。
「では、君はぬいぐるみをいたぶる趣味があるのか。言いたくはないが、よしておいたほうがいいぞ?」
「……てんめえぇぇぇ!!」
どうやら僕は鮮やかに彼の怒りのツボに命中させたらしい、いちおう合わせたつもりだったのだが。
男は何が気に入らないのか、顔を真っ赤にして力任せに手を振りほどくと、勢いよく拳を振りかぶってきたではないか。この程度で激昂するのもどうかと思ったが、いきなり地雷を踏んでしまう自分の不手際にも後悔していた。眼前に迫る鉄色の拳に、もはや避けられないと反射的に目を瞑る。
だがある意味においては結果オーライだと、頭の片隅で考える。ヤマトの主要都市には衛士といって、暴力行為を罰する兵士がいるのだ。この一撃を喰らえば、男の牢獄送りは確実になる。一時間程度の拘束時間しかないものだが、頭を冷やすには十分であろうし、ここの店員や自分もその間に逃げられると想定できた。嫌なのは痛いことだけで、手間を考えれば安いものだろうと僕は算段していた。
「クソ〈吟遊詩人〉がナメた口利いてくれやが、って……?っが、ぐっぽぉ!?」
ほら、素早く衛士が対応して飛び蹴りを──飛び蹴り?
「おらおら、ハナッタレた餓鬼が偉そうな口利いてんじゃないよ!礼儀のひとつも弁えないででかいツラして、みっともないったらありゃしないねぇ!」
見事な飛び蹴りから立て続けにマウント、スリーパーチョークに繋げたその女性は、燃えるような赤毛を腰まで無造作に伸ばし、初夏の風に揺らしている。彼女の本職から考えればまともに攻撃が通るはずはないのだが、なるほど関節技とは考えた。……そう感心したのは、ただの現実逃避である。
僕はその後ろ姿に見覚えがあった。ウエスタンハットにガンマンを想起させるジャケット、ジーンズにウエスタンブーツととにかく西洋ファンタジーな世界観を完全に無視した装い。しかしながら、そんな服装が褐色の肌と相まってよく似合う。それがキティという女性だった。
なぜまた見るからに女傑な彼女と自分が知己なのかと問われれば、もう四年ほど前、翻訳システム稼動ととも始めた、長期の海外遠征で知り合った仲であると答えよう。
まだ翻訳システムが稼動していなかった頃、単一民族の中で暮らしてきた日本人は、どうにも外国語に馴染むことができず、実際に語学を修めるか度胸を付けるかしなければ海外に渡ることができなかった。それゆえ当然の流れというべきか、パッチ適用後は小規模ながら海外ブームというものが起きていたのだ。
当時の自分は海外にしか存在しない、いわゆる“その国発祥の童話や伝承にちなんだ装備”を集めることに夢中で、大規模な遠征が始まったかなり初期から海外をうろうろしていた。そんなものだから国内に関しては、当時噂になっていた〈放蕩者の茶会〉も詳しくは知らない、と言うレベルであったりするのだ。
キティさんはそんな折に出会った同郷のプレイヤーであり、当時は〈ウェンの大地〉を放浪する日本人の〈召喚師〉として周囲に不思議がられていた。だが、僕にはすぐにその理由が理解できた。
「どうせ悪事をするならもっとでかいことをすりゃあいいだろうに。こんなつまんないチンピラみたいなマネ悪漢王が見たら、みみっちくて鼻で笑っちまうよ!」
──そう、彼女は少年ガンマンにして希代のアウトロー、ビリー・ザ・キッドの熱心なファンだったのだ。
四年前に西部劇のヒーローとして語られる彼をモチーフにした召喚生物、〈早撃ちガンマン〉の取得のためだけに、はるばる〈ウェンの大地〉までやってきていた彼女。ビリー・ザ・キッドの物語も当然僕の守備範囲だったため、そこから話が盛り上がり交友を持つに至ったのだが……一体何がしたいのだろうか、あのひとは。ここまでの思考はすべて、現実逃避である。
いくら悪漢を取り押さえるためとはいえ、このままでは確実に彼女は牢獄行きだろう。現に衛士がすぐそこに現れていて──あ、あああ。なんでそこでさらに絞め落とすんだい。
混乱のなか恐る恐る近寄ってみると、散々痛めつけておきながら彼女はさらに頭を蹴っ飛ばす。男の小悪党ぶりに腹が立ったのかもしれないが、いくら何でもやりすぎである。鬱憤でも溜まっていたのであろうか、なんとも容赦がない。
「あのキティさんいったいなにを」
「だからアタシはキティじゃなくてケティ──ってなんだナス野郎じゃないか、あとから連絡するからそんときじ」
「まだそこのところ拘っているのかい。僕こそナスじゃなくナーサ、……ああ、いってしまった……」
振り返って僕の姿を認めると、キティさんは何事かを言いかけたが、結局規程に従いあっさりと牢獄送りになってしまった。後に残ったのは、いたぶられて伸びてしまった〈守護戦士〉と呆然とする自分だけ。そういえばキティはミスタイプでケティと呼べ、とさんざ言われたなぁ、とか。言ったところで誰も呼ばなかったけど、とか。いろいろとよぎるものはあったが、とりあえず。
「丸投げされたんだね、僕」
気絶した〈守護戦士〉を脇にどかしながら、アキバに来てから一番深いため息を、僕は吐き出した。
結局こたごたに巻き込まれ、自分のゾーンに辿り着いたのは日が傾きはじめたぐらいのことだった。
夕日の鮮やかなグラデーションを頭上に、僕はアキバの街角にある小さな建物の前に立っていた。見た目はこじんまりとした酒場という風情だが、どうにも真隣に生えている古木のせいでそうならざるをえなかったらしい。茂った枝葉が日傘のように建物の上に広がっていて、屋根に影を作っているのが見て取れた。また周囲のビル群とは隔絶した洋風の外観が、この地に後付けで建てられた建造物だということを示している。
これが、僕の購入したゾーンである。個人の買い物としてはやや高額かもしれないが、ロールプレイヤーにとっての“自宅”を購入するというのは、そう珍しい話でもない。〈セルデシア〉世界の住人として〈ナーサリー〉がデザインされた以上、そこには生活があり好みがある。凝り性のプレイヤーであれば家具をキャラクターの好みで統一し、そこに他のプレイヤーを招いて遊ぶのはよくあることだった。もっとも僕も、まさか本当にそこで生活することになるとは夢にも思っていなかったが。
思い起こすとこの建物は以前からの持ち主と交渉し、やっと手に入れた建物であった。内装に使うインテリアも各種取り揃え、一度は相当な金欠になるほど凝りに凝った自慢の家だ。
(小さいけれど風情のある建物なんだよね、主要施設からは離れているから金額もそう高くない。なにより、ビルの廃墟じゃなく中世風なのが素晴らしい。家具は全て揃えておいたから寝るのも座るのも困らない……まぁ、多少は混沌としているけれど)
そう内心で独白しつつ、焦がしたキャラメルのような色合いの扉を押し開ける。照明の灯されていない屋内は暗かったが、月明かりと星明りで、見通せるほどには明るく見えた。ゾーンの設定を“指定したプレイヤー以外侵入禁止”に設定してから、扉を閉める。
この建物の一階の三分の一ほどは酒場のようなホールが存在する。だがゲーム時代、屋内で商売する人間は稀だったため、僕も前々の持ち主も酒場として使用したことはない。しかしこの一階というのが、当時の自分にとってはとても演出しがいのある空間だった。窓際に飾られたドリームキャッチャー、と言う名前だったと記憶している装飾品、何らかの魔物のものと思われる毛皮の敷物、なんだかよくわからない象牙らしき牙のインテリア。元々は酒類を並べるためだったろう、備え付けられた棚にもズラリと、工芸品や美しい魔物の素材が並んでいる。この部屋こそ、僕が演出した〈ナーサリー〉の個性のひとつだった。
そう、放浪の吟遊詩人の自宅という設定からこの混沌は生まれたのだ。“訪れた地で心を捕らえた工芸品はなんでも持ち帰り、こうして自宅に集めてしまう”という、一種の収集癖を持っているということに〈ナーサリー〉はなっていた。結果、ホールは文化をごった煮にした部屋特有の胡散臭さを放ってしまっている。
とはいえ、僕自身はそんなことなど気にしない。立ち並んだインテリアを擦り抜けて、カウンター備え付けのものを除いて、ぽつんとひとつだけ置かれた椅子に座る。ここは特等席なのだ、大事な相棒を奏でるための。
「……〈金星音楽団のセロ〉。この手で握れる日が来るとは思わなかったな」
僕が魔法の鞄から取り出したのは、大型の弦楽器。チェロと呼ばれる低音域を主に担当する楽器のひとつで、いわばヴァイオリンの仲間である。しかしながら今抱えたこのチェロは、この世界においては武器として分類されるシロモノなのだ。
〈エルダー・テイル〉には〈吟遊詩人〉用の武装として、楽器武器と呼ばれる装備が実装されている。見た目はやや華美に装飾されただけの楽器であることが多いが、その外見に反してきちんと攻撃力は持っている、一風変わった武器だ。ある意味当然のこととして、武器としての性能は控えめなものがほとんどだが、その代わり〈吟遊詩人〉の能力に多大な恩恵を与えるため、愛用者は多い武器のカテゴリーだ。このチェロもその一つ、あるクエストのクリア報酬として僕に与えられたものであった。
ゲーム時代では〈吟遊詩人〉のロールの一環として、楽器演奏と歌唱システムを組み合わせて演奏を演出していただけの代物でしかなかった。だがこの世界に来て、事実をひとつ確認するたびに思ってはいたのだ、ひょっとすれば本当に〈金星音楽団のセロ〉を弾けるのかもしれないと。もうそろそろ、我慢の限界だった。
入手からそれなりの年月が経ち、今ではトレードマークのひとつとなったそれを、エンドピンで床に固定し軽く調弦を済ませる。そうして諸々の準備を済ませると、僕は弓を構えた。奏でる曲は、もう決まっている。そっと弦を震わせれば、チェロは低く、緩やかに歌い出した。唄っているのは、赤い目玉のさそりから、子熊の額の上へと歩む、星を巡る銀河の旅。少し単調で、それゆえ郷愁を誘う声のような音色。
別に、僕は特段チェロが上手いわけではない。人並みには弾けるというだけだが、今はそれに感謝していた。こうして大事な相棒を、実際に弾けるから。
最初の一音には、まだ躊躇いがあった。だがそれを乗り越えてしまうと、僕はいつも通りの、いつもよりほんの少し不思議な感覚に襲われる。それは頭がくらくらするとか体が熱くなるとか、そんな激しいものではない。体に寄せたチェロから振動が伝わって、まず自分と楽器と一体になる。そうしたら僕はエンドピンを橋渡しに、この空間全体とひとつになるのだ。ぱっと海に飛び込んだ体が、徐々に海水と溶け合っていくような心地よさが染み渡って、夢見るような心地にしてくれる。
ただ、〈吟遊詩人〉の職業が成せる技か、はたまた単純な性能の差なのか。ホールに響くチェロの音色が、いつもよりうんと伸びやかで、朗々と響いている気がした。空へ向かった音色は窓枠を飛び越えて夜天にちりばめられた星々と絡み合い、なんでもない独奏に幻想的な雰囲気を与える。柄ではないが、この瞬間の風景を切り取れば絵画の一枚となり得るのではないか──そう、思ってしまえるくらい、満ち足りた一時が生まれた。
そうして長く暢気に奏でながら、僕はふと今後について考えてみた。複雑怪奇な異世界旅行、そこに流された人間はどれだけか。戦わなければならないのか、手を取り合うことはできるのか。どれもこれも僕には大きすぎる出来事のようにも思えるが、当事者なのだ、仕方ない。そう片付ける。賢い、とはお世辞にも言えない頭だが、年上の責任ぐらいは果たそうじゃないか。それが、僕の考えうる全てだった。
はじめにやるのは情報共有が望ましい。こんな風体の〈吟遊詩人〉を信じるかはわからないが、現状を知ることがわずかでも混乱する〈冒険者〉たちの救いになればいい。それに機械の神様が救ってくれるわけではないのなら、彼らは自分で生きなければならないのだ。知ることはまず生存に繋がる。次に考えるのは戦闘訓練、これは低レベルのフィールドが望ましい。力なき正義は罪だ、と誰かが言っていたような気もしたが、まずは発生するだろうトラブルに対応するだけの力を得なければいけない。そこまで考えて僕は思う。……あの時のキティさんほど機敏に動ける自信は、今の僕にはないなと。〈召喚術師〉だったのにな、彼女は。
やることは沢山、しかしやったところで明確な結果が出るわけでもなさそうなことばかり。しかし、やらなければならないだろう、さっさと結論づけて納得することはできた。なぜなら、なんといってもこれも一種のサバイバル(ぼうけん)なのだから。
だから、この曲は己の背を押すための序曲にすることに決めた。どうやら明日も明後日もこの世界は続くらしいから、いまはただ一時の安らぎを。
夜半まで演奏を続けた僕は、見たこともないくらいに明るい月の下で、そこそこ穏やかに眠りについた。
新キャラ登場、そしてオジサンはほぼ観光しかしてません。