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私はTRPGサプリに登場するキャラクターを応援します。

ということで、ツクバの重要人物の登場です。





 たおやかな笑顔、隙のない作法、叡智に輝く眼差し。「学院」と呼ばれるツクバの学問ギルドの中で、特に実力と知識に長けた人間が就く教授職に席を置く才媛。“変幻の魔女”は、笑みを絶やさぬまま軽く頭を下げた。



「〈冒険者〉の方々が前庭で魔術を披露していたと聞いて、こちらに来たの。お邪魔だったかしら」


「……構わないよ、アタシもちょうど話がしたかったんだ。まぁなんだ、まずは座ろうじゃないか」



 行儀悪く傾けて座っていた椅子を直し、キティさんは僕の隣の席までさっさとやってくる。シェイオラさんはぞんざいな態度を気に咎めることもなく、向かい側に座った。騎士は、その背後に控えたままだ。僕も居すまいを正し、二人に向き直る。妙な緊張感が、書庫には漂い始めていた。

 対面の席に座ったシェイオラさんは、改めて頭を下げた。こちらも慌てて頭を下げるが、やはり向こうの方が堂に入っているのは気のせいではないだろう。



「改めまして、挨拶をさせていただくわ。私の名はシェイオラ、ここ「学院」で教授の席に就いているものです。専門は幻覚魔法よ、よろしくお願いね」


「私はアルバート、ツクバを守る衛兵団に所属する〈騎兵〉です。今回は警護の一環でこちらに同席していますので、特に気になさらなくて結構です」



 そう名乗った二人は、実のところプレイヤーからは結構な有名人だ。


 “シェイオラ”は学院に所属する教授の中でも特に社交的で、〈冒険者〉と学院の仲立ちをすることも多い、いわば顔役として知られている。12のメイン職業とは違う〈魔女〉のクラス、また〈冒険者〉にはあまり馴染みのない幻覚魔法の専門家であることも相まって、一角の人物であることはよくよく描写されていた。

 加えて、彼女はハーフアルヴだ。ツクバが差別の薄い都市であること、またなんらかの秘密を抱えているという考察がなされ、注目されていたことは記憶に新しい。まぁ、単純にミステリアスな美女であることも理由のひとつだったろうけれど。


 そして、その背後に控える蒼銀の鎧を纏った騎士、“アルバート”。彼は名乗った通り〈鷲獅子〉(グリフォン)を駆るツクバ衛兵団の一員だが、所属しているというだけの一団員ではなく、れっきとした団長を務める人物である。恐らくはこちらを警戒しての秘匿だろうが、こちらがステータスを確認できることも〈大地人〉を無視していたわけでもないことは解らないのだろう。嘘は言っていないので、わざわざ指摘するまでもないが。

 表だって〈冒険者〉と交渉することが多かったシェイオラさんと違い、詳細なステータスこそ明かされていなかったがこちらもハーフアルヴらしい。レベルも40代に到達しており、〈大地人〉としては熟練の域にあることは想像に難くない。こちらが〈冒険者〉としてこの世界に来ていなければ、間違っても気を抜ける相手ではなかっただろう。


 そこまで考えて、僕は肩の力を抜いた。向こうは別に敵意があるわけでもないようだし、そもそも喧嘩をする理由がない。何らかの『お話』に来たことは間違いないだろうが、その戦場で先頭に立つのは僕ではなく隣の用心棒だ。こちらは支援職らしく、傍に控えて展開を窺い合いの手をいれるくらいで十分だろう。

 キティさん、僕と続いて身元を明かし挨拶を返すと、紅色の瞳が輝いたような気もする。横顔しか窺えない人物が何を話すかと勘ぐっていると、やがて口を開いた。



「まぁなんだ。アタシはしがない店長だし、コイツだってただの物語好きの昼行灯だ。話せることなんざ大してないが……何が聞きたい?」


「そうね、さしあたっては〈冒険者〉さん達の近況かしら?貴族の間では色々と噂が飛び交っているようですけれど、市井にまではなかなか届かないから」


「近況ねぇ、確かに最近は〈冒険者〉もアキバに固まって、接する機会は減っただろうからそう思うわな。ここはキリヴァ侯爵の街だ、当然領主会議の話は聞いてるよなぁ?アキバがまとまって、いよいよイースタルの社会に明確な立場を示せるようになったわけだ」



 そこで言葉を切ったキティさんは、不意に喉の奥で笑った。まるでびっくり箱をプレゼントする直前みたいに、こらえ切れない愉悦が滲み出た笑い方だった。



「……くく。面白いよ、今のアキバはねぇ。飲食に関しちゃ今更言うまでもないが、何より技術の進歩が尋常じゃないスピードで進んでいる。古代の超技術みたいな大規模な革新はまだないが、今後のヤマトに変革を齎し得る技術ならいくつも生まれている。衛生、動力、農業や土木技術。特に魔物の素材を活用したものは、〈冒険者〉ならではだろうね。――ま、それも思いついたんじゃなく、“知ってた”だけのことがほとんどだから偉そうなこと言えないんだけどさ。義務教育さまさまってとこか」


「技術革新――〈冒険者〉の持つ知識は確かに興味深いわね。ここツクバにも幾らか交易品が流れてきているけれど、知らないものばかり。それに未知の算術を扱うとも聞いたわ。……その言葉、売り込みととってもいいのかしら?」



 後半のぼやきは要領を掴めなかったのかシェイオラさんはわずかに首を傾げたが、しだいにその眼は細まっていく。イースタルの智を司る立場にあるツクバにとって、アキバの新技術は見逃せないものだろう。学問ギルドの研究には、建築や幾何学といった分野も含まれる。自分たちの分野で全く規格外の知識を持つ人間が現れたとなれば、気が気ではないはず。

 キティさんの発言から、ただの自慢以外の意図を感じ取った彼女は笑みを深くする。笑いあう二人の女性を恐ろしく思いながらも、存外に早く切り込んできたシェイオラの言葉を意外に感じた。勝手なイメージだが、真意を悟らせない態度をこそ『らしい』と思っていただけに、つい疑問が口を突いて出た。



「随分とあっさり交渉の席についてくれるんだね」


「あら、出し惜しみするだけが駆け引きじゃなくてよ?口は噤み過ぎると不審を招く……特に、私のような“魔女”はね。それに、ぐずぐずしていたら時代に置いて行かれちゃうじゃない?」



 そう言ってウィンクするシェイオラさんは、月並みな言葉だがとてもチャーミングだった。嫌味のないその表情が、よけいにこちらを感心させる。とかく交渉事というのは互いの利益を優先した結果、結論が出ないまま決裂するのが物語のお約束だ。だが今の彼女の態度は無防備なのではなく、相手の土俵に躊躇なく飛び込み、その上で利益は勝ち取るという油断のなさの表れだろう。

 対面に座るキティさんは、そんなことはとっくに分かっているとばかりに余裕の表情だ。いっそ頼もしさすら覚えながら、もう一度顛末を見守る態度に戻る。



「分かってんなら話は早い。アンタ、今回の領主会議が円満に終わると思うかい?」


「〈冒険者〉の皆様のお心しだい、と私は考えているけれど?」


「そりゃあそうだ。頼まれたって〈冒険者〉が消えて無くなれるわけじゃないし、〈大地人〉は仲良くしていたほうが都合はいい。事実上、落としどころを作るのは絶対の条件だ。……だけど、万が一。〈大地人〉と〈冒険者〉、双方の琴線に触れるようなことがあれば、どうなるかはわからない。人間譲れないことってあるからねぇ」


「……では、この交渉は貴族たちとの会談が決裂した場合のための、〈円卓会議〉の保険だと」



 その言葉に、キティさんは被っていた帽子を今更外す。燃えるような赤毛と同様、瞳に宿る紅は楽しげに輝いていた。蠍の心臓アンタレスにも似たその煌めきが、魔女の眼差しに突き立てられる。



「いんやぁ?アタシは〈円卓〉のギルド構成員じゃないからね、“公には”この話は無関係だよ。ちょっと商売っ気のある〈冒険者〉がツクバに技術を売り込んだ……ほら、貴族って面子が重要だろう?〈円卓会議〉との正式な交渉が終わる前に領地の人間が〈円卓〉と交渉したってのは、殆どの貴族は気分悪くするじゃないか。でも、もしもが起こったあとじゃあ遅いしさぁ」


「なるほど、あくまで〈冒険者〉の自由で行われる個人単位の売り込みだものね。それは仕方がないわ、なんてったって今はキリヴァ候が不在なんだもの。仕方がないから……どう対応するかは学問ギルドに権限があるわよね?」


「そうそう、だいたいアタシが売り込んだの主に「学院」相手だし?後から色々言われても、情報ってのはなかなか遮りようがないからねぇー」



 ……背後にキツネとガラガラヘビが見えたのは気のせいではないだろう。心なしか立ちっぱなしのアルバートさんの表情にも陰りが見える。僕は視線だけで労いの意を送ると、隣に座るキティさんを肘でついた。話が通ったのなら、こちらも出し惜しみなどはするべきではないだろう。

 反応したキティさんは待った、のポーズを取ってから魔法鞄に手を突っ込む。その様子を眺めていたシェイオラさんも、何かに感づいたか僅かに視線を強める。



「そうそう、売り込みたいのは技術だけじゃなかったんだ……というか、ある意味こっちが本題なんだけどさ。こいつが何なのか、アンタらなら分かるだろう?」


「……!その本は、」


「〈グレムナート写本〉。だいたいレベル75ぐらいの後衛用装備……ってのがアタシらの認識だけど、本職の学者にとっちゃそうでもないだろう。ここに保存されている本に劣らない価値が、こいつにはあるはずさ」



 机の上に置かれた本を一目見て、シェイオラさんは息を呑む。この本に巡るマナを感じ取ったのか、もしくはその存在を既に知っていたのか。その表情を見て、僕とキティさんは、〈円卓〉の読みが当たっていたことを確信する。古めかしい本を捲る指先には、理解の仕草があったからだ。


 レベル70以降の〈冒険者〉が装備できる中では、それなりに優秀なステータス補正が見込める〈秘宝級〉の魔導書、〈グレムナート写本〉。フレーバーテキストに曰く『古代の魔導士が己の術式を刻み込んだ大いなる魔書、その写本。複製であっても、その内側には偉大な魔力が宿っている』と記述されていたこれを、わざわざ選んで持ってきた。

 〈冒険者〉にとって装備品とは個人の愛着を除いて純然たる武具か、かっこいいだけの代物でしかない。フレーバーテキストや見た目から妄想を働かせることはあるかもしれないが、その中身を調べる、原理を解析するなんて芸当はしなかったし、システムとしても不可能だった。それを変えたのは、またしても〈大災害〉だった。



「〈大災害〉が起こってからというもの、アタシら〈冒険者〉、特に生産を主にする奴らはアイテムの解析を続けてきた。素材不明のポーションを再現したり、スクロールに存在していなかった魔法のバリエーションを増やしたり。これらの努力の多くは身を結んだし、それに救われた〈冒険者〉も大勢いたんだが……まいったことに、古文書や魔導書の類はてんでだめでね。そもそも読めないし、なんの文字かも分からないときたもんだ」


「――〈グレムナート写本〉。古のドワーフ国家の中で、魔導士として活躍したとされるグレムナートが残した術式の写しのようね。基本的には魔術師が使う隠匿用の暗号で記述されているけれど、ところどころに大陸の文字も見られるから、恐らくはヤマトでは資料の乏しい技術が記されている可能性があるわ。……こんなものを、〈冒険者〉は死蔵していたの?」


「さっすが教授!そうさ死蔵していた、せざるを得なかった。アンタみたいな偉い先生ならともかく〈冒険者〉は結構脳筋でね、魔導書を解析するための知識なんて誰も持ってないんだよ。だから、ここに来た」



 迅速に書物の正体を解き明かしたシェイオラに内心驚きつつも、やはり、と小さく息をつく。


 〈大災害〉以後、装備品であった魔導書の類は実際の本としての機能を得た。そこまでは他のアイテムと変わりなかったが、問題は〈冒険者〉にはそれを解読する術がないということだった。低レベル向けの魔導書は一般的なヤマトの言語で書かれているものが多かったが、だいたい40レベルを超えてくるころから、未知の言語が踊り出てくるようになる。それでも古語レベルの違いならまだいいが、ヒエログリフ並の図形染みた文字が書かれている本となるといくらなんでも限界だった。

 加えて、仮に言語の壁をクリアしたとしても今度は知識の限界が出てくるだろうというのが〈ロデリック商会〉、コーデックスの見解だった。膨大な過去の資料とヤマト文化に対する理解が、〈冒険者〉には圧倒的に足りなかったのだ。


 そこで、〈円卓会議〉は一つの結論を出したらしい。〈大災害〉の原因を探る手がかりになりうる魔導書の解析を、イースタルで最も可能性があるツクバに依頼すべきだ、と。勿論、領主会議がすんなり進めば正式に依頼することができただろう。キティさんの仕事はまさに“万一のための保険”に過ぎない。

 それでも懸念を捨てきれなかった〈円卓会議〉の依頼を受け、今ここにいる。〈召喚術師〉(サモナー)であるはずのキティさんがわざわざ陸路のキャラバンに同行していたのも、悪目立ちするのを避けるためだ。その仕事に僕を巻き込むとは思っていなかったが、うまく教授の地位にいる人間が釣れたのなら十分だろう。


 シェイオラさんが机に〈グレムナート写本〉を置き、まっすぐにこちらを見る。瞳に映った決意の色は、選択が間違っていなかったことを告げていた。



「……この件に関しては、ギルドの上層部の決定を待つことになるわ。だけど、領主会議の顛末に依らず、依頼を受けることは間違いないわね。これだけの書となると〈冒険者〉の手助けなしに入手できることはまずないから、反対を振り切ってでも解析したがるはずよ」


「アンタの太鼓判が貰えたんならひとまずはいーよ。元々教授ランクの人間引っ張り出すつもりでナーサリーを連れてきたんだ、それがただの教授じゃなく“変幻の魔女”の言葉なら〈円卓〉も納得する」


「いやだわ、初めから狙っていたの?私は幻覚魔法の専門家よ、あんなもの見せられて会いにいかないわけにいかないじゃない。そのせいでアルバートにも出てきてもらっちゃったし」



 くすり、と柔らかい笑みに眼差しの色を溶かして、おかしそうに言う。どうやら会いに行くのを止められて、わざわざ団長を引っ張り出してまでこちらに出向いていたようだった。そのあたりは彼女も研究者といったところで、急に緩んだ空気にこちらも笑いそうになってしまった。


 そうすると、はた、とシェイオラさんの視線がこちらに合わせられる。何か、と口を開こうとしたところで、ずいっと身を乗り出した。反射的に身を引いてしまったものの、その視線はいまだこちらを捉えていて、いっそ居心地の悪さすら感じてしまう。おたおたと言葉を探していると、先に向こうの言葉が飛んできた。



「そうよ、肝心の幻術について全然聞いていなかったじゃない。ねぇ、出来る範囲でいいから、あの幻について話してくれない?私の知識じゃ、あれが“夢想詩人”エンデュミオンの流れを汲むものであることしか分からなかったのよ」


「た、たった一回の公演で〈語り手〉ストーリーテラーのスキルを見破るとは……流石だね、敬服するよ」


「伊達に教授をやっていないもの。それで、話してくださるのかしら?」



 熱のこもったきらめきを瞳にたたえながら、失礼にならない程度にぐいぐい押してくる教授殿。言葉は柔らかだが、有無を言わせぬものがあるのはこちらの妄想か。びくびくしながら頷くと、目に見えてその表情は明るくなる。僕は漏れ出た溜息を隠し切れずに吐き出して、頭の回転率を引き上げる。記憶の地層から掘り出されるのは、サブ職業の基本情報だ。

 〈語り手〉の保有スキルは種別が限定された執筆スキルとロールプレイ用のエフェクトスキルのみであり、はっきり言って中途半端もいいところだ。ゲーム的に言えば取得する意味はほとんどないし、レベルを上げたところでプレイを有利にするようなものでもない。それでもこのサブ職業にはれっきとした来歴があり、不遇さとは正反対の著名な逸話も存在している。それがこの職業の「開祖」だ。


 “夢想詩人”エンデュミオン。定期発生型のレイドイベントや争奪アイテムというシステムが付与されたクエスト発生時にランダムで都市に現れ、騒動の始まりを告げるプロローグ役を務める神秘的な容貌の詩人。事件があればいかなる場所にでも現れ、ときにサーバ単位で離れた場所にも瞬間移動気味に出現することからプレイヤーに突っ込まれたこともあるそこそこ有名な狂言回しである。

 〈エルダー・テイル〉では珍しい複数サーバに跨って行動する〈大地人〉であり、設定では『他人の夢を彷徨える力を持つ』とも紹介された謎の多い人物であるが、彼こそが〈語り手〉の開祖として語られているその人なのだ。……その有名さに対しての〈語り手〉スキルのしょぼさこそ、〈語り手〉が一層マイナーなサブ職業に追いやられた原因なのだが、それはまぁ脇に置く。ただのロール職であればああまで残念がられなかったろうに。



「エンデュミオンの幻影、〈フェアリーテイル〉はあそこまで大規模なものを投影する技術ではなかったはずよ。せいぜい、手のひらに収まる程度の幻影をばら撒くのが精いっぱいの夢想の産物……それがなぜ、あんな幻術に変化したのかしら」


「単純なレベルの違いもあるけれど、多分このスキルが『夢想家の幻影』だったからじゃないかな。そういうのと相性がいいんだ、僕」



 意識を集中し、もはやおなじみとなったステータスウィンドウを中空に展開する。ショートカットから呼び出したのは、〈語り手〉のスキル、〈フェアリーテイル:スノーホワイト〉。その文字に懐かしさを覚えながらタップすると、自分のものではないかのように、体が動いた。片手は胸の前へ、片手は何かを称えるように上げられる。勝手に唇が開くことを気味悪く感じながら、喉の奥から声が出た。



「むかしむかしのその昔、ある雪の日のことでございました。しんしんと降る雪が見える窓際、暖炉の明かりに照らされたさる高貴な婦人が、繕いものをしておりました」



 テーブルの上に、雪降る窓と赤々と燃える暖炉、繕いものをする貴婦人の小さな幻が浮かび上がる。〈セルデシア〉風にアレンジされた、〈エルダー・テイル〉風「白雪姫」。からくり仕掛けのオルゴールのように、単純ながら情景を想像させるよい幻だと、改めて感じてしまう。他人事のように回る口に乗って、幻影はさらに――



「すると、夫人は針でそのゆっ、びぃ!?っだ、ちょっとキティさん!」


「うっさいねナス!いいからキャンセルキャンセル、長くなるんだよこれ」



 ――唐突に飛んできた鉄拳により、スキルはキャンセルされてしまった。色々文句はあるのだが、ごもっともではあるので黙って次に進む。展開された幻はダメージと同時に消滅してしまい、その挙動はゲーム時代と変わりない。それを確かめてから、シェイオラに向き直る。



「さて、ここで質問させてもらうよ。“この幻は何処から、どうやって発生している?”」


「……MPを消費して、朗読を詠唱の代替として起動する原始的な幻覚魔法かしら。正直、魔力の流れを考えると自信を持てないのだけど」


「うん、その帰結が普通だと思うよ。実際、実験してみるまで僕もそういうものだと思っていたから。けど、それが勘違いだったってことが動作入力ではっきりしたんだ」



 そう言って、僕はもう一度息を吸う。今度はメニューから起動することなく、同じ物語を思い描く。



「今は昔、ある寒い雪の晩のこと。冷たい窓際に座る、美しい方が繕いごとをしておりました。暖炉の炎が照らす横顔が麗しいそのひとは、さる高貴なる身分に生まれたというお方」



 また幻が浮かび上がる。テーブルの上に、雪降る窓と赤々と燃える暖炉、繕いものをする貴婦人の小さな幻。言葉を言い換えた語りであっても、まったく同じ幻影は再現できた。これは入り口の発見であり、問題はこの先にある。語る口を一旦止めると、また消滅した幻影を見送ってから“詠いはじめた”。



「むかしむかしのその昔、ある雪の日のことでございました。しんしんと降る雪が見える窓際、暖炉の明かりに照らされたさる高貴な婦人が、繕いものをしておりました」


「……!」



 最初にスキルを使った際のものと全く同じ語り。けれど、今度はその規模が違う。ぱち、と何かがはぜる音が聞こえ、その方向には燃え盛る暖炉と赤い絨毯。どちらもこの書庫にあるはずのないものであり、傍には椅子に座って針を動かす女性がひとり。炎に照らされてオレンジに染まる肌も、小さく聞こえる息遣いも、まるで生きているかのようで。大きさもリアリティも、何もかもが元の幻影と別物なのは、誰の目にも明らかだろう。

 曲者かと一瞬身構えたアルバートさんにも、がたり、と勢いよく立ち上がったシェイオラさんにも目にもくれずに針仕事に励む姿を、二人は凝視していた。ハーフアルヴとしての魔力感知能力に引っかかるものがあったのか、まばたきもせずに観察する姿を確認してから、語りを止める。前二つの幻と同様、実にあっさりと幻影は消え去った。後に残ったのは、元の真っ白な床だけ。



「魔法はある程度仕組みの解明……体系だった研究がなされているけれど、〈語り手〉のスキルは本当に感覚的なものだったんだ。その実体は『本人の空想をカタチにした幻』。多くの〈語り手〉が単なるスキルの域を出ることが出来なかったのは、デフォルトに設定されていたエンデュミオンの幻影のイメージに囚われていた・・・・・・からに過ぎない。語る人間の想像力次第でどんな像も描ける――それが本質」


「……だから理詰めの人間より空想好きの夢想家と相性がいい、そういうことね。あの幻は貴方の頭の中にあったもので、スキルはそれを出力しただけ。大した補助もなしに感覚で像を結べるって、反則じゃないかしら」


「そうでもないよ。あやふやイメージだと幻影は歪んでしまうから、絵を描くように具体的な情景を彫り出さなければならない。これが大変でね、実のところ何度も練習したんだよ?別に、完全になんでも浮かび上がらせることが出来るわけじゃあないし、さ」



 使い勝手で行けばあなたの完勝、そう笑いかけると、またおかしそうに彼女は笑った。すとんと椅子に座り直し、なかなか止まらない笑いをこらえる姿はなんとも無邪気だ。



「いいじゃない、そういうの。私、夢があるものって好きよ?」


「そう言ってもらえて嬉しいよ。正直なところ、楽しそう、面白そうって理由だけで解き明かしたものだから、あんまり大仰に反応されても困ってしまう」


「ふふ、〈冒険者〉の方ってどうしてか照れ屋さんよね。貴方もこういう可愛げが必要なんじゃなくて、アルバート?」


「………………そこで私に振るのですか。可愛らしくすることに、何か意味が?」


「……これよ、文句をつけるなり照れるなりしてくれてもいいのに。どうしてこう可愛げなく育ったのかしら」



 緊張の糸がすっかりゆるんだのか、気軽なやり取りをするふたり。秘密の会談は、こうして和やかな空気で終えることができたのだった。







私に策略は書けませんでした。

自動翻訳がどの範囲まで適用されるかはわかりませんが、魔導書にあるような古代文字は適用されないのでは?ということでツクバに渡りをつけてみました。


〈語り手〉自体はオリジナルサブ職業なので勝手が利きますが、原作のサブ職業の来歴などがあるのであれば非常に気になります。

バックグラウンドを想像するのは楽しいですね。

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