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やっと登場メルヘンおじさん。書き方を忘れそうで困ります……


描写や展開に頭をこねくりまわしつつ、結局なぁなぁで落ち着いてしまったような。


『なら、我々はアキバの街に向かえばいいと』


「そうなるね、〈桜の街ヒロサキ〉からだと遠くなるけど、インフラや食料事情を考えるとこっちに来た方がいいと思う」


『分かった、親愛なる〈吟遊詩人〉(スカルド)よ。ここまで長く辛酸を味わってきたが、お前の進言ならば信じられる』


「……お疲れ様、ルー・ガルー。ようこそ、ヤマトへ。異形を恐れるのは人の常だけれど、この先、君たちの旅路に幸多からんことを」



 耳元に届いていた、硬質の声が遠ざかる。念話の切断とともに、僕は周囲の風景を再認識した。複数の川に挟まれた林と、朽ち果て、崩落した神代の建造物。今日の空は雲が多く、低い。八月も目前の空にしては少々日差しが弱いが、元の世界の夏と比べると随分過ごしやすい〈セルデシア〉の気候を考えると、そこまで珍しいものではなかったりするのかもしれない。

 ここはアキバの街から北東方面に位置する〈水郷ミズモ〉と呼ばれるゾーン。もう少し進めばイースタルの隠れた要所、マツドの村が見えてくるはずである。ヒロセの神殿街からの距離を考えると、随分と進んだように思える。特に、彼ら・・と共に行動していたことを考えると。


 林の梢に止まる小鳥のコーラスに、パーカッションのように混ざる車輪の音。ガラゴロとよく鳴るのはそれが木製だからであり、次の村でまた何かしら売るのであろう商品が山と積まれているせいもある。

 そう、今僕はヒロセで行きあったキャラバンに同行し、その幌馬車の後部に腰を落ち着けている最中というわけなのだ。前方に首を巡らせれば伺える馬車の群れ。草食動物の大移動を連想させる風景は、そこそこの資産を持つ商人が出資している証だ。背後では年若い見習いが荷物の数を点検し、誰かが拝借していないか確認している。今までも何度も見た隊商の日常風景のひとつは、この商人たちの元でも変わらない。ただもしこの旅に、今までと変わった点があるかと聞かれれば、答えることはできる。



「今のは海外から来た奴らかい?七女王国、とか聞こえた気がしたんだけど」


「……まぁね。以前随分と世話になったギルドなんだけれど、〈妖精の輪〉フェアリー・リングを通って逃げてきたようなんだ」


「ふーん?北欧サーバもヤバいことになってんのかい」


「直接の危機というよりは、摩耗といった方が正確かな。大規模な暴走は起こっていない代わりに、倫理と道徳が徐々に擦り切れていく。彼らが逃げてきた理由はまた別にあるけれど、雰囲気に不穏当なものがあるのは本当らしいよ」



 馬車の荷台よりずっと高い位置から聞こえる声は、張りのある、だが若々しさよりも老獪な雰囲気の方が強いものだ。振り仰げば、並列して歩く馬上に座る、女性の赤毛が日の光に透けて輝いた。片手にはナイフ、何かしらの果実の皮を剥いているのが見て取れる。



「どこもそんな感じなのかねぇ。言っちゃ悪いが今の時期になってまでそんな空気が漂ってんなら、秩序回復ってのは難しいと思うけど。……ところでさ」


「なんだい」


「…………まだむくれてんのかい、アンタだってツクバには行きたがってたろ」



 赤い髪にテンガロン、腰に鞭を備えたカウガール。まったくの不意打ちでヒロセの街に飛んできたキティさんが、気まずさを全面に押し出した顔でこちらを見ている。言葉にはあまり反省の色が見られないが、やりにくそうな声色を聞く限りこちらの不満は届いているのだろう。不満を分かっていて押し切ってくるあたりも、ある意味彼女らしくはあるが。

 僕がツクバへ直行するこのキャラバンに同行することになったのは、彼女の提案…というか指示によるところが大きい。おかげで本来ならばもう何日もかけてじわじわと進むつもりが、隊商の進行速度に合わせていくつかの街や村、ダンジョンなどを見逃してしまった。商人の方々にその怒りをぶつけるのは筋違いなので、こうしてキティさんに対する不満は途切れずにアピールしている状況になる。一応は話に了承したので、これももう子供っぽい態度にしかならないかもしれなかったが。


 ただ、今胸の中に淀む靄は彼女に対してのソレよりも、先ほどの念話で知った内容に対してのものの方が大きい。北欧サーバで活動していた友人が極東の地に追われるようになったわけ。



「そうじゃない、君は正式に依頼した。僕は報酬と今後の都合を鑑みて依頼を受けた、それは正当な契約だろう。不満なのは友人たちが、〈怪物たち〉フリークスが追われていたってことだ」


「〈怪物たち〉……確か北欧サーバの、怪物系のサブ職業を中心にしたギルドだっけか。アンタ前言ってたねぇ」


「言うとも、〈五月の王〉メイ・キングだって彼らの力があって手に入れられたんだからね。……その“怪物系サブ職”が、問題だったのだけど」



 ばさり、と羽ばたきの音が聞こえた。周囲を偵察していたキティさんの〈雷星鷲〉アルタイルが、嘴にまるまる皮を剥かれた梨らしき実のヘタを咥えて隣に降り立ったようだ。

お礼に艶々と輝く黒い翼を撫でてやれば、鷲は気持ちよさそうに目を細める。彼が特に警戒していないということは、今のところこの街道に危機はないのだろう。なんとも言えない香気を放つ実にかぶりつき、ひと心地つく。


 〈怪物たち〉は〈吸血鬼〉ヴァンパネラ〈人狼〉ワーウルフ、〈鬼人〉、〈吸精魔〉など、善の種族どころかモンスターに近い特性を持つサブ職業を中心に構成されている。ゲーム時代であればそれらのサブ職は別段取り沙汰されることはない、むしろデメリットの多さからマイナー職として扱われることが普通の、そんな“職業”でしかなかった。問題は〈大災害〉以降だ。

 不滅の肉体を持つ〈冒険者〉でありながら、恐ろしいモンスターと同質の能力を持つものたち。〈冒険者〉同士の結束が固まったヤマトではいざ知らず、北欧サーバは混迷より脱することができなかった。結果、起こったのは排斥だ。



「〈怪物たち〉は、貴族に雇われた〈冒険者〉にプレイヤータウンを追われたそうなんだ。いかな〈冒険者〉とはいえ、危険因子を領内に残してはおけないとね。彼らは本来なら最大人数150人ほどの大規模ギルドだったのだけれど──運の悪いことに、〈大災害〉時には52人ほどしかログインしていなかった。幹部、主戦力の練度では生半可なギルドに劣らなくとも、向かってくるのがレギオンレイドの軍勢ではいくらなんでも相手が悪すぎる」


「背筋が寒くなるね。具体的なトコはなんにも知らないけど、楽しく遊んでいたはずの相手に他人の都合で殺されかけるなんざ」



 キティさんの言う通り、〈冒険者〉が〈冒険者〉を襲う理由としては、下劣ではないかわりに酷薄だ。貴族たちの心情を考えると完全に否定できることではないが、金銭で雇われ同じプレイヤーであったはずの相手を襲う〈冒険者〉と、心の安寧の為に戸惑う〈冒険者〉を追い討たせる〈大地人〉。この構図は、アルスター騎士剣同盟、その未来を暗示しているかのようだ。

 化け物と謗られ、都を追われた〈冒険者〉。逃げて逃げて、逃げ続けて──結果、ヤマトに飛ばされた彼らは幸運だったのだろう。度の途中、焼け落ちた村落を、蔓延する死に至る病ぜつぼうを見た彼らの安寧を願い、僕は瞳を閉じた。


 心の底には、かつて〈怪物たち〉との冒険の記憶が今も息づいている。輝かしい、懐かしい思い出。けれど、〈セルデシア〉に降り立った〈冒険者〉の何人が、この輝きを失わずにいられるだろうか。



「ストップ、これ以上ジメジメした話はナシだ。アタシらが鬱ってどうにかなるんなら結構、だが実際はそうじゃないだろう?」


「……ん、そうだね。そうだった。先ずは、これからを考えないと」



 キティさんの声と、頬を撫でた風を合図に瞼を開く。気づけば空を覆う雲の比率は増え、大気に混ざる水分はその匂いを濃密にしていた。僕は馬車から飛び降りると、並んだ幌馬車達の先頭に向かい声を張り上げる。



「風が出てきたし、雨が降りそうだね。村も見えてきたことだし、急ぐかい?」


「おう、そうだな!ちょいと急ぐから、詩人さんも馬に乗ってくれ!」



 御者が振るう鞭に合わせ、キャラバンの歩みは早まる。今日は一泊することになりそうだった。






 ざぁざぁと振る雨が、せわしなく窓を叩く。隊商がマツドの村に辿り着くのと、雨が降り出すのはほとんど同時だった。湿気に弱い荷物をなんとか運び出した商人の皆とともに、今は揃って宿の中。二階の宿と一階の酒場が併設されたこの〈火酒のランタン亭〉で、少し遅い昼食を取ることになった。早速とばかりに村人と商談に出かけていった壮年の商人以外は、だいたい見える範囲に居る。もちろん、キティさんもだ。

 昼のメインは大皿に盛られた何本もの串焼き。パンと野菜の汁物が付け合わせられてはいるが、なかなかに豪快だ。もっとも、その串焼きの大半は目の前の女性の腹に消えていくのだけれど。

褐色の肌とは対照的な、まぶしく輝く白い歯が肉を噛み千切る。滴る肉汁は漬け込んだであろうタレと混じり合い、食欲をそそる匂いを醸し出し、やがて咀嚼される。焼き色のついた野菜たちも豚や鳥の肉も、残さず皿から消えていく。自分用に取り分けておいた皿からひと串を引き抜いてから、キティさんに声をかけた。



「えーと、美味しい?」


「バカウマにね。タレがようくしみてて、昼間じゃなかったら酒が欲しいくらいには美味いよ。ほらアンタも食いな」


「食べているよ、見ているだけで胸がいっぱいになりそうだけど」



 そう言いながらも、促されるままに串を口に運ぶ。ともすれば火傷してしまいそうなほどあつあつの豚肉が、口の中で肉汁を放出するの感じ取れた。漬け込みのタレは香辛料とフル-ツが多かったのか、なんとなくソースを思い出す風味がする。そのせいか、クシカツを思い起こさせる味だ。

 胸がいっぱいでもお腹には入るものなのか、僕にしてはハイペースに食事が消えていく。たいして時間もかからずに食事を完食し、満足感とともに腹をさする。目の前で竹楊枝を小器用に使いカスを取るキティさんは正直おじさん臭いが、あれはあれでれっきとした身だしなみである。きっと彼女も後で村の職人と交渉するのだろう。そう思ってぼんやりと見つめていたら、ふと目が合った。紅色の瞳が何事かを訴えるように輝くと、彼女は口を開く。



「アンタ、マツドが薬草の産地なのって何でか分かるかい?」


「知らないけど」


「黄色いドラッグストアが最初に出来たのがここだから。アタシも〈妖精軟膏〉と〈黄金の霊薬〉の材料が欲しくてさぁ、あれば〈七竈の灰汁〉もって頼まれてんだよね」


「ああ、だからなのかアレ。でも〈黄金の霊薬〉って、そのまま栄養ドリンクみたいなものだったよね……習性って、簡単には変わらないなぁ」



 マツドの街からの買い付けは分かる。いくらアキバに多くのアイテムが集まるとはいえ、在住している〈冒険者〉の総数は一万人前後。その中でも大規模な生産活動を繰り返す三大生産ギルドの使用するアイテムの量は膨大だ。不足するものは多く、また買い付ける時間があるならアイテム開発を優先したいのが職人の心情というものだろう。だからキティさんは用事のついでに、後輩の為の素材をたっぷり持ち帰る、という行動に出たのだ。

 馴染みのテンガロンハット、傍らに〈マリョーナの鞍鞄〉。見た目はあまり商人然とはしていないのだが、手元の手帳に何事かを書き付けているさまは抜け目のなさを感じる。もっとも、僕自身とうの昔に出し抜かれているのだから当然といえば当然の感想なのかもしれない。


 彼女は立ち上がると、僕を一瞥して鞄を背負う。



「んじゃ、アタシは隊商のドンと一緒に話つけてくるか。腹も満腹になったことだし、たっぷりふんだくってこないとねぇ!」


「ほどほどにね、彼らも生活がかかっているのだから」



 その勇ましい背中に手を振って、僕も席を立つ。店から出るのではなく、隅に移動するためだ。これから手入れするものはマツドの腕利き職人にだって任せられない代物、間違っても酒をこぼされては堪ったものではない。


 適当な椅子を隅に引きずり、魔法鞄を脇に置く。鞄から取り出すのは愛弓、〈五月の王〉メイ・キングだ。ゲーム時代から存在していた装備品の耐久性は非常に高く、弦の緩みやパーツの減りも全くありはしない。なにか変化が起きるとすれば耐久度が目減りしたときぐらいだが、一応〈大災害〉以降手入れは欠かしていない。

 柔らかい〈巨大蜘蛛〉の糸で織り上げられた布を使い、丁寧に表面の汚れを拭き取れば艶が出る。こうしていると元より見るものの視線を吸い寄せる深い緑色に、さらなる鮮やかさが宿るような気がするのだ。酒場に吊るされたランタンの光を浴びて、どこか気持ちよさそうに〈五月の王〉は輝いた。



「They happend to meet on a long narrow bridge,And neither of them would give way;Quoth bold Robin Hood, and sturdily stood,I’ll show you right Nottingham play.」



 その輝きにつられてか、自然口元が歌いだす。誰に聴かせるでもない歌は日本語ですらない。当然だ。この歌は遥か彼方の英国の、この弓を授かった緑の森の物語。シャーウッドをねぐらに弓を携え、司教や王を出し抜いた緑の彼と仲間達の歌なのだから。



「With that from his quiver an arrow he drew,A broad arrow with a goose-wing:The stranger reply’d, I ’ll liquor thy hide,If thou offerst to touch the string.」



「Quoth bold Robin Hood, Thou dost prate like an ass,For were I to bend but my bow, I could send a dart quite thro thy proud heart,Before thou couldst strike me one blow.」



 こころなしか酒場の視線が集まっているような気がするもの、今僕はそれどころではなかった。歌声を受けてか愛弓はますますその美しさを増し、弦を軽く弾けば心地よい音色を鳴らす。深緑の奥に、こころなしか〈古来種〉かのえいゆうのにやけた顔が浮かんだ気がした。そういえば、彼はどうしているだろう?


 〈怪物たち〉とともに潜り抜けたレイドで、彼は僕たちにこの弓を授けてくれた。〈赤枝の騎士団〉のはぐれもの、栄誉よりも実利を取った自由人アウトロー。面倒くさがってサーコートすら着ようしない〈古来種〉らしからぬ男ではあったけれど、今も元気でいるのだろうか。画面越しではない今言葉を交わす機会があれば、是非とも改めて礼を言いたいものである。

 言うまでもなく、〈全界十三騎士団〉は僕の憧れの一つだ。世界への慈愛と達観を抱く彼らの眼差しは感じ入るものがある。〈イズモ騎士団〉〈ウェンの守り手〉〈翡翠フェイツイ騎士団〉、代表的な所を挙げるのであればこんなところだろうが、その志には寸分の違いもないだろう。――英雄たらんとする心、自らの力を制する知恵、折れぬ善の意思。〈大地人〉だけではない、ときには〈冒険者〉までもがその姿に尊いと見とれるのだ。



「‘Thou talkst like a ――ん?」



 懐かしい面影に思いを馳せて声を響かせていたが、ふと靴音が耳に届き声を止める。顔を上げるまでもなく、音の主と目が合った。子供だ、数人の子供が僕を見つめている。興味半分、怖さ半分というところなのだろう、目線があった瞬間僅かに体を震わせた。なるべく怖がらせないように、意識して目元を緩ませる。



「どうしたんだい、お坊ちゃん、お嬢ちゃん。ひょっとして、僕の歌を気に入ってくれたのかな?それとも、この弓が気になるかい?」


「え、あっと。あの、あのねおじさん!それって翡翠で出来てるの!?」


「お嬢ちゃんは元気だね、とっても大きな声が出ているよ。うーん、でもね。これは翡翠じゃなくて木で出来てるんだ、僕も貰った時はとっても驚いたんだよ」


「翡翠じゃないの?でも、こんな色の木見たことない!……あ、ごめんなさい」



 酒場に響き渡る大声を上げてしまった子供たちが、大人の視線を浴びて小さくなる。それに軽く頭を下げると、目の前に〈五月の王〉を差し出して見せてやった。初めて見る神秘の武具の輝きに、誰もが食い入るように深緑の弓を見つめだす。いくつもの瞳に緑が宿るさまに、つい小さな笑いがこぼれてしまった。

 このきらきらしい瞳の輝きが、初めてこの弓を装備した時の自分と重なったからだ。大規模戦闘レイドを潜り抜けた親友、その友誼の印として譲り渡された弓。それだけでも何にも劣らぬ意味がある。だけど装備品として改めて〈ナーサリー〉に装備させた時、そのグラフィックの美しさと誇らしさで胸がいっぱいになったのを、確かに覚えている。


 翡翠ジェードのような深い緑、伸びやかに茂る若木のごときしなやかさ、精霊の加護を示す優美な彫刻。元より蒐集癖のある気質だが、溜息を漏らしてしまったアイテムは後にも先にもこれだけだ。元よりイングランドの伝説的英雄を示す弓、北欧サーバが手抜きをするはずがなかったというものである。


 しばらくすると、弓の隅々まで視線を巡らせる子供たちの中に、こちらに視線を向けてくる子供が現れた。弓とこちらを交互に見つめ、何度も首を捻ると口を開く。



「凄い弓だけどさー、おじさんあんまり強そうじゃないよね、〈冒険者〉なのに」


「……っぐ。うん、そうだね。黒い鎧の〈守護戦士〉とか、大きな体の〈猫人族〉とか、そっちのほうがいかにも強そうだもんね……」


「ならなんでこんな弓持ってるの?」


「ねーなんでー」



 ちょっと前に流行ったネットスラングのように刺さる言葉と子供の無垢な疑問が確実に僕のMPを削っていく。なんてことだ、直前の警戒具合など面影もない容赦のなさでこちらを追い詰めてくる。違うのだ、別に僕は弱いわけではない。最近は戦い方も体に馴染んできたし、弱くはない、はずなのだ……。


 子供たちは目の前の大人がショックに打ちひしがれていることなど全く気付かず、無邪気に質問を重ねている。曰く、どこでこの弓を手に入れたのか、そもそも使えるのかと散々である。仕方がないのでぐらぐらと揺れる内心を押し隠し、震える声を一息で整えてから、声をかけることにした。



「しょうがないな。それなら、おじさんがこの弓を手に入れた時の話をしよう。遠い遠い、海と山を越えた先にある、遥かなアルスター騎士剣同盟のお話だけど……みんな、聞いてくれるかい?」


「うーん、ホントのことなんだよね?アルスター、なんてひいじいさまのご本でしか聞いたことないよ」


「本当だよ。僕の友達と、ひねくれ者の〈古来種〉。それに大地を奪い去る恐ろしい死霊の王も登場する、大冒険のお話さ。僕もとても楽しかったから、きっと喜んでもらえるよ」



 魔法鞄から、いつものように〈金星音楽団のセロ〉を取り出す。見慣れない魔法の楽器に子供たちの視線が集まると、僕も小さく笑んでチューニングの一音を鳴らす。遠い、遥かな北欧よりやってきた友人たち。その大切な思い出を調べに乗せ、声をあげた。



「舞台はここヤマトより遥かな空を越え、山を越え、海を越えた先のある島の、偉大なる女王が代々治める七女王国。歴史と伝統、それから国を覆う煉瓦と緑の木々に囲まれたとても美しい国ですが、これより語るは何とも恐ろしい、しかし心に信念を抱いた怪物たちのお話です。どうか彼らの活躍を、最後まで聞き逃さぬように――」



 記憶の欠片を掬い上げ、ますます声高らかに。今日の公演は、こうして始まりを告げたのだった。






 夜露が草に光る、静かな夜。誰もが寝静まった村のはずれに、僕は立っていた。


 雨の止んだ空には、切れ切れになった雲の間から月が覗いている。しんと静まり返った木々と草原からは時折鳥の声が聞こえるのみで、大地に映る雲の影ばかりが視界の中で動く。


そよ風に靡く前髪を少し鬱陶しく思いながら払うと、その向こうに赤い人影が見えた。



「……ここは一番見晴らしがいいね。〈神代〉の遺跡も少ないし、背の高い草も多くない。村がまっすぐに見える」


「そうだねぇ、ここなら――簡単に襲撃できそうだ」



 暗中に響く声は聞きなれたものだ。ややハスキーな、成熟した女性の声。雲の影がかかった顔は暗く翳るが、その奥には金の瞳が剣呑に輝いている。



「いつ目星を付けたんだい?」


「最初から。ほら、建物選びでも大事だろう?避難経路の確認とか、陽当たりの良さとかさぁ」


「そうかい――僕は完全に記憶に頼り切りだったなぁ。いけないよね、こういう油断は」


「ああ、本当さね。もう少し鈍かったら可愛げがあったんだけど……生憎、あんたは馬鹿でも愚鈍ってわけじゃないからさ、困ったもんだよ」



 彼女の――キティさんの手の中で、〈百獣女王キュベレの守護鞭〉がぎしりと音を立てて握られる。それが開幕の合図。僕も応じるように矢を番え、



〈雷星鷲〉アルタイル!打ち抜けェ!!」


「〈レゾナンスビート〉!|……追加、〈シフティングタクト〉」



 ……キティさんの背後、今にも飛びかからんとしていた深紅の霞を撃ち抜く。〈マニュピレーター・スタイル〉の後押しを受け、雷電を翼に纏う〈雷星鷲〉が重ねるように霞を切り裂き霧散させた。甲高い悲鳴が響き渡ると、深紅は既に霞から実体のある姿へと変貌を遂げていた。


 青白い美貌、それとは反対の、血の滴る唇。そよ風に靡く髪は色素を失い白く、空中に浮かぶ姿は現実感リアリティを見失う。生きている死体、闇夜の高貴、蛭よりもなおおぞましく罪深き者。吸血鬼、と称される存在が、そこにいた。

 しかし、その肩口はしゅうしゅうと音を立てて焦げつき、細い腕からは余人より奪ったはずの血が流れている。そのどちらもがこちらの攻撃が命中したことを示し、またもっとも得意とするはずの夜間の奇襲に、誇り高い吸血鬼が失敗したということでもある。事実、その可憐なかんばせは憎悪に歪んでいた。



「おのれ、〈冒険者〉が……またぞろ〈五月革命〉の時のように短慮に走ったと思えば!絹の夜に生きるこの私を、私を……!!」


「騙し討ちしたのか、だって?いいじゃないか可愛い可愛い〈吸血鬼〉さん。アンタみたいな人外よりもさぁ、大抵は人間のほうが狡賢いもんだよ」


「やっぱり人語は使えるよねぇ……まいったな、後味が悪いというか、どうも」



 口からこぼれたのは素直な感想だ。ただ、詠唱キャストを唄うことだけは止めない。続いて点灯した音符は〈虹のアラベスク〉のもの。鏃に火炎を宿すと同時に数発を吸血鬼――いや、〈吸血鬼〉ヴァンパイアの翼膜目がけさらに撃ち込む。連続して〈レゾナンスビート〉、〈エレガントアクト〉。

 火炎が付与された矢を当然のように回避しようとした〈吸血鬼〉に、流星のごとき速度で〈雷星鷲〉が迫る。ハヤブサを思わせる急落下を、矢に気を取られた〈吸血鬼〉が回避出来るはずもない。火炎が羽をかすり、続けて急速な突進。次の瞬間には追撃の矢が飛来する。元より、僕らに行動を許す心算は無い。


 あたりを劈く悲鳴が再び響き、今度は必死の羽ばたきが耳に届いた。先程撃ち損じた羽を使い、〈雷星鷲〉の攻撃から離脱したのだろう。大気を切り裂いて飛翔する〈吸血鬼〉の速度は存外早く、の射程範囲外から離脱する。



「このっ……我らと同じく不死でありながら、定命の〈大地人〉ごときの村などなぜ守る!嬲られるべきは我ではなく、そこのあばら屋であろう!」


「うん?ちょーっと聞こえなかったねぇ。誰と誰が同じだって、ああ?その〈大地人〉の血を啜んなきゃ生きられないのは何処のドナタだってんだよ!!」



 吐き捨てるキティさんをよそに、目測にして50m以上は離れたであろう〈吸血鬼〉の懐中で蠢く邪毒が収束する。恐らくは従者も扱う邪毒の魔弾だろう。魔力を秘めた目はこちらに向いており、目視すると同時に射出された。間違いなく、野球のボールよりはずっと早いだろう。

 けれど、それは僅かに体を傾け、軽く地面を蹴ることで回避する。視線はなによりも雄弁に魔弾の軌道、射出のタイミングを告げていた。相手が明確な意思を持ったエネミーであれば、反射が追い付く限りこの体は回避できる。僕は本当に段々と、今の自分に馴染みつつあるのだ。だから後は、任せておけばそれで済む。


 重ねて〈剣速のエチュード〉を起動。これでヘイトは間違いなく僕に向き、それ故もっと危険な敵に〈吸血鬼〉は気付かない。大地を蹴る蹄の音、月光を浴びて輝く白い毛並。――〈一角獣〉ユニコーンに騎乗したキティさんが、すぐ足元まで迫っていることに。


 疾走する〈一角獣〉は勢いよく大地を踏み、一瞬の内に高く跳ね上がっていく。幻獣の脚力は逞しく、〈吸血鬼〉との距離を三分の二まで縮める長大な跳躍を成した。その上には、猟犬のように幻尾を立てた彼女。



「〈サーヴァントコンビネーション〉。――そう無視すんなよ、一緒に踊ろうじゃないか」



 〈吸血鬼〉が開けた程度の距離など、〈雷星鷲〉の翼には短すぎた。〈一角獣〉の背を蹴って宙に躍り出た主人に合わせ、雷光に輝く鉤爪を振り下ろす。火炎の鞭と稲妻の爪を受け、今度こそ〈吸血鬼〉は地に堕ちた。

 しかし、まだその体は消滅していない。確認のために駆けよってみれば無残にも翼は焼け爛れ、十字に切り裂かれ焦げた傷口からは、生々しい焼けた肉の臭いまで漂っている。……やっぱり、あまりいい気分ではない。這いつくばり、消滅の恐怖に怯える表情はさすがに心臓に悪い。


 目の前の存在は分類上モンスターだが、明確な個を持ったヒトなのだ。〈大地人〉や〈冒険者〉に対する敵意はその分類分けの理屈には当てはまらない。悪意だけなら、誰であれ持ちうるからだ。ただ、目の前の存在は生態と意思、その両方が人間にとって邪悪と呼べるものだった。戦う理由はそれだけだ。これはすべてのモンスターに当てはまる。


 ただまぁ、害獣や資源として考えるとなると、世知辛いがそれに限れないのが空しいところではあるのだが。なんとか起き上がろうとする〈吸血鬼〉は、口惜しいとばかりに呻いた。



「が、ああ…!おのれ、おのれぇ……なぜだ、不死こそ最も尊き生命のカタチ!それが、が、げほ…なぜ、なぜこのような辱めを……!!」


「悪いけど、獣も虫も、協力者や家族が襲われれば反撃くらいするよ。これはただ、そういう自然の摂理に負けただけさ。それに。命は平等ではないかもしれないけど、価値の優劣なんてない」



 僕が一歩踏み出すと、〈吸血鬼〉はほんの少しだが後ずさる。そうすることが既に敗北の証左になっていることに、相手は気付かない。


 また一歩踏み出す。今度も〈吸血鬼〉は後ずさったが、その瞳から僅かに恐怖の色が消えた。何をするのかと考えた一瞬のことだ。不意に、その姿が掻き消える。耳に響くは、必死だが悪意に満ちた哄笑。



「はは、ははははははは!お前たちが我を殺しうるのは認めよう、〈冒険者〉。だが、いかなお前たちとて夜闇の中で蝙蝠に追い付くなどとは考えまいよ!」



 目を凝らせば、言葉の通り月の翳った空を羽ばたく蝙蝠の黒い影が見えた。その速度は素早く、一言発する間に飛び去っていくだろう。だが、またしてもその傲慢さが命取りになるのだと、向こうは思わないのだろうか。そう思った背後で、キティさんの詠唱が聞こえた。


 次の瞬間、長大な水流が一帯を渦巻き囲む。蝙蝠はとたん羽ばたきを弱め、おろおろと流れの手前を飛び回る。成功してくれなければ困ったけれど、作戦は成功だ。キティさんが〈一角獣〉と入れ替えた〈水精霊〉ウンディーネが、周囲に水流の檻を張ったのだ。

僕はうろつく蝙蝠に矢の照準を合わせると、死刑宣告さながらに言った。



「『吸血鬼は流れる水を渡れない』。どうやら、〈吸血鬼〉きみもその点は変わらないようだね」


「な、な、なぁ…!ふ、ふざけるな〈冒険者〉風情がぁぁぁぁ!!」


「|“ゲームのクエスト”(前に会った時)から全く変われなかった。強いて言うなら、それが君の敗因だよ。変わったとしたら、それはそれで怖いけれどね」



 それが別れの言葉だった。火炎の矢は蝙蝠に食らいつくと、跡形もなく焼き尽くす。やがて灰となった蝙蝠は、虹の泡となり、消滅する。いつもと同じ、いつもの流れ。それが、この一瞬だけは不思議でならなかった。


 ただ立ち尽くす僕の隣では、キティさんが〈吸血鬼〉のドロップ品を品定めしている。構うことはないのだが、そこまで徹底しているといっそ感嘆してしまう。わかっていたことだが、彼女は心優しい人物ではない。道徳心と理性、人情は必ずしも慈悲と同質というわけではなく、敵に対しては何処までも冷徹になれる。そういう、戦士の素養があるのだろう。なりたいとは思わないが、自分の甘さを自覚している分羨ましさはある。



「そういや、いつこのクエストを思い出した?」



 何となしにその背を見つめていると、ふいにキティさんが問いかけてきた。興味があるのかないのか、こちらは見ない。



「昼過ぎあたりに。午前にルー・ガルーと念話して、昼に村の子供に昔話して思い出したよ。ここにも吸血鬼が――〈鋼呑みの鮮血乙女〉が居るって」


「仰々しい名前だよ、まったく。アタシは従者が血臭に気付いて偵察してたんだけど……鍛冶屋を食い殺すから“鋼呑み”ってのはねぇ。なんかストーリーあったっけか」


「『その乙女にはかつて恋人が居た。その男はマツドで作られた防具を纏い、百戦百勝。しかしある時、戦いのなかで命を散らす。敵も味方も滅んだ戦、恨む相手もいない乙女はなにを思ったかマツドを憎んで血を啜る鬼に姿を変じた。以来、マツドの鍛冶屋は幾たびも真っ赤な吸血鬼に狙われ続けているという。もう、己が吸血鬼となった理由すら思い出せぬ、その乙女に』……たしか、概要はこんな。古アルヴ時代から生きているともされるけど、そこは蛇足かな」


「おーけい、おっそろしいよその記憶力。ネタを絞ればコーデックスとも張れるんじゃないかい?」



 それは勘弁願いたい、と返答してから村を眺める。先程の戦闘にも全く気付かず、眠り続ける村。ここからツクバまでの距離を一瞬考えて、ぽつりと言葉が漏れてしまった。



「ちゃんとゆっくり進むんだよね、今のキャラバン」


「大丈夫大丈夫、アンタが遅いだけだから。そこそこの見どころを回る余裕くらいあるって」



 あんまり信用できない言葉を耳に、僕はさっさと村の宿へ戻ることにした。ターニングポイントは刻一刻と近づいていることには、まだ気付かずに。






〈雷星鷲〉(アルタイル):幻獣型


 雷を纏った翼を持つ大鷲、自らの雷光により夜間もある程度飛行できる。

 サイズは通常の鷲より一回り大きいほどで、回避能力が非常に高い。その身のこなしで契約クエストに挑む〈召喚術師〉を苦しめ続ける難物でもある。



 キティの長所が性格の攻撃性と純粋な戦闘センスなら、ナーサリーの長所は観察能力と共感する心。

 二人だけのパーティで何とかなってるのは、骨子が真逆だからなのかもしれません。



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