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アキバの街シリーズ、ようやく最後になりました。

ある一面から見たアキバの人々、みたいなのを書きたかったのですが、詰め込みすぎてまた文字数が……



『拝啓、家の皆。

 夏の暑さも徐々に厳しくなり、いよいよ本番といったこの頃、いかがお過ごしでしょうか。昼には木陰で街道を吹き渡る風に息をつき、夜は月の微笑みを受けながら眠りにつく毎日は、なかなか充実しております。アキバの街ではそろそろかき氷の出回る頃でしょうね、冷たいものばかり食べて夏バテしないように。


 さて、そんな暑さの中私は、ヒロセの神殿街にやってきています。炎の魔神を鎮めるためにあるこの街は、その構造その物が巨大な儀式魔方陣として機能する壮大な役目を持っているのですが……モンスターに対抗するための城壁を外の円とし、街を縦横無尽に走る街路を術式の構造式として利用していることは、一見しては分かりません。よくよく観察すれば道路の敷石には一部に魔法鉱石が使用され、基点となる鎮めの石碑を発見できますが、巧妙に隠されていました。何に対する警戒なのかは、言うまでもありませんね。


 この街の炎の魔神を巡るクエストも、ゲーム時代は一通り行ってきましたが、やはり神火産霊命かみほのむすびのみこと、というかカグツチを指してるのでしょうか。ここにそういった神を奉る神社があるとは他のプレイヤーから耳にしていたのですが……星神というのがピンと来ず。こちらは〈セルデシア〉独自のものなのか否か、詳しい人物がいらっしゃれば聞きたいところではあります。

 そうそう、今はちょうど夏ですし封印の為の触媒を少々お納めしてまいりました。万一があれば危険だと考えたのか、神官殿曰く何人かの〈冒険者〉が納めに来ているようですね。〈円卓会議〉も軌道に乗ってきたことですし、無用な災いは無い方がよろしいでしょう』




 チャコールの机にオフホワイトの手紙。一見すると研究者の机にも見える乱雑さを醸し出す机には、その柔らかな色合いの紙片はやや不釣り合いだ。それもそのはず、手紙を書いたのは机の持ち主ではない。机の持ち主はこの部屋で手紙を微風に遊ばせながら、別室で労働の真っ最中。辛うじて机からの落下を免れる手紙の側には、厚めの台帳が居座っている。

 風は気まぐれに、強めの勢いで大気を送り込む。その勢いのままとうとう手紙が机の上から消え去ると、今度は別の本がパラパラと風に捲られていく。……本の内容としては物流、開発、医療と纏まりは無い。だがその内容にあえて一貫性を求めるのであれば、その全てが『商業と生産』の一環として記録されていた。


 “アキバの家計簿”とでも呼ぶべきその一冊には、所有者としてある名前が書き込まれていた。──〈ケティ〉。誰も呼んではくれないその正式名称は、自己主張するように表紙を彩っていた。





 BGM、珈琲の香り、カップとスプーンがぶつかる音。囁き声とウェイターの靴音がこの空間の主。赤毛の主人と、種族の坩堝である店員たちによって切り盛りされるここは、〈イーハートーブ幻想館〉。アキバの街の片隅で、一時の安らぎを提供する止り木である。



「マスター、ケーキセットひとつお願い。ケーキは夏ミカンのショートケーキでね」


「ねぇねぇ、“腹ぐろ眼鏡”って、〈黒剣〉に誘われてたって本当?ううん、次のネタにしたくてさ……」


「俺の何が悪かったんだと思う?……だよなぁ、戦闘は秒の判断で違ってくるもんな」


「あの、ここのお菓子で一番甘いのってなんですか?いえ、私じゃなくてギルドの先輩がちょっと」



 他人の話題に耳を澄ませるのは少々無粋だが、音量を抑えた店内では食事や会話に気を取られていなければ割合簡単に聞き取れる。だが、ここの客はみなお喋りや手元の仕事に夢中であり、周囲に気を配っているものなどごくわずか。その僅かの中に入る女性は、とろりとした蜂蜜を銀の匙で掬っている最中である。

 午前のやわらかな陽光を受けて、白い蜂蜜は甘やかにきらめいた。見とれるほど濃厚なそれは匙から細い糸のように垂らされると、格子状の模様を描き真下にあるホットケーキを飾った。とろける蜂蜜と香り豊かなバター、小麦の甘い匂いをまとったホットケーキは、白いプレートに乗ってお客の元へと届けられる。まだほわほわと湯気が上がっているのは、それが焼きたてな証だった。


 わくわくしながら望みの品の到着を待っていた客は、もう待ちきれないというようにナイフを入れる。ケーキの温度で溶けたバターが滑り落ちそうになりながらも、小さく切り分け口に運ぶ。口の中に広がるほんのり甘い生地の味。表情まで甘く蕩けながら、次々にフォークを繰り出していく。



「~~っ、おいしーい!!もう幸せにもほどがあります。そう、今の私の幸福指数は100%フルスロットル……スイーツ最高、砂糖は人類最大の発明ですう!」


「……満足ならいいんだが、ゆきの。ここが喫茶店だということを忘れてもらっては困るんだが?」


「はっ……甘い罠にかかって、忘れてましたる!」


「だから静かにしろ。お前の声だけが店内に谺するのは、かなり恥ずかしいぞ」



 思わずフォークを振り回す水色のサイドテールを結った少女を、男性的な口調の金髪の女性がたしなめた。白いジャケットに水色をした革のビスチェのへそだし、スキニージーンズを着た目立つ衣装の少女は、その服装もさることながらその大声で店内の注目を浴び、照れてように誤魔化し笑いを浮かべて居すまいを正す。店の客たちも分かっているのか、微笑ましい笑みを浮かべて手を振った。


 縮こまるゆきのの前に、泡立てたミルクにキャラメルがかかったキャラメルコーヒーが置かれる。途端しょぼくれた表情が明るいものへ変わり、大事そうにコーヒーを持って飲む。ともすればあざとさすらある動きだが、心底幸せそうな表情なせいか、そんな印象を持たせない。派手なのは見た目(アバター)だけであり、中身はもっと屈託のない少女なのだろう。

 それゆえその仕草を笑うのはただ一人に限る。喉を鳴らすように笑った女は、真っ赤な髪をショコラのシャツ、黒のベストで店内のトーンに合わせ、カウンターの向こう側で口角を持ち上げていた。その揶揄するような笑い方にむっとした表情を浮かべたゆきのに、女は──キティはさらに笑みを深くして応じる。



「本当に甘いの好きだね、アンタ。ウチは砂糖控えめがモットーなんだけど」


「うっふっふっふっふっ。シュガー、シロップ、クリーム、キャンディ。これら糖分は乙女の夢じゃないですか。最高にドリーミングでスイーティー、私たちを惑わす魅惑のあんちきしょう!お菓子とはそういうものですよ」


「興奮しすぎて意味が成立していないぞ。甘いのは私だって好きだが、お前の偏愛は際立って酷いものだ。……なぁ、体重計から逃げてもう何日目になる?」


「ぐうわっ……聡子さーん…MPダメージやめて、やめて」



 へなへなとカウンターにうつ伏せるゆきのに、聡子と呼ばれた女性の言葉が深々と突き刺さる。こちらは金の髪に長髪オールバック、植物の意匠が取り入れられた深緑のドレスを纏っている。長い耳には華奢なフレームの眼鏡がかかり知性に満ちたエメラルドの瞳を彩っていて、見た目だけならばエルフの姫君といった風情。だが、女性の足元には灰色の毛並みをした狼がうずくまり、おしとやかな姫というよりは森に隠れ潜む賢人を連想させる佇まいをしている。

 聡子の目の前には珈琲とジンジャークッキーが置かれ、ときたま横からゆきのにつまみ食いされている。いじけながらもお菓子を食べる手は止めない少女に呆れ半分関心半分のため息をついて、その手をはたいた。ぶつぶつと垂れる文句を完全無視して、ミルクでまろやかな色に変わった珈琲を啜る。さらりと落ちるプラチナブロンドは美しいが、中身ははっきり言って容赦がない。


 くつくつと笑いが止まらなくなってしまったキティは、意識を逸らそうと店内を眺める。同じカウンターで接客に勤しむ法儀族のナーグ、きらりとフルーツの輝くタルトを運ぶエルフのエレミア、小さな体でいくつものお盆を支えるドワーフ、アストン。もう一人のドワーフであるグリューは休憩していて視界には映らないが、多分猫人族のガルド=カッツと一緒に林檎でも食べているだろう。

 種族の混合はアキバにおいて珍しいものではないが、この店では雰囲気がまた違う。わざわざクラシカルなデザインの調度品ばかり選んだせいか、はたまたオレンジの光を放つ魔法のランプのせいか。この店はアキバの街の喧騒から隔離された異界のようだと、キティはほんのときたま感じるのだ。


 その視界の中にいた、見た目は美男のナーグに見とれた女性客に夏みかんのケーキを配膳する。この世界は果物や野菜が旬を問わずに流通するが、だからといって味よい季節というものが無いわけではない。モンスターや特殊なダンジョンで発見される食材アイテムは一部を除き平均品質のものしか出現しないからだ。各地の特産品や旬の食材を美味しく、かつ健康的に食べてもらうことがキティのモットーである。それゆえこのケーキも、〈第八商店街〉から買い上げた上物の夏みかんを使っている。

 その仄かな酸味が香るクリームに、ゆきのが飛び起きた。意地汚さはあるが、こう率直だと微笑ましく思わないでもない。表面上だけ冷やかな視線を向けて元の位置に戻ると、恋い焦がれる乙女のようにじっとキティを見つめている。



「まけない、食べたかったら金を払いな。……あぁ、アンタのとこのギルマスもここに来てるって前に言わなかったっけねぇ?」


「せっ、先生に!先生にチクるのだけはどーかご勘弁をお代官様!」


「なら代金。懐が寂しいんなら、そのカロリー使ってまた稼いでから来ることだね」


「キティさんのオニ……ジンヒジンの悪党だぁ……へぶっ」



 失敬な呼び方をした客を、拳で黙らせる。〈召喚術師〉(サモナー)の腕力では〈暗殺者〉(アサシン)のゆきのに与えるダメージなどさしたるものではないのだが、お灸にはなったようだ。涙目で頭をさするゆきのを見下ろすと、今度は不満げな視線が返ってくる。



「生憎、悪党呼ばわりはアタシにとっちゃ褒め言葉なんでね。その子猫キティなんてムカつく呼び名の方がよっぽど腹に据えかねるよ」


「うぐぐ……でも、その割になんか悪事とかするわけじゃないですよね。むしろ新人の手助けとかしてたような?」


「実際に悪人になってたらこうして呑気に喫茶店なんざやってるわけないだろ。アタシの言う“悪党”は、世間一般で言うただの犯罪者とはまた別なんだよ」



 言い切ってから、使い終わったカップを洗う作業に入る。ここからは見えない裏側のキッチンにも従業員はいるのだが、キティは手早く済ませられるものはなるべく自分で洗うようにしているのだ。

 意識の端で、狼牙族の鋭い聴覚が呼び鈴の音を捉えた。中央のテーブルに座っていた客が追加の注文をするのだろう。あの客はナポリタンとコーヒーフロート、付け合わせにポテトサラダとフライドポテトと物珍しさに任せて結構な量を注文していたはずだが、まだ入る余裕があったとは驚きだ。

少々の呆れを含みながらもお金を落としてくれる上客には優しくせねば、強欲用心棒の名が廃る、とばかりにケーキを取り出す。冷蔵庫代わりの倉庫用家具アイテム、〈カロン・ガロンの茶箪笥〉に収められていたガトーショコラは食べ頃の状態が保たれ、食後のデザートにはぴったりだ。エレミアの手でテーブルに運ばれたそれは、あっという間に客の腹へと消えていく。その食べっぷりにいっそ気持ちよさを感じて、息をつく。



「じゃあ、き……店長の言う“悪党”ってどんな人なんです?」


「ただの悪人は外道、悪党は邪道」



 間髪入れず、キティは答えた。言いかけた言葉に拳骨を入れてやりたくもなかったが、そこは一旦抑える。洗い終わったカップを布巾で包み込むと、言葉を続けた。



「いいかい、自分で自分の尻拭いが出来ない、またはしないって奴は“悪党”アウトローじゃなくただの外道なんだよ」



 カップを磨きながら答えるキティの言葉を、ゆきのは上手く飲み込めないような顔つきで聞いている。隣に座る聡子はまた始まった、といわんばかりの表情をしているものの、さっさと話を続けることにして言葉を紡ぐ。



「アウトローってのは社会や常識と自分のやりたいことが噛み合わなかったから、自分で自分の責任ツケを取る代わりに世の中の仕組みから脱したやつらなのさ。考えてもみな、社会に反するような好き勝手しておいて、後から『やっぱり社会の決まり(りょうしき)に守られたいです』なんて……ムシが良すぎるじゃあないか」


「ああ!確かに自分で人をぶっ殺しといて『やめろ、殺さないでくれ!人殺しはいけないことなんだろ!?』ってほざいたら腹立ちますよね!」


「そうそう!ゆきのにしては話が分かるじゃないかい!ほんっとぶっ殺したくなるくらいだよねぇ!」


「物騒この上ない。飲食店の店主がそれでいいのかキティ」



 無味乾燥な聡子の声の上を会話が上滑りしていく。今更言うまでもないことだが、キティは責任を取る気がない人間が大嫌いだ。口先だけは一丁前のくせに、自分の行動が周囲にどんな影響を及ぼすか欠片も考えていない人間。そういった連中はまだ会社に勤めていた頃の彼女を散々苦しめ、その尻拭いばかりさせてきた。

 口達者な自称アイデアマン、文句だけは一人前な怠け者、真剣にやってるつもりの聞かん坊。当時の彼女の役割はそういった連中の尻を叩いて働かせることだったが、頑固で我ばかりが合金のように硬く、こんな連中に出会った自分の運が悪いのがいけないではないかと本気で悩んだことすらあった。



(ま、完全に思いこみだったけどねぇ……あの会社今どうしてんだか。アタシが異世界行ってる間に潰れてるかもしれないけどさ)



 結局、早期退職して喫茶店をはじめ、MMOで自分とは違う層に出会うことでキティは自分を許すことができた。会社の愚痴を言いながらも仕事はそこそこ真面目な社会人、自分の役割に熱心な生産職、人の和を保つのが巧いまとめ役。世の中の人間は汚く怠惰で、故に自分は誠心誠意奮闘しなければならない──そんな妄想を、彼らは追い払った。出会いは偶然だが、これは間違いなく幸運であると確信する。

 思えば自営業へと鞍替えしたあとも時々夢に見たあたり、相当悩まされたのだとキティは自分を客観視してしまう。思い起こせば笑い話だが、アレが現在の自分のスタンスを決定付けたのだから皮肉なものである。つい口元に浮かんだ皮肉の笑みを覆い隠すと聡子の冷たく意味深な視線が飛んでくるものの、それはきっぱり無視してカップを棚に並べる作業に入ることにする。ぼやぼやしていると次の客がやってくるからだ。



「ささ、キティさん!そんな話の分かるお客にさっそくオマケを──あいたっ」


「ケ・テ・ィ。そんなにスイーツにお好みなら〈貪り食う汚泥〉オルクスジェリーのゼリーでも出してやろうかい?」


「ご、ごめんさい……コワイ、青筋が怖いですテンチョー」


「ああん?悪いと思う頭があるんなら最初から言うんじゃ……おっと、いらっしゃいませ」



 不届き者ゆきのにチョップを叩き込めば、からんと店のベルが鳴った。さっと手を引っ込め出迎えると、やってきたのはとんだ珍客だと気づく。黒で統一された武装、〈黒剣〉のギルドタグ。〈黒剣騎士団〉の倉庫管理人ことレザリック。こんな喫茶店に入ってくるのは珍しい戦闘ギルドの幹部だが、眼鏡の団員に付き添われながら奥側のカウンターに座ったようだった。お冷を用意しつつ、キティは僅かに首を傾げる。

 憔悴というほどではないが、その表情には疲れが見える。揃って廃人ネットゲーマーの割に脳筋気味のギルドメンバーが多く苦労していると聞くが、この疲れようはちょっと大変、の域を越えかけているように思える。お冷を差し出すと、レザリックは一息にそれを飲み切った。



「お疲れのようだねぇ、倉庫番。連中今度は何をやらかした。団長どもがレイドゾーンで無謀なアタックか?書類整理すら滞って実務がヤバくなったか?それとも、どいつもこいつも女日照りでうるさいか?」


「……その全部です。ギルド経営が破綻するほどではありませんが、毎日この調子だと流石に」


「見かねてギルメンが連れてきたってわけか。冴えてるじゃないかい眼鏡のあんちゃん、察しの通りここに〈黒剣〉の連中が入ってきたことなんざ一度もないよ」



 レザリックが仕事に押しつぶされる前に、団員の居なさそうな小洒落た喫茶店に避難してきた、ということなのだろう。ステンドグラスのシェードランプや磨き抜かれたコーヒーメーカーなどが窓から伺えるこの店は、正直〈冒険者〉の男性より女性の方が客は多い。〈大地人〉であれば半々といったところなのだが、やはり元々が現代人の身としては気後れしてしまうのは免れないようだった。

 言っておくと〈黒剣騎士団〉は決して迷惑千万なギルドではない。多少むさいが気のいい団員ばかりで、その気楽さを気に入って所属し続けている〈冒険者〉は多数居る。問題なのはその実務能力で、数多くのレイドを踏破してきたのだから馬鹿ではないが、頭はよくても仕事をしなければ意味がないといったところなのだ。


 ハイエンドおこちゃま、などという褒め言葉と罵倒の境界に立っているような形容詞がぴったりの人間に囲まれたレザリックに、キティは少しばかり同情する。ボケとツッコミなら常にツッコミの方が不足するように、バカとマジメなら確実にマジメの方が不足する。世の中とはそんなものである。

 その同情心から、キティは少しオマケしてやることにして茶箪笥を開ける。中から取り出したのは、爽やかな香気が立ち昇る薄い黄色の液体。



「ほら、サービスのグレープフルーツジュース。アンタ一人が休んだところで、まぁ多分?黒剣はやばくならないから。少しは気を抜きな」


「ありがとうございます。……そうですね、私もたまにはアイザックくんの手綱を離した方がいいかもしれません」



 当の団長は夢にも思っていなさそうなことを呟くレザリック。そのままグレープフルーツジュースを傾けると、口内に残った味を確かめるようにもごもごと口を動かした。おそらくは疲労のあまり酸味より甘さを強く感じたのだろう、物悲しい苦笑を浮かべる男にとりあえずブドウも出してやる。この男に足りないものは、自らを癒すビタミンである。


 そうこうしている間にも、注文はやってくる。先ほど大量に注文していた客はもう帰ったようで席は開いていたが、今度は追加の珈琲を頼む客が増えてきた。昼を少し過ぎたこの時間、ついうとうとしてしまうのを防ぐためか、珈琲のテイクアウトをしていく〈冒険者〉は喫茶店には多い。各々が持ち寄った保温瓶に挽きたて淹れたての珈琲を注いでやれば、とたんに広がる香りに目を細める。紅茶や珈琲を取り扱う喫茶店を経営していてよかった、と思える瞬間だ。

 こうして保温瓶を手に自分のギルドホールへ帰っていくのは、そのほとんどが戦闘ギルドや円卓の職員達だ。生産ギルドは料理人を一人は抱えている場合が多いし、そも熱中しすぎて昼の休憩自体を忘れる者が一定数居る。その点戦闘ギルドは〈D.D.D〉や〈ホネスティ〉のような大規模ギルドはともかく、中小となると個別で食事や休息を取ることが多いし、〈円卓会議〉の職員としてギルド会館に詰めている人々は、ひきこもりを嫌って街へ出ることがほとんどだ。弁当を持ち込む人間も居るが、それだって大体はギルド会館の外で食べるだろう。会館に食堂を作る、という話は持ち上がっているものの、今のところ人が足りないのが最大の問題だった。


 そう、人手だ。今の〈冒険者〉にはどうあがいても〈大地人〉の助けが必要になってくる。その為に〈円卓〉が何をしているのか、キティは流通と噂を通してのみだが、情報は入ってきていた。


(対外交渉ならクラスティとミチタカがいりゃ何とかなるだろうし、利益の調整ならカラシンに任せときゃ大丈夫だろ。あとは〈茶会〉…いや、〈記録の地平線〉(ログ・ホライズン)のシロエ。あの坊主が何を考えて行動するか、か。他のメンバーは良くも悪くも安定しているが、アイツだけは何を出してくるか分かったもんじゃない。あのお嬢ちゃんが台風の目なのは間違いなかったけど、埋もれてただけでこっちも大概だわな。ほんっと、才能の不法投棄というか、なんかね……)


「そういえば、高山さんも少し前までは手を焼いていたと言っていましたね」


「──あ?ああ、クラスティか。あの眼鏡そんなに厄介なのかい。手腕の程はともかく、アタシは直接対面したことがないんだけど」


「話を聞く限りというか、過去のレイドを思い出す限り、ですね。そもそもうちの団長と張り合っている時点で真っ当じゃないことに思い当たるべきでした」



 あんまりな言い草だが、レザリックの発言は事実だ。サーバートップクラスのギルドマスター、と言うと格好良く聞こえるが、早い話がそれだけ〈エルダー・テイル〉にのめり込んだゲーム廃人なのだ。緻密な戦略、軍隊じみた行軍、構成人数1000人を越える〈D.D.D〉の長……ここにオンラインゲームの中での、という枕詞がつくと途端にチープになる。

 クラスティは砂色の髪に茜の瞳をした白皙の騎士で、理知的な風貌と落ち着きある声はまさに乙女の思い描くような百戦錬磨の将軍だ。現実の顔がアバターに反映された今でもその整った顔立ちに変わりはないことを鑑みるに、実際もそこそこの美男なのだろう。その要素だけみればどこの完璧超人だと言いたくなるが、どうやらそうでもないらしい。キティからすればMMOと繋げて考えるのも難しい人物なのだが、レザリックの態度は真実を如実に表していた。



「〈大災害〉以降、ほとんどのプレイヤーがリスクを避けて高レベルの敵との戦闘は避けていることは分かりますよね」


「まぁね、誰だってそうホイホイとは死にたくはないだろうし」


「……それがどうも、彼は単独でギョエンの森に戦闘訓練しにいくことが頻繁にあったようで。まぁ、ウチの団長も似たようなものなんですが。気づいた時には居なくなって何処かでモンスターとやりあったりPvPをやっていることがある、と」


「ああ、なるほど。天才才を持て余すってやつか。戦闘狂なのか単に暇なのか知らないが、出来ることが多いってのも考えもんだねぇ」



 シンジュクギョエンの森はアキバ近隣では高いレベル帯に属するダンジョンだ、間違っても気楽にソロで行ける場所ではない。回復もなしに長い時間潜るには敵のレベルが高すぎるし、殲滅能力が足りなければ囲まれて負けるのは明白。〈守護戦士〉として最高峰の火力と防御力、継戦能力があればこそ訓練として通うことが出来るのだろう。

 元は現代人でありながら一流の戦士として戦えるクラスティやアイザックの感性と才能は恐ろしいものがあるが、話を聞く限り幹部達からすればワガママ坊主もいいところというのが、概ねの評価のようだった。


 アイザックはとにかく書類仕事を嫌う。断って言うならやらないわけではないのだが、面倒がって処理が遅くなるというのが常だ。そうしてレイドがしたいと文句を言っては、他の幹部に叱りつけられるまでが日常である。反対にクラスティは仕事そのものならキチンとこなすのだが、習い事の時間を誤魔化す優等生のように、不意打ちでこっそりサボるきらいがある。そういうときに叱る役を務めるのは高山の役目であり、『腹黒坊ちゃんと軍人お母さん』などと呼ばれる光景に至ることとなる。

 その話を聞いてため息にも似た苦笑が、キティの唇からこぼれる。常々濃い人柄だとは思っていたのだが、何かの冗談のような悪ガキぶりにはもう笑いしか浮かばない。これが〈円卓会議〉のメンバーでいいのだろうか、という気持ちはあるが、実力と人柄があるのだから始末におえない。またしても脳裏に浮かんだのは、才能の不法投棄という言葉である。



「……倉庫番、アンタも大変だね」


「いいんですよ、自分で選んで〈黒剣〉に居るんですから。いくら手がかかる人たちでも、居場所ギルドは捨てられません」



 疲れ切ってはいたが、その言葉には温かみがあった。それもまた自明の理。そうでなければギルドになど、入っていないだろう。




『さて、ここヒロセの星神を祭る神殿というのは実に美しく、それだけで見ものなのですが……頻繁にここを訪れる商人の方に伺うと、神に捧げる為の舞いが伝統として残っているそうで。神殿にしつらえられた舞台にて春と秋の二回、奉納の祭りを行うのだと。今は惜しくも夏まっさかり、秋頃の予定は不明と、この目で見る機会を得られるかどうかは分かりません。分かりませんが、非常に惜しい。神官殿の厚意で舞い手の衣装を見せていただいたのですが、女性は艶やかに、男性は雄々しく。かくも華やかな衣装で踊られる舞いとはどんなものだったのか……本当に、残念でなりません。


 そうそう、落ち込んでいる私を見かねたのか、神殿近くで茶屋を営んでいるおかみさんに捕まりまして。美味しい焼き菓子と黒薔薇茶はほっと心を温めてくださいました。ここまで旅をしていて思ったのですが、新しい料理法の広がりの早さはすさまじいものですね。都市間の交流を担う商人の方々が目ざとかったのか、変化した〈冒険者〉を〈大地人〉の皆さんが警戒していたからこそ広がったのか。はたまた単に美味しかったからかは分かりませんが、もうこんなところまで技術が広がっているようです。


 まぁ、そうなることを狙って広めている節も〈冒険者〉側にはあるのですが。海の幸、山の幸、里の恵み。これらは私たち〈冒険者〉だけで補えるものではありませんから。最近は出汁の概念がかなり広まってきまして、茸類の需要が高まってきているようです。腕のいい〈野伏〉や〈山師〉、〈森呪遣い〉(ドルイド)でなければ美味で安全な茸は選べませんから、徐々に不足していく可能性がありますね。おいしい和食のためにもシイタケの安定した確保が望まれるでしょうが、生産ギルドの皆さんはどのような一手を打つのでしょうか』




 昼と三時のピークを過ぎ、客の入りも落ち着いた午後。この時間帯になると客の入りは少なくなり、ナーグ一人でも客を捌けるようになってくる。そうなると今度は、キティに別の役割が回ってくる。居住スペースに下がった途端、りん、と頭の奥で鳴った鈴の音。それに応じて年話を受けると、聞こえてきたのは聞き慣れた青年の声だ。



『今いいですかね、ねーさん。ちょっと聞きたいことがあるんすけど』


「おや、カーユじゃないかい。アンタが連絡してくるなんて珍しい。どうかしたかい?〈海洋機構〉は随分と上手く回っていると聞いたけど」


『うーん、確かに運営は円満ですけど。ちょっと判断に迷うというか、そんな事がありまして』



 念話の相手は〈海洋機構〉のカーユ。総支配人ギルドマスターミチタカの女房役であり、自身も数少ない〈刀匠〉である腕利きの職人である。流石にキティとて頻繁にやりとりをする間柄ではないが、こうしてときたま念話で連絡を取ることはあった。だが今回の念話は、どうにも毛色が違うらしい。迷いというか、困惑の色がカーユの声には混じっている。飄々とした風貌の通りマイペースな人柄の彼にしては珍しいことだ。どうしたものかと、言葉の続きを促す。



「〈ロデリック商会〉みたいなトンデモなものはあんまり作んないだろ、アンタら。いったい何に迷ってんのさ、検討の余地があるなら需要くらいいくらでも伸ばせるじゃないか、今の勢いならさ」


『いやそれが、職人の問題というか……ぶっちゃけると真理さん、…〈眼鏡こそ真理〉さんがちょっと』


「あ、そりゃ迷うわ」



 その名前を耳にした瞬間、キティは迷いなく頷いた。アクの強い職人はあまり居ない〈海洋機構〉だが、その層の厚さゆえこだわり派の職人の割合は相対的に高くなる。眼鏡こそ真理は、その中でも折り紙付きの変人だ。


 名前からしてツッコミどころ満載なのだが、その名の通り眼鏡を愛するプレイヤーである。女性の眼鏡はもちろん男性の眼鏡もオカマの眼鏡もオナベの眼鏡も男の娘の眼鏡もボーイッシュの眼鏡も老人の眼鏡も……とにかくすべての眼鏡を愛し、眼鏡マスターM・Eを心の師と仰ぐどうしようもない手遅れ具合を誇る。通称、真理さんと呼ばれる彼は重度の眼鏡フェチをこじらせ、ひたすらに眼鏡系アイテムを生産し続ける〈細工師〉としていろんな意味で名を馳せる職人なのだが、今カーユの頭を悩ませているのはその人物らしい。大方〈冒険者〉総眼鏡化計画でもぶち上げたのだろうかとアタリを付けて、問い返す。



「で?検討の余地があるハナシを真理の奴が出してくるなんて珍しいじゃないかい」


『そうなんですけどね、実は眼鏡専門店を立ち上げたいと企画書を出してきたんです。それそのものはまぁ悪くないけど、〈大地人〉向け商品について意見を求められちゃって』


「…………〈大地人〉って眼鏡してたっけか」


『そう、そこなんです。確かに〈冒険者〉製の日用品は需要ありますけど、眼鏡を必要とする〈大地人〉の総数はそんなに多くないっすよね?』



 〈大地人〉の多くは夜明けとともに起床し、日暮れとともに床に就く。書物の数は多くなく、毎日遠くの空や山々を眺めることができる環境で生きている彼らには、視力が下がる要因がないのだ。年を取れば老眼などを理由に眼鏡をかけることもあるだろうが、その数は多いとは言えない。文字に多く触れ夜遅くまで活動できる環境にあるのは貴族や学者くらいのものだが、〈円卓会議〉は未だその層には接触できていない。

 眼鏡に関しては右に出るものは居ない(居たら困る)真理にならば、それが分からないはずはないだろう。それでもなおこの計画を推したのは有り余る情熱故か、また別の想定があるのか。眼鏡好きでも眼鏡フェチでもないキティには預かり知らぬことだが、無策だとは考え辛い。



「……アイツは眼鏡バカだけど、だからこそ眼鏡に関して妥協はしないはずさ。そんなことはとっくの昔に折込み済みで、相応の案を用意している可能性は十分ある」



 カーユがこの件をわざわざキティに相談したのは、恐らくキティが真理の師匠だからだろう。眼鏡が作りたいと出会い頭にぶち上げてきた青年のことを、彼女は思い返す。

 眼鏡だけ作っていたいとうわ言のように呟く真理に基礎を叩き込んで〈海洋機構〉に放り込んだのは覚えている。キティが驚いたのは、眼鏡作成に必要な素材の一覧と今後新たな眼鏡の素材になり得る素材のリスト、要求されるスキルとレシピのドロップの情報、細工にボーナスがかかる装備品の収集まで、とにかくゲームスタイルのすべてが眼鏡に偏っていることだった。そのおかげというかなんというか、眼鏡に関する素材の生産品質は随一で、〈海洋機構〉の中では一角の職人として所属しているのがなお恐ろしい点でもあった。


 そこまで思い返し、キティは意を決した。あの手の変態はやりたいようにやらせてやるのが一番いい。そうしていればいつの間にか突破口を開き、意識することなく周囲によい結果をまき散らすのだ。



「カーユ、アンタまで話が届いてんならヨーコヤギの認可は出てんだろ?ならやらせちまいな、後は向こうが勝手にやるさ」


「お、後押しありがとうございます。正直、おもしろそうだとは思ってもゴーサインを出すべきか迷ってたんすよ。なら〈海洋機構〉こっちでちょいと別口の仕事を回しつつ、なんとかやってみます」



 どうやら、キティはあとひと押しを押すだけで十分だったらしい。決心した様子のカーユと二、三アイテムの開発状況について話した後、念話を切る。とたん、隣の店舗スペースの声が意識に届く。どうやら、念話をしている間に朗読の時間になっていたらしい。キティはその声を聞き流しながら、ふと胸のポケットに手を伸ばす。

 オフホワイトの便箋に、琥珀色の滲むインク。店の子らとはまた個別に届けられた手紙は、平和なもう片方の近況とはまったく趣の異なる内容だった。それを綴った詩人かれの内心を思い、キティは僅かに目を伏せる。




『これを伝えるべきか、それは私が帰るまでキティさんにお任せします。

 今まで言えずにいましたが、私は旅の途中、既に滅びた村に出会いました。焼けこげ跡形もない家屋、荒らされた畑、散乱した日用品。なぜ滅びたのか、ここにどんな村があったのか。それを知る機会を、先日得ることになりました。それがきっかけとなり、この手紙を綴ることにしたのです。


 その村は、〈大災害〉後、アキバに嫌気がさし脱出してきた〈冒険者〉が住む村だったそうです。作物を荒らすモンスターはすべてその〈冒険者〉が退治し、開拓村としては大きな危険もなく恵まれた村だったと。今年に入ってから二人も子供が生まれ、将来は明るいと宴を開いたり、〈冒険者〉風の服を繕ってみたり。本当に平和な、幸福な村だったと聞きました。

 ある日〈冒険者〉は山に入りました。彼はサブ職業が〈薬師〉で、その素材を集めに山に向かったのです。子供は病気にかかりやすいから、薬はいくつあってもいいだろうと村の未来に想いを馳せて。……採取を終えて帰った〈冒険者〉を迎えたのは、炎に包まれた村でした。小隊規模の〈緑小鬼〉ゴブリンが、運悪く彼の留守中に村にやってきたのです。

 〈冒険者〉はあっという間に〈緑小鬼〉の群れを追い払いました。レベル90の彼にとって造作もないことでしたでしょう。ですが、村人達の命だけはどうにもなりません。致命傷を負った人々を癒そうにも、彼は回復職ではなく、村人たちは〈大地人〉でした。結局救えたのは、たった一人の生き残りだけ。今はその生き残りの少年と共に、〈冒険者〉かれは放浪の旅をしています。


 ねぇ、キティさん。結局〈冒険者〉ぼくたちはすべてを守れるほど強くも万能でもない。分かっていても、悲しいものだね。』




 最後の言葉は、誰に向けられたものでもない。ナーサリーは夢想家だが、勇気と希望の物語を愛するが故に現実の苦しみを理解する。現実リアルは物語ほど感動的な悲劇ではない、惨めで痛々しい流血と落涙に装飾された惨劇だ。……分かっているからこそ、彼は自分を責めることはできない。

 旅を選んだのはナーサリーであり、この顛末を知ってなお一ヶ所に留まらなかったのも彼の選択だ。そうして守護という寄り添い方を選ばなかった人間には、この結末に涙するべきではないと、少なくともそう自分に課している。その痛みに対しなんの手当てもなく、吹きさらしたまま進むのだろう。


 ベストの上から手紙に添えた手を、振り払うように離す。キティは湿っぽい話は嫌いだし、詩人との間柄は打算と少しのウイットで組み上げられたものである。微かな感傷を置き去りにして店舗へ戻ると、朗読は中程まで来ていたようだった。



「『すべては王の肩に!この兵士たちすべての命も魂も、借金も、妻の不安も、子どもたちも、罪も、王が担わなくてはならない。おれがすべてを背負うしかないのだ。この苦しさこそ、王という人のうらやむ地位の代償なのだ。それなのに、考えの足りない者どもに勝手なことをいわれる。連中ときたら、感じるものといえば自分の苦しみだけだ。心のやすらぎ、それこそ王にはなく、庶民が享受しているものだな』」



 今日の演目は、シェイクスピア史劇の四部作の最終作『ヘンリー五世』だ。以前よりこのシリーズは朗読していたが、この作品をもって締めとなる。王者の苦しみを口にするヘンリー五世の苦悩はこの世界の貴族もそうなのだろうかとキティは少し考えて、やめた。それは、今自分が考えてどうするようなことではない。


 カウンターに戻り、客の相手をしようとして、見知った顔が居ることに気がついた。灰色の髪に小さな背、活発な表情。かつてキティがなりゆきで関わった〈大地人〉の少年、クラウスだ。ときたま甘いものを食べにこの店へやってくるが、今日は様子が違い、キョロキョロと周囲を見回していた。



「よお坊主、今日が特盛りパフェは頼まないのかい?それともこづかい使い果たして姉ちゃんに怒られたか?」


「うわっ!?……なんだ、おば、…オネーサンか。ちょっとさ」


「なんだい、今日は歯切れが悪いねぇ。さっきからキョロキョロしているし、何か企んでんじゃないだろうね?」



 どいつもこいつも失礼なことを言いかける、と内心の怒りを押し殺しながら笑いかける。キティの笑顔には青筋が浮かび上がっており、あまり殺せてはいなかったが。その表情に気圧されたクラウスは跳びはねるように身を縮ませると、ばつが悪そうな顔で口を開いた。



「昼頃来てた黒い人、〈黒剣騎士団〉の家門の人だよね」


「そうさ、家門って呼び方は微妙に合ってないがね。あの人らは〈黒剣〉の倉庫管理人と、そこんとこのメンバーだよ」


「ソウコカンリニンって、大変なの?疲れてたよな」


「名前は騎士団だけど、実際のノリは傭兵の方が近いからね。物資の管理だの〈円卓〉としての仕事だの、机で仕事が出来る奴が少ないんだよ」


「……ふーん、〈冒険者〉でも大変なんだね」



 溌剌とした少年には珍しく、思索の表情が覗く。口より先に足が出るような年頃にしては見ない態度に、キティは片眉を持ち上げた。元々〈大地人〉たちはその名の通り地に足が付いたものの考え方をするが、その内実までは〈冒険者〉側には見え辛い。疲れたレザリックの姿から何を読み取り、何を考えたか。様子見とばかりに黙り込めば、考え込むように少年の視線が泳ぐ。

 何かを口に出そうとしては、一旦止め。難しい顔で机に突っ伏して、起き上がり、一言。



「それって、俺たちでも手助け出来る?」


「へ?内容次第だろうけど、なんでだい」


「いや、ねぇちゃんがあの黒い神官の人が格好いいっ「クラウスーーーーーー!?!?」」



 突然、喫茶店のドアが開く。極めて潜めた声で悲鳴をあげた少女が飛び込んでくると、クラウスの首根っこを引っ掴んだ。



「ちょっと、店長さんに何てこと言ってるの!」


「ほんとのことじゃん……いって!」


「なんでもないんです!本当になんでもないんです!お邪魔しました!」



 悲鳴をあげた少女──少年の姉、シシィは白い顔を真っ赤にして、ドアから飛び出していく。幸いというべきか、朗読がクライマックスの場面に入っていたため気付くものはなかった。衆目を浴びるハメになっていれば、真っ赤程度では済まなかっただろう。残されたのは、店の主人のみ。



「いいねぇ、これも若さか……」



 しみじみと、キティは呟いたのだった。




「追伸:

 そろそろオキュペテーの建造も大詰め、〈円卓会議〉もイースタル社会の仲間入り……の前準備というところでしょうか。返信の内容が多少不穏ですが、アキバの皆のことは応援しています。このまま進めば、〈冒険者〉の活動範囲はもっと広がりますし、何か手伝えそうなことがあれば連絡をください。


 海が恋しくなる蒸し暑い日に ナーサリーより」






乱暴に言うと「実行できる力があるのに、やることやらずに横からただかわいそうかわいそうってほざくだけとかふざけてんのか」という詩人理論。

目の前で困っていたらそりゃ助けますが、積極的に助けようとはしていないので泣くに泣けないようです。


さて、ようやく視点はメルヘンおじさんに戻ります。もう原作は8巻まで出ているのに、3巻にも届いていない歩みの遅さ……もう少しがんばりたいです。

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