表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/25

閑話:三羽のカラスと二羽のからす


今の流れも閑話みたいなものじゃねーかとおっしゃるかもしれませんが、思い付いてしまったものはどうしようも無いため、アップします。


まだこの世界がゲームだった頃、詩人と〈D.D.D〉にまつわる話。メルヘンおじさんのロールは結構控えめでした。


 まだ、〈セルデシア〉がモニターの向こうにしか存在しなかった頃の話。ある日、偶然のことだった。〈ナーサリー〉が、〈D.D.D〉のギルドキャッスルに招かれる機会を得たのは。


 ことの始まりは海外のクエストについて尋ねられたことだったか、はたまた〈D.D.D〉のギルドメンバーとパーティーを組んだことだったか、ともかく本当に一度だけ招かれたのだ。

 必要がない限り〈ナーサリー〉としての立ち振る舞いを欠かさない岩木久隆はこの時も邸宅に招かれた詩人として振る舞い、まるで物語のように他サーバーについて語り、伝えていた。

 神代、と|〈大地人〉(NPC)に称される東京の遺構の中でも一際大きくかつ比較的整ったギルドキャッスルの一室、緑に沈むアキバの街を望めるガラス張りの部屋でその口承は行われていた。


 そのとき、ギルドマスターであるクラスティのほんの気まぐれで一篇の物語を求められた。理由などはもう彼の記憶には残ってはいなかったものの、語った内容としてこんなものだったことは覚えている。


 『ひとりの騎士が人知れず死んでいる。三羽のカラスがその屍肉を啄もうと亡骸を狙っていたものの、それを阻むのは騎士の猟犬、誇り高き鷹。死を運ぶカラスの嘴が届く前に、騎士の側に身重の恋人がやってきた。恋人は美しい雌鹿に変身すると、亡骸をその背に乗せて運び去り、山の洞穴に埋葬する。その最期まで恋人が騎士に殉じて死に、この物語は幕を下ろす』


 それは、現実リアルのイングランドに伝わる古い詩歌バラッド、「三羽のカラス」。三羽のカラスを〈Drei-Klauen〉に喩えたのは間違いないのだが、騎士の屍肉を狙う役柄が女性陣、特に≪三羽烏≫の一人であるリーゼの癇に障ったらしく、ナーサリーは当たり前の事ながらひどくきつい言葉を投げかけられたりもしたものである。

 だが、軽蔑の態度を取られながらも彼は取り乱したところも見せず、いつものように少し低いセロのような声で物語りを続けたのだった。



「礼を失したような喩え方になったことは心より謝罪するよ、ご令嬢。だけれど、これには深い訳がある。七女王国において伝えられてきたこのバラッドには、君たちの君主ロード……つまり、クラスティ殿と君たちを繋ぐ古代の由縁が込められているんだよ」


「まぁ、それでこの無礼を挽回すると言いますの?ここまで《三羽烏》の名を穢してまで語っただけの意味が、本当に込められているのかしら」


「りっちゃん、ちょいストップ。一応話は最後まで聞こう。怒るんならその後でも十分だからね」



 リーゼの声は、ボイスチャット越しにでも分かるほど不機嫌だ。残る二人の女性幹部も、口には出さなくともあまりいい気分そうには見えない。当たり前だ、“騎士”クラスティを啄む|“カラス”(三羽烏)など縁起でもないに違いない。だが、それを甘んじて受けた上で、〈語り手〉ストーリーテラーナーサリーはこう続けた。



「──古来より三相一体の女神たちは、神話伝説の端々にその姿を表してきた。誕生・育成・破壊すなわち誕生・成長・衰亡、そして過去・現在・未来。生命の循環そのものを司る存在として、ときに戦場にて戦死者を裁定し戦乱を運ぶ女神たち、人の運命を定める女神ら、地上に流血をもたらす魔女に姿形を変えながら伝わり続けたというわけさ」


「……そして、カラス。古くは神代から伝わるアルスター騎士剣同盟の伝承に沿うのであればワタリガラスが適当だろうか?これらは戦場を飛び回り、狼たちとともに屍肉を漁った。故に、この黒き鳥は『死を見定める者』として、また戦場を駆ける女神や魔女に近しい存在として、古の人間は扱ってきた。ここまではいいね?」



 突然、いやナーサリーにとってみればさして突然ではないのだが、英国のバラッドから急に北欧やケルトにまで話が飛んだ。地理的にはさして離れてはいない地域に伝わるこれらの神話も、いきなり話されては繋がらない。


 困惑しながらも話を咀嚼する≪三羽烏≫と、どうにも内心の伺えない風に息をつくクラスティを眺めながら、詩人は画面の向こうで密かに、悲しげな表情を僅かに明るくして微笑んだ。

 ナーサリーは魔法鞄から竪琴を取り出すと、それを装備し奏でだす。その所作は、聴衆が耳を傾けてくれるというのなら、語って聞かせるのが自らの役割なのだと言外に告げていた。

 そうして竪琴はしめやかな響きで、古の時代へと四人の〈冒険者〉を誘っていく。



「では、これらが同一視、または象徴として扱われるのは自明の理だろう?騎士剣同盟の地には神代より伝わるモルガンという戦いの女神がいるが、彼女は王国を破滅に導く悪女であったり、英雄を誘惑する魔女として数々の戦に関わっている。そんな彼女は赤いドレスに二頭立ての馬車という立派な姿を持っているが、時にカラスの姿をとって戦いの地にやってくるとも言われている。」


「さて、この女神モルガンのように戦場を駆ける女性がノルドと称された場所にも存在しているんだよ。そう、主神たるオーディンの娘たち、ワルキューレだ」



 竪琴の音色は、やがて男の声と混じりだし不可思議な二重奏を奏でる。目の前にあるのは電子回路で制御されたゲーム画面に過ぎず、出力される竪琴の音色も機械的に変換された音声でしかないが、どこか神秘を感じるのはシチュエーションのせいなのか。



「ワルキューレ……まぁ戦乙女ヴァルキリーの方が通りがいいかな。近年の創作では清廉な乙女として描かれることが多いけれど、ノルドに伝わる古エッダと呼ばれる詩群では、死神のように冷酷な存在として語られることがある。そも、ワルキューレの馬オオカミに乗って戦場を駆け、時に勇士を選定する彼女らは死と戦いの神オーディンの娘だ。分からないでもないだろう?彼女らに見定められるということは、必ずその戦場で戦死するということだからだよ」


「しかも、『ヴォルスンガ・サガ』という物語に登場するブリュンヒルデというヴァルキリーは、後にクラカと名付けられる娘、アスラウグを産んでいる。クラカとは、カラス(Kraka)を意味する言葉であり、また彼女は夫が自分と離縁しようとしていることを三羽の鳥から聞いて知ったという。」


「──どうだい、複雑にして怪奇ではあるけれど、様々な事象が繋がっていくのは面白いだろう。三羽のカラスとはすなわち、騎士の運命を見定める使者ともいえるのさ」



 ブリュンヒルデは「ニーベルンゲンの歌」でも有名だね、と注釈を付けながら、詩人は輝く視覚効果エフェクトを放ち竪琴から指を離す。男が語ったのは簡潔に言うなら「イザナギの黄泉下り」と「オルフェウスの冥府下り」のように、異なる神話に同じモチーフが登場する、という話を戦場の女神たちと絡めたものだ。

 元々≪三羽烏≫とは一定の分野において優秀な三人を表わす言葉であり、ヨーロッパの神話とは繋がりはない。だが、彼女らのギルドマスターが纏っている鎧はそれこそ〈死せる戦士エインヘリアルの鎧〉なのだ。


 言葉の意味を咀嚼し、整列する。目の前の〈語り手〉ストーリーテラーの物語を最初に消化したのは、同じ〈吟遊詩人〉である高山だった。



「私たちはミロードを黄昏の戦場へ導く戦乙女ヴァルキリーであり、また相対する敵に破滅をもたらす死の魔女モルガンでもあるのだと言いたいのですか。〈吟遊詩人〉バードに言う言葉ではありませんが、随分と叙情詩的な表現ですね」

「私もちょっと盛りすぎかなぁ、とは……あーでも山ちゃんは凛々しいから似合うかも、りっちゃんなんて見た目からして美形乙女だし」


「クシ先輩、そうやって他人の評価から逃げるのは悪いクセですよ。私はぜひ〈軍勢の守り手〉ヘリヴォルあたりを称号としておすすめします」


「なら、あなたはさしずめ〈軍勢の戒め〉ヘルフィヨトルですわね。……ミロードを導く役割と仰るのであれば、先ほどの喩えの無礼は多少許してさしあげてもよろしくてよ」


「ぐぐ、りっちゃんまでなんでそんな呪文みたいな名前知ってるのさ!」


「「目の前の箱のおかげです(わ)」」



 しまった、と思わず櫛八玉があげた声に、二つの笑い声が重なる。ナーサリーもクラスティも、目の前で繰り広げられる乙女たちの戯れの微笑ましさに、つい笑い声が出てしまったのだ。笑われたと思った櫛八玉が恨みがましそうな声をあげるものの、特段痛くも痒くもない。強いていうのなら、その奥でこちらを見ている高山のやや冷めた溜め息のほうが痛い。

 ひとり無害なリーゼから許しを貰ったナーサリーは、再び竪琴を手に──ゲーム的に言えば構えた。すると空気の読める面々はすぐに静かになり、物語りの続きを待ってくれる。その理解力の高さに密かに感謝しながら、詩人は最初のバラッドに、こう付け加えはじめた。


「さて、最初に謡わせていただいた「三羽のカラス」だけど、この話はまた別の国でそっくりな「二羽のからす」という物語が語られているんだ。けれど、その展開はまったくの逆」


「『猟犬いぬは狩りに出かけた 鷹は獲物を取りに出かけた 愛人おんなははや別の情夫おとこに首ったけ』」



 再び鳴り出す竪琴は、今度は悲しげな響きをもって奏でられる。打ち捨てられた騎士の肉は、哀れ二羽のからすのご馳走に。



「『騎士を探して多くの人が涙ぽろぽろ 何処にいるのかわかりゃせぬ 肉を剥がれりゃ白い骨に 風がいつまでも吹きつける』……無常だろう。戦士には恋しい女の口付けも、土の下の安寧も与えられはしない。だがまぁ、この無常観こそバラッドでもあるのかもしれない。三羽の忠義も二羽の無常も、等しく世の一面を描いたものだ」



 声がぽろりと、漏れた。それこそ神話の詩人が告げる予言のように、不吉な響きを孕んで届けられる。



「君たちは、三羽揃っていたほうがいいのかもしれないね」



 〈死せる戦士〉エインヘリアルは古ノルド語に曰く、『一人で戦う者』。この戯れの言葉がまったく違った意味を持つことになるのは、また別のものがたりである。







《三羽烏》、ミロードの黒いヴァルキリー説。ヤマネさんの櫛八玉氏お借りしました。


いえ、〈D.D.D〉メンバーは〈口伝〉が北欧~ケルト系ではなくギリシャ語神話系なんでこじつけもいいところなんですが。

でも狂戦士(バーサーカー)という言葉は北欧由来なので、ワンチャンはあるはず。二羽の烏だと思考(フギン)記憶(ムニン)も居ますね、主神の情報源の。


ナーサリーは多分クラスティに対して、「人の身でありながら獣の心を宿す方、今晩の機嫌は宜しいようで」とか言っているかと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ