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レッドフライヤー森林なのに林檎が生えているのは仕様です。
西洋ではかなりどころではなくポピュラーな果物なので、各地で生えてるってことにしてください……
しばらくして。午前の農作業を一部を除いてつつがなく終えた新人メンバーは、アキバから持ち寄ったお弁当を広げ昼食を取っていた。〈RP.jr〉など人気の軽食販売店からランチを購入してきた者や、宿の女将にお弁当を作ってもらった者、素直に〈D.D.D〉の配給を選んだ者など様々だが、外で食べるお昼の美味しさは何も変わらない。皆美味しそうに食事を頬張り喉を潤し、午後の戦闘に向けて英気を養っていた。
「ほんっと、いくら追加効果があったとしてもあのダンボール味は二度とごめんだよねぇ……あ、そのおにぎりちょうだい!こっちのツナサンドあげるから」
「同感。こっちのゴマのは食べていいけど、三角のは俺のおかかだから取るなよ」
空の上を、鳥が通り抜けていく。猛禽の類なのか高らかな声で鳴きながら、彼方へと飛んでいった。のどかな風景と程よく疲れた体は食事をぐんぐん取り込んでいき、塩気のきいたおにぎりを頬張る度に力が蘇ってくるような錯覚を覚える。食事とはそういうものだ、とキティから教わりはしたものの、実感として納得したのはこのような瞬間であったと赤間は回想する。
正直視界の端で配給の焼きそば弁当にがっつく四月一日がいなければもっと力が湧いた気もするのだが、こればかりは仕方がない。いろいろと台無しになってはいるのだが、当の本人がとても満足げに焼きそばを食べているのでは文句を付ける気にはなれない。イラつくわりには嫌いになれない、馬鹿の得な点である。
「んぐ、いやー労働の後に飲む黒薔薇茶はウマイなぁ。優雅な〈盗剣士〉にはぴったり……」
「うそこけエセ銃士、どっちかってーと土方の……どうした?」
また七面倒なことをいいだしたかとうんざりした赤間だが、四月一日の表情が変わったことに気づきおにぎりを飲み込む。振る舞いはアレでもサブ職業は〈辺境巡視〉、危険を感知することにかけては新人の中でもっとも得手だ。それを裏付けるように鋭い表情を浮かべた四月一日は装備を整え、声を張り上げる。
「分かるだけで敵七体、南西の方角だ!オレが追跡するから、同じ班の奴は付いてきてくれ!」
「予想外な、ここまでモンスターの活動が活発だったなんて……三班は四月一日君と、一班と二班は周辺を警戒!四班は村に戻って、リーゼ教導隊長と狐猿さんと一緒に村の警護に回ってください!」
一つの班は基本職を一人ずつ配置した四人編成、三班の構成は赤間・四月一日・れっきいすたー・五月七日。今日組んでから一回も戦闘をしたことはないが、パーティでの戦いかたであれば執拗に教えられてきたのだ。加えて元中堅メンバーの五月七日がいることもあり、即座に隊列を組んで走り出す。速度と防御力、範囲殲滅力を兼ね備えた四月一日が前に飛び出し、万が一の危機を防ぐべく先行しようとする。
だが、そんな三班よりもずっと早く、駆け抜けていく背中があった。
「鴇!?おい、どこにいくんだよ!」
「あれは〈子鹿のマーチ〉……無理はしないで、追いつくのは不可能です!」
木の根につまずくこともなく駆けてゆくその姿は、間違いなく先ほどまで背後にいたはずの鴇だった。81レベルの脚力と速度強化の援護歌を組み合わせ、まるで風のように森の中へ消えてゆく。なぜ何も言わずに飛び出したのかは分からなかったが、急ぐだけの理由があったのは間違いない。できる限りの速度でその背中を追いながら、木々の隙間をすり抜けていく。
ただ、ここで赤間がひそかに驚いたことがある。泥濘みや岩場での戦闘は経験したし、森の中でも戦ったことはあった。だが、いくらなんでも密集した木々の中を全力で走ったことはなかったのだ。木の枝が顔面に向かってくるかのように視界を遮り、足元に転がっていた木の実を踏んづけて危うく転びそうになる。ここが整備された果樹園だからいいものの、自然そのものの森林を走るのであればさらに苦労したことだろう。先を行ったはずの鴇の姿はもう見えない、先頭を預かる〈守護戦士〉として、赤間は力の限り道を急ぐ。
「鴇さんが先行しましたから、大事には至らないはずです!予定とは違いますが、このまま隊列を維持して現場に飛び込みます!」
「リーゼさんへの連絡、終わったから!早いけどこのまま討伐してって!」
「了解、着いたら〈タウンティングブロウ〉かます!それに合わせてくれ!」
応、という仲間の声を背に赤間は走る。終わりがないのではと疑いたくなるような果樹園を走り続けると、ようやくモンスターの鳴き声が聞こえてくるような距離までやってきた。推測するに複数のモンスターが徒党を組んでいるらしく、何種類か混合したものが耳に届いてくる。
走って、走って、走り続けて。やっとたどり着いた先に居たのは、先ほど自分たちを追い抜いた後ろ姿。
「こんのホイドがぁ!わが今すぐ冥土送りにしてけじゃあ!!」
──〈巨大な地虫〉をただ長いだけの木の棒で天高くかち上げ、解読の難しい言葉で吠える姿を、赤間は見た。
「…………へ?」
「待ってください、いくら〈冒険者〉さんでも危ないです……!」
「めごい林檎を好きだいに食われて、黙ってられると思うなし!こったらだホイドども、当たり前にふったつけるでばな!」
赤間が認識できるのは、鴇にすがる〈大地人〉の男性と、そこらに転げた青い木の実。林檎・食われた、というキーワードから察して、〈巨大な地虫〉が木の根をかじったり、その他に居た〈猛猪〉や〈暗殺蜜蜂〉が林檎の木を狙ったということなのだろうが、どうにも目の前の光景を見ていると気勢を削がれてしまう。唖然と見ている間に、鴇は次々と攻撃を叩き込んでいく。
〈子鹿のマーチ〉と〈剣速のエチュード〉、紫と赤の二色の音符を引き連れながら、空中に舞い上がった〈巨大な地虫〉に飛びつくように跳躍、全身の重さを乗せて地虫の腹に〈レゾナンスビート〉を叩き込む。そのまま攻撃の勢いに乗って二度目の跳躍。それを隙と見たか高速で襲いかかる〈暗殺蜜蜂〉を視界に収めながら、もう一度木の棒を振り回し、少女は地虫めがけて落下していく。
蜜蜂の飛行速度であれば、着地と同時に毒針を喰らってしまう。それも見越しているとばかりに、もう一撃。
「おい、単独じゃ危ない──」
「〈アルペジオ〉!……わがっちゅーじゃ、〈カーテンドロップス〉!」
ぶちまけられた色とりどりの音符が、〈暗殺蜜蜂〉の攻撃を阻む。そこから素早く飛び去った鴇は、ヘイト操作特技を駆けつつこちらへと走り出した。
先ほどの大立ち回りでは気付かなかったが、よく見ればその体にはいくつもの傷が刻まれ、HPも心許ない数値まで下がってしまっている。奥では怒った〈猛猪〉が足を踏みならし突進寸前。ならば、ここで赤間がやるべきことは決まっている。
隊列から一気に飛び出し、起き上がりかけた〈巨大な地虫〉に〈タウンティングブロウ〉、〈暗殺蜜蜂〉が横をすり抜ける前に〈アンカーハウル〉で注意を惹きつけた。後は任せておけばいい。
「パーティ誘うぞ、鴇!レベル下げて援護頼んだ!敵視認、〈巨大な地虫〉1、〈猛猪〉2、〈暗殺蜜蜂〉3!……さん?」
「わわっと、〈ハートビートヒーリング〉!」
「へへっ、オレの鮮やかな剣技を喰らって逝きな、〈ライトニングステップ〉!かーらーのー〈ラウンドウィンドミル〉!」
後方から飛んでくる脈動回復の援護を受けながら、構えた盾で蜜蜂の毒針をやり過ごす。その隙間を縫って閃光を思わせる速さで飛び出した四月一日が、跳躍とともに〈暗殺蜜蜂〉を切り裂き動きを止める。〈フェンサースタイル〉によって増強された攻撃力はそれだけで痛手だろうが、本命は別にある。硬直した蜜蜂たちに襲いかかるのは、赤く輝く精霊弾だ。
〈火蜥蜴〉を使役した五月七日の〈エレメンタルブラスト〉が着弾すると、既に〈アルペジオ〉でダメージを受けていた〈暗殺蜜蜂〉はなすすべもなく焼け落ちていく。
「戦闘の基本その一、厄介な状態異常を持った敵は、優先して仕留める!もう耳にタコができちまったよ!」
「ではそのタコを大事にして戦いましょう……残り、〈猛猪〉2、〈巨大な地虫〉!、想定より一体少ないので、不意打ちに注意してください。レベルも、周辺に出現するフィールドモンスターより高いです」
敵の残数をカウントする間に、盾に強い衝撃が走る。〈猛猪〉の突進だと判断した赤間は、二体目の攻撃を喰らうのは得策ではないと瞬時に思考し、一歩その場からずれた。目論見どおりズレた位置に突進するもう一体の〈猛猪〉に、突進からやや斜めの角度で盾を振り、〈シールドスマッシュ〉を叩き込む。呻く猪に〈クロススラッシュ〉を喰らわせ、してやったり、という顔を浮かべるが、足元の揺れに赤間は慌てて飛び退いた。〈巨大な地虫〉が起きたのだ。
鴇の猛攻を受け転がっていた地虫は不機嫌そうに体を揺らすと、そのままの勢いで体の上半分を振り回し叩きつけるように暴れだす。後方から五月七日が飛ばした〈エレメンタルレイ〉が〈巨大な地虫〉を焼き、さらに〈猛猪〉の一体を倒したがそこまでだった。熱線に焼かれた地虫はさらに暴れ、近接職は近づけそうにない。
あまりの大暴れぶりにさらに後退しようとしたところで、パーティは自分たちの不利に気付いた。後衛の背中に、ざらりとしたものがぶつかったのだ。……そう、ここは果樹園。赤間たちが逃げれば逃げるほど周囲の木々はダメージを受け、それを収穫して暮らす〈大地人〉の生活に致命的な影響を与えることになる。
鴇が走り出し、迅速に退治せんとしたのはこのためだったのだ。周囲の木々は〈冒険者〉を守る遮蔽物ではなく、防衛対象。圧倒的不利な状況に飛び込んだことに、今更ながら気がついてしまった。
そう、気がついてしまったのだ。気にしないままであれば損害を無視して戦い、何の迷いもなく挑めたはずの戦闘。だが、その一点に気付いてしまったばかりに、魔法を打とうとした手が、振り上げようとした腕が止まる。それは致命的な躊躇だった。五月七日が延焼を避けて〈火蜥蜴〉を〈水精霊〉に切り替え、れっきぃすたーは拘束魔法の詠唱を始めるが、それらの行動は後手に回りすぎた。
パーティ迷う間にも地虫は体を鞭のようにしならせ、痛烈な打撃を赤間へと喰らわせてくる。四月一日も攻撃に巻き込まれたか、弾き飛ばされる姿が視界の端に映った。〈盗剣士〉が弾かれたということは、〈猛猪〉が野放しになったということに他ならない。
焦るメンバーをれっきいすたーが重ねて〈ヒーリングウィンド〉、〈シュリーカーエコー〉で援護するが、あまり長引けば果樹園の被害も大きくなる。剣を握り、つい飛び出してしまった赤間は、そこでようやく足元に居た“それ”に気がついた。──視認できていなかったモンスター、〈走り茸〉。
「おいおい、これ以上暴れられたら……うわぁ!?」
外見に反した脚力を持つそのモンスターは、勢いよく跳ね上がり赤間へと飛びかかる。その背後には苛立ちのままに体を地に叩きつけんとする〈巨大な地虫〉が。
「ちょ、今くんのかよぉ!?」
「〈紅玉獣〉!」
瞬時に展開された障壁が〈走り茸〉の攻撃を防ぐが、続く〈巨大な地虫〉の無差別な体当たりによってあっけなく砕け散ってしまう。後方の〈猛猪〉も混乱から復活しようとしており、芳しくない状況なのは明らかだ。通信士の役割を担当していた五月七日の苦い顔も、嫌なことだがそれを裏付けた。方々のメンバーも、モンスターの大発生の対応に追われているのだ。
跳ね回る〈走り茸〉の邪魔でうまく体勢を立て直せないまま、時間は無駄になっていく。赤間たちが隊列を立て直す間に、モンスターたちに体勢を立て直しを許したのだ。
「地虫が起きたぞ!各自防御体勢──っぐ、う。ぉ、おおおおおおおおお!!!!」
「耐えろよ赤間!こいつ思ったよりやべぇよ!」
やがて完全に復活を遂げた〈巨大な地虫〉が、厄介な〈冒険者〉を屠らんと蛇のように鎌首をもたげる。頭の上を越える打点から放たれる地虫の頭突きは、容赦なく〈守護戦士〉の防御を崩し、HPを削っていく。巨大さはそのまま強さに繋がるのだというように、死にぞこないだったはずの〈巨大な地虫〉は暴れに暴れた。
タイミングの悪いことに復活した〈猛猪〉の突進も重なり、〈アイアンバウンス〉や〈フォートレススタンス〉を駆使してなお、その攻撃は強烈、故に赤間はただ必死に耐えた。後衛がこんな攻撃を喰らってしまえば、まず耐えられないことは分かりきっている。
前線に復帰した四月一日が、跳ね回る〈走り茸〉に狙いを定め、〈ピンポイント〉で強化された攻撃力のままに〈レイザーエッジ〉、続けざまに〈ワールウィンド〉を放つ。さながらフェッシングの選手を思わせる正確さで放たれた一撃は、〈走り茸〉を突き刺し、振り回し始末した。あと二体、だがそのたった二体の攻撃が今は重いのだ。
上側の角度に合わせれば〈猛猪〉の突進にぐらつき、正面に構えると兜もない赤間の頭に〈巨大な地虫〉の頭突きが降ってくる。盾で弾き、あるいは剣の峰でいなしながら、ただひたすらに防御に回る。迸る咆哮は〈アンカーハウル〉ではあったが、己を誇示するというよりは奮い立たせるように、腹の底から吐き出した。
無限にも思えた地虫の蹂躙。だが、その猛攻が風が凪ぐかのように不意に止まる。赤間が疑問に思い、構えた盾から伺うと……その顔面に、木の棒を突き刺していた。
「〈リタルダント〉はもう十分、……出遅れてすいません」
頭部を刺す一撃は、先ほど振り回していた木の棒を使った鴇の〈ファイナルストライク〉だったのだ。パーティに誘っていた赤間たちですら忘れ去るほど静かに気配を消していた彼女は、その手に“本当の得物”を抱えていた。
なめらかな木の本体に貼り付けられた、なめした犬の皮。分類するのであれば『太竿』と呼ばれるだろう大きめの楽器は、俗に言う三味線。大陸から伝わり日本国内で発展した、和楽器の代表と言える弦楽器である。
弦に撥を叩きつけ、三味線が“べん”と大きく鳴いた。とたん緑と赤の音符が湧き上がり、パーティを包む。だが、三味の音はそれだけでは止まなかった。
べん、べん、と音色は徐々に大きくなり、やがて音色は旋律へと変わっていく。虹色の音符が生まれ踊り、戦場を包み込む炎のように高く、遠くへ弦のざわめきを運んでいく。それに呼応するかのように、赤間の剣が火を宿した。赤間だけではない、四月一日の剣もれっきいたちの杖も、残さず炎の赤色に染まっていくではないか。
「──〈虹色のアラベスク〉。そうか、〈楽士〉のサブ職業!!」
「一本でも傷つけたら神殿送り、私はそう言った」
「了解、だったらさっさとぶっ殺さないとな!」
炎のざわめきのような旋律を受け、赤間は走り出す。この輝きがあれば負けないと、音色に背中を押されながら。
『そうそう、この街は園芸が盛んだと先ほど書きましたが、この街は不思議と風がよく吹くのです。それも花を散らすような乱暴な風ではなく、香りを遠くまで運んでくれる優しい風が。街の人々はその理由を知らず、また疑問にも思っていませんが……運のよいことに、私はその理由を推し量れる出来事を目にしたのです。
それはどんな光景だったと思いますか?私がこの目に捉えたのはさながら“真夏の夜の夢”、この世のものならぬ宴の賑わい。〈セイレーン〉は歌い、〈小さな精霊〉がその音色を遠くへ運ぶようにそよ風を送る。〈蜂妖精〉はそれに合わせてきらめく羽でダンスを踊り、〈茨棘イタチ〉は彼らを追いかけるように跳ね回る。それは、花を肴にした幻想の舞踏でした。
我々〈冒険者〉はモンスターを殺すものです。モンスターが危険な障害であり、貴重な資源であり続ける限りその関係は変わらないでしょう。ですが、たまには静かに見守ったっていい、ですよね?
彼らはこの街の花々をきっと気に入っている、私もそうです。同じものを愛でるもの同士、傷つけあう必要などありませんから。明日あたり、この緑の街を抜け、炎の魔神のお膝元へ向かいましょうか』
天には星、地には炎、人々の顔には喜びを。煌々と燃え盛る焚き火を囲んで、レッドフライヤーの村はいつにない賑わいを見せていた。夜中にも関わらず大人も子供も、飲んで食べては大はしゃぎ。それもこれも、未曾有の危機が〈冒険者〉によって取り除かれたことを祝うためである。
結局、あの急襲から赤間たち新人攻略隊は総数にしておよそ100体ほどの大量のモンスターを討伐することとなった。元より指揮官として有能であるリーゼが居たこと、そして〈D.D.D〉の教導を新人たちが想定以上にものにしていたこと、モンスターの出現そのものは散発的であったこともあり、防衛は無事完了した。予定外のアクシデントではあったが討伐クエストと農場の整備、その両方を終えることができたため、本来であればこのまま帰還する予定だったのだが……彼らを引き止めたのは、村の〈大地人〉である。
「命を救われたお礼がどうしてもしたい」──そこまで言われてしまっては、彼らもではさよならと帰るわけにはいかない。かくして、この賑やかな宴は催される運びとなったのだった。
そんなお祭り騒ぎの中、赤間は宴の輪を少し離れて静かに茶を飲んでいた。渋いというなかれ、この少年はついさっきまで四月一日に引き回され、腹が破裂しそうなほど食べ物を詰め込まれそうになったのだ。祝宴から逃げてもいたしかたがないと言えよう。
「うえっぷ……あの金髪バカ、今度口ん中に失敗料理をめいっぱい詰め込んでやる……」
「あんたちょっと、生きてます?状態異常回復魔法かけてあげましょうか」
「ガガンボさん、今はいい……です。それよりあっちのバカに制裁を食らわせてもらえれば、個人的に」
「うーん、流石にお祭りの最中にスプラッタはあたしが勘弁。大丈夫大丈夫、今五月七日君があっち行きましたからねぇ」
ほら、と指差された方向を見れば、確かに五月七日の姿がある。「いいですか四月一日、村の娘に手を出すとそのまま結婚コースまっしぐらですよ?」「はぁ!?いや待てよ、遊ぶヨユーすらねえの!!」……その相変わらずのやり取りに、赤間は些かどころではなく脱力した。四月一日のナンパも困ったものだとは思うが、周囲の人間の順応も早い。今しがたその派手な金髪頭をれっきぃがぶん殴り、怯んだ隙を見逃さず鴇の中段狙いの回し蹴りが炸裂した。この短い間に見事な連携を築き上げたものだと、パーティメンバーとして密かに関心しておいた。
そうして仲間の賑わいを眺めていると、視線が向けられていることに気がついた。赤間と同じ方向を向いていたはずのガガンボが、何やら生温かさを感じる笑顔でこちらを見ていたのだ。反射的に不愉快な表情を浮かべる赤間に対し、男は慌てて謝辞を述べる。
「ごめんなさいね、うっすら笑っていたもんだからつい青春だなぁと……年を取るってのはこういうことか、としみじみしちまいました」
「そんなに年離れてないですよね。……まぁ、でも。あれだけ一緒に戦えば親近感も湧くっていうか。今回は妙に長かったし」
「ああ、確かに。……お嬢ちゃんは新規パッチでクエスト内容が変わったと見ているけど、あたしはもうちょい違う考えなんですよねぇ。君に聞かせるかは、ちょっと迷うんですが」
そういってガガンボは片目を伏せる。何かを考えているような仕草だが、芝居がかった言い回しを好む男にしては静かな態度だった。顔も凡庸、装備も90レベルとしては平凡な人物だが、頭の回転は間違いなく赤間より早い。もごもごと口中で言葉を紡ぐと、どこか困ったような口調で問いかけてくる。
「あのね、赤間君。いくら〈セルデシア〉が〈エルダー・テイル〉に近いとはいえモンスターのリスポーン速度と今のモンスターの増加速度は間違いなく一致しないでしょう。野生動物に近いのなら発情期や子育てなんかもありますし、その気になれば根絶やしだってできる。けど、多分通常の動物より成長も繁殖速度もずっと早い。なにせ生命力が段違いだもんでね」
「……はい」
「じゃあ〈大災害〉以降。〈冒険者〉がお仕事しなかった間に、ひょっとしてボンと繁殖したんじゃないんではないか?というのがこっちの見解でしてねぇ。天敵がいなくなった生物が大発生するっていうのは、生態系の崩壊としちゃわりとセオリーでしょ」
ガガンボの言いたいことは、赤間にも分かる。この世界は〈エルダー・テイル〉とそっくりだが、そっくり故に多大な不可解を抱えてしまっている。例えばモンスターの脅威でもそうだが、まるで〈冒険者〉の活躍が大前提として存在するかのように、国家滅亡級の危険がゴロゴロ転がってしまっているのだ。だから、〈冒険者〉が相応の働きをしなければ何もかもが亜人やモンスターに為すすべなく蹂躙されてしまう。……この村が、そうなりかけたように。
そう考えた瞬間、ずしり、と見えない荷物が赤間の肩にのしかかったような錯覚を覚える。その重さは〈大地人〉の命の重さであり、赤間自身の良心の呵責だ。そんなもの背負いきれない、と心が悲鳴をあげる。無視するなんて我慢できない、と同じ心が雄叫びをあげる。そのどちらもが赤間自身の本音であり、だからこそ少年の胸に引き攣るような痛みを与えた。
剣を振るう勇者になってみたかった、誰かを守るのは格好良いのだと憧れた。少年が仲間の盾となる〈守護戦士〉になったのは、そんな些細な理由でしかない。守るというのは相手の命を背負うことだと、そんなことも知らずに憧れた自分が、恥ずかしくて仕方がない──
そんな風に荒れ出した赤間の内心を察したか、ガガンボはその背中を軽く、一度だけ押してやる。
「なん、ですか?」
「むつかしい顔してんね、坊ちゃん。そんなにふかぁく悩まなくても、面倒くさいことはさっさと大人に押し付けちゃいな」
「けどさ、考えなきゃいけないんじゃないんですか」
「“人がくるしんでかなしいまま、死んでしまうのはいけないことです”。あんたらはそれを忘れなきゃいいのよ。どうせ、大人になったらもっと余計なことを考えちまうんだ。若いウチは頭カラッポでもいいから、感じたまま、思ったままに進めばいいの。それが、」
「それが?」
「それが若さだ!!ボーイズビーあんびしゃーす!」
とりあえず、鳩尾を狙って拳を振り抜いた。レベル差のせいであっさり回避されたものの、抗議の意は通ったらしく男は満面のドヤ顔を収めて距離を取る。無論、それだけで引き下がる男の子では、赤間はない。ぐっと拳を握り締めて固めると、姿勢を低く、弾むように駆け一回一回のステップを出来るだけ軽くして突進する。軽装の〈守護戦士〉と〈施療神官〉ではその速度に大差は無い、問題はレベル差だ。右に、左にとフェイントを挟みつつ追いかける。跳ね回る二人を何人かの〈大地人〉が不思議そうに見ていたが、それを彼らに教える親切な人物はいなかった。
跳ねて跳ねて、それでもどうにも追いつかない。苛立ち混じりに赤間が跳躍しようとした瞬間、聞き覚えのある音が耳に響いた。
「……っと、これって」
「あれ、これは曲付けですねぇ。さっきから聞き覚えのある歌を歌ってたおチビに、伴奏をつけてあげてるんでしょ」
視線が、また焚き火の方向へ戻る。べんべん、と郷愁を感じる和の音色。──鴇だ。少女は相変わらずの固い表情で演奏しているが、技巧は確かのようだ。西洋風の世界観を持つ〈セルデシア〉の民謡に三味線の音色が加わると、どこか親近感のあるまったく別の曲のようにも聞こえる。おチビとガガンボが表現した〈大地人〉の少女など、ちぎれんばかりに腕を振り、溢れ出るエネルギーを抑えきれないかのように跳ね回っている。大人たちまでそれにつられ、次から次へと踊りだすではないか。
何人かの〈冒険者〉が村人に引っ張られ、踊りの輪の中へ飛び込んでいく。いっそ笑えるほど平和的なその光景は、何だかとてもおかしくて、涙が流れそうになるほどだ。
「んん、これは基礎ばっかやらされたクチですねぇ。お祭りイベントのBGMが、日本風のアレンジで様変わりときた」
「……ガガンボさんはいかねーんですか」
「え、あたし?そうだねぇ、行きましょうか赤間君と一緒に!」
「へ?え、あ、ちょっとおい!はーなーせー!!」
面倒な先輩を追い散らそうとした意図を察されたのか、赤間はガガンボにつまみ上げられる。結局踊り疲れるまではしゃがされた赤間は、頭から冷水をかけられて始めて起きるほど熟睡してしまった。
『追伸:
キティさんに仕事を任せきりにしていますが、その後なにか困ったことはありませんでしたか?手腕は確かですしあまり心配はしていないのですが、微力ながら力を貸しますよ。……もちろん、帰って演奏しろ以外なら、ですが。
青葉の勢いに圧倒される木漏れ日の下で ナーサリーより』
実際には赤間君の考えは微妙に外れていたり。
アルヴとの戦争や亜人種との戦いで戦力が低下し、やがて現れた〈冒険者〉に戦いを任せ復興に注力した結果、戦闘能力の低下を招いたという経緯はほとんどの〈冒険者〉は多分知らない為、こんな考えになりました。
ちなみに、鴇の名前の由来は林檎の品種「トキ」。長持ちしないため市場にはあまり出回らないですが、美味いやつです。
鴇の津軽弁はうまいこと出力できなかったため、読む人によっては違和感があるかもしれません。




