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なかなか書き進まないため、エタってませんよーという主張も兼ねて投稿。

なんというか、新キャラがぞろぞろ出ます。


……〈冒険者〉の技術レベルが本気でわかりません。〈セルデシア〉が中世は中世でもファンタジー中世だとしても、メニュー作成を併用したとしても、2ヶ月でオキュペテーが出来るってどうなってるんでしょう。


『拝啓、家の皆。

 ヨコハマに滞在してから少しの日にちが経ちました。郷愁を誘うほどの日数ではありませんが、こうして文を綴る度皆の顔が思い出され、やはり手紙にしてよかったと思っている次第です。元の世界に比べればはるかに涼しい夏ではありますが、そちらは熱中症などにかからぬよう気を付けてください。こちらはまたいくつも面白い体験があったため、そのうちいくつかをしたためておこうと思います。


 ヨコハマの街は通商の街と名高いだけはあり、ゲーム時代と変わらず、いえもっと豊富な品揃えで私を出迎えてくれました。漁村のような区画、大陸からの移民が住む区画、ウェストランデの文化を受けた寝殿造り風の建物が並ぶ区画……もちろんイースタルやナインテイルの文化も混じっていました。

 通商技術が未発達な時代では、地理と海運こそが都市の発展を決めると言います。その言葉を裏付けるように、港に沿って多くの商店が広がっていましたよ。


 どこから行こうかと迷ってしまいましたが、まずは街を密かに牛耳る港湾長(ハーバーマスター)にご挨拶をしてまいりました。あちらも〈冒険者〉がやってこないことに困っていた様子でしたが、そこは商人の集う街ヨコハマといったところで、大体の事情は耳にしていました。ですので港湾長には、今後の〈円卓会議〉と諸侯の決定次第ですが、アキバとの交易が盛んになるのは願ってもないことだとこっそり伝えておきましたよ。

 ……キティさん、あなたが渡してきたアキバ謹製の品々も見本品として渡しておきました。これでよかったのでしょう?』




 朝日に照らされたアキバの街で、不機嫌そうに手紙を眺める女性が一人。手紙をひと思いに破り捨ててしまいたいが、実行に移すこともできずに固まっている……という風にぐしゃぐしゃになるほど手紙を握りつぶしている。

 この手紙は彼女だけでなく、複数人の為に送られてきた手紙である。それを彼女の感情ひとつでダメにすることができないため、結局手紙は上着の胸ポケットに畳まれ押し込まれた。


 その豊かな赤い髪にウエスタンな服装の女性は、とある七階建てのビルの前に立っている。小さな爆発音や薬品反応の光、何らかの素材を煮溶かしている匂い。この建物を含めたゾーンの所有者は〈ロデリック〉。ここは、〈ロデリック商会〉のギルドキャッスル兼、研究所である。






「はい、二徹の人はおとなしく寝てください!寝ぼけて知らない薬品混ぜたらシャレになりませんからね!」


「ええっ、そんな金井君殺生な!もうちょっと、もうちょっとでこの新薬の反応が……!」


「試験管持つ手が震えてます、論外!次機材を爆発させたらシュプリースンさんに始末書提出です」



 白衣とエプロンを翻し、駄々を捏ねる大人を捕縛していく金髪の少年。幼さを感じさせるおかっぱ頭とは裏腹に、どちらが年上か分からないほどきっぱりとした態度で同僚たちを嗜めていく。

 引きずっていった〈調剤師〉を仮眠室の端に寝かせると、次は給湯室でポットいっぱいの黒薔薇茶を淹れ、砂糖やミルク、ジャムなどの瓶に〈料理人〉が試作した菓子類をワゴンに載せるとまた移動を始めた。強者揃いの〈ロデリック商会〉を相手取るにあたり、師匠キティ仕込みの茶の腕前は少年にとって大事な武器である。


 少年の名は、金井。〈ロデリック商会〉に加入した新人プレイヤーであり、職人たちがのびのびとした研究を続けられるようにサポートする総合世話係コンシェルジュを勤めている人物でもある。


 ギルドホールの廊下を通り過ぎ、扉を開けて広がるのは優しい木の香りとワックスの匂い。家具や楽器などの木工細工を扱う職人の集まる部屋に、黒薔薇茶の香りを漂わせながら入室する。そうすれば、そこそこの数の〈冒険者〉が金井に振り返った。



「皆さんお疲れ様です、もう三時になりますよ。お茶とお菓子を持ってきましたので、休憩する方はどうぞ」


「おっ、ナイスタイミング!金井君、こっちにお茶もらえます?」


「あー、俺も。今ちょっと煮詰まってたとこだったし」


「透かし彫りに挑戦するって言い出してからずっとそれじゃんよ。あ、このクラッカーもらい」



 菓子の甘い匂いに釣られた職人たちが、ぞろぞろと集まり出す。年も外見も様々ではあるが、皆一様に動きやすい作業服に木屑をつけた“らしい”恰好をしている。その一人一人に黒薔薇茶を差しだしながら、金井は職人たちの仕事をこっそりと確認した。


 〈木工職人〉は武器防具を作成できる〈鍛冶師〉や機械技術を操る〈機工師〉と比べると、生産職の中では地味なイメージをもたれがちではある。だが、〈大災害〉後の世界においてはむしろ注目の職人と言っていい存在となった。

 なにせ、金属加工技術や陶器制作のノウハウを一般的なプレイヤーが所持しているはずもない。当然家具や日用品は木材が中心となるし、元の世界ではプラスチックで制作されていた物品を再現する際には第一候補の素材として挙げられる。今もこうして制作されているのは、飾り棚などのインテリアが中心のようだった。


 散乱する木屑の中に未完成の状態で置かれているのは、細かな草花の彫刻が掘られた小さめの棚のようだった。すぐそばには練習でもしたのか、いくつもの木片も転がっている。その隣で作業の続きを待っている木工品がからくり箱という混沌さが〈ロデリック商会〉らしいところではあるのだが。



「茶が美味ぇー。欲を言えば緑茶がいいけど」


「あはは、ケティさんは緑茶まではマスターしてませんでしたよ。これはどこか別の方に弟子入りしないといけませんね」


「ンな文句言うなよKiren、そんなに飲みたきゃ〈一膳屋〉いきゃいいんじゃねーの。……ウム、塩味がきいててうまい。チーズが欲しいねぇ」



 ぱりりと焼き上げられたクラッカーの軽い食感に、男の表情がにこやかなものに変わる。それに便乗して手を伸ばした女性も、同じようにクラッカーの出来を気に入ったようだった。



「あたしもチーズ欲しいなぁ、こっちのビスキュイもいいけど。すっごく……お酒欲しいです」



 昼間から飲んだくれ宣言をする先輩に苦笑いするものの、菓子の出来に関してだけは少年も同感だった。料理部の作る食品は創意工夫を凝らされていて、とてもではないが元素人の仕事とは思えないような出来のものさえ存在する。本職のオブザーバーは当然ついているであろうが、それにしても開発のペースが早い。

 特にこのビスキュイを作った〈料理人〉パティシエのミカカゲなど、製菓の部門ではトップクラスの成果を挙げている。普通の料理では大雑把な調理をするものの、元の世界では製菓職人を目指しているだけの技術を持ち合わせていることがその美味しさを支えているのだろう。


 そして、目の前の彼らも金井の尊敬を集める存在だ。木材の耐久性を損なわない華麗な彫刻を得意とする青年Kiren、寄木細工やからくり箱などの伝統工芸の技術を使いこなす一言いちげん、美しい色艶を維持するワックスがけにおいて右に出るものはない女性、ねい

 現実での木工経験者は一言しかいないにも関わらず、〈ロデリック商会〉の〈木工職人〉の中では光るものを持つメンバーと言えるだろう。


 黒薔薇茶に甘いジャムを溶かしながら、休憩する彼らを眺める。素材、加工、工具の開発。休息の時ですら話題に上がるのはものづくりのことで、その溢れる熱意に金井は小さく笑んだ……ところで、ふと気付いた。



「今日は皆さん自分の作業をしていられるんですね。てっきり〈オキュペテー〉の方に駆り出されているかと」


「ん?まぁなァ。そりゃ内装だの甲板周りだのは〈木工職人〉や〈大工〉の仕事だけど、あれはタンカーみたいな蒸気船だし。やることはそんなに多くはないよ」


「今はまだ〈鍛冶師〉がいっとう大変でしょ。〈錬金術師〉は耐水コーティングの開発に余念がないし、〈船乗り〉や〈海賊〉も船の操縦を必死こいて馴染ませてるんですもの」



 おかげでこちらは暇だけど、と言いたげな表情でKirenは茶を啜る。生産ギルドにとって一大プロジェクトである〈オキュペテー〉建造はどの生産プレイヤーにも大人気で、目が回るほど忙しくとも参加者が絶えることはない。だが、重要な船体部分を製造する〈鍛冶師〉や蒸気機関及び艤装を担う〈機工師〉を除けば、他の職人が〈オキュペテー〉に関わる時間はそう長くないのだ。余人から見れば十分長いものであったとしても、である。


 とはいえ、彼らもそこまで大きな不満があるわけではない。いくら一大プロジェクトとはいえ、職人たちには各自作りたいものがいくらでも存在する。洗剤、衣類、調味料などの日用品。雑誌、玩具、各種嗜好品等の娯楽品。武具、薬品、装飾品などを含む戦闘用品。これらの需要はいくらでもあり、供給の名目で様々な実験と研鑽を行えるのは魅力的すぎた。

 その結果、中世としては平均的な質に収まっていた石鹸を牛乳石鹸やハーブ石鹸など品質のついでに付加価値をつけて改良したり、旅人向けに高い撥水性を持った雨具を開発したり、湯沸かし機を作りたかったと嘆きながら精霊式の冷暖房設備を開発したりとやりたい放題である。この間入ったばかりだった〈大地人〉の奉公人の困惑にひしゃげた顔は、金井にとって記憶に新しい。


 それでも、その困惑顔に感じたのは申し訳なさではなくやや傲慢な誇らしさだった。どうだ見てみろ、この人たちはこんなに凄いんだ──自分の実力ではなくとも湧き上がるその気持ちは、大切な原動力として胸の中にしまってある。


 そろそろ次の工房へ向かおう、と金井はワゴンの上を片付け使用済みのカップを回収する。〈木工職人〉たちに見送られ、次は〈ガラス職人〉と〈庭師〉の共同試験温室にいこうかと考えた少年の耳に、突然つんざくような悲鳴が飛び込んだ。濁ったカエルにも似た声は、しかし己が不幸を嘆く痛切さを孕んでいた。



「あんぎゃー!試食人がおっ死んだー!?ちょい待て、なんか状態異常が三つも同時にかかってんだけどぅ!!」


「誰だこのシチュー作ったんは!見た目普通の毒飯作るとか〈毒使い〉かなんか!?」



泣きの入ったわめき声が、金井の居る廊下まで響き渡る。話の内容から考えて調理が行われる実験棟から聞こえてくるのだろうが、毒だなんだのとやたら会話が不穏である。火を使う調理実験室は木工工房とはかなり離れているはずなのだが、それでも野太い悲鳴や人の足音が届いてきた。



「別に変なのは入れてませんよ?あ、隠し味に重曹と、山盛りのダシの素を……」


「あっほそれだよ!?シチューに使うだし汁はブイヨンだけだし、なんであく抜き用の重曹をぶちこんだん!」


「お前か新人!レベル90の〈料理人〉のスキルが泣いてんぞオイ……」



 どたん、ばきん、ずごん。ナニカを踏み抜いた音や慌てて走る音などがひとしきり聞こえた後、えっほえっほと担架に揺られて青い顔の〈冒険者〉が医務室に運ばれていった。別に気遣いではない、回復魔法で治るものをわざわざ運んだのは、データ採取のためである。

 やがて悲鳴を聞きつけた〈木工職人〉三人が工房から顔をのぞかせたが、金井としても事情をまったく理解していないため説明のしようがない。調理実験室からは相変わらず誰かの怒号が響き渡っており、おそらくは事の原因がまったく反省していないのだろうことが伺えた。


 その時。困惑した四つの顔が廊下に並んだところで、ある男が通りがかる。金井はすぐさまその派手な風体の人物が食品部門の人間だと気付き、ようやく事情が聞けると安堵したように声をかけた。



「ブルーフォレストさん、調理実験室で何があったんですか!?」

「ああ、お前か。その名前で声かけてくるのもう金井ぐらいだなぁ。……うん?今の悲鳴?」 


「そう、今の。なんか神殿送り待ったなしって声だったじゃねぇか。あとチーズ寄越せ」



 顔見知りの登場に安堵したKirenも横から声をかける。いつも通りの風体を装いながらも、隠していた狐耳と尻尾が出ているあたり相当警戒していたのだろう。



「やなこった、出たな〈木工職人〉〈森呪遣い〉(ドルイド)トリオ、じゃなくて。まぁ神殿送りは確かに目前かもな、あれは希代のメシマズだ。アレンジャーとカクセナス、アジミネーゼにカゲンシラーズの四種複合体だ」


「何よその呪文みたいな言葉……要するに凄い宝の持ち腐れになっちゃった子が居るってハナシでしょ?」


「毒物レベルの料理ベタってぇことか、そりゃ何がどうなったのかと運ばれるわぁな。ウマくいきゃバステ爆弾ができるかもよ?作ったの〈料理人〉だけどな!」



 ケタケタと笑う一言も、バンダナの下から覗く長い耳は血の気が引いていた。寧と金井はため息しか出なかったものの、青くなるほどはダメージを受けていない。ただ二人共遠くを見つめて瞳の光を消しているあたり、他の人間がその訳を察するのは容易だろう。世の中は、案外深刻な腕前が溢れている。

 やがて調理室から大きな寸胴が運び出されると、地獄の物体が取り払われたそこへブルーフォレストは去っていった。一瞬見えた寸胴の中身はとてもおいしそうなシチューにしか見えず、腕前と味付けのセンスの乖離具合をまざまざと見せつけられたのは嬉しくない事案である。


 運ばれていった職人を案じればいいのか、このまま冷静を装って次の目的地にいけばいいのか。ほんの一瞬選択を躊躇った金井の肩に、図ったように褐色の手が置かれた。振り返ればそれは見知った顔のもので。



「……ケティさん?」


「邪魔するよ、ボーヤ。今抜けられるかい?ちょっといいとこに連れてってやるからさ」



 半ば引きずられるようにして、少年コンシェルジュは連れ去られていった。




『それから何といいますか、この街には猫人族が多いのです。もちろん〈猫の手組合〉(キャッツ・ハンド)のことは存じておりますが、それを差し引いてもイースタル圏内ではかなりの数が住み着いているように思えます。昨日のお昼だった肉まんも猫人族の商店で買いましたし、お土産にしようと思いまして購入した大陸風の茶器も猫人族の旦那様に見繕っていただきましたよ。


 なぜか、と1人の猫人族の方に問いかけたことがございます。するとモノの交差点であるヨコハマには、自然と流れ着くそうで。そのひとが言うには、定住を好まない猫人族の気まぐれな気質が関わっているとも、猫人族の社会的地位の低さが原因であるのだとも教えていただきました。確かに猫人族の方は気ままな気質だとは思うのですが、そこも猫らしい愛嬌だと思いますよ私は?これに関しては皆さんの同意は頂けると信じています。


 そのあとはお礼代わりに、物語をひとつ贈らせていただきました。ええ、猫人族にちなんで「長靴をはいた猫」を。目論見どおり笑って頂けたので私は満足です。

 ただ、あっちこっちから笑い声や冗談まじりの野次が飛んできて、少々照れくさかったですよ……港という環境がそうさせるのか皆さん遠慮がなくて。店でチップをもらうのと、街でお捻りをもらうのはまた気分が違うものなのですね、いい経験はなりました』




 広く伸びた葉は照る日差しを遮って肌を守り、梢の間に吹く風は夏の暑さを運びさる心地よい具合、遠くに望むは青葉に輝くアキバの街。そんなアキバの絶景スポットに、金井少年は連れてこられていた。

 ただ、ここは普通の絶景ではない。遠くに見えるのがコンクリートを侵食する緑であれば、近くに迫るのはざらりとした木肌の感触とみどりの葉。アキバの街でもっとも大きな樹木、銀葉の大樹の枝の上に彼は連れてこられたのだった。



「け、ケティさん?ここ高いんですが……」


「いい眺めだろぉボーヤ!下はカップルやらピクニック気分の奴らがうじゃうじゃ居るが、ここまでくりゃあ滅多に人はこないからねぇ、“とべる”奴らだけの特権だよ!」


「眺めよりなにより、下が怖いんですけど…………!!」



 目前に広がる絶景よりも、真下の遠い地面を気にする金井は真っ青な顔で呻いている。キティはと言えば気にしているのかいないのか。少年の体を支えてやりながらも下ろしてやろうという空気はない。万一落ちれば側で待機する彼女の召喚生物たちが助けるのだろうが、そんな事実は金井にとって万分の一の救いにもならない。

 ふっと気の遠くなってしまいそうな景色の中、やがて金井は何とか幹近くの幅広い枝に腰かけてひと心地をつく。反対にキティは一段低い、不安定そうな細い枝に立ったまま金井に視線を合わせている。その眼差しが愉快そうに細められていることに気付いた少年は、いかにも不満です、といった表情で威嚇しながら不服そうに声をあげた。



「僕で遊びたいだけならよしてくださいね、忙しいんですから。ちゃんと用があってここに誘ったんでしょう?」


「ん?ああ、そうだったそうだった。アンタを一回休ませようと思って連れてきたんだった」


「…………逆に疲れましたよ」


「まぁまぁ、渡したいモンもあったしブー垂れないどくれよ。本当は〈花金鳳花の貴婦人〉(マダム・ラナンキュラス)に連れていこうかと思ってたが、未成年だしねぇ」



 うなだれる金井に、あまり反省していなさそうな顔で手紙が差し出される。少年は先ほど聞いた食品部の怒号を自身の心境に重ねながらそれを受け取り、中身を改めた。優しいアイボリーの便箋に琥珀色のインクで記された旅模様。手紙の一番下には、見覚えのある名前が記されていた。



「『港の熱に浮かされるような夏の日に ナーサリーより』…ありがとうございます。そういえば、ここのところ家にも帰っていませんでしたね」


「今のトシからワーカーホリックなんざ悲しいねぇ。そのまんまの調子だと未来の嫁さんにアイソ尽かされちまいそうだ」



 一言多いキティの言葉に、金井は不満も露に小突くような仕草をしつつ手紙を返す。手紙には地元の画家が描いたらしいヨコハマの景色も添えられていたが、こんな高い場所で熟読するのは、風に飛ばしてしまいそうで憚られた。

 しかし、指摘された部分はもっともである。〈ロデリック商会〉に入ってから一月ほどしか経っていないにも関わらず、金井は完全にギルドメンバーの世話が身に染み付き過ぎていたのは否めない。今でこそ身につけてはいないものの、白衣の下には各種中和剤が用意され、ワゴン下部に至っては緊急用の霊薬がどっさり揃えられている。自身もレベルは低くとも〈妖術師〉(ソーサラー)の端くれであり、火種と消火の用意は十分だ。


 だがとにかく金井には〈ロデリック商会〉の面々はすでに放っとけない、とはっきり分類できるくらいには親しみと敬意を抱いているのである。たとえ精霊の動力を利用して峠を攻められそうな馬車を設計しようとも、〈外観再決定ポーション〉の効能を罰ゲーム用の薬品に組み込もうとも、いやだからこそ余計に手間をかけてしまいたくなるのだ。

 級友である少年少女らや恩人たる二人を軽んじているわけではない。とはいえ後ろめたさのようなものは常に抱え続けており、申し訳なさについうなだれてしまった。



「すいません、本当ならもっと家に帰るなり街で遊ぶなりして健全に過ごすべきですよね……。せっかく三人揃って面倒をみていただいているというのに」



 下がる眉を申し訳なさそうに前髪で隠す少年を見て、今度はやり辛そうな表情をキティは浮かべる。キティとしては労い兼からかいのつもりでかけた言葉だったというのに、この真面目この上ない少年にかかっては、謝罪の対象に変わってしまう。朱の髪を掻き上げごほんとひとつ咳払いをして、それから彼女は改めて言葉をかけてやった。



「別にごめんなさいをさせるためにそう言ったんじゃないよ。それに、そこが問題になるんだったら今我が道突き進んでるこの手紙の主はなんだってんだい。準備が終わったと思えばいそいそアキバを出てったじゃないか」



 ひらひらと、先ほどの手紙を振って示す。薄情だとは思わないが、ナーサリーが語っていた方が店の入りが上がるのだ。本音としては、街に居ついていた方がよっぽどありがたい。



「それは…ナーサリーさんはあの時までずっと楽しみを我慢してきたんですし、そのくらい……」


「だったらアンタだって許されるだろう。今とっても楽しいですって感じで働いてたの、しっかり見てんだからね」



 生産ギルドにはとかく顔の利くキティは、当然ながら〈ロデリック商会〉とも顔なじみである。今は留守にしている家主に変わって影から子供たちを見つづけてきた彼女には、その充実ぶりが容易に伺え知れたのだ。なんで、だのどうして、とおろおろと耳を赤くした金井の動揺ぶりを拝むと、溜飲を下げてやることにする。

 高校生の分際でこまっしゃくれた振る舞いをするなど生意気であるという勝手な考えのもと口にしたものだったが、どうやら金井の肩の荷を少しは下ろせたようであった。それをきちんと確認してから、キティは加減をしてやることにした。会話の方向転換である。



「まぁ、ナーサリーを引き合いに出すのがそもそもの間違いだったねぇ。アイツはロールプレイヤーの癖にレイドを飛び回ったド変態だし、夢とロマンに生きてるような男だからさ」


「ど、ド変態って扱いはひどくありませんか……?ロールプレイとプレイヤースキルは両立できないこともないでしょう?」


「あは、単に両立してるだけだったらアタシもまだ納得できたんだけどねぇ、ありゃやっぱ重度の廃人だわ。たった一個のアイテムの為だけに、複数の攻略メンバーに出入りして目当てゲットするまで同じレイドに参加するのは変態かドマゾのどっちかじゃないかい?」



 言葉の意味を理解できないのかしたくなかったのか、ひんまがった金井の口に、うまく釣れたことをキティは確認する。ナーサリーの真実は、ある意味では当然だ。二つ名を保有するようなプレイヤーはそれこそ技術でも性格でも趣味でも、不特定多数の人間の話題に上るだけの特徴が無ければならない。彼の場合はその趣味に起因する“暇人さ”が〈物語愛好家〉テイルマニアと呼ばれる原因である。


 ナーサリーは初め、ただのプレイヤーだった。普通にレベルを上げ、普通に装備を揃え、普通にクエストをこなすだけ。そこから2年ほど経ってからロールプレイを始めたものの、そのときもまだ普通のロールプレイヤーだった。事が変わったのは、彼がある童話由来のアイテムを手にしてしまったのが切っ掛けだった。ハマったのである、収集に。

 そこから彼は自らの装備、ビルド、戦い方を最初から組み直すと、大規模戦闘のプロたるアインスからお墨付きを貰い、4年前の翻訳システム稼働と同時に海外サーバへ飛んでいってしまったのだ。当たり前のごとく、戦闘時以外はロールを崩さないままである。

 バカらしいことにレイドだけでは飽き足らず、現実で言うところのシルクロードを辿る長大な連続クエスト、日本語訳『命の掛金、絹の対価』をこなし、それに準じる長さの大陸横断クエストをいくつもこなしてからやっと日本サーバに腰を落ち着けたのだ。はっきり言えば正気の沙汰ではない。



「アイツが持ってる〈五月の王〉メイ・キングも、そんとき北欧サーバーで手に入れた幻想級ファンタズマルさ。まぁ今はデッカいからって戦闘には使ってないが、ホントは秘宝級の〈金星音楽団のセロ〉こそ愛用品だってんだから笑っちまうよ、流石にねぇ」


「なにがしたいんですか、あのひと」


「強いて言うなら、〈エルダー・テイル〉っていう長い長い物語を読み尽くしたいんじゃないかい?クエストマニアでもあるしね、アレ」



 なんとも言い難い、あえて表現するのであればそこそこ苦い青汁を一気飲みしてしまったような顔で言葉を返した金井に、キティはそう苦笑いで返すしかなかった。




『そうでした、一番伝えたいことがあったのを忘れていました!昨日、物取りがあったとかで〈ミッドフラワーブロック〉がにわかに騒がしくなったのです。それで危ないことがあってはいけないと思いそちらに足を運んだのですが、そこで見たのは中華風のお屋敷の、その壁に描かれた黒猫のサインでした。

 あれはなんだ、と私が口を開く前にどなたかが「シャノワールの泥棒猫どもの仕業だ!」と叫びまして。それは何だと聞きましたところ、なんと怪盗団のような組織だというのですから驚きですよ。猫の怪盗団と言えばキャッツ……いえ、口にするのは無粋というものですね。


 シャノワールは盗賊と呼ぶべき存在ではありますが、諜報機関のようなこともこなす謎の集団だそうなのです。どれほど侵入困難な場所であろうとも、依頼があればあっという間に入り込み、物・情報・人に至るまであらゆるものを盗みだし、猫のような身軽さで追手から逃れるのだと!ああ、わくわくしますねこういうの!


 さてうれしい出会いもうれしくない出会いもあったヨコハマですが、そろそろここを発ちたいと思っています。荷物をまとめたら、そうですね。今度は横浜線に沿って行こうかと。現実リアルの路線図を重ねて描いたこの地図、誰が開発したのかは知りませんがとても便利ですよ』


 この変人は、とんでもなくそれっぽいファンタジーものが大好きなのだ。


「追伸:

 赤間くんは今どこまで強くなっているんでしょうね。〈D.D.D〉のことですから無茶な訓練はさせていないでしょうけれど、帰る頃には見違えているかもしれません。男子三日会わざればとは申しますが、体を壊さない程度に頑張っていてくれると嬉しいです。


 港の熱に浮かされるような夏の日に ナーサリーより」






当作品はLHTRPGのサプリに登場した大地人組織を積極的に応援します、アレわくわくするので。


精霊式機関の制御って〈精霊遊戯のリュート〉みたいな人工精霊式から、〈刻印術師〉がプログラムを組むように命令を刻み込む刻印制御式まで幅広そうですね。妄想がもりもり膨らみます。

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