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欲しくなった理由 ─ 理屈は、いつも少し遅れてやって来る

作者: 無為(MUi)
掲載日:2026/06/01

 

   ─ 欲しいと思った時には

   もう理由なんて後付けだった

       人は時々、

  理屈より先に心で選んでしまう ─

 

 

 

「うーん、微弱過ぎて全然分かんねー」

「この明るさじゃ無理だろう」


 外に出た俺たちは建物の外壁の前にいた。

地下でさえ淡い光だったのだ。屋外で確認出来るはずは無かった。


「一般魔導呪文使うか……」


 そう呟くと、イーヴォは地下室へ戻っていく。


「一般とか特殊とかあるんですか?」

「いや、聞いたことはないが──」


 数分後、片手に呪文書、もう一方に水差しを持って戻ってきた。


インが無いから詠唱長いんだよな」

「どれくらいだ?」

「三分くらい」

「その程度なら普段と同じだろ」

「単調過ぎてつまんないんだよ」


 呪文書を開き、片手を壁に当てる。


「『──外界魔力、干渉遮断。……対象固定、基準化開始……。波長差異抽出 。』」

「……感度上げるか」


 明らかにテンションが低い。


「『──感覚域拡張、微弱反応検索……。残留魔力、追跡開始。』」

「はい、ここで二分待ちます。壁から手を離せないのが地味に辛いです」

「誰もやれとは言ってない」

「俺が好きで嫌々やってます」

「どっちだ」


 ぼそぼそと続く詠唱を聞き流していると、隣でフェイが居心地悪そうに体勢を入れ替える。


「『──流動偏差、零点補正……、外部励起反応確認。』」

「『──魔力検知ディテクト』」

「……どうですか?」

「残存魔力ゼロ……?」

「減衰……、いや違う」「地下側が均一過ぎる」「……認識と効果範囲が噛み合ってない?」「……待て、素材認識と指向性が──」

「…………………………」

「また潜っちゃいましたね」

「見張っててくれ。グラスを取ってくる」


 * * *


 イーヴォが目の前に置かれたグラスに手を伸ばす。地べたに座り込んだまま水を飲み干し、空になったグラスを置こうとして、何かに気付いたように顔を上げた。


「何で草むら?」

「ここが宿屋の裏庭だからだ」

「……あぁ、そっか」

「何か解りましたか?」


 フェイがそう言いつつ向かい側に座る。


「ああ。ジュードは全部俺のせいみたいに言ったけど、フェイの認識が曖昧だったってのもデカい」

「俺の認識ですか?」

「壁に杖向けた時、何考えてた?」

「え、あんまり激しく光ったら嫌だなって」

「『この辺だけ光らせる』とか決めてた?」

「……考えてなかったです」

「そう、そこ」


 俺はフェイの隣に腰を下ろし、イーヴォへ筆記板と墨筆を渡す。こいつを甘やかし過ぎな気もするが、当たり前みたいな顔で受け取ると、さらさらと図を書き始めた。


「フェイの境界認識が曖昧なのに、杖の魔力変換率だけ極端に良かったんだよ」

「で、杖の方が『高効率で全部通しときますねー』ってなった」

「その結果が、部屋全面発光か」

「そう。本来ならもっと適当に拡散して終わるはずだったんだけど。思ったより変な方向に噛み合った」


 イーヴォは筆を止めて、フェイに向き直る。


「最初はフェイの認識暴走かと思ったんだ。でも途中で『導媒がそれを補強してる?』って気が付いてさ。説明不足だったな、悪い」

「なんか……」

「すみません、は無しな。三回目だぞそれ」

「どこを狙うかしっかり意識しないと駄目ってことですね……難しいな」

「そうでもない。要は慣れだ」


 感覚の話だったせいか、考えるより先に言葉が出た。


「当てる意識は強すぎない方がいい。そのうち反射で撃てるようになる」

「それ弓の話だろ。まぁ、反復訓練が効果的ってのには同意するけど。その辺り色々実験するとしても夜になってからだな」


 グラスに水を注ぎながら、イーヴォが聞き捨てならない台詞を吐く。


「何をやらせるつもりだ?」

「同一素材以外の伝播の仕方とか、複合素材に照射した場合はどうなるかとか」

「ここでやるんですか? 多分一晩くらい光りっぱなしになりますよ」

「大丈夫じゃね? ライトアップしてあるんだなー、くらいにしか思わないって」

「そう思うのはお前だけだ」


 新婚夫婦が本気チャンバラで神聖な儀式をぶち壊したというのに、『盛り上がったじゃん』で済ませる感性は信用ならない。


 * * *


「何これ、超格好いいんだけど!!」


 テンションがおかしい。


 地下に戻ったイーヴォが、壁に立て掛けられたポールアックスに今更気づいたらしく、指をわきわきさせている。


「カバー外して見して!? ポールアックスだよなこれ!」

「いいですよ」


 フェイが革巻きを外すと、鋭い金属光沢が現れる。展示品とは違う、本物の刃だった。


「すげえな。急に殺意が増すじゃん」

「……これ、思ったより怖い武器ですね」


 店では展示品を振り回していたフェイが、刃先の向きを気にしながら構え直す。


「おぉー、いっぱしの冒険者って感じ」

「突きの構えは堂に入ってるな」

「そうですか?」


 武器とは不釣り合いな照れ笑いを一瞬だけ浮かべると、直ぐに真剣な表情に戻る。


「ちゃんとコントロールしないと……本当に危ないです」


 確かに、弓は矢をつがえた瞬間から武器になるが、これは存在そのものが重い。


「さっ、約束通り魔杖の調律代行したんだから飯奢れよ」


 フェイの背中をバシバシ叩きながらイーヴォが笑う。 フェイも苦笑しながら抵抗しない。


「少し早いが、出かけるか」

「奢り飯の美味さは格別だよな」

「何が食べたいですか?」

「何でもー」


 部屋の空気も、すっかりいつもの調子に戻っていた。


 * * *

 

 ──夕暮れの表通りは、相変わらず人の流れが途切れない。


 行商人の呼び声、荷馬車の軋み、焼いた肉の匂い、どこかの店先から流れてくる弦楽器の音。

人の流れに押されるたび、異国へ来たのだと嫌でも実感する。


「やっぱ中央って落ち着かねーな」

「今日は特に人が多いですね」

「この時間帯は仕事帰りも重なるからな」


 何気なく店先へ視線を流した時だった。

武器屋の窓に飾られていたクロスボウに、思わず足が止まる。


 滑らかな曲線を描く弓床ストックはザエッダでは見られない形だ。黒く渦を巻く模様が、金属のような光を返している。


「見栄え重視のコレクター品って感じだな」

「実際に撃てるんですかね、これ?」

「──撃てそうな構造はしている。ただ、不要な意匠は多いな」


 実用品とはとても思えないが、完全なハリボテにも見えない。


「お前が露骨に興味示すの珍しいな」

「いや、弓床の材質が気になるだけだ」

「研磨した瑪瑙の断面みたいに見えるけど流石に違うか」

「木、だとは思う。磨いたというより滲んだみたいな光り方だ」

「店の人に聞いてみましょう」


 * * *


 店主によると弓床は西方産の鉄木、弓部分はシデ材らしい。


「鉄木? 聞いたことがないな」

「西方の砂漠で採れる木でね、乾いて立ち枯れたものしか使えない。硬さは鉄並み、磨けば宝石みたいに光る」


 店主は誇らしげに弓床を撫でる。


リムには何の木を使ってる?」

「シデだな」

「これがシデ?」


 ザエッダのシデとは別物だった。密度が均一な上に木目が揃っている。


(……それはともかく──)


「こんな硬い木じゃ反動が逃げない」

「お客さん、そりゃセルフボウの発想だよ。クロスボウはしならせて使うもんじゃない」

「俺の国では石弓クロスボウもトネリコで作るんだが?」

「そりゃ北の話だろう。中央じゃ硬い方が好まれるんだよ」

「……試し撃ちは出来るか?」

「ここじゃ無理だね。工房でないと」

「工房はどこに?」

「裏にあるよ。今日はもう閉めちまったけどね」

「そうか……」


 * * *


「結局、買ってんじゃねーか」

「機構との相性は悪くなさそうだった」

「弓床の話はどこ行ったんだよ」

「それはあくまでキッカケだ」

「見た目が強いですよね、これ」

「……使ってみれば分かる」

「せっかくだし、夕食もちょっと冒険してみましょうか」

「未知の体験か。面白そうじゃん」


 * * *


 ──店内は香辛料の香りで満ちていた。

というか、既に肺の奥まで入り込んでいる。


「……舌が死んでるんだけど」

「たまにはこういう刺激的な味も悪くない」

「痛覚に来てんだが? もはや味じゃなくて暴力だろ」

「あっ、水は駄目です、余計に広がります」


 水に手を伸ばすイーヴォをフェイが慌てて止め、給仕を呼ぶ。


「冷えた酸乳を一杯──」

「三杯、いや五杯くれ」

「そこまでか?」

「なんか……」

「謝るなよー、四回目だぞー」

「……崖酔いに高所嫌い。辛味に弱い、が追加か」

「人の弱みをカウントすんな」


 * * *


 ──宿へ戻る頃には、満月が昇っていた。


 地下室から持ち出した小机に白い紙を敷き、クロスボウを置く。


「成る程、だから今日買いたかったのか」

「どういうことです?」

「新しい弓をラウルクに認めてもらう儀式があるんだ」

「満月だったのは、たまたまだ」


 神饌台も供物も無いから略式にはなってしまうが、やらないとどうにも落ち着かない。

 

 小さく息を吐き、月へ向けて祝詞を捧げる。


「──月の主ラウルクよ、森の奥より我が手の業を見そなはせ──」


 祈りを口にしながら、思いを巡らす。


 ここはザエッダでは無いし、材料とて霧の森から切り出した物ではない。

それでも弓を扱う以上、俺には必要なけじめだった。


「──しなり正しく、放てば遠く、力は偏らず」

「狩る手を逸らすな、心を濁らすな」

「木は森の恵み、弦は命の張り。我はこれを借り受ける者に過ぎず──」


 最後にクロスボウを手に取り、夜空を仰ぐ。


「一矢、無駄にせぬことを誓う」



 月光が地上を照らす。




 目に見える祝福は無くとも、それで十分だった。







 ─ End ─


 

【次回予告】 

 出発の準備は、案外忙しい。


 武器の確認に買い物、荷物の整理。 些細な用事を片付けながら、三人は次の旅へ向けて歩き出す。


 気づけば手元には、思っていた以上に色々なものが増えていた。

  

  

※次回は、『ザエッダの弓手 17:増えた荷物』の予定です。なものが増えていた。

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