欲しくなった理由 ─ 理屈は、いつも少し遅れてやって来る
─ 欲しいと思った時には
もう理由なんて後付けだった
人は時々、
理屈より先に心で選んでしまう ─
「うーん、微弱過ぎて全然分かんねー」
「この明るさじゃ無理だろう」
外に出た俺たちは建物の外壁の前にいた。
地下でさえ淡い光だったのだ。屋外で確認出来るはずは無かった。
「一般魔導呪文使うか……」
そう呟くと、イーヴォは地下室へ戻っていく。
「一般とか特殊とかあるんですか?」
「いや、聞いたことはないが──」
数分後、片手に呪文書、もう一方に水差しを持って戻ってきた。
「印が無いから詠唱長いんだよな」
「どれくらいだ?」
「三分くらい」
「その程度なら普段と同じだろ」
「単調過ぎてつまんないんだよ」
呪文書を開き、片手を壁に当てる。
「『──外界魔力、干渉遮断。……対象固定、基準化開始……。波長差異抽出 。』」
「……感度上げるか」
明らかにテンションが低い。
「『──感覚域拡張、微弱反応検索……。残留魔力、追跡開始。』」
「はい、ここで二分待ちます。壁から手を離せないのが地味に辛いです」
「誰もやれとは言ってない」
「俺が好きで嫌々やってます」
「どっちだ」
ぼそぼそと続く詠唱を聞き流していると、隣でフェイが居心地悪そうに体勢を入れ替える。
「『──流動偏差、零点補正……、外部励起反応確認。』」
「『──魔力検知』」
「……どうですか?」
「残存魔力ゼロ……?」
「減衰……、いや違う」「地下側が均一過ぎる」「……認識と効果範囲が噛み合ってない?」「……待て、素材認識と指向性が──」
「…………………………」
「また潜っちゃいましたね」
「見張っててくれ。グラスを取ってくる」
* * *
イーヴォが目の前に置かれたグラスに手を伸ばす。地べたに座り込んだまま水を飲み干し、空になったグラスを置こうとして、何かに気付いたように顔を上げた。
「何で草むら?」
「ここが宿屋の裏庭だからだ」
「……あぁ、そっか」
「何か解りましたか?」
フェイがそう言いつつ向かい側に座る。
「ああ。ジュードは全部俺のせいみたいに言ったけど、フェイの認識が曖昧だったってのもデカい」
「俺の認識ですか?」
「壁に杖向けた時、何考えてた?」
「え、あんまり激しく光ったら嫌だなって」
「『この辺だけ光らせる』とか決めてた?」
「……考えてなかったです」
「そう、そこ」
俺はフェイの隣に腰を下ろし、イーヴォへ筆記板と墨筆を渡す。こいつを甘やかし過ぎな気もするが、当たり前みたいな顔で受け取ると、さらさらと図を書き始めた。
「フェイの境界認識が曖昧なのに、杖の魔力変換率だけ極端に良かったんだよ」
「で、杖の方が『高効率で全部通しときますねー』ってなった」
「その結果が、部屋全面発光か」
「そう。本来ならもっと適当に拡散して終わるはずだったんだけど。思ったより変な方向に噛み合った」
イーヴォは筆を止めて、フェイに向き直る。
「最初はフェイの認識暴走かと思ったんだ。でも途中で『導媒がそれを補強してる?』って気が付いてさ。説明不足だったな、悪い」
「なんか……」
「すみません、は無しな。三回目だぞそれ」
「どこを狙うかしっかり意識しないと駄目ってことですね……難しいな」
「そうでもない。要は慣れだ」
感覚の話だったせいか、考えるより先に言葉が出た。
「当てる意識は強すぎない方がいい。そのうち反射で撃てるようになる」
「それ弓の話だろ。まぁ、反復訓練が効果的ってのには同意するけど。その辺り色々実験するとしても夜になってからだな」
グラスに水を注ぎながら、イーヴォが聞き捨てならない台詞を吐く。
「何をやらせるつもりだ?」
「同一素材以外の伝播の仕方とか、複合素材に照射した場合はどうなるかとか」
「ここでやるんですか? 多分一晩くらい光りっぱなしになりますよ」
「大丈夫じゃね? ライトアップしてあるんだなー、くらいにしか思わないって」
「そう思うのはお前だけだ」
新婚夫婦が本気チャンバラで神聖な儀式をぶち壊したというのに、『盛り上がったじゃん』で済ませる感性は信用ならない。
* * *
「何これ、超格好いいんだけど!!」
テンションがおかしい。
地下に戻ったイーヴォが、壁に立て掛けられたポールアックスに今更気づいたらしく、指をわきわきさせている。
「カバー外して見して!? ポールアックスだよなこれ!」
「いいですよ」
フェイが革巻きを外すと、鋭い金属光沢が現れる。展示品とは違う、本物の刃だった。
「すげえな。急に殺意が増すじゃん」
「……これ、思ったより怖い武器ですね」
店では展示品を振り回していたフェイが、刃先の向きを気にしながら構え直す。
「おぉー、いっぱしの冒険者って感じ」
「突きの構えは堂に入ってるな」
「そうですか?」
武器とは不釣り合いな照れ笑いを一瞬だけ浮かべると、直ぐに真剣な表情に戻る。
「ちゃんとコントロールしないと……本当に危ないです」
確かに、弓は矢をつがえた瞬間から武器になるが、これは存在そのものが重い。
「さっ、約束通り魔杖の調律代行したんだから飯奢れよ」
フェイの背中をバシバシ叩きながらイーヴォが笑う。 フェイも苦笑しながら抵抗しない。
「少し早いが、出かけるか」
「奢り飯の美味さは格別だよな」
「何が食べたいですか?」
「何でもー」
部屋の空気も、すっかりいつもの調子に戻っていた。
* * *
──夕暮れの表通りは、相変わらず人の流れが途切れない。
行商人の呼び声、荷馬車の軋み、焼いた肉の匂い、どこかの店先から流れてくる弦楽器の音。
人の流れに押されるたび、異国へ来たのだと嫌でも実感する。
「やっぱ中央って落ち着かねーな」
「今日は特に人が多いですね」
「この時間帯は仕事帰りも重なるからな」
何気なく店先へ視線を流した時だった。
武器屋の窓に飾られていたクロスボウに、思わず足が止まる。
滑らかな曲線を描く弓床はザエッダでは見られない形だ。黒く渦を巻く模様が、金属のような光を返している。
「見栄え重視のコレクター品って感じだな」
「実際に撃てるんですかね、これ?」
「──撃てそうな構造はしている。ただ、不要な意匠は多いな」
実用品とはとても思えないが、完全なハリボテにも見えない。
「お前が露骨に興味示すの珍しいな」
「いや、弓床の材質が気になるだけだ」
「研磨した瑪瑙の断面みたいに見えるけど流石に違うか」
「木、だとは思う。磨いたというより滲んだみたいな光り方だ」
「店の人に聞いてみましょう」
* * *
店主によると弓床は西方産の鉄木、弓部分はシデ材らしい。
「鉄木? 聞いたことがないな」
「西方の砂漠で採れる木でね、乾いて立ち枯れたものしか使えない。硬さは鉄並み、磨けば宝石みたいに光る」
店主は誇らしげに弓床を撫でる。
「弓には何の木を使ってる?」
「シデだな」
「これがシデ?」
ザエッダのシデとは別物だった。密度が均一な上に木目が揃っている。
(……それはともかく──)
「こんな硬い木じゃ反動が逃げない」
「お客さん、そりゃセルフボウの発想だよ。クロスボウは撓らせて使うもんじゃない」
「俺の国では石弓もトネリコで作るんだが?」
「そりゃ北の話だろう。中央じゃ硬い方が好まれるんだよ」
「……試し撃ちは出来るか?」
「ここじゃ無理だね。工房でないと」
「工房はどこに?」
「裏にあるよ。今日はもう閉めちまったけどね」
「そうか……」
* * *
「結局、買ってんじゃねーか」
「機構との相性は悪くなさそうだった」
「弓床の話はどこ行ったんだよ」
「それはあくまでキッカケだ」
「見た目が強いですよね、これ」
「……使ってみれば分かる」
「せっかくだし、夕食もちょっと冒険してみましょうか」
「未知の体験か。面白そうじゃん」
* * *
──店内は香辛料の香りで満ちていた。
というか、既に肺の奥まで入り込んでいる。
「……舌が死んでるんだけど」
「たまにはこういう刺激的な味も悪くない」
「痛覚に来てんだが? もはや味じゃなくて暴力だろ」
「あっ、水は駄目です、余計に広がります」
水に手を伸ばすイーヴォをフェイが慌てて止め、給仕を呼ぶ。
「冷えた酸乳を一杯──」
「三杯、いや五杯くれ」
「そこまでか?」
「なんか……」
「謝るなよー、四回目だぞー」
「……崖酔いに高所嫌い。辛味に弱い、が追加か」
「人の弱みをカウントすんな」
* * *
──宿へ戻る頃には、満月が昇っていた。
地下室から持ち出した小机に白い紙を敷き、クロスボウを置く。
「成る程、だから今日買いたかったのか」
「どういうことです?」
「新しい弓をラウルクに認めてもらう儀式があるんだ」
「満月だったのは、たまたまだ」
神饌台も供物も無いから略式にはなってしまうが、やらないとどうにも落ち着かない。
小さく息を吐き、月へ向けて祝詞を捧げる。
「──月の主ラウルクよ、森の奥より我が手の業を見そなはせ──」
祈りを口にしながら、思いを巡らす。
ここはザエッダでは無いし、材料とて霧の森から切り出した物ではない。
それでも弓を扱う以上、俺には必要なけじめだった。
「──しなり正しく、放てば遠く、力は偏らず」
「狩る手を逸らすな、心を濁らすな」
「木は森の恵み、弦は命の張り。我はこれを借り受ける者に過ぎず──」
最後にクロスボウを手に取り、夜空を仰ぐ。
「一矢、無駄にせぬことを誓う」
月光が地上を照らす。
目に見える祝福は無くとも、それで十分だった。
─ End ─
【次回予告】
出発の準備は、案外忙しい。
武器の確認に買い物、荷物の整理。 些細な用事を片付けながら、三人は次の旅へ向けて歩き出す。
気づけば手元には、思っていた以上に色々なものが増えていた。
※次回は、『ザエッダの弓手 17:増えた荷物』の予定です。なものが増えていた。




