02-01.逆侵攻
「陛下!! 勇者が魔王に寝返りました!!!」
「なんだとぉ!?」
「魔王軍侵攻中!! 勢いが止まりません!!」
「砦が落とされました!! 敵軍! 尚も侵攻中!!」
「何がどうなっておるのだぁ!!」
突然の事だった。これまで沈黙を貫いていた魔王が自ら軍を率いて戦場に現れた。
「ふわぁっはっはっはっは!!」
「「「「なっ!?」」」」
「ごきげんよう! 人間諸君! 招きに応じて参上した! 我こそが魔族の王にして魔物達を統べる魔王なり!」
「魔王様」
「わかっておるわ!」
「勇者!? まさか本当に!? 貴様ぁ!!!」
「ふん! 精々この勇者めに感謝する事じゃな! 愚かな人間どもよ!!」
居合わせた人々の身体から力が抜けていく。これまで魔物達を倒す事で得ていた力が魔王の下へと還元されていく。
これがレベルドレインの正体。魔物達を統べる魔王の力。
「命までは奪わん! しかし我らから奪ったものは返してもらおう!! それがこの勇者との約定よぉ!」
魔王は国中の人間達から力を奪い取っていった。それは人々が蓄えていた「レベル」や「経験値」だけではない。魔物達の亡骸を使った武具や防具、建造物や装飾品、生活に必要な物まで例外なく一切合切が吸い上げられていく。
残されたのは全てを失った人間たちだ。魔王に立ち向かうどころか明日を生きることすらままならない。これまで長い時をかけて積み重ねてきた何もかもが取り上げられてしまった。
この世界の人々がいかに魔物達を利用して生きてきたのかが証明された。魔王の慈悲によって生かされていたのだと思い知らされた。一刻と保たずに一つの国が滅び去った。そこに住まう人々だけを残して。
「ふん。人間どもは弱いのう。それでよくぞ喧嘩なんぞ売ってこれたものじゃ」
「けっ喧嘩だとぉ!?」
未だ王だけは立っていた。瞳を憎悪で燃やし、憎き魔王を睨めつけ続けていた。
「これは聖戦だ!! 女神様より託されし偉業なのだ!!」
「哀れじゃのう。その女神はこの期に及んで姿を表さんではないか。どころか手を差し伸べる事すらせんのだ」
「勇者!! 何故裏切った!! 全ては貴様のせいだ!! 女神様はお怒りなのだ!! 我らを見放されたのだ!!! お前の裏切りによってだ!! 理解しているのか!!!」
「魔王には決して勝てない。これは最善手」
「ふざけるなぁ!!!!!」
「もうよい。おい。行くぞ。今日中に全て終わらせねばならんのだ」
「はい。魔王様」
「待て!! 勇者!」
「私は女神の勇者じゃない。魔王様の忠臣」
「なん……だと……」
勇者を掴んだ魔王が飛んでいく。次の国を滅ぼす為に。
そうして人々の築き上げた数多の国々は三日と保たず消え去った。
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「流石は魔王様。恐れ入るわ」
「お主の知識あってのものじゃ。我の想定よりも三時間程早かったぞ♪」
「大して変わらないじゃない」
「いやいや。本当に驚かされたのじゃ。それだけで十分称賛に値するとも」
「甘すぎるわ。そんなに褒めたって今日はやらないわよ」
「そうツンケンするでない。もちろん弁えておるとも。お主にとっては複雑じゃろう。今宵はゆっくり休むといい」
「悪いわね。お言葉に甘えて先に休ませてもらうわ」
「うむ♪」
魔王様は軍の指揮に戻っていった。戦争は終わったが、人間たちの保護が完了していない。それも魔王様が約束してくれた事だ。魔王様はとことん私を甘やかす事にしたようだ。一度身体を重ねたくらいでチョロすぎやしないだろうか。
「はぁ……」
しかし参った。思っていた以上に気分が重い。まさか魔王と一緒に人類を滅ぼす事になるなんて。同行なんて申し出なければよかった。……そんなわけにいくか。いつまでもゲームの中だなんて言ってられない。私は自分の都合の為に人々を傷付けた。それを見届けないなんて許される筈がない。
……魔王様は寛大だ。これまで人間達の暴虐を見逃し続けてきた。それもまた世の摂理と、人間達の残酷さを認識しながら自らは決して手を出さなかった。
魔王様にとって人類との争いはいつだって終わらせられたのだ。まさかレベルドレインがあんなに凶悪なものだとは思わなかった。私にとっても想像以上のものだった。
それでも勇者は唯一魔王を打倒し得る存在だった。元のゲームでは女神から特別な力を授かって対処していた。
チュートリアルで失った力を再び蓄えつつ、散ってしまった仲間達を集め、女神から力を授かって魔王にリベンジするのがあのゲームの大きな流れだ。
しかし勇者は寝返ってしまった。私の意思で正しい流れを捻じ曲げてしまった。
もうこうなってはどうにもなるまい。今更新たな勇者が産まれたところで魔王は倒せない。どれだけ女神から特別な力を与えられたとしても、そもそも勇者を育て上げる土台が崩れ去ってしまったのだ。
社会がなければ人は育たない。魔族の下で生かされれる人々が魔物を倒して力を得るなんて認められる筈がない。
私がそんな世界を作り上げたのだ。魔王様をけしかけて人々から全てを奪いとった。魔王様さえ介入しなければ拮抗していた勢力も、今となっては争いにすらなりえない。
人々は武器も力も失った。残された道は魔族に飼われる事だけだ。それ以外に人間達が生き延びる手段は存在しない。
……人々の眼差しが忘れられない。絶望と憎しみと恐怖。全てがその三つに染まっていた。老若男女関係なく。飛び回る私達をいつだって見上げていた。
「食エ」
「……いらないわ」
「駄目ダ。食エ」
「……そこに置いておいて」
「口開ケロ」
「やめて」
「魔王サマノ命ダ。オ前ガ食ワナキャ私ガ燃ヤサレル」
「……わかったわよ」
渋々起き上がってスープを口に運ぶ。なんの具も入っていない。どうせ今日も吐き出すと理解しているのだろう。なら無理矢理食べさせないでほしい。今はただの液体だって上手く飲み込めないんだから。
「オ前、人間カ?」
「さあね。どうかしら。私にもわからないわ」
あんな事しでかした私がどの面下げて……。
「……なんでそんな事が気になるのよ?」
「何故気ニスル?」
それは私が聞いたんじゃない。
「人間イッパイ殺シタ。魔物達」
「魔物達だって人間は殺してるでしょ」
「ソウ。ダカラ魔王サマホットイタ。必要、言ッテタ」
「知ってるわよ。寛大よね。魔王様は」
「違ウ。タダノ短気。癇癪持チ。キレ芸野郎」
「随分不満が溜まっているのね。私にそんな事話していいのかしら?」
「……脅ス気カ」
「そんな事しないわよ。それより食事中だから向こうに行っててくれるかしら」
「駄目ダ。見張ル」
「ならせめて口を閉じていて」
「開カナイ。コレ飾リ」
「なんであなた達は人間の真似事をしているの? 人間の姿で人間と同じ服を着て、人間の文明を利用しているの?」
「魔王サマノ趣味」
「魔王様は本当は人間が好きなの?」
「嫌イ。仲間ハズレニスルカラ」
「仲間外れ?」
「魔王サマ。人間ト同ジ。ケド人間認メナイ」
……魔王様の見た目は人間そのものだ。角が生えてるわけでも翼が生えてるわけでも尻尾が生えてるわけでもない。人間の少女そのものだ。
認めない筈がない。簡単に紛れ込める筈だ。
……けれどきっと駄目だったのだろう。魔王様は歳を取らない。もう何百年もあの姿だ。力も人間とは別物だ。あの魔王様が試さない筈はない。それはわかる。
「……魔王様は傷ついているかしら?」
「ソレハナイ。嬉々トシテ滅ボシタ。魔王サマハ強イ。イツマデモ引キズッタリシナイ。人間トハ違ウ」
「……そうね」
「ケド。ソレデモ。魔王サマ寂シカッタ。大好キナ前魔王サマ死ンデ寂シカッタ。オ前ハ魔王サマヲ拒絶スルナ。シタラ絶対許サナイ。人間ナンカ捨テテ魔王サマ選ベ。イイナ?」
「……わかった。約束するわ」
「ヨロシイ。モウ寝ロ」
メイドゴーレムは私からスープの皿を取り上げた。
「まだ残ってるわよ?」
「食ッタ事ニシテヤル。内緒ダ」
「ありがとう」




