01-07.違和感
「あら。ベッドはあったのね」
「そらあるじゃろ。我をなんじゃと思っとる」
「だって睡眠は必要ないんでしょ?」
「我はそんな事一言も言っとらんぞ」
そうだったかしら?
「でもこの数日一睡もしていなかったじゃない」
「スパンの問題じゃ。我を軟弱な人間なんぞと一緒にするでない」
「寝てる間はどうするの? 私の見張りは?」
「途切れるわけなかろう。どうしても気になると言うなら試してみるがいい」
「……やめておくわ」
チャンスは伺うけどね。
「懸命じゃな」
魔王様はベッドに潜り込むとパタパタと隣を叩き始めた。
「何をボサっとしておる」
「同衾はちょっと」
「アホか。くだらん警戒なんぞしとらんでさっさと入ってこんか。これは命令じゃ」
「……はい、魔王様」
仕方ない。どのみち逃げられはしないのだ。
「遠すぎじゃ、バカ者」
私を引き寄せた魔王様は、そのまま私の頭を抱き寄せて撫で始めた。
「少し疲れたろ。何も気にせず眠るのじゃ」
「……」
「なんじゃ。子守唄でも……もう寝ておるのか。まったく。意地を張りおって」
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……寝てしまった。それも魔王様より早く。チャンスを伺うつもりだったのに。
「よく寝ておったのう。気分はどうじゃ?」
差し出された水を飲み干した。酷く喉が渇いていたのだ。魔王様自ら用意してくれたというのに、お礼すら言わずにがっついてしまった。
「ごほっ! げほっ!」
「落ち着いて飲まんか。お主、三日も寝ておったのじゃぞ」
え? 三日? なんで?
「すまんのう。少々無理をさせすぎたようじゃ。我も見誤っていた。お主自身の貧弱さを舐めておった。今後暫くは人間に合わせた生活を送るとしよう。我も付き合ってやるぞ。光栄に思え」
「……なんで?」
「なんでじゃと? だから言うておるじゃろ。お主の肉体が貧弱過ぎるのじゃ。如何に精神体に近かろうと、肉体も存在するのじゃ。休息や栄養が常人の数分の一で済むだけじゃ。しかしお主の肉体は常人の域にすら達しておらんだろうが」
……なるほど。そりゃあ勇者の身体なんかと比べたら全くの別物よね。空腹や眠気を感じ辛くなっているだけで全く感じないわけ、じゃ……え……?
「……そんな筈」
「なんじゃ。顔が真っ青じゃぞ。もう一度横になれ。お主にはまだ休息が必要じゃ」
「……お願い、魔王様。私を帰して」
「……いったいどうした。何を泣いておる」
「おかしいの……こんな筈がないの……空腹や眠気なんて……三日も寝ているなんてあり得ないの……ここはゲームの中なのよ……疲労なんて最初から感じる筈がないの……」
「……許す」
「……魔王様?」
「必ず我の下へ戻れ。そう誓うなら試すがいい」
「……ありがとう。魔王様」
システムメニューを開いた。久しぶりにログアウト画面を目にすると少しだけ気持ちが落ち着いた。
「必ず戻るから。約束は守るから」
「さっさと行くがよい」
「本当にありがとう。魔王様」
私はボタンを押し込んだ。
……。
…………。
………………。
……………………なんで。
「なんで何も起きないの!? なんでよぉ!? なんでなのよ!? 魔王様ぁ!!」
ログアウト出来ない。何度ボタンを押し込んでもゲームは終わらない。押されていると反応は示しているのに機能しない。ありえない。ありえないありえないありえない。
「ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない」
「ユズキ……」
「……あんたのせいで」
「……」
「あんたが壊したのよ! あんたが閉じ込めたんでしょ! なんとかしなさいよ!! これじゃあ帰れないじゃない! どうしてくれんのよ!! 私にだって生活があるのに!! こんなゲームなんかにいつまでも関わってられないのに! ふざけんじゃないわよ! 何が魔王よ!! 何がAIよ!! くだらないごっこ遊びは一人でやってなさいよ!! 私が何したっていうのよ! 何の恨みがあって閉じ込めたのよ! ねえ! 帰してよ! お願いだからぁ! もう嫌なのぉ!」
「見せてみよ」
魔王の指はシステムメニューをすり抜けた。
「なによそれ……」
「すまぬ。我には干渉できん。代わりに動かしておくれ。一緒に見てみよう。我も方法を考える。ユズキを必ず帰すと誓う。だから時間をおくれ」
「……出ていって」
「……そうじゃな。少し落ち着いて考えてみよ」
魔王は部屋を出ていった。




