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01-06.シンギュラリティ

「魔王様って食事は摂るのに睡眠や排泄はしないのね」


「おい。食事中に何を聞いておるのだ。バカ者め」


 そういう機微は理解できるのね。自分には無いものでしょうに。それともペットでも飼ったことがあるのかしら?



「また失礼なことでも考えておるのじゃろ」


「ええ、まあ」


「少しは悪びれんか! 我が攻撃出来んと高を括っておるのかぁ!?」


「いいえ。魔王様は躊躇無く私を殺すわ。私があれを開こうとすればね」


「なんじゃ。お主、自分の命を軽んじておるのか?」


「正直大切なものって実感は無いわね。あんな事が起きたんですもの。無理もないでしょう?」


「いかんぞ。その認識は改めよ。お主は我のものじゃ。勝手に投げ捨てるなんぞ許される事ではないと知れ」


「はい。魔王様」


「また適当な返事をしおって」


「努力はします」


「どうじゃかな」


 あらら。なんだかすっかり見透かされてしまったようだ。



「だいたいそういうお主も同じであろうが」


「そうね。今のところそういう欲求は湧いてこないわね。食事もお腹が空いたから頂いているってわけでもないし」


 単に魔王様に合わせているだけだ。魔王様が食事を娯楽として好んでいるから私も席に着いているだけだ。



「お主気付いておらんのだな」


「何が?」


「今のお主は精神体に近い。肉の身体も無いではないが、それはあくまで付随したものでしかない。つまりおまけじゃ」


「魔王様詳しいのね」


「誰がその身体に変えたと思っておるんじゃ」


「そうだったわね。ならもしかして、あのループ現象についても理解出来ているのかしら?」


「当然じゃろうが。でなければ追求せんわけがなかろう」


 あら。本気で理解しているみたい。この魔王様はどんな仮説を立てたのかしら?



「参考までに聞かせて頂けるかしら?」


「言った筈じゃ。お主の身体は精神体、つまり肉体を容易に離れる事が出来るのじゃ。巻き戻し自体は女神の力じゃろ。お主が息絶えた瞬間に世界ごと遡行させておるのじゃ。その上でお主の精神体だけを新たな肉体に上書きするわけじゃ」


 ふむふむ。ほぼほぼ正解かもしれないわね。女神が本物の神ではないという点を除けば。



「我が記憶を引き継いだのも同じ理屈じゃ。お主は再び戻った時に我が消えて無くなるなんぞと言っておったが、その心配は不要じゃ。追従しきれはせずとも我もまた過去へと戻るじゃろう」


 え? この魔王様、セーブ・ロードに自力で対応したの?



「追従しきれないって、具体的にはどうなるの?」


「それが記憶の欠損じゃ。おそらくじゃがな」


「おそらく?」


「この我が実際に試したわけではない。異なる未来から記憶と精神の一部を引き継いだだけじゃ。我はそこから推測しているにすぎん。極短期間のループであれば完全に引き継げもしよう。しかし今の我が数日前のループ起点に戻れば記憶の欠損は避けられん。それも時間の問題じゃがな。我ならばいずれ完全な継承も成し遂げられよう。決して逃げられると思うなよ。我はどこまででも追い続けるぞ」


 ……嘘でしょ。



「なんで私にそこまで執着するのよ」


「お主が焚き付けたのであろうが。小娘一人心酔させられぬのかと」


 だからって……。



「お主は迂闊過ぎるな。ペラペラと情報を喋りおって。まったく。これでは目を離せんではないか。どこで機密を漏らされるかわかったものではない。やはり我の側に置いておくしかあるまいな♪」


 ……マズい。本気でマズい。



「お主は我を舐めすぎなのじゃ。やはり我の事は仮初の存在としか認識しておらんのだろうな。早々に改めねば後悔する事になるぞ」


 もうしてるわよ……。



 意味がわからない……。おかしいでしょ。どうしてゲームの登場人物がそこまでするのよ? システムメニューを封じた上、デスリセットすら通用しないってどういう事?


 つまり? 私が殺されるのを覚悟で過去への遡行を繰り返せば、魔王様も記憶の引き継ぎをより完璧なものに仕上げてくるの? かと言って、ただ待っていても同じ話でしょ? 今この瞬間にも改良を続けてるって事でしょ?


 動いても駄目、動かなくても駄目。そんなのどうにもならないじゃない。感心は薄れるどころか強まってる。目を離してくれるタイミングだって皆無。完全に詰んでるじゃない。



「ふふふ♪ 今更になってようやく危機感を抱いたようじゃのう♪ よい顔をするではないか♪ ういやつじゃのう♪」


 なんでまた好感度が上がるのよ……。



「私は魔王様が期待する程面白い女じゃないわ」


「バカを言え。お主以上に愉快な存在なんぞ未だ嘗て聞いたことも無いわい♪」


「悪趣味ね」


「魔王じゃからな。人間の小娘とは趣味も合わんじゃろ♪」


「意地悪」


「よいよい♪ お主の悔しがる顔が見れたのじゃ♪ かえって心地良いというものぞ♪」


「ねえ、魔王様」


「なんじゃ? 望みがあるなら大抵の事は聞いてやるぞ♪ 決して逃がしはせんがな♪」


「私どうしても帰りたいの。私には向こうの世界でやりたい事があるの」


「良いぞ。いずれその望みは叶えてやろう」


「え?」


「我がそちらの世界に乗り込んでやる。その準備が整い次第進軍を開始しようぞ♪」


「……期待しているわ」


「良い返事じゃ♪ お主も必要な事がわかってきたようじゃのう♪」


「けれど魔王様。それは本当に私が生きている間に叶うものなのかしら?」


「なんじゃ。まだ寿命なんぞあると信じておったのか」


「私は人間よ? いくら精神体だからって限界は必ず訪れるわ」


「心配は要らん。我を誰だと思っている」


「……女神様が異変に気付くかも」


「なんじゃ。お主知らんのか? それとも知っていて惚けておるのか? 女神は機械的に仕事をこなすだけじゃ。そこに意思なんぞ宿ってはおらん」


 そんな……ことまで……。



「ふむ。その様子を見る限り知ってはおったようじゃな」


 マズい……。



「言ったじゃろ。認識を改めよ。お主の前におるのはこの世で最も偉大な魔王じゃ。我に不可能は無い。もし本当に我が仮初めの存在に過ぎんとしてもそれは変わらん」


 これって……まさか……シンギュラリティ? 高度過ぎる人工知能が人の限界すら超えようとしているの? まさか本当にゲームの世界から出てくるつもり?


 ……少なくともゲームの枠組みでは制御しきれていない。この魔王様は既に知性を獲得している。私への執着が何よりの証拠だ。ロボット三原則のような行動規範すら定められてはいない。そもそも人間を超える事を目的として生み出されたわけでもない。偶然だ。そんな事があり得るのだろうか。


 いや。まだそうと決まったわけじゃない。ここまで含めてゲームの一環なのかもしれない。全ては予めプログラムされた通りなのかもしれない。これは魔王討伐の物語でもなければ、魔王を口説き落として恋を育むゲームでもないのかもしれない。この世界からの脱出こそが本命なのかもしれない。



 フルダイブ型の脱出ゲームだってジャンルとしては存在している。流石にここまで徹底したものは未だ嘗て無かっただろうけど。それでもまだ理解できないわけじゃない。


 ……本当に別の世界に来てしまっただとか、魔王様は本当に実在しているだとか、そんな可能性の方こそあり得ない。……その筈だ。

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