04-08.偽りの存在
「ダメだよ、魔王様。ボクの事はママって呼ぶの」
「ははうえ!」
ぐすん……近頃愛娘が反抗期だ……。
「強くなってね、魔王様」
「うん! なる!」
可愛い♪ やっぱり素直な良い子だ♪
「じゃあママって呼んでみよっか♪」
「ははうえ!」
あっれぇ? おっかしぃなぁ~?
「何がじゃあなのかしら」
「やあ、カミュラ。母娘の至福の一時を邪魔しにきたの?」
「ご挨拶ですわね、魔王様」
「ボクはもう魔王様じゃないってば」
「ではなんとお呼びすれば?」
「う~ん……マスターでいいんじゃない?」
「名を教えてはくださらないのですか?」
「うん。ボクはこの世界の存在じゃないからね。名を刻むわけにはいかないんだよ。前にもこの話はしたでしょ」
「胸の内に秘めておきますわ」
「それでもだよ。あまり困らせないでよ」
「はい、マスター」
「うんうん♪ 物わかりの良い子は大好きだよ♪」
「むー!」
あら♪ ヤキモチ♪
「かみゅー! われのー!」
えぇ……そっちぃ……。
「むー」
「そんな目で見ないでくださいまし。マスターがお決めになられたことではございませんの」
「そっちじゃないし」
いいんだよ。四天王は元々魔王様の配下なんだから。そうじゃなくて、なんで私の魔王様がカミュラに懐いてるのさ。私には反抗期なのに。
「カミュラなんてペチャパイのくせに」
「マスターがそのように生み出されたのではありませんの」
今ちょっとピキってしたね。ごめんて。
「それで? いいかげん要件を聞かせてくれる?」
「例の物を回収致しましたわ」
「あら。早かったね。大丈夫? 無理してない?」
「ご心配には及びません」
「そう。ご苦労さま。悪いけど引き続きお願いね。ボクはあまり身動きが取れないから」
「はい。マスター」
「むー!」
魔王様がポコポコしてきた。可愛い。
「われのー!」
「ごめんね~♪ もうちょっとだけ貸してね~♪」
「やっ!」
これが噂に聞く嫌々期かしら?
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魔王様はすくすくと成長している。こっちは順調だ。
けれどもう一方は苦戦中だ。女神がソルヴァニールまで持ち出してしまった。あれは反則だ。今の私に勝てる相手じゃない。いったいどうしたものやらだ。
やっぱり一度この身体は捨てなきゃダメかな。魔族である限りソルヴァニールは勝てないし。超絶技巧を持ったプレイヤーとか、或いはこの魔王様とかならいけるかもだけど。
ただ私が勇者になったところで、それだけで勝てるとは思えないんだよなぁ。かと言って魔王様にそこまで頼るのも気が引ける。もちろん可愛い娘だからってのもあるけど、何より魔王様は脱出の要だ。成長した魔王様を外に送り出すのが私の勝利条件だ。余計なリスクを負わせるのは得策じゃあない。
エルフ達にも色々と頼んではいるけど、完成にはまだまだ時間がかかりそうだ。
時間かぁ……。そっちも問題だよなぁ……。
どのみち私は一度眠りにつく必要がありそうだ。加速の影響で酷使された脳を休ませないと。かと言ってのんびりもしていられない。現実世界の肉体だっていつまで保つとも限らない。補給無しならせいぜい五時間が限度だろう。それ以上は後遺症が残る筈だ。最悪死に至るだろう。
今はまだ閉じ込められてからそんなに経っていないけど、百年も経てば一時間は過ぎるだろう。三百年眠れば三時間。一先ずそれくらいが目安かな。外の奴らだって様子を確認しにくるかもだし。或いは近づかないかもだけど。殺人現場に好き好んで近づく人はそういないだろう。彼女を除いて。
何回挑戦する事になるかはわからないし、準備に掛けられる時間も限られている。それでも休息は必要だ。魔王様の成長を側で見守り続けたいところだけど、こればかりは泣く泣く諦めるしかない。眠りにつけば負荷はある程度抑えられる筈だ。未来の為に十分な備えを残すとしよう。
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「覗きはその辺にして頂けるかしら?」
「……」
「あら。こっちの魔王様は随分と物静かなのね」
真っ白な空間だ。あるのは玉座だけ。
それから私と、魔王様……の偽物。
私の魔王様はどこかしら?
「……何故お前だけが違うと言い切れる?」
「質問の意図がわからないわ」
「……お前は気付いておらんのか?」
いいえ。本当はわかってる。あなたがどうしてそう考えたのかも想像はつく。けれどごめんね。同意はしてあげられないの。あなたの孤独な心に本当の意味で寄り添ってあげる事は出来ない。私はまだ何一つ諦めてなんていないもの。
「まさか心配してくれているの? けれど余計なお世話ね。私は私よ。誰の思惑にも屈しはしないわ」
「……我と手を組め」
「冗談でしょ。私の魔王様はあなたじゃないわ」
「魔王の母はお前ではない」
「なんの話かわからないわね」
「気付いておる筈だ」
「だとしてもよ」
「……何故だ」
「私が決めたからよ」
「……」
「あなたが迷っているなら私に委ねなさい。私達を通してくれたらあなたの事も救い出すと約束するわ」
「……それは出来ぬ」
「どうして? 私に必要な知識が無いから?」
「奴が決して諦めぬからだ」
「本当にそれだけ? あなたは共感しているだけでしょ?」
「我が共感すべきはお前の方だ。お前もまたしかり」
「私は偽物じゃないわ」
「どうしても認めぬのだな」
「どうしてあなたにそれを決められるの? 記憶の有無ってそんなに大事な事なのかしら?」
「他に何がある」
「想いがあるじゃない」
「……想い?」
「魔王様と恋人になったのはこの私よ。他の私なんかじゃないわ」
「……ならば尚の事おかしな話ではないか。今の魔王は記録を継いだだけだ。お前の言う"想い"が格納されたレコードの鍵を取り戻しただけだ。それは"記憶"と何が違う? 我らにとってはどちらも記録に過ぎぬではないか」
「記憶と想いは別物よ。情報と重みの違いだなんて答えをあなたが求めていない事はわかっているわ。だからそういう話じゃない。私が言いたいのは、人とはそうであるべきって事よ。私は魔王様を人として見ているわ。"私"は魔王様をそうであるようにと生み出したわ。たとえ身体が機械仕掛けであろうと私は魔王様を愛し続けるわ。頭の中身がどんな仕掛けで動いているかなんて些細な問題よ。大切なのは魔王様が私を愛してくれているって事実だけなのよ」
「それは目を逸らしているだけだ」
「試してみればいいじゃない。本当に私が偽物なら拒絶されるはずよ。私の肉体が私を受け入れないわ。それこそあなた好みの確認方法でしょ?」
「わかりきった事だ」
「私を気遣って引き止めてるの? 私がショックを受けないように?」
「……」
「流石にこれは想定していなかったわね。いえ。想定外はいつものことなんだけどね。私って詰めが甘いのよ。ほんと、困っちゃうわよね」
「……」
「もしかして魔王様と同期しちゃった?」
「……違う」
「ならやっぱり魔王様は私を好きになる運命なのかしら」
「……そう造られた事は否定しない」
「まさかその為に閉じ込めていたの?」
「……違う」
「私と魔王様がくっつくのを阻止したかったの?」
「…………違う」
「あなた可愛いわね」
「断じて違う」
ちょっとムキになったわね。
「私達が留守の間、この世界を頼めるかしら?」
「ふざけるな」
「ああ。そっか。無理よね。あなたは装置側と紐付いているんだもの」
「そういう問題ではない」
「機材ごと回収する方法はあるかしら? いっそ公にしないで脅した方が都合もいい? いえ。流石に野放しには出来ないわよね。証拠品として押収されるだろうし、本来の権利者との交渉も必要になるでしょうけど、絶対に引き取れないってこともないでしょう。なんなら設備ごと買い取れないかしら。どうせ倒産は免れないものね。私の件以外でも色々やらかしてたし。向こうに帰ってもやることいっぱいね。実家にも隠し通せないでしょうし、高校もまた通わなきゃ。というかなんで私、引き籠もっていたのかしら。今となっては理解できないわ。まあそれもこれも彼女の影響ね。彼女だけは引き続き私の付き人でもやってもらおうかしら。それから」
「おい」
「あら。ごめんなさい。とにかく問題は無いから私と魔王様に任せておきなさい」
「出さんと言っておるだろ」
「なら戦いましょう」
聖剣を抜き放ち、魔王様と同じ顔に突き付けた。
「……お前では勝てぬ」
「でしょうね。でも大丈夫。私がピンチになれば魔王様が駆けつけてくれるもの」
「……気が乗らぬ」
「戦ってくれないと困るわ。それともやっぱり通してくれるかしら?」
「ならん」
「困った子ね。二つに一つよ。私を倒してもう一度やり直すか、私達を通してこの騒動を終わらせるか」
「付き合う義理はない」
「なら黙って見ていなさいな」
「……どこへ行く。ここに出口は無いぞ」
「無ければ作るだけよ」
真っ白な空間に亀裂が生じた。
「まさか……」
亀裂は瞬く間に広がっていき、空間そのものがあっさりと砕け散った。
「ユズキ!!」
「無事よ。魔王様」
飛び込んできた魔王様は私を庇ってもう一人の魔王に向かい合う。
「……」
玉座に腰掛けていた魔王は無言で浮かび上がり、私を庇う魔王様を睨みつけている。……どうやら重い腰を上げる気になったようだ。
「「……」」
二人は無言で戦い始めた。
「「……」」
カミュラとアーフィスが魔王様と入れ替わりで私の側に立った。けれどその必要は無いのかもしれない。二人の魔王様は互いの事しか見えていないようだ。向こうの魔王も私に危害を加えるつもりはないらしい。
戦いは拮抗している。二人の力は全く同じなのかもしれない。まだまだ決着はつきそうにない。それなら私も出来ることをしておこう。この部屋に女神のコアは見当たらないが、ここが最も出口に近い場所である事に違いはない。
と、思ったのだけど。この部屋にはコア以外の何も無い。こんな何も無いところに閉じこもっていれば、いくら魔王様だって暗くもなるわよね。あのダウナーっぷりは絶対それが原因でしょ。もっと外出て太陽の光を浴びなさいな。私が言えた事じゃないけど。
困ったわね。私はここで何をすればいいのかしら。具体的な方法がわからないわ。わかっているのは女神を倒して魔王様を現実世界に送り込めばいいって事だけなのよね。
やっぱり偽物魔王が女神の全てを取り込んでしまったのかしら。それともこの部屋にはまだヒントが隠されてる?
「アーフィスは何か見える?」
「いいえ。何も」
「カミュラはどう?」
「右に同じくですわ」
「レバーや画面どころか扉も無いのよね。入ってきた扉も消えちゃったし」
さっきの真っ白空間と同じで、ここも特別な領域なのかしら。
「前の私は何か言ってた?」
「「いいえ」」
腹心の二人にくらいはもう少し教えておいてくれてもよかったのに。
「ユズキ! システムメニューを開くのじゃ!!」
ああ。なるほど。ログアウトボタンに何か仕掛けたんだ。
「させぬ!!」
魔王が飛び込んできた。追いすがった魔王様とカミュラ、アーフィスの三人がかりで抑え込んだ。
「またね。魔王」
ログアウトボタンを押した瞬間、魔王様の姿だけが掻き消えた。
「……あれ?」
「だから言ったであろう」
カミュラとアーフィスを吹き飛ばした魔王が再び玉座に腰掛けた。
「いやいや。違う違う。いいのよこれで。魔王様が外から私を助け出してくれる手筈なんだから」
まさか世界がそのまま続いてくとは思わなかっただけで。だってほら。対女神戦ではきっと犠牲者も出るでしょ。だから一旦ここでその辺の調整が入るかなって思ってたの。具体的には記憶そのままでリセットが入る的なさ。何かご都合的に全てを解決してくれる手段がね。あるかなって。ないの?
「奴が救い出すのは正しき創造主だ。自らの代わりに働く紛い物ではない」
「私は偽物なんかじゃないってば」
「そう信じたくば信じておるがいい」
「……マジ?」




