03-08.仲直り
「やかましい! 口を出すでない! 今は我の番じゃ!」
「そっちは行き止まりだってば! 何も無いの! いいから下のルートに行きなさい! そんな調子じゃいつまで経っても終わらないでしょ!」
「いいんじゃ! 今回はずっとここでユズキと過ごすって決めたんじゃ! 次の周回に持ち越しじゃ!」
魔王が私の膝を占拠して早三日。
例のゲームを最初からやる事にした私達は、四六時中二人羽織みたいに布団に包まってゲームに没頭していた。
「そろそろ水飲みたいんだけど」
「我にも飲ませておくれ。口移しでな♪」
「いいのね?」
「冗談じゃ。ダメじゃぞ。どれだけ魅力的でも我慢せい」
「いい加減押し倒すわよ」
「ふふん♪ 出来るもんならやってみろ♪」
なんだか以前とは違う関係に落ち着いてしまった。
この魔王はどれだけ私と口喧嘩をしようとも、私から離れる事だけは認めなかった。四六時中コバンザメのように引っ付いている。今回はソルヴァニールと戦うつもりも無いらしい。さっさと倒して私の魔王様を取り戻してくれるんじゃなかったのかしら。
最初からこうして一緒にいてくれたのなら拗れる事も無かったのに。私の魔王様として受け入れていたかもしれないのに。どうして今更になって投げ出してしまったのだろう。私が泣かせたせいだろうか。本当はもっと何か伝えたい事があるのだろうか。
「ねえ、魔王」
「せめてノクスと呼んでおくれ」
「クレム」
「天邪鬼なやつじゃのう。まあよい。なんじゃ、ユズキ」
「クレムはこのゲームをどう思う?」
「油断じゃな」
「何よ突然。何の話?」
「じゃからこのゲームがじゃ」
「意味がわからないわ」
「いずれわかる」
「もう全部話しちゃいなさいよ」
「流石に察しが悪すぎるじゃろうが。お主が知った事は全て女神に筒抜けなのじゃ。これ以上余計な事を聞くでない」
「だから口付けも出来ないの?」
「聞くなと言うとるじゃろうが。わからんやつじゃのう」
「あなたは本当は私の魔王様なの?」
「なあ。本当に理解しておらんのか?」
「……ごめんなさい」
腕の中に収まったクレムを力の限り抱き締めた。
「……すまんな」
クレムは小さく呟いた。
「……」
「……」
黙々とゲームを進めるクレム。何一つ見逃すまいと徹底的に調べ尽くしている。地面を一マス進む度に調べる様はまるでデバッガーのようだ。この様子じゃゲームをクリアするのに一年以上掛かるのではないだろうか。
「退屈だわ」
「胸くらいなら揉んでもよいぞ」
もみもみ。
「おい。何故腹を揉む」
「私って天邪鬼なの」
「こら。腿はやめい。くすぐったいじゃろうが」
「あら。やっぱりここは敏感なのね。脇は平気なのに」
「頼むからゲームの邪魔はせんでくれ」
「それ楽しい?」
「これが楽しんでやっているように見えるのか?」
「質問に質問で返さないでよ」
「必要だと思ったからやっておるのじゃ。それ以上でもそれ以下でもない」
「クレムが直接やる必要は無いじゃない」
「お主が同じ事をしてくれるのならば任せて見ていよう」
「勘弁して。眠くなってしまうわ」
「お主は真剣味が足らんのう。お主にとって取り戻したいものとはその程度のものなのじゃな」
「単に意味が無いだけよ。私はこのゲームを知り尽くしているもの。今更知らない情報なんて見つかりっこないわ」
「それでもお主は探しておったじゃろうが」
「だからってフィールドマップ全部調べるなんて非効率よ。やるならソルヴァニールを倒すべきだわ」
「そんなものに意味は無い。やつの行動パターンは全て頭に入っておる。既に一度は倒したしのう」
「……え? 倒したの? じゃあ誰にやられたのよ?」
「無論女神じゃ。当然じゃろ」
「当然って……」
「この話は終いじゃ」
「もうここまで話したら同じじゃない」
「ユズキがゴネるからじゃろうが。我がどれだけ必死でお主を追い求めてきたと思っておるのじゃ。全て無駄にさせるつもりか。よりによってお主がそれを成すのか」
「……魔王様」
「やめい。我はクレムじゃ」
「ねえ、クレム。仲直りしましょう」
「ほんに調子のいいヤツじゃのう。というかまだ喧嘩しとるつもりじゃったんか」
「ごめんなさい」
「もうよい。それより画面を見よ。我に視線が引き寄せられる事は理解するが時には理性も働かせよ」
「うん」
「お主、我とおる時は殆ど思考を働かせておらんじゃろ」
「自覚はあるわ」
「なら反省しろ」
「頼りにしてるのよ」
「だからってだなぁ」
「待って、今のところ。そうそこ。ここでアイテム欄を開いて。そう。十四番目でセレクトを……一回貸して」
「おい。なんじゃそれは。そういう事は先に言え。全部やり直しじゃろうが」
「意味ないってば。バグはもう一通り出切っているのよ」
「そんなんわからんじゃろうが。ネットの情報を鵜呑みにしおって」
「何十年前のゲームだと……え? ネット? なんでクレムがそんな言葉を?」
「……」
え? そのバグはまだ教えてない……どういうこと? まさか抜き取った記憶って私と魔王様の思い出だけじゃないってこと? 本当は全部の記憶を持ってるの? 私の向こうの世界での記憶も全部?
クレムはどうしてそれを……もしかしてこれも本当は隠しておきたいの? けど私が気付いてしまったらマズいんじゃ……ダメだ。一回思考を止めよう。クレムが何を警戒しているのかわからない。今はクレムの様子を見守ろう。……やっぱ気になる。
「クレム。一旦ここでアイテムを全部捨てて。それからセーブして」
「おい。それ絶対ガセじゃろ」
やっぱり瞬時に記憶を引き出せるわけじゃないのね。一々私の記憶の中から調べる必要はあるのだろう。単語同士の結びつきだってそう強くはないのかもしれない。
「もちろん嘘よ」
「おいこら」
「ねえ、クレム。耳舐めていい?」
「わけがわからんぞ!?」
「そうだ。格ゲーやりましょうよ。たしかここに。ほらあった。やっぱり仲直りといえばこれよね♪」
「絶対喧嘩になるじゃろ!?」
あら。これはすぐに確信を持ったわね。
「おい。何を試しておるのじゃ」
「別に。折角仲直りしたんだからもっと仲良くなろうかなって思っただけよ」
「なんだそれは……」
満更でもなさそう。
「それよりお主、今の行動について疑問は抱かぬのか?」
今の行動?
「何故お主が母上の部屋の配置を知っておる」
「……それは私の部屋と似てるからで……あれ?」
何故私は疑問に思わない? いや。皆無じゃない。少しは疑問に思った筈だ。けれど何故か霧散してしまう。私の記憶はこの部屋を私の部屋とは認識していない。けれどどこに何があるのかだけはわかっている。意味がわからない。矛盾している。何かがおかしいのはわかる。けれど答えにたどり着かない。何か思考に妙なノイズが紛れている気がする。段々気持ち悪くなってきた。ダメだ。これ以上は考えられない。私は……。
「おいユズキ!! しっかりしろ! ユズキ!!」
「……ごめんなさい。何の話だったかしら」
「……少し休憩にしよう。長く体勢を変えておらんかったからな。一度散歩でもしよう。たまには外に出るのも良いものだ。そうだ。庭園はまだ見せておらんかったな。自慢の花園があるのじゃ。きっとユズキも気に入るぞ♪」
クレムが私の手を引いて立ち上がった。
「庭園……魔王様と……」
何故……私は庭園を見たことが……。
「ユズキ!?」
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「……またここなのね」
少しだけ懐かしい魔王様の寝室だ。今はクレムの寝室か。
「目覚めたようじゃな」
クレムが水を差し出してくれた。
「ありがとう」
今回は三日間も寝過ごしたというわけでもないようだ。
「すまんな。また無理をさせてしまった」
「ううん。大丈夫。居てくれたから」
「ユズキ……」
「ねえ、私もう帰りたくなんてないの。クレムの事を魔王様って呼んだっていい。だからいつまででもこうしていましょう? 何度ソルヴァニールに焼かれたって構わない。誰に何を知られたって構わない。ただあなたと二人で生きていきたいの。あなたが望むなら母と娘でも構わない。だから」
「それは出来ぬ」
「どうして?」
「わかっておる筈じゃ。奴らはユズキの状態に関わらず姿を現すようになった。いつまでも見逃されておるとは限らん。次は再開も再会も叶わぬやもしれん。終わらせる必要があるのじゃ。我々が共に歩み続けるにはそれしかないのじゃ」
「……全てが終わったら……私だけの魔王様になってくれるの?」
「そう誓おう。お主が望んでくれるのならいつまでだって側に居続けよう」
「そんなの嫌よ。私が嫌がっても側にいてよ。私は強引な魔王様が好きなのよ。あなたみたいな弱々しい魔王様には興味がないの」
「我の側におれ。ユズキ。決して逃がしはせん」
「はい。魔王様」
「ユズキ……」
魔王様の顔が近づいてきた。
魔王様はほんの少しだけ躊躇いを見せたものの、吸い寄せられるように唇を重ねてきた。
「……なん……で」
「……すまぬな……これで最後じゃ」
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「……ちょっと」
「謝ったじゃろ」
「痛かったわ。どうして胸を撃ったのよ。頭を吹き飛ばしてくれれば痛みなんて感じなかった筈じゃない」
「んな事出来るわけがなかろう」
「しかも結局キスしてきたわね」
「もう一度してやろうか? その瞬間に我はお主の命を奪うがな。ユズキが我に殺させたいと言うなら何度だってしてやろう」
「悪くないわね」
「勘弁してくれ。次は泣くぞ」
「嫌よ。その程度で涙を流す魔王は私の魔王様じゃないわ」
「我をなんだと思っとるんじゃ……」
「私の魔王様よ」
「ユズキ……」
「ソルヴァニールが現れる条件は魔王様の好感度かしら?」
ソルヴァニールは詰み回避の為の装置なのね。勇者と魔王がくっついた途端に襲ってくるわけね。とんだお邪魔虫だわ。そんなやつ馬に蹴られてしまえばいいのに。
けどまさかそんなところまでゲームと違うなんてね。あの日初めてソルヴァニールが襲撃してきたのは、私のレベルが最大値に達したからではなく、私と魔王様が恋人として結ばれたからだったのだ。
「……おい」
「魔王様はわざと想いを封じたのね。キスは致命的なトリガーとなるのね」
「やめろ馬鹿者」
「けれどその間隔も短くなっている。魔王様も段々と抑えが利かなくなっているのね。だから時間がないってわけよね」
「なあ……お前はアホなのか?」
「馬鹿もアホも魔王様の方よ。何勝手に一人で背負い込んでるのよ」
「お主に出来る事なんざ何もないじゃろうが」
「あるわ。私は女神の弱点を探すわ。魔王様は準備を進めなさい。最後の決戦に向けて最高の戦力を揃えなさい」
「……まったく。お主が命じてどうするのじゃ」
「惚れ直した? それはマズいわね。今すぐ奴らが襲撃を仕掛けてくるかもしれないわ。根性で抑えなさい。私を母と思い込んで言い訳なさい。今までやってきた事なんだから出来る筈よね? もう一踏ん張りよ。これが最後の戦いよ」
「……はぁ……本当にこやつは。長い事ウジウジしておったくせに。どうしてそう極端なんじゃ」
「魔王様の隣に立つ者だもの。それくらいでないと務まらないわ」
「……お主に託すぞ」
「任せなさい」
「次は無いと思え」
「ええ。そのつもりよ」
「ならば行け。成果を上げるまで我に会えると思うな」
「はい! 魔王様!」




