03-04.囚われの姫
「お願い、魔王様。もうやめて」
「負けっぱなしではおれんのだ。ユズキは何もせんでよい。我に任せておくれ」
「ダメ。ダメだってば。本当にもう嫌なの。私は魔王様と」
「ユズキ。愛しておる。じゃからこそ我は止まれんのじゃ」
「魔王様ぁ……」
行ってしまった……。
魔王様はどういうわけか、再び人間達を滅ぼしてソルヴァニールと再戦するつもりなのだ。今回私は同行させてもらえなかった。
そもそもこの三周目に入ってから私は殆ど魔王様の部屋に軟禁されている。魔王様は私を放って忙しなく動き回っている。やっぱり私のことなんて二の次なのだろう。口ではどれだけ愛しているだなんて言っても本当に私を想ってくれているわけじゃない。相変わらずパーティー欄には表示されていないし、夜を共にする事も無くなった。
今の魔王様は私に必要以上には触れてくれない。どれだけ誘いを掛けても素気なく躱されてしまう。これはきっと明確な意思表示でもあるのだろう。「お前も本当はわかっているのだろう」「我がこれだけしてやっているのだから大人しくしていろ」と。そう言いたいのだろう。
私はいったいどうすればいいのだろう。自身を傷つける事は明らかに警戒されている。バルコニーに出ることは禁じられているし、今のこの部屋に刃物の類は置かれていない。それ以外の手段では時間が掛かりすぎる。間違いなく魔王様が気付いて飛んでくるだろう。
いっそそうやって構ってもらえばいいのだろうか。魔王様を引き止める為に自傷行為を続ければ無謀な事はやめてくれるだろうか。
魔王様ではソルヴァニールに勝てない。
それは一周目の世界でハッキリと証明されてしまった。あれはどうやっても覆らない。力の性質がゲーム以上に理不尽だ。魔王様には攻撃のチャンスすら与えてもらえなかった。
……いや。そうじゃないのか。魔王様は民を守る事に全力だった。死して尚私達を守り続ける程の強力な結界を残していた。あの結界で自身を守っていれば魔王様にだって勝つチャンスはあったのかもしれない。けれど魔王様はそうしなかった。何故かあの時魔王様は結界の外に出てしまっていた。
これは何故? 何故魔王様は自身が完全に消滅するとなっても結界を解かなかったの? 力を還元すればもう少しだけ戦えた、或いは時間を稼げた筈だ。先に私の命を自らの手で奪えば完全な記憶を残す事だって出来た筈だ。そうなれば二周目を私の魔王様と共に迎えられた筈なのだ。
何故あの結界だけはソルヴァニールの攻撃に抗えたの? 魔王様は本当に自身を守る結界を張っていなかったの?
あの戦いは不自然だ。魔王様らしくない。いくらソルヴァニールが想像以上に強かったからって魔王様にならもっと出来る事もあった筈だ。
いいや。これらは全て結果論か。ソルヴァニールが出てきた以上、私のリトライが発動するとは限らなかった。女神が敵と認定した相手の為に世界を巻き戻す筈がない。普通ならそう考えるのが自然だろう。実際私もそんな風に考えた。魔王様はあの場で私を守るしかなかったのだ。
ソルヴァニールの攻撃を防いだ結界は魔王様があの場で張ったのではなく、元々城に備えてあった防御機構のようなものだったと考えれば納得もいく。
魔王様の性格でその防御機構の内側に籠もって戦うなんてする筈もない。だから結界の外側にいたのだろう。
魔王様は慢心していたのだ。成すすべ無く滅ぼされるとは微塵も考えていなかった。もしかしたら自分用には障壁を張ってすらいなかったのかもしれない。或いは意図的に、私の言う魔族への特攻とやらがどの程度のものなのかを自身の身体で確認しようとしたのかもしれない。
魔王様の肉体なら並大抵の攻撃は通用しない筈だった。ソルヴァニールの攻撃が私の知るものと変わらないのなら、精々勇者の体力を削り切る程度の攻撃力しかない筈だった。全てのステータスがカンストを越えて振り切れている魔王様をあそこまで追い詰めるものではなかった筈だ。
奴の場合は逆に威力を高めたのだろうか。魔王様のビームはゲーム版より低燃費で低威力だ。逆にソルヴァニールは一撃に殆ど全てを込めてしまったのだろうか。
どちらであっても効率的だ。ゲームのように何も考えずに決まった威力を出し続ける方が不自然なのかもしれない。
一人を焼くのに過剰な火力は必要ない。
余力があるなら防御の上からでも確実に滅ぼしきれる威力を出すのは至極当然の事なのかもしれない。
魔王様がやっていた事をソルヴァニールがやらない理由はない。ならば当然、魔王様が思い至らなかった筈はない。魔王様は私とは違う。その明晰な頭脳を以ってすれば危なげなく勝利する事だって出来たのかもしれない。今の魔王様は確実に勝つ手段があると踏んでいるのかもしれない。
……本当にそんな手段があるのだろうか。
ソルヴァニールのあれは全体攻撃だ。まともに正面から仕掛けては回避不可能な一撃となるだろう。魔王様なら転移で射程外に逃げる事は出来るのかもしれないけれど、ソルヴァニールだってあの攻撃一辺倒なわけでもないはずだ。
前回はたったの一撃で勝敗が決してしまったので互いの手の内を披露する機会は得られなかった。魔王様はあの攻撃さえしのげれば勝機があると考えているのだろうか。それとも既にソルヴァニールの攻略法を見つけ出したのだろうか。
魔王様は何も教えてくださらない。私を徹底的に安全圏に隔離して事が済むまで関わらせないつもりでいるようだ。
魔王様が死んでしまったらどうしよう。私がそれに気付く事すら出来なかったら。その上でセーブポイントが更新されてしまったら……。私は悔やんでも悔やみきれない。魔王様を求めて自害を繰り返すかもしれない。
ああ。ああせめて……。どうか私をお連れください、魔王様。お側に居させてください。私を残して行かないでください。どうかお願いです。たった一つのこの願いを叶えてください。私も魔王様を追い続けます。どうか許してください。
「オイ。何ヲスル気ダ」
「お願い、メイちゃん。私を行かせて」
「フザケルナ。魔王サマ悲シマセルツモリカ」
「魔王様を追うにはこれしかないの」
「足ヲ引ッ張ルノ追ウトハ言ワナイ」
「ユズキ!!」
魔王様が飛び込んできた。私がバルコニーに出ようとしただけで血相を変えて戻ってきてくれた。
「魔王様」
「すまん! すまなぁ! ユズキ!」
魔王様は私を抱き締めて何度も謝ってきた。こうして抱き締められるのはいつ以来だろう。そんな筈は無いのに、もう何年も無かった事のように思えてしまう。
この魔王様はどうしてこんなに必死なのだろう。今までずっと私を遠ざけていたのに。これも私を縛る為の演技だろうか。本当は私の事なんてなんとも想っていないのだろうか。
もうわからなくなってきた。私の魔王様はこの魔王様じゃない。その筈なのにどうでもよくなってきた。魔王様が抱き締めてさえくれるなら。側に居てさえくれるなら。私にとってはそれで十分なのかもしれない。
けれど……。
魔王様が側に居てくれたのはその日だけだった。
結局魔王様は再び忙しく飛び回り始めてしまった。
私を部屋に残して出ていってしまった。
私の願いに耳を傾けてはくれなかった。
やっぱり私の魔王様はここにはいない。
見つけ出さないと。取り戻さないと。本当の魔王様を。




