03-02.優しい嘘
「魔王様。こことここ。それからここも間違っています」
「む? うむ……」
「らしくありませんね」
あの完璧な魔王様が仕事でミスをするなんて。
「誰のせいじゃと……」
「私はお邪魔でしょうか」
「……なあ」
「はい。魔王様」
「お主は本当にそれで良いのか?」
「何がでしょう」
「……いや。いい。なんでもない。今の問いは忘れてくれ」
「はい。魔王様」
魔王様はやはり落ち着かない様子だ。私が側に居るのはよっぽど居心地が悪いらしい。これではダメだ。魔王様に嫌われてしまう。一端距離を置くべきかもしれない。けれど今度は二度と近づけないかもしれない。私はいったいどうしたら……。
「魔王サマ。来客デス」
「む? おお。もうそんな時間か」
魔王様は私を避けるようにして部屋を飛び出していった。
「ユズキ。少シ休憩デス」
「はい。メイちゃん先輩」
メイちゃん先輩も部屋を出ていった。魔王様の執務室に私一人だけが残された。
「……はぁ……いったいどうしたら」
私は魔王様に好きになってもらえるのだろう。
魔王様に避けられるのがこんなに辛いなんて……。私ってこんなに魔王様のことが好きだったのね……。もっと早く恋人になれていれば……元の世界に帰りたいなんて言い出さなければ……。魔王様……会いたいよぉ……。魔王様ぁ……。
「何を泣いているの?」
「……あ、リリスさん……すみません」
「魔王様に泣かされたの? それなら私が」
「いえ。違うんです。本当に」
「そう? ……いらっしゃい。少し手を貸してあげるわ」
リリスさんに誘われてソファに並んで腰を下ろした。
「リラックスなさい」
リリスさんが私の額に指先を置いた。何か温かいものが流れ込んでくる。同時に冷たい何かが抜き取られていく。
「……なんてこと」
「リ、リス……様……?」
頭がぼんやりする。言葉が上手く出てこない。
「リラックスよ。口を開かないで」
はい……。リリスさん……。
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「……あれ? 魔王様?」
顔が近い。魔王様の膝を枕にして寝かされている。
「ようやく目覚めたか。仕事をほっぽり出して居眠りとは感心せんな」
「……ごめんなさい」
「いや。いい。我のせいだ。お主は休ませるべきじゃった。リリスにも叱られたのじゃ」
「ごめんなさい……ごめんなさい……魔王様ぁ……」
「そうか。それは我に対する謝罪ではなかったのだな」
「私……私は……」
「もうよい。ここにお前を責める者は誰もおらん」
「違う……ちがうの……全部……私の……」
「大丈夫じゃ。我はここにおる」
「私の……魔王様……は……」
「我が魔王じゃ。ユズキ。待たせてすまんかったな」
「え……ほんと……に……」
「少しばかりズレてしまったのじゃ。我がお主の魔王じゃ。安心せい。全て覚えておるぞ。我は約束を果たしたのじゃ」
「……うそ」
「本当じゃ。我が信じられぬのか?」
「……どうして……そんな嘘を……どうして……優しく……するの……だって……あなたは……」
「ユズキ」
「ちがう……魔王様は……私の魔王様は……もう……」
「ユズキ。こちらを見よ」
「……リリス……さんね……あのひとが……なにか」
「ユズキ」
魔王様の顔が近づいてきた。
「嫌っ!」
咄嗟に顔をよじって避けてしまう。
「あ……ちが……」
「すまんな。もう少しだけ休んでおれ。それできっと怖い夢も醒めるじゃろう」
魔王様は優しく私の視界を塞いだ。
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「……ここは……魔王様の寝室?」
私が一人で寝かされている。どうしてまたこの部屋に通されたのだろう。メイド服を着たあの日から一度たりとも入ることは無かったのに。就寝に関しては先輩達の仕事だった。私には入る権利なんて与えられていなかった。
……あれ? メイド服は? え? これドレス? どうして? ……まさか本当に全部悪い夢だったの? 夢の中の魔王様が言っていた通りに?
……違う。そんな筈がない。これもきっと優しい嘘だ。魔王様はリリスさんから何か言われたのだ。それで私の魔王様のフリをしている。それだけだ。
……魔王様。私の魔王様なら一人で寝かせたりなんてしなかったわ。きっとどれだけ忙しくたって隣に居てくれた筈だもの。あなたはやっぱり私の魔王様なんかじゃない。
でも。それでも。どんな理由があるにせよ、優しくしてくれたのは嬉しかった。本当の本当に嬉しかった。
けれど違うの。私の求めるものはそれじゃない。魔王様には本気になってもらう必要がある。全てを取り戻せるのは魔王様だけだもの。これでは全然足りないの。半端な優しさはいらないわ。余計な気遣いはきっと道を狭めてしまうもの。
……だからやり直しましょう。きっと今なら記憶の欠落も避けられない筈だ。魔王様が本当に私を好きになってくれる道を選びましょう。
……またね。魔王様。今回の魔王様も大好きよ。本当の本当に愛してるわ。どんな魔王様であっても私は間違いなく愛するわ。優しい魔王様。また次の世界で会いましょう。




