03-01.めげない心
「魔王様。ドレスを頂けないかしら」
「あ~。そういや話しておったな」
「魔王様が望むならサキュバスの服でも構わないわ。リリスさんが着てくれそうにないやつ」
「……何故そんな事まで知っておる」
「魔王様が着せたんじゃない」
「我じゃない」
「あれってリリスさんに着せる為に用意したの?」
「んなわけなかろうが」
「そう。まあ何でもいいわ。それよりドレスよ。カットと化粧もお願いするわ」
「なんじゃこいつぅ……魔王をなんじゃと思っとるん……」
「魔王様がやりたがったんじゃない。私の事は好きにしていいのよ? 私は魔王様のものよ?」
「我じゃな~い~! それ我じゃないんだってば~!」
魔王様が恐怖のあまり幼児退行してしまった。
少し焦って距離を詰めすぎたのかもしれない。
落ち着け、私。魔王様に嫌われたら全てがお終いだ。そうなったら私の魔王様は二度と戻ってこない。例え私が自ら命を絶ってもこの魔王様は記憶を引き継げてしまう筈だ。先に魔王様を始末する事だって不可能だ。この魔王様が私を庇ってソルヴァニールに討たれる事もあり得ない。私は魔王様から永遠に嫌われてしまう。それだけは絶対に駄目だ。
方法を変えよう。こちらから無理に迫るのではなく興味を惹かないと。魔王様はリードされるのが好きなタイプじゃない。根っからの王様気質だ。これではダメだ。やり直そう。
「ごめんなさい、魔王様。調子に乗りすぎました」
「う、うむ。落ち着いてくれたのなら何よりじゃ」
「魔王様。私と共に人間を滅ぼしましょう」
「はぁ?」
「魔王様の御力を以ってすれば三日と経たずに滅ぼせます」
「何をわけのわからん事を言っておるのじゃ!?」
「事情は説明した筈です。魔王様はその時の私を見て惚れ込んだと仰られたのです」
「だからって自分から同族を滅ぼそうなどと言い出す奴があるかぁ!? 絶対何か間違ってるじゃろ! というかなんでそっちの我はそんな面倒な事しておったんじゃ!?」
「……あれ?」
逆だ。魔王様は私に惚れたから人間を滅ぼしたんだ。私を元の世界に帰す、いえ。私と共に異世界へと進軍する為に。けど確かに魔王様は……やっぱり後付だったんじゃない。
最初は恋なんかじゃなくて、単なる性的欲求に過ぎなかったのだろう。たった一度身体を重ねただけで本気で惚れ込んでしまったのだ。あの賢い魔王様だって後先の事なんて禄に考えてもいなかったんだ。
異世界に渡るには人間達にとっての最重要拠点である女神の泉を押さえる必要があった。ソルヴァニールを滅ぼして女神との戦いに備える目的もあった。異世界へ軍を進める為には眼の前の人間達を黙らせる必要があった。後の挟み撃ちを警戒した。その為だけに魔王様は動いてくれた。人間なんて大した脅威にはなり得ないのに。ただ私が必要だと言ったから。焦らなくても研究する方法はいくらでもあった筈だ。私の浅はかさがあの未来へと繋がったのだ。
「お主、全く考えの整理が出来ておらんのじゃろ」
「……ごめんなさい」
そもそも何故私はまだ生きているの? 女神の眷属たるソルヴァニールに滅ぼされたのにどうしてセーブポイントに戻されたのかしら? しかも記憶を保ったまま。間違いなく女神の力は働いている。既に勇者ではない私をもう一度この世界に立たせたのは何の為?
或いは女神の力は関係ないの? 異世界、かつての私にとっての現実世界が原因? あのゲーム機の機能が残っているの? システムメニューが開けるのも同じ理由?
ダメだ。全く見当もつかない。私では答えを見つけられそうにない。
「魔王様。相談に乗って頂けるかしら?」
「う、うむ。良いぞ。暇つぶしにはなりそうだ」
そう言う割には顔が引きつっている。今の魔王様は私の事をどう思っているのだろう。
私は見窄らしい恰好のままだ。これじゃあダメだ。魔王様に嫌われてしまう。
「魔王様。どうか先に身支度を整えさせて頂きたく。メイド服を一着頂けないでしょうか」
「……ドレスでなくてよいのか?」
「もう一度魔王様から授けて頂く為に努力致しとうございます」
「う、うむ。良い心がけじゃな。おい。こやつを案内してやれ」
「ハイ」
メイドゴーレムに付いて行くと、前回は訪れる事の無かった使用人用の部屋へと通された。
「コレダ」
「ありがとう」
「先輩ト呼ベ」
「はい。先輩」
「♪」
前回は無かったイベントだ。けれど怖気付いている場合じゃない。今ならまだ巻き返すチャンスはある筈だ。決して諦めずに食らいつこう。
私は服を脱ぎ、ナイフを借りて髪を整えた。
あまり切りすぎないようにしておこう。魔王様は長髪がお好みだ。
「化粧品は……流石に無いわね……」
ゴーレム用のだって魔王様なら持っているかもだけど。仕方がない。せめて背筋と表情だけでも努力しよう。
「この部屋鏡も無いのね」
「必要カ?」
「出来れば欲しいわ。手に入るなら化粧品と鋏も」
「任セロ」
「ありがとう。あなたお名前は?」
「?」
「魔族ってあまり名前で呼び合わないのかしら?」
「違ウ。魔物。名前ナイ」
「あ、そっか」
ちょっとボケてたわ。前回の時間軸では名簿リストにも目を通していたじゃない。
「ならあなたはメイちゃんね。よろしくね。メイちゃん先輩」
「……ヨロシク」
いかん。メイドゴーレムまで戸惑わせてしまった。距離感距離感。忘れずに。
メイちゃん先輩の手を借りて慣れないメイド服に袖を通した。
「戻りましょう」
「ウン」
魔王様の下へ戻ると、リリスさんと何やら話をしているところだった。
「おう! 戻ったか! お前達!」
魔王様が助けを求めるような視線を向けてきた。
「……」
リリスさんの視線が胡乱げだ。何故こんな所に人間が居るんだとでも言いたげだ。
「リリス様。私は柚希と申します。この度魔王様の温情により、配下の末席に加えて頂く事となりました。どうかご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます」
「あら。礼儀を弁えた人間ね」
よかった。少し態度が軟化したようだ。
「決めたわ。あなた、私に付いてきなさい」
え?
「ちょうど人手が欲しかった所なの。魔王様もそれでいいわよね?」
「う、うむ」
いやダメでしょ。
「い、いや。ダメじゃ。そやつは我の側に置く」
「さっきと言ってる事が違うじゃない。魔王様はこの子の事を扱いあぐねていたのでしょう?」
ちょっと。リリスさんに何相談してるのさ。
魔王様まさか忘れてないわよね? 私が死んだらまた巻き戻るのよ? 目を離して良いと思ってるの?
「(わかっとるわい!)」
「(ならなんとかなさい)」
「(しかしなぁ!)」
一瞬、目配せを交わし合うも、魔王様の頼りない姿に期待が持てないと察してしまう。
何故魔王様は、リリスさん相手だとこんなに弱腰なんだろう。ただの苦手意識とも少し違う気がする。過去にいったい何があったのだろうか。何度も引き抜いていたって話とも関係があるのだろうか
「二人とも」
「リリスサマ」
メイちゃん先輩がリリスさんの言葉を遮った。
「今回バカリハ本気ノヨウデス」
「は? え? そういう事?」
「ハイ。魔王サマ初メテノ気持チニ戸惑ッテルデス」
「……けど」
「心配ハ要リマセン。魔王サマタジタジデス。癇癪起コスドコロカ幼児退行スル始末デス」
「……やるわね。ぱっとしない顔のくせに」
なんですって?
「へ~? ほ~? 魔王様ってこういう子が好みなのね」
「ちがっ!?」
「(ま・お・う・さ・ま♪)」
「ひぃっ!?」
「え?」
「い、いや。ごほん。今晩、"久しぶり"に風呂でもどうだ? 少し相談に乗ってもらいたい事があってだな……」
「何よ突然。嫌よ。魔王様の命令でもそれは聞けないわ」
「う、うむ。そうか。残念だ」
「だいたいあなた」
「リリスサマ」
「……そうね。わかったわ。少し様子を見るとしましょう。確かにいつもの魔王様とは違うようだし。案外これは上手くいくかもしれないわね」
あら? リリスさんって賛成派なの? 前回は引き離そうとしたのに?
「ユズキ。半端はダメよ。魔王様を泣かせたら皆黙っていないわよ。生きてこの城を出られるとは思わないことね」
「はい!」
何故か応援してくれるらしい。これは都合がいい。全く以って想定外の追い風だ。
「良い返事ね。頑張りなさい」
「ありがとうございます! リリス様!!」
流石はリリスさんだ。やっぱり出来る女は違うよね♪
「何故じゃぁ……何故こうなるんじゃぁ……」
魔王様が絶望に打ちひしがれている。さてはリリスさんに助けを求めるつもりだったわね? 本気で厄介払いする気だったのね? そうはさせないわ。絶対に。




