02-07.バッドエンド
唐突に強烈な光が差し込んだ。
まるで窓そのものが発光しているのではないかと見紛う程の光量だ。部屋の中が昼間の屋外よりも遥かに明るい光で満ちている。
「なんじゃ。夜分遅くに無粋じゃのう」
お取り込み中を邪魔された魔王様が不機嫌に飛び立った。いつの間にかきっちりと服を着込んでいた。私も慌てていつものドレスを身に纏い、バルコニーへと飛び出した。
夜空に浮かぶのは真っ白な太陽だ。光の塊だ。強化された肉体がなければ直視する事すらままならなかっただろう。
光を放つのは一匹の竜だ。二足歩行生物のように仁王立ちで宙に立っている。その立ち姿からは確かな知性を感じ取れる。そして何より私達を見下しきっている。いきなり攻撃してこなかったのは猶予でも与えているつもりなのだろうか。
間違いない。あれが光竜ソルヴァニールだ。
私のレベルがカンストした事によって姿を現したのだ。
迂闊だった。まさか直接乗り込んでくるとは思っていなかった。それもこんなすぐに。私が魔王様から力を分け与えられたのはつい先程の出来事だ。
そもそも私はまだ一度も魔王様を倒していない。なにか適当な勝負でもふっかけて誤魔化せないかなんて考えていたけれど、その必要すらなかったようだ。
私はまたやらかした。ゲームとこの異世界を混同してしまった。私の知る方法でしか奴は現れないと思っていた。こちらが主導権を握っているのだと思い上がっていた。
ここで戦うのはマズい。魔王様が負けるとは思わないけれど、城下への被害は避けられない。ソルヴァニールは躊躇なんてしないだろう。あれは女神の眷属だ。魔族に情をかける筈がない。
「魔王様!!」
ソルヴァニールの狙いは私だ。魔王様が一人で場所を移そうなんて誘っても素直に頷きはしないだろう。
「案ずるな!」
魔王様は不敵に笑った。ソルヴァニールと正面から向かい合い、同じように腕を組んで睨みつけた。
「嘆かわしい」
ソルヴァニールが口を開いた。あのゲームでは喋る事なんてなかったのに。やはり何もかもが違うのだ。
「魔王の背に隠れる勇者とは。前代未聞の不祥事だ」
「何を憂う必要があるのじゃ。貴様は元より勇者の誅殺を目的として現れたのじゃろう?」
「いかにも。勇者を差し出せ。さすれば見逃してやろう」
「かっかっか♪ お優しい女神様は人間どもを滅ぼした魔族にすら情けをかけるか♪」
「吾輩も不本意だ。しかし貴様らは人間達を生かした。ここで吾輩が手を下せば義にもとるであろう」
本当に苦々しげだ。別に殺戮が大好きってわけでもなく、余計な手間を挟む事が億劫で堪らないとでも言いたげだ。
「随分な余裕じゃのう」
「聞き入れるつもりは無いのだな」
「うむ。遠慮は要らぬ。死力を尽くして挑むがよい」
瞬間、光が爆発的に広がった。何もかもが真っ白に染め上げられた。
「ふむ。言うだけの事はあったようだ」
……ソルヴァニールの声が聞こえる。どうやら私はまだ生きているようだ。まさかいきなり最強技を放つとは。あれも魔王様の極太ビームと同種の技だ。全体攻撃かつ即死級。しかも魔王様のビームと違ってチャージターンなんて予備動作は無しだ。いきなりあれが飛んでくる。防御バフの継続を怠ればその時点で敗北が決定するインチキ技だ。バフが完璧に行き渡っていたとしても勇者とタンク役以外は全滅する。回復薬による蘇生が必須の技だ。魔王様はどうやってかそれを防いでみせたようだ。流石は魔王様だ。
「しかし勝敗は決した。もはや貴様は戦えまい」
……え?
光が晴れ、光に焼かれた視界が戻り始めた頃、魔王様の後ろ姿が徐々に見えてきた。
「魔王……様……?」
ボロボロだ。飛んでいるのもやっとの有り様だ。後ろ姿だけでもわかる。これは致命傷だ。もうどうやっても助かりはしない。たったの一撃で魔王様の肉体は崩壊を始めた。
「魔王様!!!」
リリスさんが飛び出した。
「来るな!!! 馬鹿者!!!」
魔王様はリリスさんに攻撃を放った。魔王様の一撃で城壁に叩きつけられたリリスさんは意識を失った。
「手荒いな。良き臣下ではないか」
「……」
「最早口を開く力も無いか」
「……たわけ」
魔王様の崩壊が加速している。リリスさんに放った一撃は最後の力を振り絞ったものだったのだろう。
「……逃げよ……ユズキ」
魔王様の言葉はその身体と共に光の中へと飲み込まれた。
「どうした勇者よ。頼りの魔王は滅びたぞ。貴様は我に挑まぬのか? 先の小娘を見てなんとも思わぬのか? 貴様を守って死んだ魔王に掛ける言葉の一つも無いというのか?」
竜は心底軽蔑しきった目で私を見下ろしてきた。
……あり得ない。魔王様があんな一方的にやられる筈がない。きっとどこかにいる筈だ。気付きもせずべらべらと喋り続ける敵を見下ろして笑っている筈だ。あんなの演技に決まってる。きっと分身かなにかだ。そうに決まってる。
「光るトカゲ如きが魔王様に勝てる筈が無いわ」
「この期に及んで受け止めることすら出来ぬのか」
竜はもうよいと指先を向けてきた。私目掛けて光の柱が迫ってきた。
光は何かに阻まれて届かない。ほらやっぱり。魔王様が私を守ってくれている。
「ふむ。死して尚抗うか」
竜の光は勢いを増していく。阻んでいた何かに亀裂が生じ始めた。
魔王様。お願い。早く出てきて。このままでは皆が死んでしまうわ。私だけじゃない。お城の皆だって……。
「「「「「ユズキ!!!」」」」」
メイドゴーレム達が私の下に集まってきた。私を部屋の奥へと引っ張り込み、私を庇ってその身で壁を築き始めた。
「なに……やってるの……あなた達……」
「目ヲ覚マセ!! バカ!!」
「っ!? だって! だって魔王様が! きっと魔王様がやっつけてくれるわ! あんなやつ魔王様の敵じゃないわ!」
「ユズキィ!!!」
リリスさん……よかった……目を覚まして……。
なんで……なんでリリスさんまで……。
それに他の四天王達まで……なんで私を庇うの……。
そんなの……魔王様が本当に……。
……。
…………。
………………。
「……………ぁぁぁぁぁあああああ!!! いやぁ!!! そんな!! 魔王様!! 魔王様!!! 返事をして!! 魔王様ぁ!」
「連れていきなさい!!」
「待って! 嫌! 離して!!」
「うぉ!? なんじゃこやつ!?」
「くっ! 抑えきれんぞ!! 魔王様はいったい何をなされた!?」
「なっ!? ユズキ! 待ちなさい!!」
がむしゃらにバルコニーへと駆け出した。頭上で何かが割れる音が鳴り響き、辺りは光に包まれた。




