02-03.業務改革
「四天王? 嫌よ。やりたくないわ」
「我もそう言ったのじゃがなぁ……リリスが……」
「誰よリリスって。私以外に女がいたの?」
「なっ何を言っておる! あやつじゃ! お主も知っておるじゃろうが!」
「知ってる? ……ああ。もしかしてメガネのこと?」
「メガネ付けたやつが何人おると思っとるのじゃ……。しかし間違いはあるまい。お主が顔を合わせる者はそう多くないのでな。そやつじゃ。あのサキュバスじゃ」
意外と可愛らしい名前だったのね。
「彼女も魔王様の女なの?」
「ちがわい! 誰があんな堅物!」
「だ・れ・が? 堅物ですってぇ~?」
「ひぃっ!?」
ひぃって……。魔王様、意外とビビリよね。
「コソコソと陰口だなんて。魔王様にそんな暇があるのかしら?」
「違うのじゃ! 我はただ!」
やっぱり浮気バレ?
「ユズキ。やりなさい」
「嫌です」
「拒否は認めないわ。やりなさい」
「理由を聞かせて頂いても?」
「必要だからよ」
「リリスさんって私のこと嫌い?」
「そんなわけないじゃない。優秀な者は好きよ。たとえ人間であってもね」
サキュバスだからね。人間はある意味好物だろうさ。
「ならもう少しちゃんと説明してくださらないかしら?」
「手が足りないからよ。優秀なあなたを魔王様の愛人なんかに留めておくわけにはいかないわ」
「お主はいつもそうやって!」
「いつも? 魔王様って元カノいるの?」
「流石にそこまでではないわね。手元に置こうとした事は珍しくもないけど、そこまで深い関係になる前に私が引き抜いたもの。大半はその前に塵になったけど」
悪びれもせず言うものだ。つまりはそういう事なのかしら。
「あっ! こら! ユズキの前で余計な事を口にするでない!!」
「口を滑らせたのは魔王様よ。むしろ私のお陰で未遂に終わったのだから感謝なさい」
未遂ってどっちだろう。
というか魔王様、なにやってんのさ。側に置きたくなる程優秀な人を塵にしちゃダメでしょ。だから人手が足りないんじゃない。リリスさんグッジョブだわ。
「あっちは本当に未遂だったのかしら? 魔王様、やけに手慣れていたわよ?」
「ちょっと。私にそういう話聞かせないでよ」
何を想像したのかしら? 顔が真っ赤よ? あなたサキュバスよね? まさか初心なの? それはそれで一周回ってコテッコテな属性よね。
「ともかく! 今からユズキは四天王よ! はい! これにサインなさい!」
四天王就任にも承諾書って必要なのね。なんだか世知辛いわね。
「しないってば」
「認めないと言っているでしょう。駄々をこねないで。こちらも暇じゃないの」
「なんで私と魔王様を引き離すって言われて素直に頷くと思うのよ」
「おお! ユズキ! 我はお主を信じておったぞ!」
帰還の為よ。別に愛人関係が心地良いとかって話じゃないわ。
「そこまでは言ってないわ。ユズキなら仕事をこなした上で魔王様の下に帰る時間も確保出来る筈よ」
「そんな筈無いでしょ。私がリリスさんの仕事量を把握していないとでも思ってるの?」
「やっぱりあなたは見込みがあるわね。やりなさい」
「嫌」
「魔王様」
「ダメじゃ! ユズキは我の補佐じゃ!」
「魔王様に補佐なんて必要無いじゃない」
「必要なんじゃ! ユズキは我のものじゃ! ユズキは渡さんぞ! お主こそ早う仕事に戻れ! これは命令じゃ!」
「仕方がないわね。今日のところは引き下がりましょう」
「何度来られても頷かないわよ?」
「人事も管理職の務めよ。私は職務を怠るつもりはないわ」
リリスさんは早足で去っていった。
「おお! 凄いのじゃ! あやつが尻尾巻いて逃げていきおったのじゃ!」
魔王様は幻覚でも見たのかしら? お可哀想に。
「流石は我のユズキじゃ♪」
「はいはい。私達も仕事に戻るわよ。魔王様」
「なんじゃ冷たいのう。勝利の美酒くらい良いではないか」
「仕事中です。魔王様の補佐として飲酒は認められません」
「少しくらいは捗るもんじゃぞ?」
「ダメったらダメ。魔王様、飲むとすぐ絡んでくるもの」
「良いではないか~♪ 良いではないか~♪」
「仕事を頑張ったらお酌くらいしてあげるわ」
「うむ! 俄然やる気が出てきたぞ! やはり我にはユズキの補佐が必要じゃ!!」
その言葉を証明するかのように、魔王様は次々と仕事をこなしていった。
とはいえ、仕事量はまだまだ膨大だ。紙タワーが今にも崩れそうだ。やはりパソコンの導入を急ぎたい。一度エルフの国に行ってみるべきかもしれない。
もちろん色々落ち着いてからでないと導入は難しい。かと言って何もせずにいれば現状は変わらない。業務改善は必要だ。肝要なのは少しずつでも始めていくことだ。
けどまあ、こういうのってタイミングが難しいのよね。戦後処理の真っ最中にやるこっちゃないにしても、早くやらないと二度手間になってしまう。手間が増えればミスも増える。折角作り上げた人間たちの戸籍情報だって正しく管理しなければ意味がない。いつまでも紙でファイリングしているだけってわけにもいかないのだ。
……いや。冷静になれ、私。
私がそこまでする意味あるか? どうせ元の世界に帰還するまでの付き合いだよ? 人間社会を攻め滅ぼしてしまった自責の念はあるけど、だからって魔族達の組織改革に全力を尽くす程なのかしら? ヘタをすれば増々四天王就任の件だって断れなくなりかねないし。
落ち着け。よく考えるんだ柚希。私は既にやりすぎた。だから魔王様とリリスさんに目を付けられてしまったのだ。これ以上は自分の首を絞めるだけだ。だから……。
「ユズキ」
「はい。魔王様」
「なんじゃ? 考え事か?」
「すみません」
「よいよい♪ 少し休憩に」
「しません」
「まあまあ♪ そう申すでない♪」
さては今日中に終わらないと察して前借りしようとしてるわね?
魔王様は私を椅子に座らせて、いつかのように横向きに腰掛けた。私の肩に腕を回し、甘えるように頬を擦り付けてきた。
「晩酌の時間が無くなるわよ?」
「問題ない。むしろ必要なことじゃ。適度な休息はパフォーマンス向上に必須なのじゃ。これで業務効率は一割増じゃ。十分休息分は取り戻せるというものじゃ♪」
この魔王様なら本当にやりかねないのよね。
「先程は何を考えておったのじゃ?」
「……エルフの国に行ってみたいの」
「なっ!? まさかお主!? いかんぞ! それはダメじゃ!!」
「何を勘違いしているのよ。パソコン……えっと、電子計算機を見たいのよ。業務を効率良く進めるには必要なの」
「あ、なんじゃ。そっちか」
そっち?
「魔王様、パソコンを知ってるの?」
「うむ。ユズキが口にしておったと聞いてな。我も調べておいたぞ。エルフの国にはたしかにそのような物があるようじゃ。ふふ♪ 流石は我のユズキじゃな♪ エルフの最先端技術にも通じておるとはな♪」
いつの間に。
「そう。なら話は早いわね」
「よいぞ♪ 明日にでも見に行こうではないか♪」
「そこまで焦ることでもないわ。導入には結構なハードルがあるの。時間も人も必要よ。もう少し落ち着いてからでないと難しいわ」
「尚更じゃ。エルフと本格的に協力関係を結ぶとしよう。どうせ領地も持て余しておるのじゃ。機材と共に専門家達を寄越してもらおうではないか」
なるほど。その手もあったか。
「どうして今まで関係を結ばなかったの?」
たしか結ばれていた契約は不可侵条約だけだった筈だ。けれど実際にはエルフ製の品々で溢れている。なんならこの城に電気を通したのだってエルフ達なのだろう。専用の発電施設まで存在するのだ。国交自体は間違いなく存在している。
「人間どもがおったからじゃ。エルフはいわば中立でな。とはいえそれを公言すれば人間どもが攻め滅ぼしかねんからのう」
「エルフが? 人間に?」
エルフ達の方がずっと強い筈だ。文明レベルだって段違いなんだし。
「エルフはとんと争いに向かんのじゃ。技術力は確かにあるが、やつらとことん楽観主義でな。我らが保護しておらねばとっくに人間どもに支配されておったじゃろうて」
とすると、書面上と実際の関係性は結構違うのかしら?
「人間はとにかく数が多い。そして欲が深い。エルフにとっては天敵のような存在じゃ」
なんとなくわかるわね。女神様に選ばれたみたいな選民思想じみたものまで持っていたみたいだし。
「魔族はエルフに弱かったりするの?」
「いいや。特にそんな事はない。我の熱線は等しく全てを焼き尽くすのじゃ」
それは魔王様が強すぎるだけでしょうに。
「さて。仕事を再開するとしよう。明日も忙しくなるぞ♪」
魔王様が乗り気だ。あんなに多忙さを嘆いていたのに。
というか本気で明日いきなりエルフ達と同盟を結ぶつもりかしら? 土地を対価に諸々引き出すつもりでしょ? 色々準備も必要よ? まあ、魔王様がやると言ったならやり遂げるのでしょうけれど。またリリスさんが頭を抱えそうだ。




