02-02.戦後処理
「じゃから嫌だったんじゃ……」
「ほら愚痴らない。次はこっちよ」
魔王様は書類仕事に忙殺されていた。さしもの魔王様も事務仕事を三日で片付けるのは不可能だった。そもそも次から次へと舞い込んでくるし。是非もない。
戦後処理は膨大だ。魔族は統率されているが魔物はそうでもない。割と好き勝手に生きている。人間を保護するには人間の管理だけでは駄目だ。魔物達も抑えなければならない。人間に恨みを持つ魔物達だって決して少なくはないのだ。
それに人間は数も多い。魔物達もだ。上位種族の魔族達だけで纏め上げるのは不可能だ。ゴーレムメイドのような一部の賢い魔物達にも協力させるしかない。決して魔王軍の組織力が低いわけではないのだが、あまりにも捕虜が多すぎる。ぶっちゃけ手が回りきっていない。それでもやるしかない。
「魔王様!! 魔王様はいるかしら!!!」
「げっ!」
魔王様が慌てて机の下に隠れた。
「魔王様!!!」
「ばぁん」と大きな音を立てて扉が開かれた。入ってきたのはスーツ姿のサキュバスだ。メガネ付き。如何にもな真面目ちゃんだ。例のサキュバス服なんて絶対に着ないだろう。
サキュバスにとっての真面目がそれでいいのかは疑問だけど。
「こら! 遊んでる暇なんてないでしょ!」
魔王様はあっさりと見つかってしまった。襟首を掴まれて椅子に戻された。
「ザルカスとバシルを止めて頂戴! あいつらまた喧嘩を始めたの! 魔王様一飛び行って止めてきて! 魔王様以外にあのバカ共は止められないわ!」
「う、うむ。承知した」
「ユズキ! これお願い! あなたならわかるでしょ! 魔王様の承認は不要よ! あなたの判断で進めなさい!!」
私に書類を押し付けると魔王様をもう一度引っ掴んで急ぎ足で部屋を出ていった。
「あの子名前なんていうの?」
「メガネ」
答える気ないのね。はいはい。私も仕事に戻りますよ。
あの生真面目サキュバスとは既に何度も顔を合わせているものの、名前を教えてもらえた事は一度もない。とはいえ本気で隠しているわけでもないのだろう。単に忙しすぎるだけだ。向こうは何故か最初から私の名前を把握していたけど。私ってやっぱり有名人なのかしら? 魔王様の愛人として。
ちなみにザルカスは筋骨隆々の牛と馬のキメラみたいな大男だ。バシルは角とヒレと鱗が付いている以外は人間に近い容姿の優男だ。メガネサキュバスと合わせて四天王の内の三人だ。
けれど私はあのサキュバスを知らない。
当然四天王の名前は全員把握している。四天王自体は原作版にも登場していた。だから知らない筈はない。
それでもあの子の名前を知らないのは、私の知る四天王にサキュバスが存在しなかったからだ。
ゲーム中にサキュバス自体は登場するものの、あくまで魔物の一種族でしかなかったのだ。
原作版に登場する四天王の紅一点は吸血鬼だ。けれど現四天王に吸血鬼は在籍していない。なんなら今は三人しかいないし。四人目が空席なのに四天王だ。なんだか妙な感じだ。
最後の一人、鳥人の四天王はどこにいったのだろう。ゲームと違って大して強くなかったのだろうか。いや、ゲームでも大して強くなかったか。最初に戦う四天王だし。「奴は四天王の中でも最弱」枠だし。そのくせ一丁前にプライドだけは高いキャラだったから、魔王様の機嫌を損ねて焼き鳥にされてしまったのかもしれない。
他にもおかしなところはある。戦後処理に携わる内に色々と見えてきた事もある。
まず人間の文明は電子機器を生み出せる程高度なものではない。一般的にイメージされる、中世ヨーロッパ風の異世界物そのものな文明レベルだ。これは原作ゲーム通りだった。
その代わりにエルフが高度な文明を築いているらしい。私はまだ直接は見ていない。今度連れて行ってもらおう。
人間とは違い、エルフたちは今も変わらぬ生活を続けている。魔物素材を使っていないわけではないが、魔王様としてもエルフと事を構えるつもりはないようだ。そもそも必要がない上に、彼らなくして高度な文明は維持できない。そういう意味でも手を出すのはご法度だ。
当然ドライヤーとかもエルフ製だ。これも私の知る原作版との大きな差異だ。そもそも原作にドライヤーとか出てこないし。
原作版のエルフは森に暮らす一般的なイメージのエルフそのものだった。電子機器なんて扱う筈がない。
リメイク版で変更になったのだろうか。それともここが異世界故の事情だろうか。優秀なエルフ達が本気を出した結果、歴史が大きく変わってしまったのだろうか。
冷静になって見てみれば、こうして数え切れない程の違和感だって見えてくるものだ。私は自分が如何に視野狭窄だったのかを思い知らされた。ここがゲームの中なんかである筈がないのに。ログアウトボタンなんて機能しなくて当然だったのだ。
とはいえ私のよく知る世界の影響も間違いなく存在している筈だ。当然あのゲームともなんらかの関係はある筈だ。システムメニューは変わらずに開けている。私がゲーム機を使ってこの世界に入ってきたのも事実なのだろう。そこにはきっと帰還のヒントが隠されている筈だ。私の生まれ育った世界が消えて無くなったわけでもあるまい。だから絶望するのはまだ早い。
魔王様には世界を支配した上でやってもらわねばならない事がある。厄介な裏ボスの件だってこれからだ。こんなところで手をこまねいている場合じゃない。私自身の為にも今は手を動かし続けよう。
「これ持ってって」
処理が終わった書類をゴーレムメイドに渡すとまた追加の書類がどっさりと積み重ねられた。
「ねえ、この世界ってパソコンあるわよね? なんで使わないの?」
「パソコン?」
「あったじゃない。前魔王様の部屋に」
「……ドレカワカラナイ」
一般的じゃないのかしら? それとも別の名前で呼ばれてる? 或いは姿形が似てるだけの別物? 単なる空のオブジェクトに過ぎないとか?
「そう。ならいいわ」
話を打ち切って仕事に戻る。留守を任されたのだ。山積みにして魔王様に返すわけにはいかない。仕事に集中しよう。疑問は後でゆっくり取り除いていこう。
忙しさのお陰か気分の悪さはだいぶマシになってきた。私ってとても単純だ。先日だってあんなに泣き喚いたのに三日引き籠もっただけで立ち直ってしまった。今ではこの城での生活にも慣れたものだ。むしろ性に合っているのかもしれない。流石にこんなに忙しいのが続くのは勘弁願いたいけれど。




