01-01.チュートリアル・ベリーハード
「ふっはっはっはっは!! よく来た! 勇者よ!」
これを聞かされたのは何度目だろう。
「……うん? おい勇者よ。以前どこかで会ったか?」
え?
「ナンパデスカ。魔王サマ」
「んなわけあるかぁ!!」
魔王の手の平から間髪入れずに放たれたビームが、一体のメイドゴーレムを焼き尽くした。
「勇者め!! 貴様のせいでバカにされたではないか!」
いや、そっちが勝手に……あれ? どうして? 今までと違う展開?
「まぁた行き遅れ年増ロリ魔王だの言われるじゃろうが!」
いや! それよりも!
「もうよい! さっさと始めるのじゃ!!」
あ。
気付いた時には遅かった。先程メイドゴーレムを蒸発させた閃光が私の額を貫いていた。
「なんじゃと!? おい! 嘘じゃろ!? 勇者こんな弱いんか!?」
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「あんなん避けられるわけないじゃない!!」
「なんじゃ。急に叫びおって」
くっ! またここからなのね!?
「気味の悪いやつじゃな」
今度は無造作だ。指先から細い光線が放たれた。
「え? 今のが勇者? なんじゃと? そんなバカな話があるか!」
短気な魔王だ。こんちくしょう。
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チュートリアルが終わらない。
既に数え切れない程、魔王に瞬殺され続けている。
このゲームを作った奴は大馬鹿だ。テストプレイくらいしておけってんだ。チュートリアルが終わらないからログアウトすら出来ないじゃないか。
よりによってフルダイブ型だぞこれ。致命的だろうが。こちとら現実の身体が動かせないのだ。ほんと何考えて販売してやがんだ。下手すると死人が出るぞ。ばっかじゃないの。
一応ゲーム機本体にはセーフティも用意されている。ゲームを長時間プレイしていると強制終了してくれるのだ。その設定時間は二十四時間。明日の仕事どうしよう。無断欠勤なんて初めてだ。ちくしょうめ。
こんな事なら慣れないフルダイブゲームになんか手を出さなければよかった。私の反射神経であの初撃を避けられる筈がない。
というかこんなシーンあったっけ? リメイク前の名作レトロゲームは普通のRPGだった。そっちも魔王戦から始まるのだけど、あれはあくまでチュートリアル戦闘だったのだ。
相応しいスペックを持った勇者がある程度善戦した上で、魔王の放ったレベルドレインでピンチに陥り、助っ人に現れた師匠が助け出してくれるイベントだ。
それがどうしたことだろう。助っ人師匠は既に魔王に倒された後だった。勇者は何故か出遅れてしまったらしい。しかも仲間もいない一人だけ。変なアレンジ入れやがって。そのままリメイクしておけば間違いなく神ゲーになったろうに。
勿体ない。これじゃあクソゲー確定じゃない。この後がどれだけ完璧だって、まともにプレイも出来ないゲームが評価される筈もない。お気に入りの名作が汚された。腹が立つ。
というかいい加減終わりなさいよ!? 何時まで殺され続けなくちゃなんないのよ!? ゲーム開始時点で詰みセーブってどういう事よ!? なんか救済措置は無いわけ!? せめてメニュー画面に戻りなさいよ!? なんで起動即この場面なのよ!? 何かおかしいと思わなかったの!?
……はぁ。ダメだ。落ち着け。手段ならある。魔王には高度な知能が搭載されている。些細な変化で言動が変化した。ならば説得と時間稼ぎは出来る筈だ。その隙にログアウトの方法を見つけ出そう。大丈夫。私なら出来る。リメイク前とはいえ、このゲームを知り尽くした私になら魔王を口説いて籠絡する事も出来るはずだ。あの魔王は婚活に焦っている。今のイケメン勇者の私なら造作もあるまい……無理かぁ。
私、産まれてこのかた付き合った事なんてないのよね。私も人の事とやかく言えないや。だいたい私女だし。勇者は男性固定だけど、男性らしい振る舞いなんて知らんし。
そもそも今どきのフルダイブゲームで性別固定なんてあり得るの? その辺詳しくないのよね。もっぱらレトロゲーム専門だったし。でも普通は考えられないわね。没入感が段違いな筈だ。私がどっか設定を見落としたのかしら? 謎だ。
いやまあ、こんな致命的な問題を放置して世に送り出した開発会社だし、単純に何も考えていなかっただけかもだけど。
迂闊だったなぁ。もう二度とフルダイブゲームなんてやるもんか。まさか二十四時間強制敗北を強いられるとは思わなかった。一回死ぬのに一分もかかってないわよ? なんなら三十秒保つのも稀かもしれない。一日は千四百四十分。三十秒に一回なら二千八百八十回。約三千回か。精神に異常をきたすのではなかろうか。そういうストレスを検知して強制終了させる機能は無いのかしら。流石にあるわよね。期待しよう。こんな事ならもっとマニュアルを読み込んでおくんだった。他にも強制終了の手順はあったのかもだし。
「なんじゃ。無口なやつじゃのう」
また死んだ。やり直しだ。
「お前……。いや、そんな筈は……」
まさか記憶が残っているの? そんな所にまでバグがあるなんて。このゲームはやっぱりクソゲーだ。
「……」
今度は無言で殺された。
「……」
まただ。
「……おい」
あれ? ビームが飛んでこない?
「お前はなんじゃ」
「何って? 見ての通りの勇者よ?」
あかん。こんな事言ってる場合じゃない。折角のチャンスだ。事情を説明しないと。もしかしたら聞いてくれるかもしれない。
「なんじゃ貴様。気味の悪い話し方をしおって」
「ダメよそういう事言ったら。昨今は厳しいんだから」
「男じゃろうが」
「だからダメだってば」
「うるさい!」
ああ。折角話せたのに……。
「おい」
「おはよう。魔王様」
「様じゃと? 貴様は勇者じゃろうが」
「命乞いをさせてほしいの」
「バカを言え。ここまで攻め込んできたのは貴様の方じゃ」
「どう説明したらいいのかしら。私はこの勇者じゃないの」
「何を言っておる。わかるように話せ」
「全く別の人間よ。だから私は戦えない。その方法を知らないの」
「……精神憑依じゃと?」
「ええ。その認識であってるわ」
「敵わぬと悟って惚けているわけではないのか?」
「私の実力でここまで来れると思う?」
「質問に質問で返すでない。たわけ」
また撃たれた。気難しい魔王だ。
「本当に気味の悪いやつじゃな」
「あなたも不憫ね。こんな世界を生み出した馬鹿どもには復讐してやりたいでしょうね」
「……なんじゃと?」
「私はこの世界の外から来たのよ」
「異世界転移、或いは転生じゃな」
あら。そんな言葉まで知っているのね。このゲームの世界にはそんな設定存在していなかった筈だけど。
「ふむ……」
なにやら考え込んでいる。
「本来の自分を思い浮かべてみよ」
魔王様が近づいてきた。一瞬で。
私の額に指先を当てて何かを探るように目を瞑った。
「……ふむ。確かにズレがあるようじゃのう」
何かが身体の奥底から引きずり出された。そんな感覚が全身を覆っていった。
「なんじゃ。随分と貧相なやつじゃのう」
あれ? 視線が低い? え? これ私の手? 部屋着?
「これでは到底勇者なんぞとは名乗れぬな」
「ありがとう、魔王様。信じてくれて嬉しいわ」
「礼なんぞより名を名乗れ。察しの悪いやつじゃのう」
「名前? 知りたいの?」
「……」
あかん。キレてる。
「柚希よ。魔王ノクスクレム陛下」
「……何故知っておるのじゃ。その名は名乗っておらんぞ。ユズキは何処より現れたのじゃ」
「悪いけど話はここまでよ。お陰で本当に助かったわ」
ログアウトボタンに指を置いた。
よかった。システムメニューが開けて。ワンチャン本編を進めないと使えないかと思った。どうやらチュートリアルは終わったらしい。これでこの地獄ともおさらばだ。
「それじゃあね。また別の世界でお会いしましょう」
やっぱり私にはレトロゲームこそが相応しい。もう一度あの名作をプレイしてトラウマを克服するとしよう。
私は指先を押し込んだ。
「させるか! バカ者め!!」
辺りが光に包まれた。




