第5話「白紙の本と忘れた一日」
深夜の図書館は、静寂に包まれていた。
楓は棚の奥にある白紙の本をそっと取り出す。ずっと気になっていた頁番号が、かすかな光を帯びて浮かび上がっている。指先が震える。ここに、自分の失った一日が隠されている――そんな予感がした。
「……やっぱり、これなのかな」
独り言のように呟く。ページをめくると、そこには小さく楓の名前が記され、消えた日の番号が示されていた。記憶の断片が微かに胸に浮かぶ。
その時、扉が静かに開いた。
「楓……?」
颯太の声。彼は少し心配そうにこちらを見ていた。
「颯太……」
楓は本を抱え、胸の奥のもやもやを整理するように息をつく。
「この本……私の、忘れた一日を知る手掛かりかもしれない」
颯太は黙ってうなずき、そっと隣に座った。
「一緒に見てみようか」
その言葉に、楓の胸が少しだけ軽くなる。孤独ではない――誰かがそばにいることで、失った時間を取り戻す勇気が生まれる。
楓は白紙の本を開き、光を頼りに頁をめくる。ページには、一瞬の出来事や小さな笑い声、見慣れた景色の描写が浮かんでは消える。まるで時間そのものが息づいているようだ。
「これ……私の記憶……」
涙が頬を伝う。失ったと思っていた一日が、確かにここにあった。だが、それは完全ではない。何かが欠け、誰かの願いと交差することで形を変えてしまったのだ。
「楓、無理に取り戻そうとしなくていいんだ。大切なのは、今を生きること」
颯太がそっと手を握る。温かさが心に染みる。楓はその手を握り返し、少し微笑んだ。
白紙の本は閉じられ、図書館の空気が元の静けさに戻る。
しかし楓の胸には、確かな希望と決意が芽生えていた。
失った一日をただ取り戻すのではなく、誰かの未来を守りながら、自分の時間も少しずつ取り戻す――。
扉の外、夜風が街灯を揺らす。
楓はペンを握り直す。今日も、貸し時間の一頁が、誰かの未来にそっと落ちる――。
そして、次の願いが図書館に届くのを、彼女は静かに待った。
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