第4話「颯太が来た日」
その夜、図書館の扉が静かに軋む音を立てた。
楓は書棚の間で本を整理しながら、足音に気づく。普段の依頼人とは少し違う、落ち着いたが緊張感のある足取り。振り返ると、背の高い青年が立っていた。
「初めまして……神谷颯太です」
少し息を整えたその瞳は、真っ直ぐに楓を見ていた。
「こちらは……貸し時間図書館……? 僕、過去のある時間を戻したくて……」
楓は胸の奥がざわつくのを感じた。図書館で働き始めてから、初めて訪れる青年客。願いは重いものの気配が静かで、どこか孤独を抱えているようだった。
「貸し時間には代償があります。理解していますか?」
楓は慎重に尋ねる。颯太はゆっくりうなずいた。
「妹の笑顔を取り戻したいんです。でも、代償が何であっても……」
その言葉に、楓は息をのむ。誰かの未来を守るために、代償を覚悟する人――。
彼女は白紙の本を開き、ページに颯太の名前と願いを書き込む。ペン先が触れた瞬間、図書館の空気が重く震えた。小さな光が棚の奥の白紙の本と微かに反応する。
「……楓さん、どうなるんですか?」
颯太が恐る恐る尋ねる。
「貸した時間は、必ず何かを変える。いい方向にでも、予想しない方向にでも。でも、あなたが望む未来を守る手助けは、できます」
楓は静かに答える。
儀式が終わり、颯太は深く息をついた。
「ありがとう……。少し怖いけど、少しだけ、安心しました」
その時、楓の目に映ったのは、棚の奥で微かに揺れる白紙の本。彼女の消えた一日を示す頁番号が、光の揺らぎの中で浮かび上がる。
「……また、あの本が反応している」
颯太の存在は、楓にとって新しい挑戦でもあった。貸し時間を扱うだけでなく、人の感情に直接触れ、信頼を築くこと。失った一日を探す彼女の旅は、颯太と交わることで少しずつ形を変えていく――。
図書館の扉の外、夜風が柔らかく街灯を揺らす。
楓はペンを握り直す。誰かの願いを守りながら、少しずつ自分の欠けた時間を取り戻すために。
貸し出す一頁は、今日もそっと、未来の波紋を描いていく――。




