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冬季調査

「寒っ…」


 クマタカの巣(仮)を挟みT村の東側に位置する林道で車を降りる。秋調査にて別行動をしていた東さんが下見したらしい地点だ。地点自体は調査範囲外にあるため、完全に目的クマタカの巣を決め打ちする形になる。林道から巣の方角を眺めると、稜線上に数本のアカマツと枯れ木が目に入る。GPS地図を開き目的地の方角を確かめると、双眼鏡とコンパスを取り出し、巣の位置を確認する。


「…(やっぱ、あれか…遠いけど良く見える…。見上げる形だから見通しは良いか…。)」


 確認が終わると車からスコープと三脚を取り出し、比較的目立たない位置に設置する。対物レンズの倍率を最大まで上げ、ピントを合わすと雪に覆われたアカマツが目に入る。


「…(一度全体確認してから、連絡するか…)」


 対物レンズの倍率を下げ、三脚のハンドルを掴みゆっくりと移動させていく。スコープの動きは緩やかであるのにレンズを覗く目はせわしなく上下左右に動かし、目に映る木々の枝を1本ずつ慎重に確認していくと、丁度3本目のアカマツを確認したところで、違和感に気づく。


<ゴクッ>


 息をのみ、レンズの倍率を上げ、ピントを合わすとアカマツの枝へパーチするクマタカが目に入る。

「…(居た…!先に連絡か…)。こちら、移動の18番、倉上です。現着しました現在N(巣)のアカマツにKTパーチ中。どうぞ。」

『はい、17番了解。これから調査開始します。』

『16番了解です。』

『15番、今確認します。』


 Nを中心に配置された各地点より返答があり、安心する。


「はい18番了解です。各地点感度良好です。現在、3本並んだアカマツの…えっと一番北側、枯れ木側から数えると1本目のマツの上から6番目の枝にパーチしてます。どうぞ。」

『はい。15番キャッチしました。』

『16番はちょっと死角入ってますね。』

「ちょっと18番からだと距離ありすぎて写真は厳しそうです…。どなたか写真お願いします。」

『はい。了解です。15番で押さえます。どうぞ』

『17番田辺です。こちらもキャッチしました。友希、お前の車丸見えだぞ?隠しとけ。』

「了解です。済みません、車隠してきますので、KTお願いしていいですか?どうぞ。」

『了解です。』


 応答を受け、車に戻り道路を確認すると、10m程先に道幅が広まり背の高い杉があることに気づく。


「…(ちょっと狭いけど行けるか…)」


 ——

 ——

 ——


 車両を移動させてから2時間程経つも、スコープの先に見えるクマタカには変化がなく時々羽繕いをしている。2月と言えば、抱卵していておかしくないハズだが、この個体はどう言うわけか周辺の警戒に勤めているようである。


『17番です。こちら状況変わらず。静かですね。皆さんどんな感じですかぁ。』


 師匠の気が抜けた声が聞こえる。


『はい。16番です。こちら南側の範囲外にノスリが出ましたが、やはり範囲外の南方へ流れてきました。』

「19番です。相変わらず変化なしで、たまに羽繕いしてますね…。こいつってひょっとして若鳥ですか?どうぞ。」

『15番です。そうですね…この感じはN(巣)があるで間違いないと思うんですが、たまたま居ついた去年の雛かヘルパー(子育てを手伝う前の年などに生まれた個体)か、分かりませんね。』


 どうやら、見立てとしては巣(N)はこの裂け目がある場所で良さそうだが、未だに巣材や餌を運ぶ様子は確認出来ておらず、確証を持てないようである。


「えっと、それじゃあ、西田さんメインでNの方見てもらって、僕の方は他所見てましょうか?」

『…そうですね。とりあえず、こいつは私の方で見ておきますので、皆さんは周辺の方願います。』

『了解です。』『分かりました。』「了解です。」


 返事を終えるとスコープから目を離し、空を見上げる。幸いなことに快晴、とは言えずとも雲は少ない。5分ほど空に違和感が無いか確認した後、双眼鏡に手をかけようとしたとき再びマイクが鳴った。


『こちら16番、16番南西から低空でおそらくKT飛来…今、16番北へ抜けました!どうぞ。』

「18番了解。」

『17番検索します…今それらしきのキャッチしました。』



 地図を確認し東さんの居る16番の位置を確認しようとする間に師匠が引き継いだようである。大体の方角を確認すると、すぐに双眼鏡で確認をする。 

「…(うーん…これは稜線が邪魔で分らんかな…)」


 数分ほど掛け慎重にクマタカを探すもやはり確認はできない。やはり無理かとマイクに手を伸ばす。


「18番です。東さんのKTは、こちらからは手前の稜線で隠れて確認出来ません。一応、そちらの方角注視しときますので田辺さん、よろしくお願いします。」

『17番了解。』


 双眼鏡越しに稜線付近を注視していると、再び無線機が鳴る。


「17番です。えー先ほどのKT、餌持ちです。現在、N方面を低空で飛翔中。」

『15番了解。』

「18番了解、低空注意します。」


 双眼鏡を手放し、倍率を下げたスコープでN付近の稜線を覗き10分程すると、低空を羽ばたく何かが目に入る。


「…(こいつか…!)」


 スコープ越しに見ればクマタカが何かを掴んで羽ばたいている。


「…18番、餌持ちキャッチしました。低空でN方面向かってます。かなり低いです。谷底側からN方面入りそうです。どうぞ。」

『はい、15番了解です。』


 クマタカは低空で谷底から這いあがるように山の斜面を飛翔していく。時折高度が下がったためか激しく羽ばたくのが確認出来る。


「(餌持ちか…何持ってるんだ?一応写真撮っておくか…)」


 片目でスコープを覗きながら吊り下げた一眼を、右手で振り上げる。飛翔高度が下がりクマタカが激しく羽ばたき始めた瞬間一眼を構えると、半ば勘でクマタカをファインダーへ収め、無言でシャッターを切る。


<カシャ、ガリ、カシャ!カシャ!ガリ、カシャ!カシャ!カシャ!カシャ!カシャ!…>


 十数回程シャッターを切ると、ファインダーを覗いていない目でクマタカの位置を注視し、再びスコープを覗く。


「…(え…と、ロスト⁉ヤバ…!倍率下げ…居た…!セーフ!)」


 一瞬、見失うも、無事スコープ越しにクマタカを確認出来ると、安堵の息を吐く。三脚のハンドルを握りつつ対物レンズの倍率を上げ、しばらく動向を注視していると、クマタカはNのアカマツ付近に生えた杉の枝に舞い降りた。息を止めながらも、時間の記録のため一眼のシャッターを切り、マイクへと手を伸ばす。


「今、先ほどのKT、Nの三本マツの南の針葉樹にパーチしました。」


 10秒程待つと無線機が鳴る。


『こちら15番、マツからどのくらいの距離ですか?どうぞ。』

「ちょっと確認します…えーと20メートル程南なのかな?ちょっと怪しいですが…あ!広葉樹のパッチが南側あってその南端付近の杉の先端です。」

『はい。17番確認しました。』

『はい。こちらもキャッチしまし…あー。こっちのパーチ中の若、飛翔しました。誰か追えますか?』

『はいはい。大丈夫です。』

「こちらも…キャッチできてます。18が一番引きなので、こっちで追いましょうか?」

『お願いします。』

『了解!』

「了解です。」


 再び一眼のシャッターを切ると、舞い上がったヘルパー個体をスコープ越しに確認する。


「…(羽の欠損は無し…写真は…いや、無理しない方が良いか…遠いし…。)」


 撮影は断念し、スコープで追っていると、飛翔個体は大きく旋回しながら高度を上げていく。高度が100m程になるのを認めると、再び無線機が鳴った。

『はい餌持ちパーチアウト、N方面流れてます。』

『了解』

「了解です。若の方は旋回上昇中。現在は高度…200程。N上空ままです。」

『餌持ちアカマツに飛び込んでロスト!』

『はい!こちらも確認。枯れ木から2本目?』

『いえ、3本目で!』

『了解。』



 若鳥は旋回上昇を続けている。そろそろ角度的に首が痛くなると思っていると西に向かい滑空を始めた。


「上昇中の若、高度…500程で西に流れ始めました。」

『はい、了解です。』

『16番了解です。こちらもキャッチしました。』


 1分ほど、追跡を続けるも林道を覆う枝に隠れてしまい見失う。


「若の方、手前障害物で隠れてロスト!」

『16番追えてます。』

「了解です。よろしくお願いします。オーバー。…ふぅぅ。」


 溜息をつき、水筒に詰めたコーヒーを口にする。


『先ほどの餌持ち、結構デカいけど、ウサギかね?どうぞ』

『角度が悪いですね。ちょっとこちらも確認します。』

「あんまり期待せんで下さいよ。こっちもチェックします。」


 再び一眼を手に取り写真を確認していく。


「…(んー。これか…拡大して…これはダメ…これもダメ…こいつは…?)」


 数枚目の写真は羽ばたいた瞬間かピントは甘いものの羽を上げた瞬間に足元が良く見える。


「…(んー?デカくね?四肢が長い気がする…)」

「えーこちら確認中ですが、四肢が長いですね。ピントが甘いんで怪しいですが、子鹿かひょっとしたらサルかもしれないですね。どうぞ。」

『はい、サル了解です。』

『うーん。ちょっと私の写真からは判断出来きません。戻ったら確認しましょう。』

「はい。了解です。ただし、絵にはなってないのでスミマセン。」

『大丈夫です。餌を運んでいるって証拠があれば問題ないです。皆さん、適当に食事済ませてくださいね。…山火事だけは起こさないでくださいよ…。』

『了解~。お湯持ってきたから大丈夫。』

「了解です。こちらもカレー麺でも啜って温まります。」


 三脚を設置した崖際から、愛車へ足を向ける。なんだかんだで数時間程身動きを取れなかったため、かなり体が冷えている。


「寒っ…メシメシ…」



 その後4時間ほど変化の少ない山を臨みながら監視を続けるも、巣材を運ぶ姿はおろか、気が付けば営巣木(仮)に止まる姿を発見するなど、碌なデータを取ることを出来ず、下山のタイムリミットとした3時半を回りキャンプ場へと帰投する結果となった。

 


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