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前泊、前日入り

 公道に積もる雪は、10センチ程。太平洋型平地人としては、標高の割に少ない積雪に感謝しつつ法定速度よりかなり低い速度で愛車を運転する。ネットで見れば問答無用で雪道を走り抜けるジムニーであるが、生憎運転するのは雪なぞほぼ積もらない平野部出身のへっぽこドライバーである。現地入りする前にスリップ、スタックなぞしたら堪ったもんではない。山道に入る前にチェーンこそ巻いたが、1年半前から交換していないノーマル夏タイヤで雪道はあまりに怖すぎる。スタッドレスとは言わず、せめて雪対応の全天候タイヤを買うべきかと思いつつも、懐事情は厳しい。


「(20万越えはちょっとなぁ…。)」


 相談した格安の車検屋の見積もり金額を思い出し、溜息をつく。世話になっている車検屋のオッちゃん曰く、T村近辺程度なら夏タイヤとチェーンでもジムニーなら余裕余裕~…とのことであるが、正直不安である。自他ともに認めるテクなしドライバーである私では、雪国の法定速度での走行などまったく出来る気がせず、念のためにと調査日前日のかなり早い時間に車を走らせている。

 道路中央の白線がなくなった山道に入り、10分程。緩やかなカーブを抜けた先で軽乗用車が路肩にとまっているのを認めた。


「…(げぇ…マジかですか…。)」


 ——

 ——

 ——


「タイヤは真っすぐなんで、ハンドルは触らないでください!ギアはリバースで!クラクション鳴らしたら真っすぐ引っ張りますからアクセルゆっくり踏んでみてください!」


 声を震わせながら軽自動車に乗る女性に声をかける。


「分かりました!よろしくお願いします!」


 助手席にスコップを投げ込むとギアをリバースに入れ、クラクションを鳴らす。


「…(先ずはゆっくり引いてみるか…。)」


 じんわりとアクセルを踏みながら牽引ロープがピンピンになるまで後退する…。


「(こから踏み込んで…頼むから滑らんでおくれよ。)」


 エンジンの回転数を上げると目前の軽自動車が左右に振れる。

 こりゃあ厳しいかな?などと思った瞬間、不意に軽自動車が大きく後ろに下がる。


「…(行けた!よっし!合図、合図!)」


 ——

 ——

 ——


「多分大丈夫と思いますけど、行先はT村ですか?」


 レスキュー後、スタック車の窓をノックし、女性に話しかける。先ほどまでの焦燥した顔から一転、笑顔の若い女性が顔を出す。


「ありがとうございます!携帯の電波がなくて、どうしたら良いのかわからなくなってしまって…。30分程抜け出そうとしたんですけど、どうにも動かなくて…。」


「…(うわぁ交通無いここじゃあ最悪の状況だし…怖っ!って美人さんだなぁ。)」


 想像より悲惨な状況であったのに同情しつつ、運転手の顔を見て驚き馬鹿なことを考える。


「えーっと、村の方行くんでしたら、先行しましょうか?」

「…あっ!キャンプ場に来られる方ですね!」

「え…?そうですけど…。」


 まさかの返しに驚いていると、言葉を続けられる。


「はい。祖父が管理人をしておりまして、ちょっと買い出しに出た所で嵌っていまいまして…。」

「それは…なんと言うか変な時期に予約取りまして済みません…(マッチポンプかい!き…気まずい…)。」

「いえ、そんな。えーっと、申し訳ありませんが、集落の方まで先導お願いしても良いですか?あそこまで戻れば祖父が道を作ってますので。」

「あー分かりました。じゃあ、ちょっと前に出てもらって構いませんか?脇から入って追い越しますので。」


 車を少し移動させてもらい、追い抜こうとする。


<ボスボスボス…ウィィィィィィ!>

「…(あっ…嵌ったかも…。)」


 ——

 ——

 ——


 5分ほど車前方の雪を掻き出しなんとかスタックから脱出する。窓から顔を出し気まずそうな顔をしている女性に話しかける。


「す…すみません。行きましょうか…。」

「はい…あの。なんかすみません。お願いします。」


 ——

 ——

 ——


 あまりの気まずさに、集落に到着するなり挨拶を交わし別れたあと、村の南東に位置する神社に足を延ばす。サクサクと新雪を踏みしめながら、慎重に石段を登る。と言うのも、石段を登り始めて数歩目で潰れた新雪で滑り、転倒し掛ける間抜けを晒してしまったためである。


「…(恰好つけて、先導しようとしてスタック、気分転換で散策してコケるなんて、気が抜けているなぁ。)」


 小山の中腹程にある鳥居を潜り、こぢんまりとした境内へ足を踏み入れる。山奥の半ば限界集落にある社の割に建屋は新しく、鴨井に彫られた竜の彫刻は鮮やかな色合いを残している。鈴を鳴らし、賽銭箱に小銭を放り二礼二拍手を鳴らしさぁ良縁でも願おうと一礼しようとした瞬間、妙に生ぬるい風が社の中より通り抜ける。


「(はい?)え?」


 人気の無い神社で社の中から吹く風を気味悪く思い、頭も体も固まる。数舜後、とりあえず最後までと目を瞑り一礼する。


<ォォォォー>


 再び生ぬるい風とわずかな異音に目を開ける。


「…(あれ?風が抜ける音…?)」


 異音がどこからか抜けてきた風の音と気づき、賽銭箱の上に身を乗り出し、社の奥を覗く。


「…(うーん。特に見えんな…。そう言えば、9月の調査で見たクマタカの塒(ねぐらの地形、この神社の山に似てたんだ…。)ちょっと見てこう…。」


 石段を下り、小山を挟んで神社の反対側へと向かうと、見知った軽四駆自動車が見えてくる。


「…(これは師匠の車か?)」


 車内を覗くと見慣れた三脚と鞄が見える。中で寝てはいない…なら近くに居るかなと散策を続けようとした所、聞きなれた声が耳に届く。



「友希か?」


 振り返ると白いニットにダウンを来た見慣れたオッサンが居た。


「師匠!早いですね。」

「おう!お前の車見えたからなぁ。お前も居ると思って見に来たわけよ。何処に居ったんよ?」

「先に神社の方覗いてました。やっぱあのNねぐらのことの地形ですか?」

「そうか。俺もどっかで見たと思ってな~。やっぱこいつに似てるよな。」


 視線を小山の絶壁に向ける。うっすら雪をかぶった崖は、所々低木が生えており、何かが剥離したかのような岩が何か所も露出している。


「結構デカい岩が見えてますね…あと下の方は割と崩れてるんですかね?雪であんま見えないですけど。」

「みたいだなぁ。ここいらの地層ってNの地層と同じ感じなんかな?何かネットに地図あるんじゃない?」

「あー。国土地理院の地質地図でしたっけ?流石に見てないです。」

「そうソレ。いやな、ひょっと初夏か春にでもあそこを踏査せよってなる可能性考えて見に来たんよ。同じような感じだったら、ちょっと厳しいな。」

「それは…嫌な可能性ですね…。」


 渋い顔をしながら、小山を見上げる。同様の状況ならば、登るならまだしも降りるのは厳しい。仮に、目的のN周辺で亀裂の下に降りるための周り道が無い場合は、懸垂降下でもしない限り、厳しそうである。


「倉上お前、渓流もやるんだったら、懸垂降下やったことあるだろう?」

「(無茶振りをする…)。…いや、懸垂降下自体は大学の時に教えてもらって体験だけはしましたけど、個人では経験ないですよ…装備も無いですし。」

「やっぱあるんか…!よっしゃ。」

「いやいやいや!大学の屋上からロープで降りただけですよ⁉ハーネスやら装備類は全部借りましたし、さぁ行ってこい!では無理ですよ!」

「まぁまぁまぁ…とりあえず、見るもん見たし宿行こうか~」


 嫌らしい笑みを浮かべる師匠を見送ると、自分の車に向かって歩みを進める。


「…(いや、マジで懸垂降下とかなったら洒落にならんわ…そういえば、渓流解禁してたな。先輩帰国してたっけ?誘って行ってみようか。相談も兼ねて…。)」


 ——

 ——

 ——


『ユウキ~。取れてるか~?』

「感度良好です。管理人のお孫さんに聞いた通り、道が綺麗目で楽ですね。どうぞ。」

『しっかし、レスキューした直後にハマるとか間抜けな話だなぁおい!』

「すっげぇ恥ずかしかったですね。…気まずかったですね。ホント。」

『その勇姿を見たかったよ!あと10分スタックしてくれてりゃあ、俺が颯爽と助けてやったのになぁ。』

「勘弁して下さい…。」


 アマチュア無線越しに話をしながら、山道を走る。程ほどに車の通行があるのか、思いのほか積雪は少ない。


『綺麗なお姉ちゃんだったんだろ?』

「黒髪セミロングのおっとりした感じの美人でしたね~。」

『ほう~。滝本の嫁さんみたいな感じか~?』

「あー。雰囲気似てますね。ちょっと身長高いかも。」

『なるほどねぇ…』

「どうしたんですか?」

『いや、なぁー。ほら、此間のニュース出てたお母さんが滝本の嫁さんに似てるなぁと思ったんを思い出してただけよ。』

「流石にそれは無いでしょう。割と明るい感じでしたよ?それに大分若かったですし。」

『まぁそうだよな。流石にそれだったら、現場終わったあとお祓い行くわ!』


 ——

 ——

 ——


「「((お祓いいかなきゃ…!))」」


 事の次第は、山無し、谷無し、平穏無事にキャンプ場に到着し、コテージエリアに車を横付けすると、鍵を受け取りに行った師匠が戻らず…問題があったのかとキャンプ場の管理棟までいけば、携帯片手に立ち尽くす師匠を見つける。不思議に思い近づくけば、管理棟の壁に貼りつけられた行方不明者のポスター。さらによく見れば、連絡先は最寄りの県警と謎の番号…。まさか…と思いつつ無言で携帯電話のアドレス帳を開くとキャンプ場の管理棟の番号と一致する。こうして年齢、性別、性格とまったく異なる2名が、携帯片手にフリーズする異様な光景を作り出していた。


<ガチャっ…>


「あのー…寒くないですか…?」

「いやぁ。すみません。ちょっと驚いてしまって…」


 師匠がためらいがちに口を開ける。


「あー、そうですよねぇ。とりあえず、手続きの方しちゃいましょうか?」

「すみませんが、お願いします…。」

「どうぞ、中の方へ…」


 ノロノロと誘拐被害者家族の美人人妻孫娘さん(仮)の元へ歩く。時々振り向く師匠の目は鋭い…。


「(いや、話題に挙げたのあんたでしょう…)」


 暖房の効いた室内に入り、無言でノートに氏名住所と連絡先を記入していく。ノートを見つめる美人さんの目は真剣である。


「(アレ?まさか、事件後に不審者扱いで警察が騒いだ件知っていらっしゃる…?いやいやいや…!僕等、山奥で物理的に村内に居なかったのですが‼いや、もしかして…連絡が付かなかったことで、初動が遅れて、そのせいで…とか考えちゃっていらっしゃいますか…⁉ヤバい…気まずいどころじゃない…!)」


 宿帳への記入が終わり、鍵を受け取ると誘拐被害者家族の美人人妻孫娘さん(仮)が口を開く。


「すみません。あの…ひょっとしてですけど、わたしが倉上さん方があの誘拐事件の関係者と疑ってるとか思っちゃったりしていらっっしゃいますでしょうか?」

「いや!そんなことは無いですよ?!ちょっと、張り紙見て、まさかここに関係者さんがいらっしゃるとは思わなくて頭が回ってないだけです…」


 若干裏返った声で口を開ける。


「あー。すみません。その、事件直後は、…その不審者の目撃情報があったので、最初はお客さん方がそうなのかと、疑って騒いだりしちゃったんですけど、祖父から話を伺いまして、すぐに勘違いだってことは分りまして…。皆さんが無関係であることは理解しているんです。すみません。」

「(なんか滅茶苦茶思うところありって感じなんですけど…⁉)あぁぁいえ、こちらこそすみません。変に邪推してしまいまして…あぁ車!その、集落入り口で別れた後は、特に問題はありませんでした?ちょっと気にはなってたんですよ…。」


 動揺しながら強引に話題を変える。


「はい。特に問題もなく…。」


 これほど沈黙が気まずいことが、今まであっただろうか…恐る恐る口を開く。


「すみません。頭が回っておらず、アレなんですが、あの…当日はですね朝7時にはえーっと、名前が出てこないんですが、集落南東側の山の林道に入っちゃってまして、事件があったことを知ったのが、日が落ちた夜になってからだったんですよ。その行方不明の子供のご家族の方…なんですよね。連絡が付かないとかでその…色々ご迷惑おかけしたとは思うんですが…すみません。」


 しどろもどろで当日の状況について説明する。


「はい。伺っております。正直、娘の事で、インターネットで色々疑われたりして、気が動転したりしたんですが、ボランティアで捜索活動に来て下さった滝本さんからも、励まされまして…」

「はい?」「え?」


 予想だにしていない人物名に思わず話を遮る。


「あれ?滝本さんからお話聞いていませんか?色々とお世話になって、田辺さん達にもお話をしてくださると聞いたのですが…」

「友希聞いとったか?」

「いえ、初耳ですね。」

「あー…、そのこの度はなんといったら良いのか、事件に巻き込まれてしまったようで、遅くなりましたが、お見舞い申し上げます。そのウチの滝本も捜索活動に加わったとのことで、僕らも可能な限りお手伝い出来ればと思うのですが…何分、あっちこっちに飛び回る事が多くて、僕らの助力は僅かなものとなるとは思うんですよ。そんな状況ですが、ボランティアの方、参加させて頂いても構わないでしょうか…?」


 先に落ち着きを取り戻した師匠が慎重に言葉を紡ぐ。


「田辺さん同様、僕も可能な限りではありますが、ご協力できればと思います。」

「あ、その、申し訳ありませんが、よろしくお願いします。」


 ——

 ——

 ——


 管理棟を離れコテージへの道を歩く。


「滝本のヤツ、連絡するの忘れてやがったな…!」

「いや、マジでどうしようかと思いましたよ…。」


 愚痴をこぼしたことで、気力を取り戻したのか、踏み出す足に力が入る。


「まぁヤツも動揺してたんだろう。とりあえず、今度飯でも奢らせよう。」

「あーそれ良いですね。ラーメン食いたいですね。こってりした味噌。」

「それ良いなぁ。よし!俺から問い詰めてやるわ!」

「是非ともお願いします。おー寒っ!冷や汗かいたから冷える…。」

「今日は早く寝ようぜ。西田さん達ももう来るだろう。」

「西田さん達は知ってるんですかね…?」

「どうだろう…流石に…いや、とりあえず…友希、お前後泊にしてる?」

「してますねぇ。次の現場は週明けです。」

「じゃあ、起きた後、話聞いて半日位ボランテ…いや、積雪があるから無駄か…」

「あー。確かに…」


 立ち止まり、来月以降の予定を思い返す。


「とりあえず、次回調査の時は早めに来て半日位捜索するってことでどうです?」

「まぁ現実的なのはそれかぁ。よっしゃ、西田さんにも聞いてみようか。滝本は強制だ。」


 ——

 ——

 ——


「まったく知りませんでした…。」

「汗が止まりませんでした…。」


 日が落ちた直後に合流した西田・東組は疲れた顔で口を開けた。


「あー柴田さんの件ですよね?こちらも、初耳…いや滝本だけが知ってたみたいですが、どうも連絡忘れてたみたいで…」

「あー。捜索のボランティアですよね。正直、こんな事今まで初めてですから…」

「とりあえず、さっき友希と話してたんですが、次回調査の時は前泊で入って様子見を兼ねてボランティアに参加しようかと考えてまして…滝本は強制参加させます。西田さん達もどうですか?」


 師匠がボランティアの件を伝えると、眉間を押さえていた西田さんが、数秒程固まり、口を開く。


「そうですね…。幸い予算はありますから、前泊の件は了解しました。僕らの方は、ちょっと予定を調整してからになりますが、最悪、東くんだけでもご一緒させられるよう 調整します。…現場入りの前にどうしても発注者さんとの打ち合わせがありますので、ちょっと今回のが終わったら電話か何かで済ませられないか相談してみます。」

「それは、ありがたいです。受付の時、想定外の事態だったので、僕らも話を切るに切れなくて…」

「あー実は僕らもそうなんですよ…。なんで、渡りに船ということで…。柴田さんの方には、僕の方から打診しておきます。っと打合せの方、始めましょうか…。」


 こうして、調査開始前から疲労感を覚えながら、打合せを進めていく面々であった。


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