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幕間2

 残暑厳しい9月も末、キンキンに冷えた泡の出る麦茶を呷る。


「「「くあぁぁ!」」」


 最終日にまさかの警察官からの職務質問と仕事以外で溜まった疲労をねぎらうためと言う名目で、師匠こと田辺さんの声掛けで自宅から少し離れた河原に先輩こと滝本さんと共にキャンプに来ている。現在はデリカのルーフキャリアから伸ばしたタープの下、焚火を囲んで一杯と言うのももなかなか風情がある。もっとも、風情を吹き飛ばすような轟音が足元から聞こえており色々と台無しである。


<シュゴォォォ…>


「…(音でけぇ…)」


 なお、この轟音の正体は、出汁に練り物を放り込んだだけのシンプルなおでんを加熱する海外製のガソリンストーブ(コンロ)である。


「MSRってやっぱウッサイですね…火力は強いですけど。」


 自分で火をつけておきながら、足元のガソリンストーブ(アウトドア用コンロ)の燃焼音に辟易とする。火柱は上がるは、火力調整は効かないはで中々癖が強い。燃料となるガソリンさえ購入出来ればどこでも使えて、ゴミが出ないのが良い!と衝動買いしたわけだが、やはり最大のデメリットとして燃焼音が凄まじく、調理前は確かに聞こえた川のせせらぎはもはや一切聞こえてこない。


「まぁそう言う道具だしねぇ。まだ煮えんかねぇ?」


 赤黒く日焼けた師匠が、泡の出る麦茶で余計に顔のコントラストを強めながら笑う。


「嫌なら、カセットコンロのに変えりゃあいい。静かだぞ?…と肉はもう少しだな。」


 焚火台の片隅で厚切りの肉をつついていた先輩が口を開く。


「あれ、逆に火力弱過ぎて、風あると使えないじゃないですかぁ。」

「風防使え、風~防~。でもあれはあれで車内調理の時は重宝するぞ?」

「ジムニーで、んなことやったら燃えますよ…僕が使うんですよ?多分ひっくり返します。あぁ~火力があって調整が効いて静かな火器…無いですよね…。ウィスパーライトなんで、ドラゴンフライよりはマシ…だと思うんですけど、やっぱ轟音が…。川のセセラギも虫の声も一切聞こえなくなってますよ。」

「確か国内メーカーでガソリンとガスボンベ両方使えるヤツ出てなかったけ?あれはどうよ?」

「あーあそこって、最近色々出してますよね~。ただ、新興メーカーっぽくて、耐久性とか信頼性がチョット…」

「お前はなんでソコは保守的なんだよ…。まぁMSRなんて単純な構造らしいから、壊れにくいんだろうな。」

「アハハは…保守的ですかね。」

「少なくとも趣味趣向は保守的だぞお前は。」

「ですかねぇ。っと、鍋煮えました。大根はまだそうですけど。」


 足元の鍋からふつふつと煮え立つ音が聞こえたため話を打ち切る。


「ゴボウ巻きくれ」「じゃあ俺はヒリュウズ」

「了解です~。」

「おうありがと。」

「気温が下がり始めたらコレよねぇ。」

「本当だったらサンマあたりを買い込みたいんですけどねぇ。おっガンモ、美味っ」


 口に咥えたガンモドキは出汁を吸って膨らみ、噛むたびに口の中に出汁が溢れてくる。


「それも良いなぁ今度やるかぁ。ホレ、ユウキ、新しいビール飲め~。」

「すみません。ありがとうございます。」


 飲み干した缶を地面に置くと、新しい缶を受け取りプルタブを開ける。


「そう言えば、ユウキはニュースみたか?T村のやつ。」


 ビールに口をつけようとすると師匠に聞かれる。何のことだと思いながらもしかしてと口を開く。


「ひょっとして行方不明の件ですか?あれ…テレビ流れてたんですか?」


 T村秋季調査終了後、西田さんからの続報待ちで特に音沙汰もなく、そのまま別の調査に参加しすっかり忘れてしまっていた。


「おう。公開捜査だかで報道されてたぞ?見てないんか。情報収集が甘いな!こっちも肉焼けたぞ~。」


 焚火で焼いていた塊肉も焼けたようで、まな板で切り分けていた滝本さんが口を開く。まな板に肉汁が広がり実に美味そうである。


「美味そうっすね~、キャンプと言えば鍋か魚だったんで…肉はありがたいです。」


 ローテーブルに置かれたまな板から直接厚切りのステーキを頬張る。


「(美味っ…!牛!牛!肉!)美味いですね!コレ!」


 目を細め口端を上げながら思わず言葉が零れた。


「お前…貧乏学生の癖が抜けてないなぁ。貧乏人め…。まぁ、こういう料理は変に凝るよりは塩コショウだけってのが鉄板!シンプルイズベストってことよな!てか魚って何よ?」


 ニコニコと肉を噛みきるのに苦心していると同じく肉を齧っていた田辺さんが口を開く。


「川魚とか塩焼きするだろう?あと友希は磯の方も行ってたから、カサゴとか食ってたんじゃないか?」


 師匠の言葉になんとか肉を飲み込み口を開く。


「そうですねー。最初はカサゴとかメジナでシーフードカレーとかにしてたんすけど、ルアー始めてからはシーバスとかアジで刺身やら洗いやらにハマってしまって…キャンプ場で和食作ってましたね。」

「豪勢じゃん。」

「違和感が酷いなぁ。因みに一人で…?」

「どうせソロですよ…調理場で魚捌いてると、すごい絡まれるんで嫌でしたねぇ…。」

「チヤホヤされるだけだろ?“スゴイ!魚さばけるんですか?”とか言われちゃったりして。」

「モテモテなわけだなぁ。」

「いえ、オッサンに絡まれて最終的には酒と交換したり肉貰ったりとかしたんですけどね。」


 調理場で魚をさばく度におっちゃん達が湧いて出て…終いには渾身の活造りを強奪されたことを思い出す。交換で手に入れた肉は美味かったけど…。



「ざまぁ無いな!、でもまぁ良い事じゃん。」

「それが当時ビール飲めなかったんで、持ち帰って知人に配ってました…。」

「…あーそれ大学1年の時だろう?貰った気がする…。まっ、話を戻すと、T村の行方不明者!どうも子供だったみたいだ。」


 当時、私が献上したビールの事を思い出したようで、話を切り替えられる。


「子供ですか…?確かに誘拐騒ぎになるなら、徘徊老人じゃあないんでしょうけど、平日の昼ですよ?確か。」

「そっ、正確には乳幼児らしい。どうもお母さんがどっか外居る時、目を離した隙に居なくなったみたいで、歩けもしない子供だから誘拐だろうって大騒ぎに…って流れらしいよ。」

「それは…謎ですね。あの村って何て言うか、風通しが良い?から、誘拐なんてあれば誰か気付きますよね?」

「それが、霞みたいに消えてしまって、何も情報が無いみたいだ。結果、今回の公開捜査に踏み切ったって話らしいよ。唯一の不審者情報は俺たちだったわけだしな。」

「それなぁ。まぁ令和の神隠しってので一部ネットの玩具になってたみたいだけど、どうにも続報が無いから一瞬で消えちゃったぽいなぁ。被害者のお母さんは可哀そうだったなぁ~。ありゃあ20代の前半か?綺麗な子だったけど、大分焦燥していたぞ。」

「うわ…それは流石に気の毒ですね…。まぁあの集落内が現場になっているんだったら、…土地勘無い僕らじゃあ役立てることは無さそうですね…。しっかし、公開捜査にテレビでの報道となると、メディアとかで騒がしくなってしまうんじゃないですか?まだ先とはいえ、調査やれるんですかね…?」

「そりゃあ…俺らは何も出来んなぁ。西田さんか東さんから連絡ま…」


<ぴよぴよぴよ!ぴよぴよぴよ!…>



「…。」「…。」「…。」



「師匠…」

「俺のせいかぁ?ちょい電話するわ。…はい!田辺です。お疲れ様です。ええ…ええ!はい!なるほど…」



「噂をすれば影なんてこと、ホントあるんですねぇ。」

「前もそうだったろう?まぁ今回はただの確認だろう。なんか変なデータでも混じってたんじゃない?」

「3週間は経ってるんですよ?流石に無いでしょう…」

 小噺のようなタイミングで掛かってきた電話にくだらない会話を続ける。5分ほど、電話が続くと田辺さんが手招きをする。



「ええ、分かりました。延期ですね…。はいはい。大丈夫です。今、滝本、倉上とも打合せしてまして…はい。ええーそうですね。はい。はい。了解です。メールの方も、後ほど確認しておきます。分かりました。では、お疲れ様でございます。…っと。ってことで延期だ!日程再調整だってさぁ。」


 眉を潜めながら苦笑いをする師匠は続ける。


「やっぱ公開捜査の影響でまたメディアがうろついてるんだとさ。で、落ち着くまで延期したいと発注者様が騒いでいるだと。」

「ってことは1月は…」

「そ、キャンセル!」

「マジかい。」「うわぁ…。」


 1月の収入が減ったことに溜息が出る。


「延期後の日程とかの打診は来たの?」

「いや、未定だとさ。ただ、冬の調査だから2月中下旬にはやるとは思うけど、お前ら日程はどうよ?」

「あー。俺はキツキツだな。保留してた件があるから、こっちの現場がどうしても人足らんのだったら、調整出来るかもってとこ。まぁちょっと確認してみるわ。」

「友希は?」

「確か、上旬だけ別件入ってますね。中下旬…2週目以降はフリーです。」

「おっけー。俺も空いてたハズだから、最悪2人と西田さんの計3人で回るだろう。ちょっとメールしてくるわ。」


 フラフラとした足取りで車内に向かう師匠を見送ると、先輩が口を開く。


「その顔見ると、1月仕事無いんか?」

「顔出てましたか?こっちの現場入れるのにF県の現場断っちゃったんですよ。お陰さまで1月は冬休みです…。実家帰るかなぁ。」

「お前なぁ。そんな先の予定をキッチリ決めてしまうからそんなことになるんだよ。ある程度余裕持たせて保留にしとけば、こんな時にカバーできたものを…」

「あーあー…そう言えば、7月の骨も子供だったらしいですよ。」


 憐れんだ目に耐え切れず、適当に言葉を並べる。眉間に皺を寄せていた先輩が意外そうな顔をして口を開く。


「へー。そんな偶然もあるんか。呪われてるなぁこの現場。っで誰情報よ?それ。」

「いや、こないだの最終日の事情聴取で警官に聞いたんですよ。何か分かりましたかって。」

「ほうー。向こうでそれを教えろよ。初耳だぞ、それ。しかし、変な事喋ってないだろうな?お前、口が緩いからな…!」

「いやいやいや!大丈夫ですって!流石に当たり障りない話しかしてないですよ!」

 藪蛇だったようで、余計に目つきが鋭くなった先輩に弁明を続けていると、師匠が戻ってくる。

「どうしたよぉ?」

「いや、倉上はお口が緩いって話をしていたとこです。」

「それなぁ。」

「勘弁してください…。」


<どーん!>


 ニヤニヤした2人から、説教をされていると。川下から体に響く重低音が聞こえてくる。


「あれ?花火?」

「おう!ここの納涼祭りは大分遅くてなぁ。んで、先週の雨で花火大会が延期になったみたいで…今日がその予備日ってわけだ。」

「おっさん、味なことをするなぁ。」


 不意に始まった花火大会に説教の件は有耶無耶にになり、各々ビールを呷り始める。どうやら半分からかわれていたようで、若干膨れつつ無言で肉を頬張っていると、無言で先輩が小鍋と既に解凍された冷凍うどんを差し出してくる。


「こいつで〆の準備宜しく頼むわ…お前肉全部食っただろ!」

「俺の分もよろしく~。」

「バレてましたかぁ。って締めにうどんですか?おでんですよ…?まぁ良いですけど…しっかし、9月末の花火におでんにうどんと季節感が滅茶苦茶ですね。」

「鍋物準備したお前が言うかぁ。」「そうそう。せめてもうちょい色気のあるもの準備しろよ…。」

「ええっ⁉複数人キャンプなら鍋は鉄板でしょう!」

「黙れ!コミュ障が!大人数キャンプなんざお前行かねぇだろうが!」

「酷い…!」

「大根くれ~。」


 ワチャワチャ騒ぎながら秋の夜が過ぎていく。なお、うどんとおでんは意外に美味かった。

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