幕間1
7月のT村調査では、最終日に東さんの上司に当たる西田さんが合流し、5人体制の調査を行った。その結果、見事、渡り鳥のハチクマとサシバを師匠と西田さんの二人が確認し、大団円で終わった。
そのため、拾った謎の骨などスッカリ頭の中から消え去り、プチ打ち上げと題して、先輩、師匠と共にデパートの屋上での宴会を楽しんでいた。
「か~美味い!夏はこれよね!」
「やっぱ年一でビアガーデンはいかんとなぁ。倉上は初めてだったか?」
「えー?そうなの?」
唐揚げをつつきながら、グラスを傾ける先輩と上機嫌の師匠に問いかけられる。
「はい。学生時代は、人付き合いが苦手で、ゼミの企画とかもサボってたんですよ。」
「あれ、そうだった?覚えてねぇや!しかし、そりゃあ人生損してるねぇ!」
「まぁ賑やかな場所が苦手でしたし、先輩達とつるむようになってから、余計に同期の人間となんというか合わなくなって。」
「あーなるほどね。そういうこともあるかもなぁ。」
「まぁ、お陰で今こうして無事?食ってけてますからね。…あーそう言えば、あれから3週間位経ちましたけど、骨の正体ってわかったんですかね?」
「あの骨は、西田さんが知り合いの哺乳類専門のトコ持ち込んだらしいよ?」
「あーほら、此間テレビで話題になった〇×県の博物館よ。相変わらず、顔が広いみたいで、あの調査の翌日には持ち込んだらしいぞ?種類だけだったらそろそろ分かるんじゃねぇかな?」
「あー…確かに〇×県博なら鳥でも哺乳類でも専門家が揃っていますね。しっかし、〇×県博とは、凄いですね。そんな有名所に持ち込まれるとは、これで実は化石でした!とかなら論文なんかに名前乗っちゃいますかね?」
「…それは無いかなぁ。仮に新種の骨だったとしても西田さんまでじゃない?」
ウキウキした気持ちで口を開くもバッサリと切られてしまい、落ち込む。
「あーですかねぇ…。まぁ浪漫があるなぁって話ですよ。」
その様子を見て、先輩は笑いながら会話を繋げる。
「案外人の骨だったりして?呼び出しで事情聴取からの現場検証よ?お疲れ様~!」
「ちょっと!勘弁してくださいよ!それあの谷また歩かんといけないってことですよね⁉」
「現場検証でね~。」「倉上お疲れ!」
「ちょっと勘弁してくださいよ~。」
<ぴよぴよぴよ!ぴよぴよぴよ!>
馬鹿な妄想を話していると場違いなヒヨコの鳴き声が聞こえる。師匠の携帯の着信音である。
「師匠~。電話ですよ~。」
「おう!悪いなぁ!えっと、はい!もしもし!田辺です!。」
『~~~~!~~~~~?~~~~!』
「はい。はい。倉上?はい。今滝本と3人で飲んでまして、はい!はい!。少々お待ちください。…おい友希、電話。西田さんから。」
「え⁉いきなり怖いんですけど?」
「良いから代われ。待たせてるから~。」
何かミスをやらかしたのかと怯むも、携帯電話を渡され、しょうがないと、電話口に話しかける。
「お借りします。お電話変わりました倉上です!」
『あ~倉上さん?西田です。お疲れ様。携帯の方電話したんだけど、出なくてね?留守電聞いた?』
「っ!すいません!丁度電車移動でしたもので、マナーで取れませんでした!申し訳ないです。」
『やー、連絡取れたから良かったけど、なるべく早めに折り返してくれたら助かります。本題なんだけど、こないだの調査で骨拾ったでしょう?』
「はい。2日目の踏査で拾いましたね…何か不備がありましたでしょうか?」
声を震わせながら尋ねる。
『や、記録なんかには不備は無いんだけどね。アレが不味かったんだよ…。』
「…不味かった?えー絶滅危惧か何か希少種の骨だったてことですか?」
『や、希少種…では無いんだけど…ある意味レアケースと言えばレアケースで、ウチの会社でもこんなことは初めてで戸惑っては居るんだよね。』
「?どういうことでしょうか…?」
『…人骨』
「じんこつ?」
『そう、人骨』
「えーっとすみません。哺乳類の骨は詳しくなくて、じんこつ?と言いますと何か希少部位か何か…『いや人の骨!お骨だってお骨!』…はいぃ⁉ってことは人の死体を拾ったってことですか⁉『そう!それで異常事態ってことだよ…!』」
声が大きすぎたのか、自分たちが座るテーブルはもちろん周りのテーブルも静まり返る。
「倉上、ちょっと向こうで電話しようか~。」「俺もついてくわ。」
『あの、電話大丈夫ですか?』
「あっすみません。ちょっと人が多いので、移動します。」
電話口に謝罪し、席を立とうとすると、背後からスーツを着た人物が駆け寄ってくる。
「あの~。お客様~?お電話中、申し訳ありませんがこちらでそのような話をされますと、当店としても困りまして、大変恐れ入りますが…」
「あー!申し訳ない!すぐに店を出ますんで!追加とか無かったよね?」
「恐れ入ります。当店事情によりますもので、今回のお代金は…「いや!構わないです!お騒がせして申し訳ありません!それではっ!おい倉上!」」
「はい!すみません。ちょっと場所変えますので、5分ほどで折り返します!」
『っと大丈夫ですよ。私もちょっと気が動転していたみたいで…っと、20時まででしたら、会社の方へ電話してもらえれば構いませんので。』
「はい!なるべく早めにお掛けしますので!それでは、一旦失礼します!っと…移動…しますか。20時までに折り返せとのことです。」
「なら、個室のある店あるから、そっち行こうかぁ。」
「マジで人骨かよ…。」
「みたいです…。」
「まぁ…ご愁傷様…だなぁ。」
「頑張れ…。」
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「立ち合いは不要…?」
「ええ、どうもあの後確認しましたら、骨の劣化状態から20年、30年じゃあ効かないくらい古い骨みたいで。ええ~と、発見状況に周辺の環境写真、GPSの位置データまで揃っているから、こちらから報告した段階で事件性は低いので、態々現場検証に付き合ってもらう必要はありません…という話になりました。」
ビアガーデンを追い出された数日後、東京に本社を構える西田さんの元で出禁3人組は話を聞く。
「~~!ふぅぅ。安心しました。ということは、調査自体にも影響なく?」
「はい。調査も予定通り9月に実施します。」
「よかったなぁ倉上!」
「紙面を飾らず終わってしまったなぁ?」
好き放題言う二人を横目で見ながら、面倒ごとを回避できたことで、気が抜けて椅子に凭れ掛かる。
「ホント焦りましたよ…。丁度、あの骨が論文ものの発見だったら…!なんて話してところで電話を受けたので…」
「あー。まぁ良いか。飲み屋で話時は気を付けてくださいね~。ウチも一々注意はしないですが、最近は情報リテラシーがどうとか色々と煩いですし。」
「はい…気をつけます。」
「っま、逆に飲み屋の方が騒がしくて分からないんですよ~。」
「地方だと、飲み屋でお仕事受注するなんて話も聞きますしね?」
「はぁ…。折角来て下さったので、ついでに打合せしていきましょうか。9月の調査では、前回踏査してもった筋の西側の筋を中心に定点を構えまして、場合によって移動定点を~」
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「こんな体験は一度で十分ですね。」
「二度も三度もあるようだったらお祓いいかんとなぁ。良いとこ知ってるぞ~。」
「名探偵淀川君は完全に祟られてるよな。まぁ、仕事の話に戻すと次回は移動定点だから田辺さんも俺も軽四で行くと思うわ。あと最悪踏査する装備も準備しとこうか。念のため…。ほら、餃子食え。餃子。美味いぞ~。」
所変わって都内の某果物マークのファミレスで餃子をつつく。
「いただきます。「割り勘な」あー。美味い…まぁ前回あれでしたもんね。「どっちが?」いや、現場も…打ち上げも…ですよ。まぁ今回は流石に前回みたいにいきなり川筋往復8km歩いて来いとはならないですよね~。」
「どうだろうか?なるべく早くクマタカの活動範囲絞りたいから、変なところ行かされるかもよ?西田さん気合入ってたし、現場来るだろう?そしたら、定点数減らさず、倉上は歩け!になるかもよ?」
「あー。前回も踏査中にクマタカ見てたしなっとカラシ取って…ありがとさん。あるかもよ?」
「うーん。とりあえず、踏査用にザックとメットは準備しておきますかね。」
「あー。そろそろトレッキング用のメット買った方が良いかもな?」
「俺の前使ってたの売ってやろうか?」
「金取るんですか…「当たり前だろう。」。いや、一人くれそうな人がいるんで、ちょっと聞いてみます。…ミラーレス(ミラーレス一眼レフデジタルカメラのこと)が欲しいんで、今お金貯めてるんですよね。流石に前回ほどじゃなくても、移動定点とかあって歩くと、重くて…」
「ミラーレスね。あーSany良いらしいぞ?俺も触ったが、軽いし、早い!連射も効くし!」
「ちょっと!それあれでしょ⁉トータル200万位するセットじゃないですか!買えないですよ~。それに操作系がどうにも慣れ無さそうなんで、Sanyはちょっと…」
餃子とラーメンをつつきながら、雑談を進める。日当は割高で場合により数万円を裕に超える調査員生活だが、毎月数を熟さなければ収入は低く、また年がら年中仕事があるわけでもない。逆に繁忙期は、人手不足で売り手市場になるものの、調査によって必要な装備は様々で出費も激しい。特にカメラなどの光学機器の新調には数十万単位になり、大学卒業したての人間の懐には厳しい業界である。
もっとも、定職について西田さんや東さんのような会社に勤めても、日々の残業、終わらない報告書、重い責任と話を聞くだけでぞっとするものである。一方、個人でやる調査員は、腰を据えない水物な業種と言えど、公共工事が、開発が続く限り、事前調査数年に事後調査数年とで、一度業界に顔を売れさえすれば食いッぱぐれることも無く、体を壊さない限り定年がない。何より、勤め人の東さんの現状を聞く限り、ボーナスという素敵制度には心惹かれるも、自分にはとても勤まりそうにない。改めて勤め人って大変だなぁ、と思いつつ目標金額を頭に浮かべ、溜息をつく。
「どうした?」
「いえ、目標金額まで先は長そうだなぁと。」
「俺のカメラ売ってやろうか?俺もSanny欲し「間に合ってます。」」
9月のT村の様子を想像するのであった。