夏季調査2日目の夜
「骨ですね。」
「ええ。」「うん。」「それは分ってる。」
「どうしましょう?これ?」
2日目の調査が終了し、宿へと戻り、東さんに骨を手渡すと、首を傾げながら問いかけられる。そんな東さんに先輩が呆れながら口を開く。
「フィールドサイン調査ってことだから、現地で同定できなかったものは持ち帰ってきたんだよ。多分サルの骨だろうけど、ちょっと俺たちの伝手だとすぐに同定できる人がいなくてね…。西田さんとこのお抱えの人に同定してもらうか、時間掛かってもうちに任せるか、いっそ無かったことにするかは東さん次第ですよ。」
「うーん。…西田さんに相談してみます。写真とGPSのトラックデータ、頂きますね。」
謎の骨と唐辛子スプレーを交換すると困った顔の東さんは言う。
「とりあえずクマの痕跡はなかったと言うことで宜しいですかね?」
「話にあった川沿いは、少なくともイノシシとシカ程度の痕跡しかなかったですね。田辺さんは何か見ました?」
「イノシシ位だね~。一応、記録はとっといたよ。」
「まぁクマは問題無しってことで、クマタカの方よ。どうも、倉上が入った筋より東側が怪しいみたいで…最終日はそっちの方に人増やした方が良いかもしれん。人数少ないから、今日田辺さんが居た所に加えて、移動定点作ってそっちに人入るかどうかになるけど…どうするよ?」
「うーん。少なくともクマタカが居るってデータは取れてるので、無理に移動させて地点を増やすのもリスキーですよね…。」
「秋季調査見据えて、下見をかねて入るか?」
「今日踏査してもらった筋の東側の谷は見通しがきくので、そちらに1名と…いや、西田さんに相談してみます。ちょっと判断がつかないので。」
「了解。そうしたら本日はこれで終了ということで?」
「はい。晩御飯はまた昨日と同じ感じで。それじゃあデータ整理したら西田さんに連絡してきます。」
そう言うと、謎の骨を携えて、東さんはコテージを離れていった。
「…大丈夫ですかね?これ?」「どうしようも無いだろう。」「て言うか、明日の事何も連絡なかったな!」
一瞬の沈黙の後、口を開く。
「まぁ今日と同じ流れでしょう。あ、田辺さん。デリカありがとうございます。」
「おう!お尻が痛くなかっただろう!俺はジムニーのおかげでケツが割れるかと思ったわ!」
「あはははっ。まぁそう言う車ですからね~。デリカは快適でしたね~。空調生きてますし!ただ…足の長さがギリギリで…あ、シート一番前にスライドして戻して無いです…。「構わんで~。」すみません。っとシャワー浴びたいすね…。流石に想定外の踏査でしたし、疲れました…。」
「気温見たら37度はあったしなぁ。」
体を休めながら雑談をするも今日の気温を聞き、苦笑いをする。私はもちろん、林道へ入った師匠も、1人でほぼ3人分目を光らせていた先輩も疲労困憊であるようだ。
「まぁミサゴがチョイチョイ飛んでから、明日はクマタカ体制じゃなくて、ミサゴ他の猛禽を見るかもな。」
「(本日分でクマタカのデータは十分に集まったと言うこと?)…って言うとハチクマ、ノスリあたりですか?」
「サシバ、オオタカあたりも出てないからな。サシバはひょっとしたらもう終わってるかもしれんなぁ。」
「あー。ミサゴの巣だけじゃなくて、ハチクマも押さえるんですか?…日数足りなく無いですか?あと人…。」
「まぁ初年度だしな。オオタカも冬に向けて押さえたいけど、ハチクマの飛翔、可能なら餌運びを確認出来たらベスト!ではあるけど、…出やぁしないクマのフィールドサインなんぞに人を割くかねぇ。段取りが悪いっちゅうの!。」
「…珍しく西田さんとこが下見をキッチリやってなかったみたいだなぁ。こうも場当たり的に人割さかれると手が回らんわぁ。まっ、こっちは出すもん(結果)出してるんだから、構わんだろう…。最悪、西田さんが飛んできて、地点の見直しするんじゃないか?」
「ウゲぇ…。西田さんてお偉いさんですよね?それじゃあ気も抜けないじゃないですか…。まぁ今日みたいに振り回されて踏査するよりかマシですかね。」
「そそ、西田さんは割とゆるーいから大丈夫。しかし人が足りんのは、この時期はどこもねぇ。」
「僕みたいなペーペーまで声かけてくれてますからね。」
「や、今回倉上は大活躍だろう?お前が居らんかったら…誰があの渓谷を歩いたんだよっ?」
「うわぁ…ヒド…。」
「とりあえず、今回は少ない人数で結果出して、相手さんの要望も熟したわけだし、一足先に打ち上げといきますかぁ」
ヘロヘロでじゃれ合っているいると、何処から出したのか飴色の液体の満たされた4合瓶とクーラーボックスが机に乗せられる。
「流石、田辺さん!」
「うわっ!このオッサン、昨日クーラー下ろしてると思ったら、スポドリ冷やさず缶ビール冷やしてやがった!」
20L程のクーラーボックスには、半分程解けた氷とともに某有名メーカーのビールが浮かんでいた。
「今回のは、梅ですか?変わり種でヤマモモとか?」
「いや、今回は小夏を使ってみたんだよ~。」
「小夏??」
「知らんか?小粒のミカン位のサイズの柑橘で、皮を薄ぅ~く切って甘皮ごとそぎ落として食うんだよ。その芯を、「いやいや、説明は後にしようぜ!明日も早いから深酒出来んからな!さっさと風呂入って速やかに飲み始めよう!」それもそうだなぁ。」「あー確かに。」
こうしてT村夏季調査2日目の夜は賑やかに過ぎていった。なお、1時間もすると涙目の東さんも合流し、愚痴を聞きながらの慰め大会となった。
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『はぁ⁉わざわざ一人谷歩かせたの⁉定点に入れずに⁉』
電話越しに呆れるするような声が聞こえる。
「はい。それで猿らしい骨が出たとかで、『いや、勝手に地点数減らしたら困るよ!数量が合わ無くなるんだから!』ええ⁉。すみません。」
『確かに、痕跡あるか確認だけはしてって言ったけど!それは移動定点とか移動中に確認する程度で構わなくて、最悪東君が軽く確認すれば良いだけだったんだよ!…ちょっと田辺さんにでも相談すれば分かるでしょ?』
「すみません。僕の考えが足らなくて…。」
『定点に入った履歴も無いの?』
「いえ、最後の1時間程は定点に戻ってもらってます。」
『そうか…なら、最悪は…いや、分かった。明日は俺もそっち行くから、定点入る数を増やそう。クマタカ出たのは良いけど、ちょっとデータの密度が低すぎる。ふぅ…明日は5時KYだっけ?』
「いえ、6時KYで予定してます。」
『6時ね!了~解…っと骨が何とか言ってたけど、それは明日受け取るよ。あと…入社したてで、それも2回目の現場なのに一人で任せちゃって悪かったね。携帯が通じない現場で、これはちょっと酷だったかもしれない。ちょっと配慮が足らなかったよ。』
「いえ、僕の方も昨日の段階でちゃんと確認していれば良かったので…。」
『まぁ今回は、最終日に人の目増やして、集中的にデータ密度を増やしたって言えば、お客さんにも満足するだろうから…。』
「お手数おかけして申し訳ありません。」
『いや、大丈夫。切り替えていきましょう。幸いクマタカは出ているから、ストーリー的には綺麗に纏まりそうです。けど、サシバは時期的に遅かったとして、ハチクマが出てないとちょっと不味いかもね。』
「そうなんですか?」
『ええ、ハチクマは本州への渡りは一番遅いのに巣立ちは一番早いんですよ…。田辺さんと滝本さんが居るから大丈夫かと思ったんだけど、ちょっと不味いかもしれない。』
「え…どうしましょう?」
『まぁこればっかりはね。生き物相手だからどうしようもないですよ。とりあえず、田辺さん達には、あまり飲みすぎないようにって伝えておいてください。』
「えぇぇ?それって『多分、「クマタカ出したから、もう仕事お仕舞!」って痛飲してるから。軽く釘さしといてください。』あっ。分かりました。」
『それじゃあ、辺鄙なところで連絡させてすみません。ご苦労様でした。』
「はい!お疲れさまでした。」
「ふぅ…(文系私大を出て、ようやく就いた会社だったけど間違えたかなぁ。)」
電話を切り、溜息をつきながらそんなことを考える。外資系の一部上場企業と言えば、正直もっとバリバリ机に向かって知的な何かする仕事と思っていたのだが、実際は挨拶回りに予定の調整、その後は田畑や河原を歩かされてばかりと、想像とは全く違った仕事内容に正直ついていけない。
「あれ?東さん?」
「あっ管理人のえーっと」
「あー柴田です。名乗ってませんでしたね。気落ちしてますけど、どうしたんですか?」
「いやぁーちょっと、上司に怒られちゃいまして…」
「あー…まぁそういう時は、酒を飲むに限りますよ。あんたんとこの3人組はワイワイ飲んでいるみたいだよ?」
「うわ、マジかぁ…あっすみません。」
「あんまり口を出すのもアレだけど、酒の一本でも差し入れして一緒に混ざって来るといい。一人で飲んでも嫌なことばっかり考えてしまうから。」
「あー確かにそうかも知れませんね。」
「そう言えば、クマがクマがってさっき話してたけど、T村は俺が子供の時以来クマなんて出たことないからな。東さん達は、山入ってるんだろ?あまり気にしなくても大丈夫だと思うよ。」
「あー確かに仰ってましたね。」
「多分この道路が出来た時に大分人の手が入ったから、締め出されたんだろう。まっ、あまり気にしないで酒を飲んで忘れるのが一番だ。私は明日の買い出しがあるので、これで…」
「はい。ありがとうございます。僕も、そろそろコテージに戻ります。お疲れ様です。」
というやり取りをして新米会社員の東は、コンビニで酒とツマミを買い(会計時にまた柴田さんと一緒に並ぶのだが)、飲んだくれ3人と合流する次第であった。