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夏季調査2日目

「クマの目撃情報ぅ~?」


 早朝、管理人が準備した菓子パン類を摘まみながら東さんの話を聞く。


「えー。今朝、電話で西田さんと話をしましたら、隣の町で出たからもしかしたらって話になりまして。皆さん、鈴の準備はしてますか?」

「そら、クマ鈴位は構えてきてるけど、それホントにクマだったの?管理人のおっちゃんから、デカい県道ができてから数十年出てないって話らしいよ?」

「出たという話だそうです。管理人さんの話は初耳です。確認しておきます。ちなみに唐辛子スプレーとかはお持ちでは…?」

「ある。」「確か…」「あーあったかな…?」


 正直、怪しい話だと話半分位でいいだろうと思いつつ、装備の確認をする。


「でしたら、僕の方はこの後一度抜けてスプレーの方を手に入れてきますので、皆さん各自でその…」

「あー、了解です。夕食後話した通り、田辺さんが林道入ってよさそうな地点を探すので、僕と倉上は2番と5番で、午後からは1番と4番に入ります。」


 どうもこの東さんは神経質になっているようで、あまり必要性は感じないもののクマ除けグッズを買い足しに出かけるようである。まぁ監視役が居ないならばと、ついでに押し通してしまおうと田辺さんが本日の行動計画を伝える。


「えっとですね。難しいかもしれないですけど、ツキノワグマのフィールドサイン調査とかって実施可能でしょうか…?」

「…。」「…。」「…。」


 一瞬の沈黙、猛禽類の調査に来たはずであるのだが、契約外の作業の依頼である。装備は一応あるが、これは受けるべきか?師匠と先輩に目を向けると、どうやら向こうも同じようで、一瞬悩んだ後頷かれる。


「…(あー受けるのかぁ。)」

「大丈夫です。」と先輩

「前にクマネットワークの調査に同行しましたね」と師匠

「僕は、写真でしか…糞があの太いヤツと寝床と爪跡でしたっけ?」


 全員渋い顔をしつつ、うなずく。


「昨日、クマタカが出ましたので、見通しがあまり効かない河原地点は捨ててですね、お一人だけフィールドサインの確認に入って欲しいんです。あっ状況写真の方は最初に河原で取って頂ければ構わないです!西田さんからのお話で、地図のこの沢の流域を1本踏査して頂ければ構いませんので!」


 東さんが調査地図を出しT村の盆地南東側の谷間を指で示した。


「…(等高線のピッチを見る限り、1、2時間じゃ済まなさそうな傾斜…。これは…行きたくない…!)」

「あー分かりました。倉上に「⁉」、そこの筋をGPSロガー付けさせて踏査させるんで「うぇっ!」、…若いし行けるよな?」


 想定外に険しそうな踏査ルートに気後れするも、入れない程ではなさそうである。流石にこの状態でノーとは言えない。


「大丈夫です…。」

「と言うことで、行きましょう。踏査後は予定通り5番に入るって流れで行きます。」

「はい。了解です。」

「本当に急で申し訳ありません!多分で大丈夫とは思うのですが、先方がどうしてもって騒ぐもので…。それじゃあ僕は買い出し行ってきます。」


 打合せが終わると、東さんは車へ走っていった。


「とりあえず、荷の積み替えをしましょうか。あとGPSロガー借ります。」

「いや、携帯のロガーアプリで大丈夫。スプレーだけ持っててくれ。」

「要りますかね…?了解です。」


 ちょっとめんどうな事になったなぁと思いつつ、踏査用の装備を確認し、ザックに詰めていく。


「どうせ、アナグマを見間違えただけだろう…。前もそんな騒ぎがあったから、チャチャっと歩いて確認してこい。」

「それは…見間違えますかねぇ?」

「一般人を嘗めちゃあいかんぞ~。友希、クマの糞て見たことあったっけ?」

「いや、写真だけです。太くて犬並みか犬より太いヤツですよね?」

「そうそう。色とか形は食ったもんによって違うから何とも言えんけど、とりあえず怪しいの見つけたら写真撮ってこい。何か分らんことあったら無線で連絡してくれれば良いからな。」

「分かりました。暑いからぶっ倒れんよう気を付けます。」

「それよ。」「ほんとね。」


 溜息をつきながらも、準備を進めていく。


 ——

 ——

 ——


<チリ、チリン~>


 落葉樹交じりの広葉樹林隊をゆっくりと歩く。気休め程度のクマ鈴と吐息が響く。踏みしめた砂利の10m程下を涼し気に流れる小川が見える。


「…(現在の時刻は9時。15時には下山して河原の調査地点に戻りたいから、余裕をもって14時に下山するとして…残り5時間での踏査。指定された筋は直線距離で約4km、そこに谷間が5つほどで各高低差は300m程。幸いにも水は指定された筋に小川が流れているので手持ちの固形燃料で煮沸すれば何とかなるか…?)」


 一先ず川沿いをと、水辺の岩や倒木の上などを中心に確認し歩いているが、イノシシやシカの痕跡は見つかれど怪しい痕跡は見つからない。腰に携えた無線機は、入山時以降沈黙を保っている。他の二人の調査地点で変化がないためか、山が険しく無線機の電波が届かないのか判断がつかない。少し休憩をと思い、目に付いた岩に座り水を取り出したところでマイクが起動する。


『はい。こちら移動の田辺~。1536ピーク(地図上の山頂のこと)の南東をKT低空で飛翔中。北東に流れてます。』

『~~~~~』

『はい。了解。確認するわ。倉上生きてるか~?』


 数時間ぶりに聞こえた人の声に、少し驚きつつも無線機のマイクに手を伸ばす。


「はい。こちら倉上、感度良好。先輩のところは取れてないです。どうぞ。…はぁぁ…。(1536ピークの南東って今いるあたりだし…)」


 溜息を着きながら地図を取り出し、現在地を確認すると、やはり連絡のあったにいることが分かる。これは、もしや…と空を見上げれば、鳶色の猛禽類が頭上を飛翔していくのが目に入る。


「先ほどのKT、倉上の直上を通過中。北東に流れています。肉眼なので、トレースは師匠お願いします。」

『はいはい。そこにおったのか!了解です。ご安全に~。』

『~~~~』


 ウォーターボトル片手に上空を眺めていると、数分ほどして滑空するクマタカは小川の左岸にせり出した山の稜線を超えたあたりで見切れて消えた。


「今、1274?ピーク真西の尾根を越えてロストしました。田辺さんお願いします。」


 無線機が通じたことに安堵しつつも、上へ下へと注意を配ることへの煩雑さに溜息をつく。溜息をついても、本日の仕事は踏査およびフィールドサインの確認であり、一か所にとどまってもノルマは消化されない。とっとと帰りたい気持ちにはなるが、諦めてウォーターボトルを片付けると、ザックを背負いなおす。


『今KTが1274ピークの真西尾根を越えてロスト。倉上の見たのは手前の偽尾根(複数の尾根が連なる山肌を見上げた際に、手前の尾根がせり出し奥の尾根が見えていない状態)だね~。』

「はい、倉上了解~。踏査に戻ります。」

『はいはい~。気を付けてなぁ。』

「(偽尾根だったのかぁ。とりあえず、まだ予定の三分の一も終えてない。少なくとも川筋は潰そう。)…はぁ。」



 暫く歩いた後、無線で話に出た尾根筋の真西まで来ると、傾斜が緩く、小さな盆城になっている谷間に到着した。最後の連絡から野生動物の痕跡は相変わらずイノシシとシカに加えイタチ類の糞程度しか確認できていない。


「…(この谷入るべきだろうな…。)」


 見れば、雨の影響か一部山肌が崩れ土砂が堆積している。落葉樹交じりではあるが、針葉樹が主な地点だ。どうせ何も出ないだろうと土砂交じりのガレ場を踏み込んだ瞬間、鼻につく獣の臭いを感じた。


<スンスン…スン…>


 臭いを嗅ぎながら立ち止まり周囲を見渡す。


「…(シカかイノシシか?イノシシだと近くにいるのなら不味いな…。)」


 こんな山奥でイノシシの成獣に襲われたらと考え冷や汗が出る。クマ鈴を鳴らしつつ、ゆっくりと歩みを進める。


<スンスン…スン…?>


「…(臭いが切れた。風に乗って匂ってきただけか…。)ふぅ…。」


 安堵の溜息をつきながら足元をみると、真っすぐな白い流木が見えた。妙に真っすぐな流木だなと手に取れば、裂けたように鋭利にとがる断面に無数の小胞が見える。


「…!(あっ骨だ。これ。何かは分らんが、サイズ的に子ザルか子鹿かな?)」


 推定骨を足元に戻し、コンパクトデジタルカメラと折り尺を取り出すと、骨を中心に拡大縮小、周辺の写真を撮り始める。


<ピピッ!カシャ!ピピッ!カシャ!…>


 撮影が終わると、GPSの位置情報を携帯のアプリに記録し、ザックからマチ付きビニール袋を取り出すと骨をしまう。


「…(もうお宝は落ちてないかなぁ…?何もないっぽいな…。土砂に紛れて混んでたのか?…先に進もう。)…こちら、倉上。先ほどの尾根の西に到着。謎の骨を見つけたんで、記録して回収してきますね。」

『ハイハイ!了解。サイズはどんなもんかね?』

「うーん。15センチ位すかね?キレイな真っすぐの骨です。大腿骨か何かかな?サルかシカか正直、同定できません。」

『はいはい。了解~。東さんに預ければ良いだろ~。まだ奥行くのかね?』

「川筋だけでも潰したいので、今いる谷歩いたらすぐ遡上します。」

『~~~~~~~~~~~~』

『はいはい。気をつけてね~。滝本、倉上がサルの骨拾っただけだったわ。クマじゃない。大丈夫。川筋だけでも踏査してくるってさ』

『~~!~~~~~~~~~~!』

『了解!伝えとく!倉上!あと2キロ位上がったら戻って来いとさ!それより上は範囲外だし、地形的に怪しそうな所はないだってさ。』

「了解です!正直心折れてきてたので、助かります!」

『それじゃあ、気をつけて~。』

「うしっ!」


 無線が切れた瞬間、口端を上げ小さく拳を上げると、気持ち軽やかな足取りで谷へと足を踏み出す。先は見えた!あとはただのハイキングだ!。そんな頭で足取りどころか頭の中まで浮かれた結果、スキップし始めたところで足を滑らせ、結局肩を落としながら慎重に踏査を続けた。

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