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夏季調査1日目の夜

 G県の山中にあるT村は、人口500人ほどで山あいの盆地とその中心を流れる小さな川を中心に田畑が広がる辺鄙な村だ。主な施設は村役場に簡易郵便局に週に何度か警官が通勤してくる駐在所、所属生徒数10名弱の小中学校に店長の名前の小さな食品販売店。とまぁ、よくある限界集落とまでは言わないも、かなり辺鄙な田舎である。緑豊かな自然を除いて、目をひくものといえば、盆地の南端にある、山裾の一部を鋭利な刃物で切断して引きはがしたような小山とその麓に立つボロボロのおそらく塗装が剥がれた木製の鳥居を備えた神社位である。

 軽く聞きかじった程度ではあるが滞在中のT村は、戦後の高度経済成長期は木材景気で振るわず、バブル期の煽りも恩恵も受けなかったものの、最寄りの病院まで車で1時間弱ほど掛かる田舎だ。ただし、バブル後に行われた隣県の道路開発で、村から40分も車を走らせれば片側2車線の県道に辿り着き、近隣の町へのアクセスは意外と良い…そんなT村では、現在、風力発電所設置の計画が持ち上がっており、その関連調査として私は猛禽類の調査に来ている。


 夕日が差すキャンプ場のコテージにて、大学時代より付き合いのある先輩こと滝本さん、先輩の紹介で知り合った師匠こと田辺さん、そして私こと倉上友希は頭を寄せ合い、本日の成果を確認する。


「まだまだだな!」


 赤黒く焼けた肌にハットの跡が残る癖っ毛頭の自称インテリ・インドア系の滝本さんが笑いながら私の写真を確認する。


「個体識別も出来るし良いんじゃない?上等上等!…写真集には出来ないレベルだがなっ!」


 目を細めて御年67歳、この道のベテランの師匠こと田辺さんは、笑いながら自らのカメラを差し出し、同じ個体の写真を見せてくる。


「うわっ。色もピントもバッチしじゃないですか!山抜け(被写体の背景が山であること。カメラのフォーカスが合わせにくい)なのに良くこんな写真撮れましたね⁉熱でボケても無いし!」


 モニターを覗けば、色合いもピントもさらに青い空まで映る美しい写真が目に入る。


「腕よ腕!」

「位置取りが良かったからだよ~。蜃気楼で像がブレるかと思ったけど、水場が近かったから。上等でしょ?まぁ発注者さんには友希の写真渡せばいいだろう。」


 笑いながらも黒いこと(自分の写真データを渡さず、コレクションとしてしまい込む)を言いながら記録野帳を差し出す。


「あのぉ、目の前でそれはちょっと…勘弁してください。」


 引き攣りながら笑う雇い主、東さんが言う。


「えーっと、データの回収済みましたし、今日のデータを西田さんに報告してきますので、最寄りのコンビニまで出てきます。」

「「「了解です。お疲れです」」」

「あっ、夕ご飯の方はオーナーさんが用意してくれているので、キャンプ場の管理棟の方に声を掛けてください。」

「唯一の楽しみやね。飯付きの調査なんて滅多にないし。」

「まぁ最寄りのコンビニまで4、50分は掛かりますから。明日のお弁当も仕出し屋さんが準備してくれているハズです。」

「至れり尽くせりだなぁ」「流石に酒は無いよな」「まぁ此処までアクセスが悪いと…携帯の電波無いですし。」

「まぁそう言うことで、明日も5時に管理棟前に集合で、6時KY(危険予知活動とミーティング)でお願いします!では僕はコンビニへ行ってきますので!」

「はいはい。お疲れ様です。明日もよろしくお願いします。」「お疲れ様~。」「はい。お疲れ様です。」


 東さんがコテージを離れ、車のエンジン音が遠ざかると、先ほどまでの笑顔を真顔に変え、一息をつく。


「で、どうよ?」と先輩

「東の坊ちゃんは大分気合入っているなぁ。まぁ最低限の成果は出たし、次には繋がるだろう。KTクマタカ出たのが川の筋でロストがこの尾根だろう?明日はこっちの林道に一人走っていい地点探して、二人はそれをカバーする感じで良いんじゃない?」と師匠

「了解です。誰が行きます?」

「俺の地点から良さげな林道見えたからそっち行ってみるわ。地図の1778m(山頂を示す)の南に道あるだろ?ここから回り込めそうだから。ただ、道がちょっと狭いかなぁ。」

「あ~今日はデリカでしたっけ。僕行きます?それともジムニー使います?」

「スマンけど、ユウキのジムニー借りてくわ~。代わりに酒とツマミはどっさり持ってきてるから、期待しとけよ?」

「それは楽しみだな!」「ですね!」

「今日はミサゴも出てましたけど、流石にKTメインで動きますよね?」

「まぁミサゴだしね。」「どっかそこいらの鉄塔に巣でも作ってるんだろう。それよりハチクマ、サシバ出るかもしれないから気をつけろよ。特にハチクマ。」

「あー、そうですね。けどっ「クマタカ出たからとりあえず今回の仕事は上々だろう。秋冬でねぐら探しにシフトするんじゃないかね?風発の事前調査だし。」ですね。…とりあえずシャワー浴びたいです。」

「おう。」

「だね。初日からあーだこーだ言ってもしょうがない。とっとと風呂済ませて飯行こうか~。」

「あっ荷物積み替えは、「明日のミーティング後で良いわ。すぐ詰めるよう片付けだけしといて。」了解。」


 卓上に出していた荷物を片付け、銘々に着替えを持ち管理棟のシャワー室に向かう。田舎のキャンプ場ではあるが、温水のシャワーが使えるのは有難い。もっとも、土ぼこりに汗まみれででは冷水の方がありがたいのだが。


「10分200円か…」

 管理棟脇のシャワー室前でつぶやく。意外に気温が下がったところを思うに、避暑地としては中々過ごしやすいかもしれない。まぁ釣りする場所も無さそうだから、避暑だけに来るには不便さが勝つか。街灯も殆どないから星を見にくるには良いのか?などと考えていると


<ガサッ、ザッ…>


「(獣か?臭いもしないし、イノシシは居ないと思うけど…?)」


 ビクつきながら振り向くと、白髪の作業着を着た老人が管理棟の脇からこちらへ歩いてきていた。


「(ですよね。驚いたぁ。)…今晩は!お世話になってます。グループで来てます倉上です。」


 声を掛けると老人もこちらに気づいたようで話しかけてくる。


「あー東さんが受付した4人組のね。坊主、今日は暑かっただろう?」

「はい。河原でウロウロしていたんですけど、木陰一つなくて地獄でしたよ。」

「あー?…すまんなぁもう年で目が悪くて。それで川というと村内のあの川かい?それはお疲れ様。他の人も一緒に?」

「いえ(流された…)、3人とも別の場所で何か面白いもん居ないかなぁってウロウロしてました。」


 仕事の都合上、あまりべらべらと内情は話せない。このため、部外者と話す際は当たり障りのない内容だけを話すのが鉄則である。また、ついでにと何か情報が得られればと愛想はよく話をする。


「そうかぁ。まぁ昔はクマも出たんだけどね「ウェ⁉クマぁ⁉クマ出るんですか⁉」」


 予想外の話に声が裏返る。つい言葉を遮ってしまったが、特に不快にさせなかったようで管理人の爺さんは話を続ける。


「いや何十年前か隣の市がデッカイ道路を作っただろう?」

「はい。40分位走ったところの片側2車線あるあの…」

「そうそう。あれが出来て位からどういう理由か、T村周辺にはクマは居らんくなったみたいでね。精々、鹿か猪位しか出なくなったよ。」


 どうやら、緑の回廊(野生生物の移動経路)が物理的に棲息地ごと分断、断絶されたことで、分布域から外れたという話のようである。


「へー。そうだったんですね。最近の話かと思ってかなり焦りました。」

「そらぁ悪かったな。晩御飯の準備はしてあるから、食べるときは声を掛けてくれ。」

「分かりました。他の二人にも…あっ東さんはコンビニまで出てるんで、遅くなると思います。」

「あー、聞いてる聞いてる。シャワーはお金入れるところ壊れてるから、そのまま使えるからな。」

「了解です。他の人にも伝えておきます。ありがとうございます。」

「じゃあまた後程伺います。」


 管理人が離れると、再び足音が聞こえる。振り向くと着替えを携えた先輩がこちらに歩いてくる。


「おー早いなー。さっきの管理人さん?」

「みたいですね。飯食う前に管理棟にいるから声かけてくれだそうです。あとシャワーは精算機壊れて無料で使えるみたいですよ。」

「おう了解。パパっと済ませて飯にしようか。」

「そうですね。あーあとどうもこの地域はあのT市の県道出来るまではクマが居たって話です。」


 ついでに伝え忘れる前にと情報共有を行う。


「なるほどねー。まぁ地方的には一応出ても可笑しくないから、鈴(クマ除け)だけは忘れるなよ。」

「一応準備はしときます。…って!多分管理人の爺ちゃんに男と間違われました…。」

「はっ!そらそんな短い髪して焼けてりゃな!せめて野猿みたいな行動を慎めば、こう…にじみ出るもんが女っぽさが出てくるかもしれねぇが…いや。うん。」

「髪はあれですよ…バイク乗るときに不便なんで…というか野猿って酷いっすね~?そんな変なことやって無いですよ…。」

「いや…サルだろ。田舎育ちの子ザル。お前、未だに木登りして視野確認とかしてるだろ…。」

「そ、それは…学生の時だけですよ!流石にもうやってませんって!」

「ホントかよ…でもお前、行きの道の駅で手すりの上登ってなかったか…?」

「そ…それは景色が良かったんで…」

「はぁ~。もう良い…風呂行っちまえ。シャワー男女別だろ?俺先行くわ…。」

「ちょっと!先輩待ってくださいよ!…あぁ…まぁ良いか。」


 シャワーを室を出る頃には完全に日は落ち、アオバズクとシカの鳴き声が聞こえてくる。雲一つない夜空に明日も暑くなりそうだなぁなどと思いながら調査初日の夜は過ぎていった。

 


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