そして調査は終わる
「なるほど…それで倉上さんが一人で問題の写真の場所に入った訳ですね。ちなみにあの廃神社の道は、現地入るまでは知らなかったってことで良いですね?」
「はい。そうでなくちゃ、懸垂降下で谷に降りるなんてやって無いですよ…」
「分かりました。それじゃあ、ちょっと鑑識の方に確認してきますので、ここで待っていてください。動かないでくださいね?」
「あー了解です。山下さん達と纏まってれば良いですか?」
「そうですね。大体理解出来ましたので、大丈夫かと思います。ひょっとしたらもう一度別のものがお聞きするかもしれませんので、その際はまたご協力ください。」
「分かりました…」
聞き取りをおこなった警官が離れると、ヨロヨロとマシタさん達の下へ移動する。
「マシタさんそっちは終わりました?」
「お~。長かったなぁ~。」
「私はそんなに掛かりませんでしたね。どちらかと言えば、発注者さんの方に話を聞く必要があるみたいで、念入りに鍵の入手について聞かれました。まぁそちらは後日話を聞くみたいですね。」
「僕も大したことは聞かれなかったですね。」
「俺怒られちゃったよぉ。雷がバンバン落ちてきた段階で救助要請するべきじゃなかったのかってさ。」
「それ僕も言われましたね。ただ、専門家の判断で天候回復してから下山予定ってのと、遅くとも正午過ぎには通報する予定だったてのであっさり終わりました。」
「まぁ最悪アンカーボルトも投げて貰ってたから、時間掛ければ落ちたザイル使ってなんとか登れてはいたからねぇ。」
「あー。そんなもんまで持ち込んでたんですね。」
「そらねぇ。降下するにしても、途中でアンカー打ち込んで経路を確保することもあるかも知れないしねぇ。使わなかったけど…」
「まさかの管理道有りでしたからね。」
「こんなこともありますよ…良い経験になったと言うことで…。」
肩を落としながら話を続ける4人に先ほど聞き取りを行った警官が話しかける。
「皆さん、お待たせ致しました。確認の方取れましたので、本日はもう帰って頂いて構いません。」
朝イチでコテージまでパトカー2台が乗りつけ、何事だと朝食も取らずにそのまま現場に移動することになったため、空腹を通り超して疲労感が酷い。
「あー。宿までは送って頂けるんですかね?」
「あっ…そうですね。外と連絡がつかないので…ちょっと待ってくださいね。」
そこまで言うと再び現場検証をしている集団へ向かい警官は走り出した。
「こりゃあ朝飯は大分遅くなりそうですね…。」
「今11時ですね。送ってもらうにしてもコンビニに途中寄ってもらいましょうか。」
「俺飴玉あるから、それ舐めてたらぁ~?皆さんもどうぞ~。」
「飴いただきます。」「すみません。」「ありがとうございます。」
飴玉を口に放り込み、無言で飢えを凌いでいると再び警官が戻ってくる。
「すみません。お待たせして、ちょっと狭いですけど、帰りは1台でお送りさせていただきます。」
「あ~大丈夫です。申し訳ないですが、途中コンビニに寄って頂いて構わないですか…?我々、朝食を取りそびれてまして…」
「それは、気が回らなくて申し訳ない。…本当はいけないんですが、あそこの店なら大丈夫でしょう…。」
「あの~。あの骨はやはり?」
「そうですね。発注者さんと調査事体どうするのか相談する必要がありますので、伺ってもよろしいですか?」
「えーと、お仕事の方中断する可能性があるってことですよね…ここだけの話ですよ?人骨で間違いないそうです。白骨化が些か早いですが、遺留品に付着した血液の状況から1年以内のもので間違い無いそうです。」
「と言うことはやはり行方不明の?」
「とは思いますが、詳細は鑑定の方が終わってからになります。ご家族の方には警察の方から改めて連絡しますので、出来れば胸の内留めておいて欲しいのですが…無理ですよね。朝に直接伺ってますし。なので、必要以上に話はしないようお願いします。」
「あーまだ確実性が無いってことですね。了解です。多分柴田さんも気になっているでしょうから、比較的新しい骨ではあるが、詳細は鑑識の鑑定待ちで連絡を待つようにって程度で納めておきます。」
「それでお願いします。あ、上の絡まったロープですが、こちらの確認が入るまでそのままにして欲しいんですよ。」
「えーと、回収したいのですけど…」
「ウチの方で回収しますので、後日ご連絡させていただきます。」
「はい…分かりました。」
「では、行きましょう。」
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コンビニで買ったふかふかのクリームパンを齧りながら、管理人の柴田さんとケイコさんが送迎した警官と話をしている所をボーっと眺める。正直不謹慎だなぁとは思うも、パトカーの中でパンを齧るわけにもいかず、車を降りた瞬間齧りついたのだが、到着するなりすぐに飛び出し警官に詰め寄る柴田さんとケイコさんの姿に立ち去るわけにもいかず、考えあぐねて租借を続けている形だ。
「これは…こっちから伝える手間は省けたけど…んぐ。どうしたもんかねぇ。」
「ええ、不謹慎ですが、間違いがないのならば、見つかっただけでも良かったですから…っと流石に残りは後で食べましょうか…。こちらへいらっしゃいますよ。」
「ちょ…まだ食べ…」
慌てて口の中にパンを押し込んでいると、目元を赤くはらしたケイコさんが走ってくるなり、マシタさんに向け頭を下げる。
「本当に…本当にありがとうございました。」
「いえ、希望を潰すような事態にしてしまい、申し訳ありません。ただ、どうしてもこういうことですと、…見つからないといつまでも未練が残って、何年も引き摺ってしまいますので、今回見つけることが出来たのは幸いとしか言えません。…お辛いかもしれませんが、どうか…気を強くもってください。…ネットで騒がれたりしていましたから、気分は悪いでしょうが不要な疑いも晴れますでしょうし、養生してください。」
「(おー。真面目なマシタさんだ…珍しい。口にパンくずついてるけど。)」
「はい。山下さんになんてお礼を言ったら良いか…」
「(アレ?僕は?)」
「とんでもないです。礼を求めて見つけたわけではないので、お気になさらず。それにまだ鑑定の結果を待たないと分かりませんし…」
「そうですね…。はい。祖父共々非常に感謝しておりますので、せめて今晩の夕飯位はしっかりしたものを用意させていただきますね。昨日はお取りにならなかったようですし。それでは失礼します。」
きれいなお辞儀をするとケイコさんは管理棟に戻っていった。
「んく。なんかマシタさんだけで、他は目に入ってませんでしたね。」
「…まぁそんなこともありますよ。」
「とりあえず、コテージ戻りましょうか。情報共有もしないと。」
「そうだなぁ。流石にパン1個じゃあ腹が減った。」
「ですね。」
「行きましょうか…。」
もはや空腹で何も考えられなくなりフワフワとした足取りでコテージへと向かった。
この後、協議のために西田さんが発注者の下へ向かい一時待機となるも、最終的に、コテージに居らず不在だった先輩と師匠の二人が、定点回りを偶々うろついていたからと宣いながら提出したデータを3日目調査の結果として扱い、翌日に撤収することなった。
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調査終了から1か月後、西田さんより業務が報告まで終わりひと段落がついたので…ということで、T村調査に参加した師匠、先輩、私、マシタさんはK県の若干寂れた寺に集合していた。
「お疲れ様です。先輩はちょっとぶりですね。」
「おう、先週あったばっかだからな!お前も電車でくれば良かったものを…」
「本当にバイクできたのなぁ。」
「節約ですよ節約!燃費が良いんで!新幹線なんて使うより安いんですよ!まぁ…流石にこいつは中型車なんで、お尻が痛いです…」
「それ250か?」
「ええ。今は不人気みたいで、安かったんですよ。速度はそんな出ないですけど、燃費は40超えるんですよ!まぁレトロな見た目で選びましたけどね。」
「ほー。そらぁ大したもんだなぁ。」
「尻が痛いなんて鍛え方が足りないんじゃない~?ほら約束した山!付き合ってもらうよ~?」
「うわ…忘れてました…」
顔なじみ3人と談笑していると、門からここ一年で濃い経験を共にした2名が歩いてくる。
「皆さんご無沙汰してます。」
「お久しぶりです。西田さん。東さんも元気そうですね」
「どうもお久しぶりです。」
「どうです?その後皆さんは…」
「ええ、幸い変な影響も出ずに相変わらず色々と声はかけていただいてます。」
「特に変わりなく。」
平均年齢高めの3人が談笑している脇で東さんに話かける。
「お久しぶりです。今日はスーツなんですね…カーゴパンツで来たのは不味かったすですかね…。」
「東くん久しぶりだねぇ~。大丈夫じゃない?俺なんて短パンだよ?」
「どうでしょう?僕は西田さんに合わせただけで、これってリクルートスーツですし、そんなに気にしなくても良いんじゃあないですかね?」
「やーT村の件は本当にお疲れ様でした。報告も無事終わったそうで…」
「ええ、発注者さんも役所の方に説明が終わって、ヒアリングも始まったそうなんですが…何と言うか…」
不思議な表情をする東さんの様子に首を傾げていると、へらへらとした表情のマシタさんが言葉を繋げる。
「あ~。順調に行き過ぎちゃってるんでしょ~?聞いたよ。人食いタカなんて気にせず風車でもなんでも立てちまえ!って騒いでる人が居るんでしょ~?」
「あれ?マシタさんはご存じでしたか?」
「うんうん。ケイコちゃんから聞いたしね~。」
「ケイコちゃん?…ってT村の柴田さんのところの?なんでまた…。」
「あ~あの後、ちょくちょく電話が来るようになってね~。あそこって若い人が少ないからって、相談とか乗るようになってね。ほら葬儀とか色々ネット関係でもあわただしかったでしょ?それでちょっとね~。」
「「「「はぁ~⁉」」」」」
マシタさんの言葉に、隣にいた年長組も驚きの声を上げる。
「あの人、人妻でしょ⁉」
「いやぁシングルマザーだったらしいよ~。まぁまぁ良いじゃないか~。東くん続けてよ~。」
「いや、え…?」
言葉に窮する東さんと呆れ顔の4名は顔を見合わせ溜息を着く。
「まぁ良いですけど…その山下さんの言う通り工事には肯定的な意見が多いみたいで、発注者さんもご機嫌で、別の現場の紹介もしてもらえそうでして…。まとめると多分順調なんだと思います。」
「今年はT村の依頼無かったけど、どうなんだ?」
「あーそれについては私から、どうもですね…現場検証やらが長引いたみたいでして、営巣木は放棄しちゃったみたいです。下手したら縄張りも放棄しているかもしれませんね。それで調査計画が狂ってしまいまして、形式としては違いますが、事前調査のやり直しを現在計画中という所ですね…。」
「うわぁ…放棄ですか…。この場合って調査の影響で縄張り放棄しちゃったことになるんですかね…?」
「微妙な所ですね…幸いなことに地域住民の感情的には、開発に傾きましたので…調査としては失敗でも、アセスメント事体は成功してしまったので、ウチの会社としては黒歴史にはなりそうです。」
開発計画を進める上で配慮すべき指標種たるクマタカは、巡り巡って調査の影響で縄張りを放棄。このため棲息地を追われ調査としては失敗。また、開発の方向性も配慮すべき種が開発区域から去ってしまったため、ハードル自体がおそらく下がる。しかし…。
「あー…そうか…クマタカの棲息地の保全って方向性でやってたんですよね…。」
「発注者さん的には、開発難易度は下がり、地元住民の理解も得られ、嬉しい結果なんでしょうがね。避けようが無かったとはいえ、調査の結果、第三者が立ち入りクマタカを追い出してしまったというのは、今後の仕事への影響を考えると中々痛いですよ…。」
肩を落とす西田さんに対して、師匠が慰めるように口を開く。
「まぁ、今回はどうしようもないさ。去年はハチクマやらサシバは出たんだから、今年はそっちを注視すれば何とかなるだろう。幸い、発注者さんは好感触なんだろ?今後の調査でなんとか巻き返せるさぁ!それに今回は、誘拐犯がクマタカだったわけだから…これがヒグマだったら間違いなく殺処分だ。自然との共生、持続可能な社会云々を考えると、あの地域にクマタカが居つくのはあまり健全な状態ではなかったかも知れないぞ…。現場検証が長引いたってことは、何か出たんだろう?」
渋い顔をしながら西田さんが口を開く。
「やっぱり気付きますよね…あの谷を調べたらかなり出たらしいです。身元不明の骨が。」
「あ~。それも村で噂になってるみたいですね~。」
「やっぱり…」「ですか…」「マジですか…」「マジか…」「うわぁ…」
「誰か口が軽い人が居たみたいで、小さい村だからねぇ…ネットで都市伝説になってるみたいだよ~。ネット社会って怖いですね~。」
「登山系掲示板で玩具にされてるYさんだと言葉の重みが違いますね…」
「そうだろう~。」
何故か自慢気に答えるマシタさんに一同苦笑いをする。
「ネットでそこまで広がってるとは思わなかったですね…。ひょっとしたら大火傷は避けられるかもしれませんね…。そう言えば山下さんはあの廃村の神社のこと聞きましたか?」
「え~?確か…あの周辺一帯は水害が多くて、蛇穴も多いから竜神を祭った神社が沢山あるって聞きましたねぇ~。」
「蛇穴?」
「そう。蛇穴。洞窟のこと。よく竜のねぐらとか信じられてたらしいよ~?竜は水神様だからって水害と関連してお祭りしたんじゃないかなぁ~。」
「なるほど…てことは風音が聞こえたT村の神社も…?」
「そそ。あれも水神祭った神社らしいよ。奥に洞窟があるんだってさ。今度一緒に入るかぁ?」
「それは…ちょっと気になりますね…。って…ケイコさん情報ですよね?それ僕引き連れていって怒られません…?」
「だいじょうーぶ!倉上くん男と思ってから!」
「えぇー…。僕、女子シャワー室使ってたのに…。」
「あ~それ、何か怒ってたよぉ~?」
「はぁ⁉」
「くっ…。おう…。」「倉上さん…」「ぷっ…。マジか…笑える…。」「⁉」
師匠と西田さんは哀れなものを見るような顔でこちらを見つめ、先輩に至っては隠しもせず腹を押さえている。そして何故か東さんは、口を大きく開きこちらを見つめてくる。解せない…。
「あれ…?ってことは冬調査の時、チェックインで妙な雰囲気で宿帳を見ていたのは…」
「覗きか何かで隠しカメラ仕掛けられるかも…って疑ってたみたいだよぉ~。」
「はぁ⁉」
「「っ…‼」」「「ぷっ…」」
マシタさんの言葉に師匠と先輩が同時に崩れ落ち、西田さんと東さんも噴き出す。
あんまりな事体に顔を引きつらせていると、マシタさんが続ける。
「大丈ぉ~夫!説明しといたからぁ!」
「マシタさん…!(やっぱりこの人は…)」
地獄に仏、闇夜に提灯…付き合いの長さから私のことを思ってフォローをして
「Xジェンダーって言っといたから「ちょっとぉぉーーーー!!」ぁ~!」
やはり地獄に仏は居なかったようである。そして、なんとか耐えていた西田さんと東さんが同時に崩れ落ちた。
「そういえば、「マシタさん⁉」西田さん?廃神「無視っすか⁉」…倉上くん煩いよ?真面目に聞いてるんだからさ。「えぇ⁉」えっと、西田さん例の神社で何かあったんですか~?」
ぞんざいな扱いに肩を落とし、バトンを返された西田さんを見やると、ヨロヨロと立ち上がりながら口を開く。
「し…失礼しました。えっと…どうも例の神社なんですけど、戦前に多発した神隠し騒動が巡り巡ってで天狗騒動に発展したそうで、天狗の怒りを鎮めって名目であの洞窟奥にお社を建立したそうですよ…。くっ…。地元では天狗神社って呼ばれていたとか。ふぅ…。まぁ廃村なので、知ってる人はほとんどいないでしょうが。」
むりやり真面目な表情を作り、西田さんが続ける。
「まぁ案外に地元の伝承の中に今回の騒動のヒントはあったわけですよ。まぁそんな話は置いといてですね…、来月には次の契約が決まりそうなので、皆さんまた日程で相談させていただきたいので、よろしくお願いしますね。さて、いい加減、中に行きましょうか。一応ここの住職が私の大学時代の友人でして~…」
仕事の話はこれで仕舞いだと寺の敷地へと向かう西田さんを、なんとか持ち直した4名+1名も慌てて追いかけた。
こうして、ドタバタと人骨騒動から始まり誘拐事件、スリップ騒動極めつけは遺体発見に遭難もどきと…季節毎に問題が発生したT村調査はなんとか終結した。
その後、身元不明とされた骨は、営巣木のあった谷で見つかった骨と合わせ、天狗神社で供養が行われた。そしてこれがネットへとリークされてしまい、天狗神社は怖いもの見たさに訪れる人間が増え、廃神社と廃村は観光地に、T村もまた天狗被害のあったパワースポット(?)兼美人過ぎる管理人がいるキャンプ場がある村として有名になり、一時的な人口増加がみられた。なお私たちの間では、T村でおこった一連の騒動は、廃神社の逸話に因んで、天狗と竜の神隠し事件として酒宴のネタとして数十年程語ることとなった。