脱出と進展
「まだ風がキツイなぁ。」
「まぁあの二人なら大丈夫でしょう。」
「え、あの…結構ヤバい状況じゃないですか…?」
汗と泥でぐちゃぐちゃになり、やっとの思いで車に戻るも、携帯は当然のように圏外、無線機にも応答がないため、顔を青くしてコテージに戻ると、酒のつまみだろうか、お菓子を齧る田辺さんと滝本さんが居た。こちらの状況とのギャップに絶句しつつも、不在の二人について説明を行おうとすると、何故かお茶を進められ、気持ち落ち着きを取り戻して今に至っている。
「と、とにかく、西田さんに連絡をしないと…!」
「いや、西田さんもうそろそろコッチ着くだろう?それより谷下の状況はどうだったの?一応、順調そうだってことは分ってたんだけど、途中から無線が聞こえなくなったから、定刻に俺たちは引き上げたんだよね。」
「そうそう~。西田のオッちゃんもぼちぼち着くだろうし。」
「え…いや、これって緊急事態ですよ⁉そんな悠長なこと言ってて!」
「いや、ね。山下のヤツは資格やら取ってるけど、大学時代から碌すっぽ働きもせず遊んでばっかのやつでな。遭難騒ぎも結構あったんだよ。んで、いい加減救助を要請しようで話が進むとふらふらーって帰ってくるんだよな。」
「いや、でも…」
「まぁ待てって。んで本人の話を聞けば、救助要請したら確実に助かるから、とりあえず長期戦覚悟で行こうって、フラフラとその辺を探索し始めると…どういうわけか、窮地を打開するルートなんかを見つけてしまい、あっさり生還。…それが年4~5回。」
「はぁっ?マジですか?」
目上の人間ばかりのこの業界、下請けとはいえ、雇い入れている調査員には敬語を使うよう指導されていたが、思わず地が出る。
「そうそう。海外遠征でも似たようなことあったて聞いたなぁ。救助隊のミーティングに交じって、詳細を聞いてけば、遭難者はお前だ…ってオチ。」
理解が出来ない事柄もさも笑い話のようにする調査員を見て絶句する。
「倉上も倉上で…妙に体が頑丈?いや柔らかいのか?…木から落ちたり崖から落ちたり建屋もあったな。あーあとは雪で滑って尾根沿いに数十メートル滑落したこともあったんだけど…器用に木の枝やら岩やらに飛び移って擦り傷一つなし。あれを見たときは猿だと思ったよ…。」
本日の踏査メンバーに指名されえた際、困った顔をしていた倉上さんもどうも可笑しい経験をしているようで言葉を紡ぐことができない。
「あーでも、一度渓流釣りで滑って、足の骨折ってたな。あいつ良くコケたり滑ったりするからなぁ。まぁ片足で崖よじ登ってバイク運転して帰ってきたらしいんだけどねぇ。」
「そうそう。松葉杖なんてついてたからびっくりしたよ。それでも完治するまで普通に杖ついてバイクで出掛けるわ、大学の講義も普通に受けてたって話だから笑っちまうよ。…あー、と言うわけで、あの二人はまず間違いなく帰ってきます。案外、今も雨足が弱まったタイミングで谷底を探索してるかもしれないですよ?一緒に野宿するの久々ですね!とか言って。」
続けられる会話に絶句する。どうも倉上さんも頭のネジがどこかに吹き飛んでいるようで、こちらも心配が要らない気がしてくる。少し冷静(?)になった頭で、聞いたばかりのエピソードを思い返すも、どうにも二人の気軽な物言いが、大げさに言ってるわけではなく、本気で笑い話として紹介しているように思えてくる。
「あーそれはやってそうだなぁ。それに山下からは明日の正午まで待てとは言われたんですよね?なら、自力で下山してきますよ。その辺はちゃんと考えているので。なので、こちらは行き違いにならないように、阿呆二人が無線機でコンタクト取ろうとしたときにこちらが対応出来るようにしておけば大丈夫です。まぁ明日は、仮に正午までに戻れないようであれば、降下地点向かって、絡まったって言うザイルを回収して谷底に落としてやるか、追加の食料でも谷底向かってお供えしてやれば死にはしないでしょう。」
「なるほど…つまり本当に心配はない感じなんですね…。分かりました。」
「おう。」「大丈夫だろ。」
「はぁ。それじゃあ現地踏査の方ですがって、そうだ!例の行方不明の子供!管理人さんのひ孫さんらしき骨が営巣木下で見つかったって話です!」
「はぁ⁉」「それを先に言えよ!」
「す、すみません。お二人が取り残されたことで頭が一杯で…!」
「あー。それはな…。」
「まぁ知らんかったらそうなるよなぁ。東君は写真か何かは預かってるんかぁ?」
「いえ、墜落したドローンの引き上げ終わったらそのまま落雷で退避してしまったので…」
「あー。じゃあどっちにしろ山下達と合流してからだなぁ…西田さんに口頭で伝えれば良いよ。あの人帰ってきてから、懸垂降下した後の状況報告して、それから判断した方が良いよ。これで、やっぱり動物の骨でしたってなると、流石に発注者への心象悪いでしょう?管理人のオッちゃんにも話しちゃ駄目だよ?間違いだったら大事になる。」
「それが良いだろう。とりあえず、無事終了とは行ってないけど、天候急変で調査員は谷下で一泊、天候の回復をもって下山予定で、野宿に必要なものは現地持ち込み済みだから緊急性は今のところ無いで良いだろう。あいつら変に勘が良いから何か持ち込んでたんじゃないか?」
滝本さんの言葉に重さはそこそこでもやたらと固い荷物を投げたことを思い出す。
「そう言えば、緊急時用の装備を投げてくれって言われましたね…。黄色い防水バックとザックでしたけど、確かに中身が詰まってそうな感じでした…。」
「あー、結構色々詰め込んでるかもな…滝本はどう思う?」
「テントは無いだろけど、寝袋替わりになるものやら合羽や着替え、食料は入ってたんじゃない?無駄にサバイバルグッズが好きだからな…カメラ買うとか言ってたけど、この前新しく軍用の払い下げ品の装備買ったとか聞いたぞ…小さくなるヤツ。」
「えーと。ということは?」
「下手したら2,3日放置しても大丈夫じゃないかなぁ。」
「マジっすか…?」
「マジっす。」「多分ねー。」
「倉上さんとか小柄で細身だし…なんて言うかひ弱そうじゃないですか…」
「いや、サルだよ。あいつは。電柱とか普通に登ってたぞ。」
「子ザルだなぁ。俺は子供の時、鉄塔に登ったとか聞いたぞ…て東さん、その恰好は流石に冷えるでしょう?とりあえずシャワー浴びてきなよ。その後飯食ったら西田さんも戻ってくるでしょう。」
「っ。そうですね。とりあえず、シャワー浴びて着替えてきます…。」
調査員の2人に声を掛け退席すると、着替えを取り出した足でフラフラと管理棟を目指した。
なお、泥と汗を洗い流しコテージに戻れば、まさかの人物との再会に絶句することとなる。
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シャワーを浴び、コテージに戻ると見慣れた商用車が駐車されてるのに気づく。遭難もどきの件について、改めて気が重くなり、扉に近づくと中から賑やかに談笑する声が聞こえる。これは何かがおかしいと気付き扉に伸ばした手を止めると、数時間前に聞いた声が聞こえた。
「いやぁまさかあんなに簡単にアクセスできるとはぁ~…」
「(!?)」
居るはずのない人間の声に驚き衝動的に扉を開けると谷底に居るはずの山下さんに倉上さんが西田さん達3人と談笑していた。理解不能に絶句していると倉上さんが口を開いた。
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西田さんと共にコテージに戻り、師匠と先輩に事の次第を報告していると、唐突に開かれた入り口の扉に驚き、一瞬会話が途切れる。振り返ると限界まで目を広げ固まっている東さんであった。
「あー!良かった!ジムニー戻ってるのは分ってましたけど、東さん無事戻れたんですね!」
「いや、え⁉」
なんだかんだで、雷雨の中単独で下山させてしまったため、心配していた東さんの姿に安堵していると、マシタさんが少し悪い顔をして口を開いた。
「いやぁ~。大冒険だったね~。大変だったてでしょ?一人での下山体験は!中々体験できないレクリエーションになったかな?」
「はい⁉」
裏返った声の東さんの様子に笑いをこらえると、西田さんが悪い顔をしながら言葉を繋げた。
「いやぁ東君は良くやってくれてますよ。期待の新人ですね。」
「面白い顔してるなぁ看板でも出すか?大成功~とか書いて写真残しとくか?」
「お前ら、それじゃあ状況が分らんわぁ。東くん?どっきりじゃないからなぁ。まぁ座りなって。」
滝本さんが乗っかり、田辺さんが軌道修正して東さんを輪の中へ引きこむと、言われるがままに魂が抜けたようなフラフラした足取りで椅子に座る東さんを見て流石に気の毒になっていると、同じ気持ちになったであろう西田さんが缶コーヒー片手に話かける。
「まぁ、コーヒーでも飲みなよ。帰りがけに買ってきたから。」
東さんは缶コーヒーに口をつけ、震える手でそれを机に置くと、溜息と共に椅子に凭れ掛かり口を開いた。
「はぁぁぁぁー。お二人とも無事だったんですね…というか、西田さんと一緒にい居るんですか…?」
「あー。それはですね…。東さんと別れたあと暫くは倒木のウロに退避していたんですけど…雨足が弱まって降下地点に戻ったんですよ。それで脱出の段取りをつけようとしていたら、どうも脱出用のザイルが落雷か何かで木が倒れたみたいで土台の木ごと谷底に落ちてまして…「ええっ⁉」、驚きますよねっ?根っこから綺麗に倒れて落ちてましたよ。燃えた形跡もあったんで、多分落雷だと思います。それで、最初は焦ったんですけど逆にテンションが上がっちゃいまして…」
「そそ、それでどうしようもないし、レスキュー待ちだなってなってねぇ。どうせなら谷底を探索しようぜ!どっかに洞窟もありそうだし!ってことで探検しちゃって洞窟を見つけたわけよ。」
マシタさんが言葉を繋げ、洞窟内でのやり取りを思い出す。
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「だいじょうーぶ。どうせ昼には救助来るし!途中目印してきたから!それにザイル一本で自力で上がれるから日が明けてから無線で呼びかければね…ってねぇ倉上くん。俺目がおかしいかもしれない…あれ見える?」
「なんですか?」
意気揚々と先を進むマシタさんが立ち止まり、ヘッドライトが照らした先を見ると…小さな木製のお社があった。
「すごく…人工物です。」
「そうだな。」
「すごく…小さなお社です。」
「やっぱり?」
「…あー。抜け道あったぽいですね。というか、なんか結構整備されてません?」
お社の奥を覗くと手彫りではあるが、天然とは思えない小さなアーチ状の通路が見える。踏んだり蹴ったりな状況で遭難し、救助が来るので生還は確実、破れかぶれでヤケになって未知なる洞窟を探検してみよう!と意気込んでいた気持ちは雲散した。社は比較的新しく、湿潤な洞窟内にも関わらず、扉の細工から見える鏡は錆どころかカビ一つついておらず、何ならば見慣れたA4のキャンパスノートにはつい数日前の清掃記録まで記入されている。お疲れ様です。どうみても、管理が行き届いた神社のご本尊です。
「さぁ!コテージに帰ろうか!」
「えー。そうですね。なんか、逆に東さんに申し訳なくなってきました。あの人無事下山出来たんですかね…。」
「もう19時回ってるよ!大丈夫!今頃酒でも飲んでらぁ!」
「急にヤケクソになりましたね~。」
「だってこんな追い詰められて、このオチだよ?」
「まぁそうなんですが、っと、スイッチありますね…ライトでも付きま…したね。わぁ~明るい~昼みたい~。エレキテルって凄いね~兄ちゃん~。」
「もう、観光地じゃないか!弟よ!。とっとと帰ろうかぁ。」
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良く整備された、電灯まで付いた洞窟いや、地下遊歩道を歩く。10分程歩けば手彫りの通路は無くなり洞窟らしさが醸し出されるも、やはり周囲を探せば…
「あ、マシタさんありましたよ。」
「おう付けろ付けろ!とっとと出るぞ!」
すぐに電灯のスイッチが見つかり、最終的に1時間ほど踏査し続けると木製の扉に辿り着いた。
「…あ、流石に鍵掛かってますね」
「蹴破るしか無いんじゃない?ほら緊急時だし、遭難中だよ?一応。」
「一応、扉開ける前に呼びかけてみますか?」
頷くマシタさんを横目に息を吸い込む。
「っ!」
まさに声を上げようとした瞬間、木戸の隙間から光が漏れる。
「誰かいらっしゃいますぁ~?」
「居ます!ここです!扉の鍵開けてくだ…ってあれ?」
「すぐ開けますね!…と鍵は…これでよし。開けますね。」
扉が開き、そこに現れたのは眼鏡をかけたインテリアウトドア系サラリーマンの西田さんであった。マシタさんも声の主に気づいたようで苦笑いしながら声を掛ける。
「お疲れ様です。半日ぶりですねぇ。」
「はい。お疲れ様です。どうしてこんな所に?」
「いやぁ目的地の谷底で、ザイルが使えなくなって取り残されちゃいまして…雷でザイルごと起点の木が谷底に真っ逆さまで…あ、東くんは先に下山させたので、今頃コテージに戻ってるハズです。緊急連絡は明日の昼まで待てって伝えているので、救助要請とかはしてないと思います。西田さんはどうしてここに…?」
「いえね、私も打合せで初めて聞いたんですけど、どうも隣の廃村に変わった神社があるって聞きまして、それこそ洞窟を抜けた先にご神体が置いてあって、どうもそこが外部からアクセスできない谷があるらしいって話で…そんな地形地図にはないじゃないかって、噂の出元を確認しようとしたらですね。…例の踏査しろって指示出した先方の上役の親戚が神社を管理してたって話で…そこからとんとん拍子で、移動して…まぁドローンが墜落したこともあったので、急いで鍵を入手して今に至るわけです。いやぁ、こちらの情報収集不足です。申し訳ない。」
「うわぁ」「それは…」
灯台下暗しとはまさにこのこと、発注者側が調査の胆となる営巣木のアクセスルートを握っていた形になる。
「ちなみに営巣木は…?」
「あー…それはバッチリあのアカマツって!そうだ!骨!人骨と服を見つけたんですよ‼」
「はぁ⁉」
「写真だけは記録してきたんで、確認を…えっとコレですね…」
「うわぁ…これ手前はサルですよね?っとなると、それっポイですね。」
「ええ、服の生地も分かりにくいですけど、ピンク色なので…」
「とりあえず、ここは何故か携帯が使えるので、宿に連絡入れましょう。先走って警察に通報とかされたら大事です。」
「いや、骨見つかっただけでもう大事ですよ。警察への連絡はどうします?」
「先に発注者さんに連絡ですね。写真の方を先に確認して貰って、警察に連絡しないと頭の上でやり取りされるのは不快ですからね。」
「あー。了解です。」
「それじゃあ、ちょっと宿に連絡入れます…。」
——
——
——
「それで、西田さんと合流して、こっちに戻ってこられたって寸法です。」
話を終えると、東さんは未だ信じられないと言った表情である。腹が立つことに師匠は笑い、先輩は呆れ顔でこちらを見ている。
「とにかく、こんなそんな次第で、二人を拾って合流したわけです。いやぁ通報とかしてなくて助かりました。調査で遭難者出したってなると流石に心象が悪かったですからね。」
「まぁ山下が大丈夫って話してたそうなので、俺たちとしては翌日正午までは問題ないかなと思ってたんですよ。最悪適当に餌を投げてやって、ザイルを放り込んでやれば勝手に上がってくるでしょうから。管理人さんづてに合流したって連絡が入ってなぁ。東君大分長風呂だったなだろ?中々戻らなくて心配したよ。」
「あ、僕がシャワー浴びてる最中に連絡があったんですね…。」
「まぁとにかく、山下さん、その筋では有名なそうですからね。仮に脱出路が無くてもどうにかはなってたでしょうね。ネットで出てきましたよ?台湾の雪山でまたYがやらかしたって掲示板に書かれてましたけどあれ、多分山下さんですよね?」
「いやぁお恥ずかしい~。いや、あれは現地でガイド頼んだヤツがルート間違いましてね…。」
「らしいですね。事細かに書かれてました。まぁなんで、何かあっても大丈夫だろうと現場を離れて打合せに行ってたわけですけど、やっぱり上手く行っちゃいましたね。被害らしい、被害と言ったら、疲労困憊の東君が錬成されただけですし。」
「うわ、西田さんハ〇レンとか読んでたんですか?」
「私結構漫画好きなんで。ハ〇レンはDVDまで全巻持ってますよ。あとJ〇J〇とか。」
「意外ですね…。」「確かに…。」「へー。」「確かど〇えもんについて昔語ってたな…。」
「さぁ!話はおしまいにしてご飯にしましょうか!二人を拾ったあとに、慰労を兼ねてコンビニで色々買ってきましたよ!」
「うわぁありがとうございます…あっ、明日以降の調査って?」
「延長でお願いします。多分明日は警察の立会とかあるでしょうし、3人も抜けたら調査にならないと思うんですよ。」
「あー。俺も田辺さんも予定は開けてるから大丈夫だけど、当然宿代は?」
「それは出します。いや、出させます。流石にこんなことになったのは、発注者が情報握ってたのが関係ありますし、そこはちゃんと請求しますから安心してください。」
「了解。」
「さぁ、今日は飲みましょう!」
「あー」(先輩)、「それで…」(師匠)、「はい!」(俺)、「らっき~。」(マシタさん)、「マジですか…」(東さん)
やはり大分ストレスが溜まっていたのか、普段の落ち着いた様子を欠片も見せずに西田さんが立ち上がるの見て、おずおずと机に置かれたビールに手を伸ばす。
「では、一番の被害者ともいえる東君!音頭を!」
「えぇー?えっと、不肖わたくし東が音頭を取らせていただきます…色々ありまして大変でしたが、無事こうして戻ってこられました。明日もバタバタしそうですか…皆さんお疲れ様でした!乾杯~!」
「「「「「乾杯~。」」」」」