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発見そして遭難

 腐臭に囲まれながら立ち尽くしていると、不意に肩を掴まれ、情けなくも叫び声を上げる。


「うわっ!」「俺だ!落ち着け!」


 どうやら、衝撃のあまり、時間が経つのを忘れ、立ち尽くしていたようであった。


「す、すみません。取り乱して茫然としてしまってました。」

「いや、しょうがない。…悪いけど、どれ?」


 マシタさんの言葉に未だ震える腕を上げソレを指さす。


「アレ…です。」

「あー。確かに…そうだなあ。カメラ貸せ、俺の置いてきちゃった。定規もあるんだったら貸してくれ。」


 マシタさんはコンデジを受け取ると、手を合わせ、綺麗な礼をするとその骨に定規を当て大体の大きさを計測すると写真を撮り始める。


「何を測ったんですか…?」

「頭骨の大きさ…乳幼児で生後どの位か分らないけど、大きさでなんとか特定に繋がるだろう。柴田さんとこのお子さんとは限らないけど、現地で取れる情報はとって、通報した方が良い…」

「…なるほど…。」


 言葉を失い、黙々と遺留品の確認をするマシタさんを見つめる。5分程、撮影を続けるとカメラを返される。


「経験あるんですか?こういうの。」

「まぁ海外の雪山とか入るとね。どうしても仏さん見る機会が出てくるんよ。それこそ、下手すりゃ自衛隊派遣して捜索するような日本と違って、回収不可能で現地で放置されてることもあるからな。っと、そんなことはどうでも良いから、戻るぞ。」

「っ。はい。そうですね…。すいません。」

「こっちはこれでもプロだしなぁ。ほら行くぞー。」

「お、俺だってこれで食ってるんですから一応プロですよ!」

「あーそうだなぁ。まぁ、良いから戻るぞ~。…向こうで待ってたら空模様が怪しくなってきたんだよ。」


 頭上を見上げるも、枝に囲まれて空模様は分らない。しかし、生ぬるい風が吹き抜けている気がする。


「そうなんですか?結構晴れてましたよね?」

「うーん。予報だと晴れだったんだけど、空気が嫌な感じなんだよぉ。とっとと登って下山した方が良いと思う…。」

「ちなみにドローンは…?」

「そっちはバッチし!問題なく動いたから先に上げてしまおうか…飛ばすとまた鳥にやられるかもしれないから、ザイルで無理やり引き上げてもらおう。」

「あー。自分のじゃないとは言え、200万が飛んでかなくて良かったです…とりあえず、東さんにも連絡しますか…」

「おっけ。こちら山下です。東くん取れるかい?」

『東です。合流出来たんですね?良かったです。ちょっと天気が怪しくなってきたので、どうしようかと思ってたんですよ…。』

「はいはい。今、降下ポイントに移動中。着いたら俺の方のザイルにドローン結ぶから引き上げてくれる?」

『了解です。』


 ——

 ——

 ——


「こちら山下です。今張ってるザイル分かるかい?」

『えーっと、これですか?今引っ張りました。』

「そうそう。そのまま軽く引っ張てて…そうそう。そのまま。よし、手を放すからゆっくり引き上げてー。重いから休み休みで良いからね。」


 ザイルの先に固定したドローンがゆっくりと引き上げていくのを離れた位置から見上げながら、営巣木の事を思い返す。

 行方不明騒動からすでに半年以上経過しており、遺体は白骨化していた。隣に落ちていたサルの骨が調査時に撮影したサルだとしたら、あの朽ち方も納得である。クマタカは…確かにサルも餌にすると言うし、実際にあの骨はサルなのだろう…成体のサルで体長は5,60センチ。重さは8キロ程度だろうか?…とにかく8キロ前後のサルを襲い、巣まで運ぶことが可能なら、乳幼児などひとたまりも無いだろう…確か、アメリカで巨大なワシが子供を襲ったなんて眉唾な話もあったけど…。そうなると乳幼児はおそらくケイコさんが目を離した隙に、周囲の林で様子を伺っていたクマタカに連れ去られた…フクロウにしろタカにしろ爪は鋭く握力が強いのだから、おそらく襲われた時にはすでに幼児は命を落としているのか…


「…い!おい!倉上!聞いてるか!」

「え?すみません。ぼーっとしてました。」


 考え事をしている間にドローンの引き上げは終わったようで、マシタさんに話しかけられていた。


「しっかりしろよ。これから登るんだから…気を抜いてて落ちても俺は助けられんぞ?ほら、ザイル落とすから木の下まで下がれ。」

「ホントすみません。ちょっと遺体のこと考えてて。すぐに下がります。」

「はぁ。とりあえず帰る事だけ考えよう。東さん。今下がったので、おろしてください。」

『了解です。』


 ——

 ——

 ——


 ザイルが絡まないよう慎重に下ろされている間に天候は悪化し、谷底まで時折突風染みた風が吹き混んでいた。若干の不安はあれど、問題は無いだろうと様子を眺めていると空を覆う雲が一瞬白く光る。


<ゴォォォン‼>


 鼓膜どころか体の芯まで震える轟音が鳴り響く。


「落ちた!」

「これ、近いですよ!ってザイルが!」


 降下中のザイルは崖の中ほどに生えた木に絡まりグチャグチャになっている。


「(落とした…⁉東さんは…?)」


 慌てて無線機のマイクを手に取り発信ボタンを押し込む。


「東さん⁉大丈夫ですか⁉かなり近くに落ちましたが‼」


 発信してからしばらく待つも反応は無い。もしやと思い再びマイクを手に取ろうとすると無線機が音声を受信した。


『東です。僕は大丈夫です!かなり近かったのでロープ落としちゃいました。すみません。』


 溜息をつくと、厳しい顔をしたマシタさんが口を開く。


「雷が怖いね…これはちょっと時間置かないとダメかも…ザイルだけでも先下ろしてもらおうか…マイク貸して…こちら山下です。取れてますか?」

『ハイ。取れてます。』

「ちょっと雷がかなり近かったので、一旦退避した方が良いと思うので、落としたザイルを下ろせるか、確認して貰っていい?木に絡んでる。」

『了解です。ちょっと待ってください。』


 無線機が切れるとザイルが上から張られるのが見えた。しかし、落下中に絡んだのか、ロープに結び目が出来ており、それが枝にかかり上まで引き上げられないようである。


「こちら山下。木に絡んでるから、強めに引いて外れないか見てもらってい…」


<ゴォォォン‼>


 再び聞こえる轟音に言葉が途切れる。音は先ほど同様にかなり近い。


「中止!いったん林内に隠れて!」


 緊張感が支配する中、数秒程返答を待つも反応は遅い。


『すみません!また近くに落ちたので退避してました。』


 反応が返ってきたことで空気が再び弛緩する。


「了解!ちょっと安全な場所で避難してて!」


 マイクを手放したマシタさんは眉間に皺を寄せながら口を開いた。


「やっぱ不味いね…遭難するかも。ちょっと様子見してダメそうだったら緊急用の装備を落としてもらって長期戦覚悟しようか…。」

「最悪ここで野宿ですか…僕も多少は突っ込んできたので大丈夫です…。一眼やら精密機器は置いてきてるし、ザックごと落としてもらえば良いです。ジムニーの鍵は車内ですから…東さんだけでで下山出来ますかね…?」

「最悪下りてもらわないとといけないね…とりあえ落ち着くのを待とうか…。」


 ———

 ———

 ———


 天候は落ち着くどころか悪化を続けている。1時間ほど林内で待機した結果、小雨が降りだしたかと思えば暴風交じりの大雨となり、不定期に雷が落ちるため身動きが取れない。状況を確認しようにも携帯電話は圏外で見通しは不明である。


「長期戦と行こうか…荷物落としてもらって下山してもらおう…雷が止まれば最悪ザイル1組でも登れるしね。まぁそれが今日か明日かは分らないけど。」

「あーこればっかりはしょうがないですね。東さんに連絡しましょう…。救助は頼まなくても大丈夫…ですかね?」

「うーん。迷うな…少なくとも帰還手段が残ってるわけだし、明日の…そうだな正午ごろまで待ってもらおうか。」

「分かりました。連絡しますね。」

「いや、俺がするわ。貸して…東くん?取れますか?」

『~〇。取れてます。』

「うわ、電波状況悪くなってません…?」

「そうだね、一応現在の状況伝えてほしいけどこの雷じゃあ怖いな…こちら山下です。ちょっと天気が回復しないと登るのは難しそうです。長期戦になると思うので、東さんだけ下山してもらって良いですか?どうぞ。」

『えーと、了解です。下りだけなら大丈夫だと思うので…』

「すみませんが、お願いします。俺の荷物に黄色い袋があると思うので、それと倉上のザック。これを崖下に投げてもらって良いですか?緊急用の装備が入ってるんで。あと、青い袋にロープが入ってるんで、下山するときに使ってください。多分来るときに登った段のところが滑ると思うので。」

『荷物の件了解です。今、そっちに落とします。』

「了解です。今は下に居ないので気にせずに投げてください。」


 しばらく待つと、崖上から黄色の防水バックとザックが落ちてくる。最低限の装備はこれで確保できた…。


「荷物確認しました。連絡なんですけど、電波状況が悪いのと天候悪化が酷いので、その場で現状報告だけして、警察への通報に関しては明日の正午まで待ってもらって良いですか?ザイル1本あるんで、雷さえ止めば自力で下山できます。どうぞ。」

『通報の件、了解です。西田さんに報告はするので、ひょっとしたら先に通報が行くかもしれません。』

「了解です。無線の電池節約のために一旦、電源の方落とすようします。毎正時前後10分は電源入れるようしますので、それも共有しておいてください。」

『分かりました…大丈夫ですか…?』

「野宿は慣れてるので大丈夫です。こちらは問題ないですが、足場が悪いので、東さんも気をつけてください。車の鍵の位置は覚えてますか?」

『ダッシュボードの中ですよね?それは大丈夫ですけど…』

「大丈夫です。僕はプロですし、倉上もこれでもこの手の経験はもうえーと、6年のベテランですから、問題ないです。今日中に下山出来ましたら宿になんとか連絡入れるのでお迎えの準備お願いしますね。あと田辺さんたちにも問題ないと伝えといてください。」

『分かりました…。ホント気を付けてください…荷物落としました。』

「はい。確認しました。とりあえず帰り道の心配だけして戻って下さい。では。…と言うわけでOK~?」


 細かく連絡を入れた後、マシタさんがこちらに確認してくる。


「はい。大丈夫です。とりあえず荷物とってきましたから確認します?」

「そうだね。いやぁ久々だねぇ一周回ってテンション上がってきたよ…!」

「それ大じょ…いや、そうですね!マシタさんとペアキャンプとか何年振りですかね?」


 ネガティブな言葉を吐き出そうとして途中でやめる。変に気落ちしていたら、余計に疲れるので、気持ちだけでも持ち直していきたい。上から落ちてきた荷物を確認しながら話しを続ける。


「あーとりあえず、電子機器の電池落としとくか。携帯の充電器は無事だった?」

「さっき試しに確認しましたけど、見た目は傷もないし大丈夫そうです。タオルとカッパがクッションになったんだと思います。携行食は粉々っぽいですが…飲み物もまぁなんとか割れずに来てますね。」

「流石BPA製!まさかこの高さで割れてないとは!」

「いえ、ア〇プスの天〇水も無事でした。」

「…マジ?」

「…マジです…これは奇跡ですよね…」

「とりあえず、もうちょい雨風が防げるとこ行こうか。合羽着ようにも、服は変えた方が良いし。着替えは?」

「インナーだけはぶち込んでます。」

「上等!ちょっと蒸れるけど変えた方がマシだ。日がある内に行こうか!」


 ——

 ——

 ——


 降下地点を離れ暫くしたころ、幸運にも、中空の巨大な倒木を見つけることに叶い、その中へ避難と決め込んだ。天然のテントから天気の様子を伺うと、雨風は激しさを増し、落雷の頻度も激しいものの、空を見上げると雲の一部が切れたのか夕日が伺える。

「夕日が見えます…雨雲も切れるかもしれないですね…今何時ですか?」

「今…17時だな…この時間から登るのはちょっと危ないな…倉上一人で登る自身ある?」

「あー。ちょっと怖いかもしれないですね…でも、やること自体は単純ですし…風が収まれば…行けるとは思います。ただ、そのあと下山する体力が心配ですね。」

「そうかぁ…雨が止んだら一度降下ポイント確認してみようか…」

「了解です…?今変な音しなかったです?」

「幻聴とか勘弁してよ…?」

「いえ、低い音が…風が弱まったタイミングで…今!聞こえました?うん?どっかで聞いた音ですよ…コレ。」

「うーん?…んー。あっ。どっか洞窟でもあるかな…風の抜ける音だな。コレ。」

「あー!神社!T村の神社で聞きましたね!あそこの社の中から風が抜けてきたんですけど、その時の音と同じですね。あれも風穴?ってヤツだったのか…」

「そうそう。風穴。蛇穴とかも言うか…。…こんな状態じゃなかったら喜んで突入するんだけどねぇ。っと雨止んでないか?」


 外を覗き見ると雨足は大分弱まり小雨程度に変わっていた。


「見に…行きますか。」

「行こうか。」


 雨でぬれた林床を歩く。ぬれたせいで滑りやすく歩みは遅い。しばらく歩くと、雨は完全に止み、生ぬるい風だけが裂け目一体を強く渦巻いていた。無言で歩き続け、降下ポイントに到達するころには完全に日が落ちてしまったため、ヘッドライトを装着し岩肌を照らす。ヘッドライトの限られた視野で5分程ウロウロと周辺を見回すも、崖上より下ろしたザイルの端が見当たらない。


「マシタさん…ザイルの端無くないですか…?」

「やっぱそうよね…」

「これは…本格的に遭難…?」

「そうなんですよー。…なんちゃって。」

「…」「…」


 沈黙がその場を支配し首筋を冷たいものが通り過ぎる感覚がした。頭の中が一瞬真っ白になるも、このメンツなら大丈夫かと思いなおし冷静になってくる。


「ヤバいっすね!どうしましょうか。」

「うん。絡まったザイルは相変わらず木に絡んでたから、場所は良いはずだよ!ほらあそこ!」


 マシタさんがライトを向けた先に崖から生えた木に絡まるザイルが見える。


「本当ですね…場所はここなら…もう一本は…ってあれ見てください。」


 少し遠くを見回すとボロボロな杉の大木が横たわっており、根本付近に見慣れたカラフルな素材が目に映る。


「あったね。木ごと落ちたかぁ…何これ…落雷?」


 倒木に近寄ると、木の先端付近は炭化しているのが分かる。


「これ燃えてますね…というか無理して登ってたらヤバかったですね…。」

「あーあの時の俺、ナイス判断!良し!…とりあえず、回収しようか…。どっか端にいったら降りられるとこあるかもしれないし。って風穴の音か?…明日の午後にはどうしたって山岳救助に連絡行くだろうし…薪集めながら移動しようか。ついでに洞窟アクセス出来るなら入り口でキャンプファイヤーでもしようか!」

「あー洞窟も煙で燻したら、虫も減って寝やすいかもしれないですね。調査も何も、どうせ警察入って営巣木は放棄されるでしょうし…何より緊急時ですからね!山火事さえ起こさなきゃ大丈夫でしょう!うん!よし!」



 互いに頷き合うと、ザイルを倒木より巻き取り、空元気ここに極まり、学生時代のノリで風音が聞こえる方へ歩き始めた。風は相変わらず強く、気温は冷え込むハズだが、吹きすさぶ風が南風であったのか寒さは感じられない。時折飛来する木の葉に驚かせることもあれど、至極快適に風音の発生源に到達することが出来た。発生源の洞窟は意外にも巨大であり、大人背丈二人分程の高さがあり、中で休息をとるには十分な環境に見える。しかし、気になるのが結構な強さで洞窟の奥から風が吹き抜けていることだ。


「マシタさん…。風穴ってこんな風が強いもんですか…?てか、風強すぎて火起こしなんて出来ないレベルなんですけど。」

「確かに…これは強いなぁ…。これだけ強いと派手にデカい入り口があるんじゃないか…ちょっとだけ探索してみようかぁ、電池の予備ある?」


 ザックの隠しポケットを漁ると1年ほど前に入れてそのままだった電池が目に入る。


「えーっと…単四で良いですか?新品が8本程隠してありました。」

「上等上等~。じゃあ探索してみようかぁ。」

「行きますか~。ってこれ遭難者のやっていい行動じゃないですよね?プロ山岳ガイドさん。」

「だいじょうーぶ。どうせ昼には救助来るし!途中目印してきたから!それにザイル一本で自力で上がれるから日が明けてから無線で呼びかければね…ってねぇ倉上くん。俺目がおかしいかもしれない…あれ見える?」


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