失敗と成功
<ブゥォォォオォォォン!>
マシタさんの操作するドローンがかなり大きな音を立てながら浮き上がる。というか思ったよりデカくて煩い。
「結構音デカいですね…」
「そうですね…」
「これは営巣中には出来ないですね…」
「でもこれガンカモ調査で使えるらしいですよ?」
「え?そうなんですか?凄い臆病なんですよね?」
「なんか聞いた話だと三脚とかは鉄砲に見えるから逃げるけど、ドローンはそんな警戒しないらしいですよ…と飛びますね。こちら倉上、そろそろ林冠より上へドローン出ます。どうぞ。」
『~~~。~~~。』
「今林冠出たぞ~。」
「了解です。そうしたら、営巣木の方へお願いします!」
<…イ、ピューイ!ピューイ!>
東さんが声を張り上げた瞬間、かすかにではあるが、甲高い鳥の声が聞こえた。
「あ、ノスリが鳴いてますね…。…!。マシタさん!ノスリ!警戒音出してます!気をつけてください!」
「何ぃー?何に気を付けるって?」
「ノスリです!タカ!ドローン落とされますよ!」
「はぁ⁉すぐ高度下げる!」
『~~~‼』「あぁぁぁぁぁぁ‼」
警告するとほぼ同時に飛び出したノスリに攻撃されてようで、慌ててマシタさんがどうにか操作をするも、林冠上まで飛び上がったドローンはバランスを崩し、裂け目に落下していく。
「…」「…」「…えー今ドローン墜落しました。どうぞ。」『~~~。』
暫く固まった後、東さんが無線で連絡をおこなったあとマシタさんが口を開く。
「200万が落ちた…」
「はぁ⁉アレ、そんなするんですか⁉行って5,60万とかでしょ⁉」
「産業用だぞ⁉そんな安いか!」
「おぉぉおおお落ち着いてください!保険!保険が効きますから!」
——
——
——
「とりあえず、降下ポイント探しつつ、無線で連絡取ろうか。東さん、倉上がさっき行った地点向かってください。その間に準備するので、俺と倉上が下に降ります。」
「分かりました。降りるときの状況写真記録したいので、連絡終わったら一度戻りますね。」
「登るときに撮れば良いんじゃない?」
「いえ、ロープの固定した所、降りるのも登るのも撮ってこいと言われてますので。」
「あー、ロープの設置はこっちで撮りますよ。なんで、降下許可でたら、こっちへ合流でお願いします。」
——
——
——
「本当に降りることになるとは思いませんでしたね…。」
「学生時代教えたろう?あれからやってないの?」
「渓流で2,3回。ハーネスなんて使わない補助ロープみたいな使い方で降りただけですよ…それがこんな断崖絶壁を降りるなんて…。」
「大学の壁よりマシだろう~。「高さが違います!あれ2階建ての屋上ですよ!」平気平気。いやぁ。重いのにザイル2セット準備してきて良かったよ。小さく巻くの大変だった…っと、長さは十分だね。ほら、連絡。」
「はぁ。こちら倉上、降下準備出来ました。東さんが戻り次第、降下します。どうぞ。」
『~~~。~~~~~~。~~~。』
『はい。分かりました。倉上さん?降下シーンの撮影は後で構わないので、始めてください。こちらで西田さんからの指示中継します。』
「だってさ。行こうか。」
「はぁ了解です…。こちら倉上、連絡了解です。これから降ります。オーバー。行きましょう…。」
——
——
——
「結び目大丈夫か?」
「これで大丈夫ですか?」
ハーネスにザイルを通し、各種カラビナの確認を終え、マシタさんに結び目を確認してもらう。
「…よっと。大丈夫だね。おし!降下の仕方はさっき確認した通りな!行こうか!」
「はい。」
ベテラン?山岳ガイドの見守る中、降下を開始した。本格的な懸垂降下など、本当に大学1年以来のことで、崖側に身を乗り出す瞬間こそ恐怖を感じるも、それ以降は地面までの距離が中々縮まらない憂鬱さが強い。
「これ、一気に行けたりしないんですよね…。」
「アクション映画みたいに?無理無理。ザイルが溶けちゃうよ。まぁ、安全第一でゆっくり行くよ。慣れればこんな状態でもテント泊とか出来ちゃうんだから、散歩する気で行こうか!あっ記念写真撮っちゃうよ!<カシャッ>ほら良いね!カッコイイヨ!」
「いや、凄いヤッている感はありますけど…」
そうこう話しているうちに、地面が大分近づいてきたため内心安堵の溜息をつくと、谷底から息が止まるような臭いとともに風が吹き抜ける。
「臭っ!」「うわぁ!」
生物が、哺乳類が腐敗した臭いに息が止まるとともに体が硬直する。
「(大当たりだ…)当たりですね…多分。ブツがあるくさいですよ。」
「文字通り臭い(におい)が凄いなぁ…。連絡する?」
「一応、無線機…っとマイクが…うわっ!「落ち着いて!ザイル!体固定して!」」
<ズルズルズルゥ!>
無線機のマイクを探そうとした瞬間、ザイルの持ち手が緩み1m程滑り落ちるも、なんとかザイルを固定し直し、落下を止める。
「あっ危なぁぁぁ。」「ふぅぅぅぅ…。」
泣きそうな声を上げ、マシタさんの方を見ると、引き攣った笑顔のマシタさんが口を開く。
「うん。降りてからにしようか!あとで説教だ!」
「はいぃぃ!気を抜かずに降ります!」
悪臭の事など、すっかり頭から消え去り、慎重に降下を続けた。
——
——
——
「はい。そうです。臭い的にかなりキツイんで、Nは近いと思います。ついでに、ドローンの方も回収出来そうだったら回収しますので。」
『了解です。こちら西田さんが現場離れましたので、ロープの固定場所に移動してます。写真の方よろしくお願いします!…流石ですね!こんな谷にロープ一本で降りるなんて!降りるところ見たかったですよ!』
テンションが高めの東さんの語調に、降下最後に落下し掛けると言う大ポカをやらかした身としては顔が引きつる。マシタさんを見ると怖いくらいの笑顔で人差し指を口元に立て首を横に振っているのが見えた。
「(黙ってろてことか…)ええぇ。数年ぶりでしたが、プロガイドが居るんで楽勝でいたよ!ロープが2セットしかなくて残念な位の体験でした!残念でしたね!」
『?そうですね。僕も機会があればやってみたいですよ。それでは、Nの方の確認お願いします。』
交信が終わり、溜息をつく。
「そうかぁ楽勝かぁ!言うことが違うね!やっぱプロが居ると安心でしょ!ね⁉」
「ご…ご迷惑をおかけしましたぁぁぁ!」
笑顔から一変し、真顔で説教をし始めるマシタさんに慌てて頭を下げると、ひと息開けてから、マシタさんが口を開く。
「…はぁぁ。まぁ倉上くんが抜けてるのは知ってたことだしね。俺の方ももうちょっとフォローできるようしておけば良かったよ。まぁ登るときは特に難しいこと無いし、大丈夫だろう。今度、クライミングに付き合ってもらうからな!」
「はい…お供します。」
「じゃあ、近いはずだし、まずはドローン探しに行こうか。」
——
——
——
ドローン探しはあっけなく終わった。降下地点から5分も歩かない地点の杉の木の下を歩いている際、なんとなしに樹上を見上げると地上から数m程の枝で奇跡的なバランスで地面には落下せず引っかかていたようだ。
「これは…不幸中の幸いなのかな?とりあえず、証拠写真撮っておこうか。」
マシタさんがコンデジを取り出し撮影を始める。
「うーん。多分取れるとは思うけど、登らないといかんなぁ…よし!倉上君?」
「ひゃい!」
「ひゃいって!ひゃいってなんだよ。ウケるなぁ…あとで滝本さんに話してやろーっと。俺はアレ下ろすの手間取りそうだから、今のうちに悪臭の発生原に向かってきてよ。一人で。まぁ手が空いたら俺も行くけど、さっきのポカの罰ってことで一人でこのスメルを存分に味わってくるがいい!」
「アー。ハイ。リョウカイデス。」
「じゃあ宜しくねぇ~。」
笑顔で降下地点へ戻るマシタさんを見送ると、溜息をつきGPS地図を開く…が、現在地の表示がおかしい。
「(?…携帯が壊れた?いやトラックデータが途中でバクってる…てことはGPSの電波を精確に測位できてないのか…)こちら倉上です。どうも谷底はGPSの測位が上手くいかないようです。臭いで探してみるんで、少し時間かかるかもしれないです。どうぞ。」
『はい、了解です。場所分かりましたら、一応、あとで来られるようピンクテープでマークしておいてください。』
『犬上くん頑張ってぇ。俺はゆっくりドローンを下ろしておくよぉ~』
「了解です。誰が犬上ですか!まぁとっとと見つけますので、そちらもドローン回収出来たら連絡くださいね。」
『了解了解ぃ~。』
GPSが使えないと分かり、降下地点と地図上の仮想Nの位置関係を確認すると、鼻を効かせながら臭いの強い地点を探して歩き始める。
——
——
——
10分程、谷底をジグザクに歩き続ける。鼻は強烈な臭いで既に馬鹿になり、営巣木に近づいた時点でもはや役立たないため、キョロキョロと周囲を見渡しながら進む。そう言えば、降下し始めてから何も飲んでなかったと思い、水分補給のためウォーターボトルに口をつけようと頭を上げた瞬間、15m程前方にアカマツの幹が目に入った。
「(アレか!)」
ボトルを腰に吊り下げると足早にアカマツに向かう。
<ぶぅぅーん>
アカマツの付近に近寄ると、腐肉に集る虫が飛ぶ音に眉をしかめる。見れば、一本のアカマツの根本にポツポツと毛皮やら骨やらの動物の死骸が落ちているのが目に入る。頭上を見上げると、15m程先の枝に何やら枯れ枝が集まった固まりが目に入り思わず顔がニヤケル。
「あった!」
コンデジを取り出し、10枚ほど写真を撮ると、折り尺を足元へ放り、胸元に掛けた無線機のマイクに手を伸ばしつつ地上部の死骸の山にレンズを向ける。
「こちら倉上、N発見しました。現在、周辺状況の記録中。どうぞ。」
『はい東です!お疲れ様です!やはりアカマツでしたか?』
「ええ、アカマツでした。三本松の真ん中の地上から15m程の所で発見。とりあえず、デジタルズームで何枚かと引きの状態と拡大とで何枚か写真撮ってます。どうぞ。」
『了解です。写真多めでお願いします。あと、死骸ですが、餌の判別が出来ると望ましいので、そちらも多めに撮っておいてください。』
「あー。了解です。多分グロ写真がいくつか入ると思いますが、構わないですか?」
『えーと、フレッシュなんですね…お願いします。』
「えービチビチでうようよしてますよ。流石にこれを持ち帰りたくないので、写真だけで勘弁して下さい。」
『そうですね。場所が場所なんで、構いません。よろしくお願いします。』
「了解しましたオーバー。ふぅ…さぁなるべく一杯撮っていこうか…。」
手始めに足元に転がるノウサギらしき頭骨の写真を撮ろうとコンデジのピントを合わそうとすると、海賊映画などでよく見かけるも日常生活では見かけない頭蓋骨に目が行く。
「…!!!」
目を見開き、息が一瞬止まる。
「(人骨…⁉…?あれ小さい?ってなんか面長だし犬歯長いしってサルかい!!)焦ったぁぁ。」
思わず安堵の声が出ると無線機が鳴る。
『倉上くんどうよ?まだ掛かる?手伝いは…いらんよね?』
「あー、今サルの頭骨見つけてテンパってたところです。なるべく種数と大体の量を把握したいんっ!?」
交信の途中で異物を見つけ、言葉が途切れる。
「(うすぴんくいろの布…?骨…?髪の毛がはえてる?)」
『どうしたぁ?何かあったかぁ?』
思考停止し固まった体が無線機の音で動き出す。
「マシタさん…柴田さんのひ孫って薄ピンク色の服…でしたよね…確か…」
『はぁ?いや…はぁぁぁ⁉見つけちゃったの⁉』
撮影していたサルの骨のすぐ横には、一回り程小さな頭蓋骨が朽ちていた。頭骨のすぐそばには、土にまみれボロボロに裂け黒く変色しているが、かすかにピンク色をした布地が見える。
「…ぽいです。どうしましょう…?」
『すぐソッチ行く!東さん!ヤバいもんがあった!交信可能点へ移動!』
『はい‼すすぐに移動します!た田辺さん取れますか!こちら東です…』