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踏査

 ドローン組の3名は、荒れた林道をそこそこの速度で走り、途中山肌から崩れた土砂で道が半ばまで埋もれている箇所があるも、10キロ程の工程をもって予定していた侵入ルートに到着した。途中の土砂崩れがあった地点は流石に重いと怖いからと、ドライバーを残して同行者は徒歩で通行することになったが、特に問題らしい問題も起こらず、順調に進んだと言える。侵入予定地点は、道が広く林業用車両が展開するスペースの脇に位置しており、丁度獣道となっているのか、植物が自然と生えない道が出来、山肌の傾斜は想定より緩やかである。


「とりあえず、車の鍵はダッシュボードの中に突っ込んでおくので、何かあったらこっから取ると言うことで。あと業務用無線は東さん。それとアマ四無線機を僕とマシタさんが一応持ってきますね。」

「アマチュア無線機って仕事で使っても良いんですか?」

「駄目だよ~。けど、こういう場所に入るときは持ってた方が良いんだよ~。」

「業務用無線より帯域広いですし、エマージェンシーのスイッチもあるんで、発信しつづけたら、誰かが電波拾って誰かが通報してくれるかもしれないって感じですね。」

「逆探して見つけてくれるかもしれないしねぇ。まぁ最近は登山用のアプリとかで山岳救助に要請出来たりするらしいから、結局は保険よ保険~。」

「まぁ実際緊急時はなんでも使わないといけないですからね。この前の事故の時も活躍しましたし、建前上は仕事で使うのはNG。使ったら電波法違反でしたっけ?」

「そうそう。ラジオとかも使ってるわけだからね~。仕事で占有したら困っちゃうんだよ~。さぁ、そろそろ行こうか!」

「(スイッチ入った…)。了解です。」

「お願いします。」


 ——

 ——

 ——


「はぁ、はぁ、はぁ…きっつい…」

「倉上くん大丈夫?」

「ん。はぁ…はぁ…俺は何とか…結構キツイですね…このルート…東さん…大丈夫ですか…」

「はぁ…はぁ…はい…なんとか…。」


 侵入ルートは、入り口こそ傾斜も緩く歩くことも難しくなかったが、10分ほど進むと、歩く…というにはいささか傾斜がきつく、杉や檜の幹に体を押し付けながら傾斜角60度程の斜面を登っている。木々の隙間から見える尾根まであと50mと言った地点で大人3人がかろうじて立てる程度の平らな足場で一息つく。


「…お二人ともタフですね…」

「…マシタさんは余裕そうですけど、僕は結構キツイですよ…んぐっ。水が美味い…。」

「倉上君、鈍ってるじゃない?これくらい学生の時なら余裕だったよ?…最近運動してないでしょ、君。…これでも楽そうなルート行ってるんだよ?」


 ようやく息を整えたばかりなのに、苦い顔をして答える。


「まぁ…仕事で踏査したら、もう良いかなって、休みの間は、それこそデータ整理したりバイク乗り回したりして遊んでますね…。」

「年食うと体力も柔軟性落ちるし、走らないとダメだよ?滝本さんとかもうダメでしょあの体系だと?」

「あー…確かに、踏査系のは割と押し付けられますね…」

「そうだったんですね…」

「あの人も昔は、もう少しスリムでバリバリ山とか入ってたんだけどね。とりあえず、あと30分、いや50分位で目的地の上に出るから頑張ろう~!」

「あ~。あの見えてる尾根の反対側ですよね…地図通り行けますかね…。」

「よっぽどの偶然が重なったんだろうね。地図上にない谷なんて、かなり珍しいよ。」

「勘弁してほしいですよね…森林組合の方に情報は無かったんですか?」

「確認したんですけど、珍しく世代交代が進んでる組合らしくて…」

「分からないわけだね…。」

「ほんと今回の調査、誰か憑かれてるんじゃないですか~?」

「やっぱり珍しいんでしょうね。こんな色々続くなんて。」

「山関係だと話だけは色々聞くけどね。不運が重なって、誰誰だけ帰れなかった~とか。けど結構大げさに話す人も多いからさ、そんな色々起こるのは気持ち悪いなぁ。俺もそれ付いてって良い?」

「あれ?マシタさんそんな信心深い感じでしたっけ?」

「海外でもやっぱスピリチュアルな話をよく聞いたからね。ただ、ニュアンスが分からないから本気で言ってるかは分らないけどさ、年寄が真剣な顔で語ってくるとね。爺さんが真剣に話すんだよ。気を付けないと…天狗にとか神隠しとか。」

「酒の席で?」

「酒の席で。」

「…。」

「…。それ、酒の席のネ…「さぁ!あと少し!気張って行こうか!」そうですね…もうゴールは近いですしね。東さん行けます?」

「はい大丈夫です。大分楽になりました。」


 ———

 ———

 ———


 その後も20分程、黙々と、いや時々喘ぐように声を上げながら崖とも言えずとも緩やかとは言えない獣道を登ると尾根のように見えた段差の上に這い上がることが出来た。難所は越え、目的はほぼ見えたと来て、足に力が入る。


「もう少しですね!」

「ああ、あと30分は掛からんだろう。」

「ようやくですね…一応ピンクテープ巻いときます。」


 明るい声を上げる東さんとマシタさんに声を掛ける。


「GPS地図あるから要らないだろうけどね。」

「まぁ転ばぬ先の杖ですよ…」


 目印のピンクテープを手近の木の幹に巻き付けながら呟く。


「目印つけてもまた来るような気はしないですけどね…このルートは。」

「そうですね…僕は今年もこの業務取れたら来そうな気はします。」

「このテープって、結構みんな巻いてくから見た目が宜しくないんだよね。」

「まぁ、それが目的の目印ですしっと、行きましょうか。」

「おしもう一息だ!頑張ろう!」

「…(なんでこの人ここまでテンション上がるんだろう…?)はい。」

「お願いします。」


 ——

 ——

 ——


 段差を登り、早20分弱。どうやら尾根に見えた箇所は単なる段差。言うならば、林内で見えた偽尾根だったようで…未だ目的地には到着せず、緩やかな上り坂を踏査している。


「…尾根じゃなかったですね。」

「だなぁ…流石に騙されたわ。地図の地形的にも尾根だと信じてたんだけど…」

「というか、なんか木が大きく無いですか…?」

「そう言えば…」


 東さんの言葉に立ち止まり、周囲を見渡す。偽尾根に見えた段差のあたりでは、比較的細い針葉樹が目立つも、先に進むにつれ幹の太さが明らかに太くなり、目の前に生えている杉など、大人2人、3人が手を回しても足らないくらいの太さがある。また、幹の中ほどから折れ、空洞になり自然に朽ちたような枯れ木や倒木が目立ち、林床に背の低い広葉樹が入交りになり鬱蒼としている。


「これ…手が入っていなくないですか?」

「うーん。でも杉の感じは、規則的に並んでるように見えるし…植林されているとは思うけどなぁ…。」

「けど、あんな広葉樹とか放置します?幹の低いところに枝も生えてますし、あんなデッカイ枯れ木を林内に放置しますかね?」

「あー確かにあの手の幹は林道に除けてあったりするしなぁ…ってことは元は人工林だったのを手が回らなくなって放置した変遷林になりかけの林ってとこかなぁ」

「てことは、この当たりの地図が滅茶苦茶なのも…」

「手が回らなくなって荒れ果て、地理院の測量が入れなかったてことですか?」

「さっきの急勾配ってひょっとすると崩落の跡だったかもしれないですね。今思い出したんですけど、秋に隣の山入ってるとき結構な規模の崩落で尾根付近からがっつり崩れてるとこありましたよ。」

「かもしれないですね…。」

「そうなると…崩落前の測量データあるいは崩落中の測量データが使われてるってこともあるかもしれないな。あの斜面の木も結構太かっただろ?」


 その言葉に思い返せば確かに太い木々が目立った気がする。


「杉の成長速度なんてわからないですけど、結構太かったですね。」

「ひょっとしたら戦後の高度経済成長期の植林ブームより前の林かもしれないな。」

「それは…もしそうなら、地図が当てにならないのも納得ですね。」

「まぁ実際のところは切り倒して年輪見るくらいしかいつ植えられた木なんて分らんだろうけどな!」

「えっ樹齢ってそれでしか分からないんですか?」

「確実なのはね。あとは成長速度を調べたりで推定は出来るそうだけど、詳しくは知らん!」

「まぁ林の古さは置いといて、GPSの位置関係だけは使えるでしょうから、それを頼り進むしか無いですね。」

「倉上くん達の観察眼だよりなわけだねぇ!ちょっと見せて!」

 マシタさんの言葉に携帯電話を取り出し、地図アプリにマークした目的地を表示し手渡す。

「…あー。なるほどね…。」

「どうしました?」

「これ、通り過ぎてるぞ…」

「え…⁉マジですか…!」

「ほら」

「そんな…位置の確認忘れで通り過ぎるとか…あ…。」

「あー確かに…これ50メートル位手前あたりですね…。」

「す…すみません。」

「いやぁ大丈~夫!大した距離じゃないし…通りで高台らしきものが無いわけだ。」

「時間的に余裕があるから大丈夫ですって!」

「本当に申し訳ないです。」

 肩を落とし、謝罪をするとマシタさんと東さんに慰められる。

「まぁ、もうあとほんの少しだからとっとと行こうか!気にしなーい!」

「ですね。」「はい…。」。


 ——

 ——

 ——


「これか…」「これは、なかなか…」「デカいですね…」


 道を引き返し緩やかな坂を上った先に、目的地を見下ろせる高台と言うべきか、崖と言うべきか、形容し難い山の裂け目の上へ到達した。見上げれば空は見えず、見下ろしても底は見えるもほぼ垂直に数十メートル先の底は距離があるため距離感がつかめず立体感がない。裂け目の対岸を臨むと直近で10m程、広いとこではその倍近く離れており、軽く見渡した限りでは、眼前の谷底に向かいアクセス出来そうな場所が見渡せない。


「作戦会議しようか…。」「そうですね…。」「ちょっと想像と違いますね…。とりあえず連絡入れましょう。」


 満場一致で状況把握と作戦会議と状況の確認と兎にも角にも連絡をと言うことが決まり、東さんがリュックサックから無線機を取り出す。


「えーこちら東です。西田さんとれますか?どうぞ。」

『~~~~。~~~~~。』

「東です。感度悪いです。もう一度お願いします。」

『~~~~。~~か?』


 距離的には左程離れていないハズなのに、受信感度が悪い。


「これは、どうなんですかね…。」

「ちょっと怖いなぁ。アマ四出す?」

「うーん。マシタさんの無線て10ワットですか?僕の5ワットなんで、出力的にあまり期待出来ないんですよね。一応479.5でやるとは聞いてたんですけど、下手したら業務用無線の方が強いかもしれないです。」

「俺のも5ワットのハズ。倉上君のが新しいから、そっちの方がマシだろう。試してみて。」

「了解です。ちょっと待ってください。」

 ザックからアマ四無線機を取り出し、周波数を合わせて交信の準備をする。

「こちらJJ1A11局、JJ1A11局、J12A18局さんかJC2A11局さん取れますか?どうぞ。」

 発信ボタンを手放し、しばらく待つ。

『~~~~!~~~~か?』

「あー感度悪し、こちらは無事到着、オーバー。」

『~~。っオーバー!』


 アマチュア無線機もどうやらギリギリ交信できないようである。


「感度悪いねー。あの受信の感じだと向こうは受信出来てるかもしれないけど、どうする?ドローン飛ばそうか?」

「これは…不味いですね…とりあえず感度良いところ探しますか…業務用無線をもう1台出すので、東さんと僕でこの裂け目の上下歩いて…30分目途に戻ります。なんで、その間にマシタさんドローンの準備お願いしましょうかね?そんな感じでどうですか?」

「そうですね…現着次第、西田さんに連絡することになってますので…アマチュア無線機って僕が使うと問題ありますか?」

「あー俺の渡そうか?緊急時以外は発信は不味いけど、受信だけなら問題ないはずだよ?」

「それで行きましょうか。とりあえず、交信可能ポイント探して、交信出来たら、現状報告とドローンを合流後に飛ばすことを報告すれば良いですかね?」

「ええ、それで大丈夫です。じゃあ、僕は麓側の方行きますね。あっ定期的に環境写真の方お願いします。」

「了解です。コンデジで位置情報落としながら撮ってきますね。」

「お願いします。」

「じゃあ俺は、ドローン準備して、地図の営巣木だっけ?一応、推定位置情報だけ調頂戴。昨日位置は落としたんだけど確認したい。」


 携帯のGPS地図を取り出しマシタさんに渡す。


「えーと、定点調査では、立ち枯れしたアカマツがおそらく一番山頂側で、麓側にアカマツが三本並んでてその真ん中が営巣木候補です。営巣してたらどこかしらに巣があるのと、木の下に動物の死骸なんかが落ちてるかもしれません。」

「あーあの昨日見たアカマツね。営巣木の下には食い残しの餌が捨ててあるわけね。」

「まぁ餌によるとは思うんですけど、多分サルも運んでるんで、何らかの目立つブツが転がってる可能性はあります。」

「なるほどね。了解。」

「それではお願いします。」

「はい。」「了解~。」


 マシタさん、東さんと別れ裂け目に沿い谷を上がる。先ほどから業務用無線で定期的に発信しているが、交信できるのは麓側を探る東さんだけで、あとは判別不可能な音声垂れ流しのノイズだけだ。

「(アマチュア無線機もダメか…時間的あと少しで戻らんといかんか…おっ?デカい岩だな…これは回り込めるか?)」


 目の前に自動車程の大きさの岩が目に付く。GPSの地図を見る限りおそらくこの岩が裂け目の縁で一番標高が高い。

「(これが、一番高そうだし、上には…よじ登れそうか…)」


 無線機の固定を確認し、ポケットからグローブを取り出し岩の周辺を見上げると、岩の脇に生える広葉樹から飛び乗れそうである。溜息を吐き、広葉樹の枝を掴みスルスルと木の中ほどに上がる。


「(ここなら、戻るときも問題ないな…)よっと。」


 木の枝を蹴りこみ、岩の縁へトンっ!と軽く飛び降りる…気持ちでいたが、ベタっ!と貼りつくように飛び移った。


「痛い…。胸ちょっと打った…。…はぁ。」


 溜息をつき立ち上がると、岩の一番高い地点を目指しながら業務用無線機のマイクを握る。


「こちらドローンの倉上!どなたか取れますかー!(…。…。無理か?)」

『こちら東です。そちらの様子どうですか?』

「(ダメか…)倉上です。今、裂け目の頂上側にある大岩の上なんですが、どうも交信できないみたいです。もう少し粘って、アマ四無線機試してダメならそっち合流します。どうぞ。」

『~×ち×15番。田辺です~。倉×取れてますか~?ど×ぞ。』

「(キタ!)はい!こちら倉上です。感度ギリギリですが、なんとか取れてます。どうぞ。」

『~×はい。了~×~×は良~×。そ~×ど~×~×?』

「えーギリギリ取れてます。こちら現地到着、交信ポイント探して単独行動中。予想より裂け目が大規模です。幅10から20m奥行きは不明の裂け目で、樹高が高く崖上からはNの視認が出来ません。これからえっと10分後目安にドローン調査を開始します。どうぞ。」

『了~×。こ~×から西~×~×するわ。受信だけなら出来~×ら合流して良いよ。』

「えーとそちらへの送信は可能、西田さんへの伝言了解です。では合流次第、開始します。問題が起きたらまた移動して連絡します。」

『了~×。ご安全に~。』

「はい。了解です。東さん、そちらに合流します。」

『ハイ了解です。』


 岩の縁へ向かいながらマイクを手放すと、隣接する木に飛び移る。


「っと、降りるのは楽勝っぽいなぁ。」


 岩に飛び降りた際とは違い軽やかに木の枝に飛び移ると、スルスルと木を降り、合流地点へ足早に進んだ。


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