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春季調査前日

 桜の季節も終わり、歩けば汗ばむ程度に暑い日の下、T村の山中を無線機片手に歩いている。現在、西田さん以下5名+マシタさんの計6名は、前回調査で話題に上がったボランティア活動による捜索を実施中である。


『こちら、滝本、なんかあったかね?どうぞ!』

『田辺です。何もこちらは無しです。』

『西田も何もありません。』


 山肌を一定間隔で並びながら、周囲を確認し続けかれこれ1時間程になる。


「こちら倉上も何も見つけられず。山岡さんはどうですか?」

『ないなぁ。今回は幼児なんだから、行動範囲はそんな広くないだろう。薄いピンク色の服着てたって話だから…もう色落ちして土と同じような色になってるんじゃないかな…今回はローラー作戦なんだし、慎重に見ていくしかないだろう。ピッチ広すぎるかもしれないからちょっと作戦変えようか。』


 普段の酔っ払いのような姿とは一変し、凛とした声が返ってくる。


『田辺、了解。このラインもあと少しで終わるから、そこで一度作戦会議しようか。』

「了解です。」

『了解。』


 ——

 ——

 ——


「そうか…ご苦労様でした…。」


 キャンプ場の管理棟で、昨年よりも頬が痩せた柴田さんが重々しく口を開く。


「こういう捜索だと、どうしてもどうしても衣類の欠片とかそういった遺留品の捜索が主になってくるんですよ。かなり日数も経っていますので、言いにくいですが野生動物に遺体を損壊されて体の一部が見つかれば運が良い位で、辛抱強く探していくしか無いんですよね。」


 真面目モードが継続したままのマシタさんが目を伏せながら口を開く。


「あぁいや、流石に半年以上時間が経っているので、覚悟は出来ているんだが、孫にどう説明したもんかとなぁ。」

「そうですね。宜しければ、滞在費の方だけでも工面して頂ければ一か月程であれば、継続して動けますのでいかがでしょうか?」

「それは…すみませんが、よろしくお願いします。あー倉上さん、先日は大変お世話になりました。なんでも西田さんではなく倉上さんが見つけてくださったとか。」


 コテージについた時には、違和感無く受付をしていたためすっかり忘れていたが、柴田さんが事故で緊急搬送されていたことを思い出す。改めて顔を見るが、少し瘦せたように見えるも、事故にあったなど感じさせない。


「いえ、あの時は、まさか管理人さんとは思わなかったんですが、運が良かったのか悪かったのか、丁度目の前で起きましたので…やれることをやっただけです。こうして復帰なされているようで安心しました。」

「それでも、あのまま気づかれないままでしたらどうなっていたことか。孫もひ孫の件で弱っていましたし、本当にありがとうございます。」


 頭を下げる柴田さんの姿に言葉が出てこない。正直、面と向かってこのような感謝の言葉を掛けられるのは初めてで、どう返したらよいのか分らず慌てて口を開く。


「頭を上げてください。本当にやるべきことをやっただけなんで!お礼を言われますと逆に恥ずかしいくらいで…」

「そう言うことでしたら…今回は腕によりをかけて夕食を準備しますので、楽しみにしてください。捜索でも皆さんに世話になってしまいましたし、存分に味わっていってください。」


 頭を上げ、こちらを見る柴田さんの目は穏やかである。場の空気が穏やかに変わり安心したため、つい余計な一言が出てしまう。


「それは楽しみですね。前に頂いたケイコさんのぼたん鍋もおいしかったです。そう言えば、今日は居られないんですね。」


 何気なく口を開くと、柴田さんが困り顔で口を開く。


「いえ、先日の事故で私が入院したことで、その心労が溜まったようで…今日は町の病院の方に通院してまして…。皆さんがひ孫のために働いてもらっている中、申し訳ありません。」

「(失言した…!)あーいえ、とんでもないです!そうですよね…こう事件が続くと…精神的に大分疲れてしまいますよね…体の方をお大事にと伝えてください。」


 ——

 ——

 ——


「倉上最後失言だったなぁ。」


 コテージに移動し、荷下ろしをしていると先輩が口を開く。


「いや、テンパって余計なことを言っちゃいましたね…。」

「まぁ、何も考えず口開いたのは悪いが、正直部外者が口出せることは無いからなぁ。お大事に~で気遣う位しか出きないだろう。」

「まぁそうでしょうけど、胃が…痛いですね。」 

「倉上は~、学生の時もそうだったよなぁ。要所要所で要らんことをね~。」

「耳が痛いです。にしても正直、今日ほどマシタさんをカッコいいと思ったことは無かったです。」

「そうかぁ~?それは嬉しい事を言ってくれるじゃないかぁ~。」

「(もういつも通りに戻っている)…。」

「それ褒められてないぞ?」

「しっかし、山下が日本居て助かったわ。ボランティアとは言え、人間探しなんざやったこと無いからなぁ。」

「僕も初めてですが、プロっぽかったですね。」

 空気が軽くなり、捜索活動の陣頭指揮を執った山下さんを持ち上げる。

「ええ、とりあえずこれで最低限面目は立ったので、あとは次回以降の調査で定期的に参加できればいいかなっとは思います。」


 西田さんが話を締めると続けて口を開く。


「明日は、通常の調査で山下さんには私と一緒に行動してもらい、現地の下見ということでお願いします。地点の割り振りは前回と同じで行きましょう。明後日は、明日の下見で決めた地点からドローンを飛ばしてもらい、場合によっては踏査ということで。踏査組のメンバーは下見の時に決めましょう。」

「はい。大丈夫です。」「了解です。」「OKです。」

 全員が確認したところで、少し遠慮気味に言葉を続ける。

「それと明後日なんですが、午後から一度発注者さんの所へ報告に行かないといけないので、申し訳ないですが東君を連絡係に残していきます。」

「うわ…嫌なタイミングですね。」

「いや、本当は私が立ち会いたいんですが、先方に今回の増員やドローン飛ばすことにあまり理解が得られなった方がいるようでして…その説得と次回以降の提案を再度ってことでこんな事に…」

「え…それはちょっときつくないですか…?」

「かなり昔気質で加えて保守的な人らしく、営巣木踏査の要望もその人からだったんですよ。まぁ明後日のドローンで良いデータ取れましたら、最終日にそれを添えて説き伏せてみますよ。」

「西田さんが燃えている…。」


 どこかの偽インテリと違い、眼鏡が似合う云わばアウトドア系のインテリ、もはやネオ・インテリ系の西田氏(55歳)が目を瞑り拳を握る。どうやら、件の相手にはよっぽど苦しめられたようで、昔気質や保守的などと形容詞は取り繕ってはいるもその厄介さは余程なのだろう…。


「そう言えば東さん、去年のクマ騒ぎは一体何だったんですか?」

「そう言えば~、居ても可笑しくないのに、痕跡一つなかったねぇ。」

「って、マシタさんフィールドサインも行けるんですか?」

「だって山岳ガイドだし~。」

「「それは良い事聞いたな(きましたね)!」」


 決心を固めていた西田さんとニヤケ顔の田辺さんが同時に口にする。


「仲いいですね…」

「それねぇ…。結構付き合いは長いんですかぁ?」


 事前の打ち合わせで初顔合わせだった山下さんが尋ねる。


「まぁ、西田さんが学生時代は結構世話してなぁ」

「同じ大学出身で…色々伝説になってた居たので、当時は有名でしたよ?釣り船遭難事件とか樹海遭難事件とか。」

「なんですかそれ?遭難ばっかじゃないですか。」

「おっちゃん、何してるんですか…。」

「俺も若かったってことよ!当時はバブルだったからなぁ…結構実家がクルーザー持ちとか多くてなぁ。」

「それで遭難したんですか?」

「いや、俺んち貧乏だったから、腹立ってな。1馬力ボートで対抗して追いかけたわけよ。それで一昼夜さまよったわけだけど、あの時ほど無線機の存在がありがたかったことないわぁ。んで、無線機の有用性を信じてコンパスと地図持って樹海に突撃したわけ。」

「それで遭難したんですよね…3日程」

「いや…!1日だ。2日は当初の予定通り野宿しながらルート行ってたんだよ。んで2日目に迷ってなぁ。若いし何とかなるだろうで1日粘って最後にギブアップしたわけだ。まぁ一アマチュア無線同好会の奴らを先に呼んでおいたから宝探しの宝役やったような感じだな~」

「あー。それって…免状取るときに教本で紹介されてた、かくれんぼか何かの要領でやるとか言う?」

「あー俺もそれ見たわ…。あれって本当にやる人いるんだ…。」

「そそ。それで見事同好会の奴らに見つけて貰ったわけだ。当時は高校なんかにもアマチュア無線クラブなんかあったから、探すのが上手くてなぁ。半べそかいているところを助けられて以来、外出る時は無線機持つようになったんだよ。」

「まぁ学生時代はそれ以外にも色々やらかしていて、有名だったんですよね。私が入学したときはもう卒業してましたけど、色々語り継がれてましたよ。」

「初対面の第一声が、あの伝説の遭難者の田辺さんですか?だったよな。」

「伝説の遭難者て…」

「おっさん…」

「やらかしてますねぇ~。俺でも泥酔登山家位しかあだ名ついてないですよぉ~。」

「あーあれやっぱマシタさんだったんですね。」

「お前もやらかしてるのかよ…。て、クマの話はどうなったんだ…。」

「あー。皆さん色々と武勇伝があるみたいですね…。っと、クマの件ですが…」


 気まずそうにチラリと西田さんと私を見たあと、東さんが口を開く。


「実は、あれも件の昔気質さんからの要望でして…そこにその情報の伝達にミスがありまして、あそこまでしっかりやらなくても良かったそうなんですよね…。」

「えっ…。」

「ほーう。じゃあ、やっぱ倉上は無駄働きしたわけか?残念だったな!倉上!ざまぁみろ。」


 絶句する私をみて滝本さんが笑い話にするため言葉を続けると、西田さんが慌てて口を開く。


「私たちの間でも意思疎通が出来てなかったので申し訳ないです。ただ、データ事体は問題なかったので、補足的なデータとして取りまとめには使いますし、無駄ではなかったです。それに骨騒ぎで警察の方とも面識が持てましたので、結果として不審者騒動の時も穏便に話が進みましたから、良かったと思いますよ?そして残念ながらクマ騒ぎですが…やはりアナグマを見た住民の勘違いだそうです…。」

「アナグマ…やっぱり…データに関してはそう言ってもらえますと、助かります。っとそうだ、田辺さん!お祓い!アレはどうなったんですか?」

「あー、西田さん。ちょっと色々ありすぎたんで、今回調査終わって落ち着いたら一度〇×の所の神社に行きませんか?ほら同期で居たでしょ?神社の倅の奴が。」

「あー居ましたね。お祓いですか…あんまり聞かないですが…そうですね。気休め程度でしょうが、気分転換のためにもそういうのも有りですね。今度、同窓会があるんで、ちょっと相談してみます。」


 こうして、T村調査の調査員総出でお祓いを受けに行くことが決定した。


「倉上~。骨騒ぎって何~?」

「あ、すいません。去年の初回調査の時に…」


 こうして若干締まらない雰囲気で今年度調査の最終回前夜が過ぎていった。


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