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幕勘 3

 冬季調査が終わってから1か月程経ち、季節の変わり目に春の嵐が到来した今日、自称インテリ・インドア系の先輩宅へ師匠と共に晩餐のお誘いがあったため、現在先輩宅へ向かっている最中である。

 駐車場の問題もあり師匠は電車で向かうそうだが、人込みに揉まれてまで電車に、という気分でも無かったため、愛車その2のスズキさんちの二輪車、ST250さんに跨り先輩宅を目指している。


「…(正直、後悔している…何この雨風!強すぎじゃない⁉)」


 出発5分で靴の中まで水浸し、甘くみていたためグローブも着けておらず、ハンドルを握る手は雨粒が当たり痛い。湿度100%の電車で行くのと、この苦行のような道のりを行くのどちらがマシだったのだろうか…などと思いながら信号機を睨みつける。


「…(サンダルと着替えは持ってきているから良いけど…正直帰りたくなってきたな…。)」


 わき目に見える歩行者信号が点滅し始めたので、ギアをローに入れ軽くアクセルを吹かし、メーターを確認すると、ハンドルバーに固定した携帯電話にここ最近で見慣れた人物からの着信通知に気がついた。


「…(うわ…。)」


 見なかったことにしたくなるも、交差点の先にコンビニが見えたため、溜息をつく。


 ——

 ——

 ——


「どうもお世話になってます。倉上です。先程、連絡いただいてみたいで、電話させていただきました。」

『あー倉上さん、お疲れ様です。東です。今、お時間大丈夫ですか?』

「はい大丈夫です。」

『えっと、メールはまだ御覧になっていないですよね。』

「あー。すみません。ちょっと運転中だったので、気づけませんでした。」

『いえ、特に変更があるというわけではないのですが、田辺さんもちょっと連絡がつきませんでしたので、倉上さんへ連絡させていただいたのですが…次回調査の件です。日程に変更は無いのですが、ちょっと発注者さんから要望が入りまして…その件で一度打合せをしたく思いまして…。』

「あー、なるほど…。了解です。えーっと、今日この後滝本宅で集まる予定でして、到着し次第、メール確認してお電話しましょうか?」

『本当ですか?それは助かります。では、一旦切りますね。』

「はい。それでは後ほど連絡します。では。…はぁ」


 携帯に転送したメールを確認すると、件名には現地踏査の可否についてと記載がある。


「うわぁ…。」


 本文を確認すれば、どうもT村調査のクマタカの巣を雛鳥の巣立ち後に営巣木の確認のため踏査を行いたいためその段取りについて打合せをしたいとの旨である。


「…(うーん?これ不味くない…?とりあえず、先輩に先電話するか…)」


 着信履歴から自称インテリ系の表示を呼び出し発信する。


『はい、滝本です。』

「お世話になっております。倉上です。ご主人はご在宅でしょうか?」

『あー。倉上さん!お久しぶりです。先日はお土産ありがとうございました。主人と変わりますので、少々お待ちください。』


 相変わらず年を感じさせない喋り方だなぁと考えていると電話口から先輩の声が聞こえる。


『どうしたよ?もう着くだろう?』

「あーT村の現場の件について、東さんから電話がありまして、1回打合せしたいそうです。メール入ってると思うので、そっち着いたらちょっと相談したいんですけど大丈夫ですか?」

『あー。T村ね…。了解!…なぁ一度お祓いいかね?』

「そうですね…。ちょっとガチで問題起きすぎですよね。どっか知ってます?」

『オッサンが前良いところ知ってるとか言ってたから、聞いてみようぜ…』

「何でそんなもん知ってるか疑問ですけどそうですね…。なんなら西田さん達も日程合わせていきますか?」

『そらぁ良いな。もう着くか?』

「あー。今〇×町のいつものコンビニなんで、あと10分程で着くと思います。」

『あそこね。了解。んじゃあオッサンと同じ位に付きそうだな。気ぃつけて来いよ。』

「はい。了解です。」


 ———

 ———

 ———


 先輩宅に到着すると、玄関先で予想していなかった人物により出迎えられる。


「倉~上~久しぶりだなぁ~。」

「え⁉マシタさんじゃないですか!うわっ…久しぶりですね!ってなんでここに⁉海外に居るって言ってませんでしたっけ?」


 大学時代世話になった先輩の山下さん、通称マシタさん。登山を趣味としており、学生時代は不要になった装備類を幾度も譲ってもらており、ついでに言えば、愛車のジムニーもマシタさんから譲り受けたものだ。卒業後は俺はプロ登山家になると宣言し、実家に帰っていったのは知っていたが、それが何故こんなところに…?と思っていると本人が答えてくれた。


「や、今K市のガソリンスタンドで働いているだけど、先月タッキーさんがたまたま来てさ~。」

「そうそう!こいつ台湾かどっかの山登ってるとか聞いてたのに何故かK市に居てな!田辺さんとも知り合いだしいい機会だから声かけたんだよ!」

「やー。人相悪いアンちゃんが滅茶苦茶睨んでくると思ったら、タッキーさんで驚いたわぁ。」

「うっせー!嫁さん居るんだから問題ないわ!お前こそガイドで食ってくとか言ってた癖に何やってんだよ!」

「いやぁ~聞くも涙、話すも涙のおはなしがぁ…」

「どうせ実家に呼び戻されたんだろ!」

「はっはっは~。あそこのガソスタ、実家の家族経営でしてね。親父が入院して呼び戻されたんですよ~。」

「それ、大丈夫だったんですか?」

「それがぁ…大痔主になってしまったそうで。」

「なんだ…。」

「地主?」

「そー痔ぃ。」

「ソージ…?ジヌシ…?あー!って痔ですかい!」

「痛いらしいよ~大騒ぎで入院してぇ。人が足らなくなって呼ばれたわけ。」

「あーじゃあガイドの件は…」

「ライセンスは取ったよぉ。レスキュー技能持ちの山岳ガイド~。ガソリン売ってるけどぉ。」

「そうなんですね…」

「まっ、コイツは置いといて、「え~。」うっさいわ!倉上、お前も着替えてこいや!」


 やり取りに飽きたのか先輩にタオルを投げつけられる。


「あータオルすみません。脱衣所借りますね。」


 脱衣所で着替え、濡れものを袋に突っ込んだあと、リビングへ向かうと真面目に話をする師匠と先輩そして呑気にビール片手にサキイカを齧るマシタさんがいた。


「おう!来たか。」

「あータオル籠に入れときました。」

「まぁ座れって。先に打合せしちまおう。」

「了解です。って営巣木の現地踏査って実際どうなんですか…?」

「大手のコンサルはそれこそ子育て中の巣にカメラを仕掛けたりとかやってるらしいけど…俺はあんまりおすすめはせんよなぁ。」

「と言うか、これ地形どうなってるんかも分らんだろう?回り込めるんかね…。ドローン飛ばして確認すれば良いんじゃね?」

「えーっと、どうも発注者の意向らしいですよ。巣材運びも餌運びも押さえてるのに…ってやっぱ雛確認出来てないからってことですかね。」

「うーん。この現場って時期ズレたからな。日程調整もある意味ミスってると言えばミスってるけど、巣立ち確認したいんだったら回数増やさんとどうにもならんだろ。初年度だからクマタカの繁殖シーズンに絞った調査じゃないし…。踏査なんてしたらどんな影響出るか分らんぞ。営巣木の再利用なんてよくあるから、これで営巣木放棄されたら今年の成果が水の泡よ。今年無理しなくても来年キッチリやれば良いとは思うんだがね…。」

「まぁとりあえず、来週は誰も予定入っちゃいないんだから、電話してみようか。」

 渋い顔をする先輩を横目に電話を取り出した師匠は、東さんに電話を掛ける。

 難しい顔をする先輩とサキイカを齧るマシタさんとのギャップが酷い。

「田辺です。倉上から話は伺い、メールの方確認しました。」

『~~~。』

「はい。ええ。来週月曜の10時…分かりました。ええ、3人で伺います。えーっと山岳ガイドの?…ええ、一人心当たりあるので、その時も引っ張れるか確認してみます。はい。では、休日出勤、お疲れ様でした。」

「てことで、来週月曜10時に向こうさんのビル訪問な。」

「了解です。」

「OK。」

「ところで山下ぁ」

「なんですかぁ?」

「お前確か資格類とったとかいってたけど、ガイド関係の何とったんだ?」

「えーっと、山岳ガイドと山岳レスキュー技能検定に国際山岳ガイド、あと最近流行りのドローンもとったんですよぉ。国家資格の方。結構いい値段して、バイトが大変でしたねぇ。」

「お前、ドローンなんざ取ったんか!ってことはデッカイの買ったわけ?」

「いや流石に産業用までは手が出せなくてぇ、画質優先で密林さんでポチったばっかです。」

「買ったばっかかよ!」

「ドローンで国家資格とか要るんですね…。」

「人の上を飛ばすときはねぇ…N〇Kからお呼ばれすることを期待して取っちゃったんだよ~。」

「あー、世界遺産とか流してますね。」

「あー確か、山下はラジコンヘリとかやってたな。てことはドローン操作も手馴れているんか…?」

「ヘリに比べたら退屈ですよ~。勝手にホバリングしますしね!あれを落っことすヤツは逆に才能ありますよ!」

「そうか、ちなみお前来週暇?」

「親父ももう退院するんで、しばらく手伝いはしてますけど、暇ですよぉー。」

「そら良い事聞いたわ。さぁ滝本!飲むぞ!」

「「(うわ、巻き込む気だ。このオッサン。)」」


 ご機嫌そうな顔でキッチンへ歩いていく師匠を見て呆れるも、マシタさんを巻き込めるなら正直安心である。なんせ、実際に踏査となれば、川を遡上し谷を上がりそこから下手すれば懸垂降下なんて可能性もあるわけだ…。


「(よし!全力で押し付けよう!)あ、ツマミ持ってきたんで、これも食べてください!マシタさんもどうですか?」

「おーこれは…しろうおの塩辛?」

「おう!珍しいもん持ってきたな!ほら、ミミガーあるぞ!山下食え!ビールもじゃんじゃん行っちまえ!」

「あ~良いですねぇ~!くぁああ!美味い!」

「(あ、先輩も押し付ける気だ…)」


 ——

 ——

 ——


「よゆうですよ~。ニートみたいなもんだからぁ、よてい~?いつもあいてますよ~。」


 小1時間もすると、完全に出来上がったマシタさんがベロンベロンの状態で提案を快諾した。

 次回調査では楽ができそうである。


 ——

 ——

 ——


「こちら、大学の後輩にあたるフリーの山下です。山岳ガイド、国際山岳ガイド、山岳レスキュー技能検定あと二等無人航空機操縦士を持ってます。」

「えぇっと?どうも、よろしくお願いします?」

 

こうしてマシタさんの調査参加が確定した。

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