冬季調査3日目
牡丹鍋をつついた翌々日、ついに冬季調査最終日を迎えた。
2日目の調査では生憎の雪となり、クマタカの姿はおろか、屋外で待機することも難しく、現地の状況を記録するだけでもっぱら車中待機、ついでに言うならば、降雪と積雪で林道の入り口をなかなか見つけられず、皆初日の倍くらいの時間をかけて調査地点入りする有様であった。
『こちら15番、無事現地到着しました。これから調査開始します。』
『18番まもなく現~~~~~、~~~~。』
『16番感度良好~。こちらも調査開始しています~。』
「こちら倉上、今19番の林道入り口に到着しました。まだ掛かりそうです。東さんはちょっと感度悪いです。」
他の面子から到着連絡が入る中、県道の積雪が予想より酷かったため到着が遅れており、少し焦る。GPS地図を確認し、さぁ林道に入ろうかという時に、村外方面のカーブから対向車が見える。
「(こんな早い時間に珍しいな…って!)」
<ズザザザザザザー!ドン!>
目の前で、雪に足を取られ横滑りした軽トラックがガードレールに突っ込む。
「やばい!…ととと。滑るな…!」
慌てて車を駐車すると、無線機を掴み外に出る。新雪積もる道路を足を取られつつ速足で軽トラックに向かう。
運転席の窓を見れば、エアバックに凭れ掛かるよう力なく気絶した男性が見える。
「マズ…!<ゴンゴン!>大丈夫ですかー!聞こえてますかー!…(気絶している!)ドア開けますよー!<ガンガン!>(鍵が…くそ!助手席が開いてる!)開けますねー!」
助手席を開け車内へ侵入する。焦げたような異臭がする車内に入ると、すぐに運転手に声をかける。
「聞こえますかー!もしもし!」
耳元で再度声をかけるも反応はない。
「(…意識なし?とりあえずシートベルト外して、連絡…!いや、先にブレーキとエンジン切らないと!)車止めますねー!っと。「っうう」!聞こえますかー!すぐに救助呼びますから!頑張ってください!」
エンジンを停止させ車外に出ると携帯電話を取り出すも、やはり電波は圏外である。
「(電波が無い…!)すぐに戻りますね!もう少し頑張ってください!」
急いで車に戻ると無線機のマイクを手にとる。
「CQCQ!こちら倉上、林道入り口で交通事故!携帯圏外につき救急連絡お願いします!」
『えーと西田です!もう一度お願いします。』
「19番林道入り口の県道で軽自動車スリップ事故、運転手意識無し!こちら携帯は圏外です!どうぞ!」
心臓がバクバクと拍動するのを聞きながら、返事を待つ。
『西田です。どなたか電波ある方いますか?あと倉上さんアマ四無線積んでますか?』
「(アマチュア無線機!)あー!はい!あります!緊急のチャンネル何番でしたっけ⁉」
『145.5です。すぐに準備してください。あと無線機を手放さないようお願いします!』
『田辺です。こちら電波なしです。』
『東も無しです。』
『了解です。倉上さんは引き続き事故現場で、私が一度下山して集落から連絡します!』
「了解です!」
ダッシュボードからアマチュア無線機を取り出し、周波数を145.5Hzに合わせる。
「CQ!CQ!どなたか取れる方いませんか!こちらJJ1A11!CQ!CQ!山中にて交通事故発生!緊急連絡のため交信中!」
「(ダメか…!)」
『<ザァァァァ…ピッ!ザァァァァ…ピッ!>』
「(誰か取った!…こちらの受信ができないんだ…!)CQ!CQ!こちらJJ1A11!G県T村県道にてスリップ事故発生!ドライバー意識なし!携帯が圏外のため交信中!どなたか取れませんか!」
「(…出ない…爺さんが心配だ…!)」
業務用無線とアマチュア無線機を腰につけ、事故車両へ急ぐ。
「こちら倉上!アマ四無線、受信感度が悪くて通じません。師匠!そちらから呼びかけ出来ますか⁉どうぞ!」
『はい田辺です。了解呼び出しチャンネルよね!』
「そうです!145.5です!誰か取れてるっぽいです!」
『了解!』
少し待つとアマチュア無線機のマイクスピーカーが起動した。
『CQ!CQ!こちらJ12A18局!JJ1A11から引き継ぎ、G県T村県道にてスリップ事故発生!ドライバー意識なし。携帯が圏外のため交信中。どなたか取れませんか。』
『<ザァァァァ…ピッ!ザァァァァ…ピッ!>』
「(通じたか…⁉)」
『AA99A99局さん、感度良好です。JJ局は受信感度が悪くて取れないようです。地点詳細を一度読み上げさせます!友希!聞こえたな!場所詳細を発信しろ!』
「了解!こちらJJ1A11局!G県、T村、県道〇×号、T村南側にてスリップ事故、高齢男性が意識不明です。えーっと最寄りの電柱のナンバリング確認しますどうぞ!」
『引き継ぎ復唱します。G県T村、県道〇×号、T村南にてスリップ事故、高齢男性が意識不明、現在最寄りの電信柱の番号を確認中』
『<ザァァァァ?…ピッ!ザァァァァ!…ピッ!>』
15m程後方に電柱を認め、足を滑らせながらも轍を走り、電柱のプレートを探す。
「あった!電柱番号読み上げます!1枚目行きます…NTT!T南XX!繰り返しますNTT!T南XX!…2枚目が…99! AA999!繰り返します99! AA999!です!どうぞ!」
『<ザァァァァ?…ピッ!>』
『倉上もう一度頼む!』
「こちらJJ1A11局です。事故現場最寄りの電柱番号は…N、T、T…T、南、X、X!繰り返しますNTT!T南XX!…2枚目が9、9、A、A、9、9、9!繰り返します99! AA999!です!どうぞ!」
『<ザァァァァ!~認しました。~ら~に通報し~~。ピッ!>』
『こちらJ12A18局です!ご協力ありがとうございます。救急到着までチャンネル待機しておきます。どうぞ。』
『<ザァァァァ…ピッ!>』
どうやらアマチュア無線機で外部への連絡に成功したようで、安心すると今度は業務用無線機のマイクが起動した。
『田辺です。アマ四無線機で第3者に通報を要請しました。念のため西田さんも通報お願いします。どうぞ。』
『はい!西田です!良かった…こちら10分程で集落に到着できそうです。倉上さん、被害者さん呼びかけ続けて!あと呼吸の確認、必要があれば気道の確保もお願いします!』
「はい倉上です!呼吸と気道了解です。救急来るまで現地待機します。どうぞ!」
『はいお願いします!』
マイクを手放すと急いで事故車両まで引き返し、老人の状態を確認する。
「聞こえますかー!今救助呼びましたー!頑張ってくださいー!(呼吸は…大丈夫そうだ!変に触らない方が良いか…って!管理人さんじゃん!)」
老人に呼びかけた際、見覚えのある顔を見て驚き、再び無線機のマイクを握った。
「こちら倉上…事故のけが人は多分…キャンプ場の管理人の柴田さんです。えー呼吸は出来ていますが意識はありません。どうぞ。」
『…了解です。通報後キャンプ場にも連絡します。田辺さんと東君は調査の方継続お願いします。どうぞ。』
慎重に運転席の鍵を開け意識を失った柴田さんに声を掛け続ける。
「柴田さんー!聞こえますかー!今救急車向かってますよ!お孫さんも連絡してます!聞こえますかー!」
声をかけるも聞こえるのは呼吸音のみで変化はない。
——
——
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その後、西田さんと孫娘のケイコさんが事故現場に合流し、しばらくすると緊急車両が到着した。念のためにと西田さんも病院まで付き添うこととなり、3名体制で調査を継続した。待望であった巣材運びを確認出来るも、西田さんは終日戻らずそのまま定刻となったため、携帯電話の通じるコンビニに集合し、データの提出と打合せをすることになった。
「…ええ、無事終了しました。ええ、はい。こちらは巣材運びを確認出来ましたので、問題ありません。はい県立病院ですね。A県の。はい。はい。…では、一旦今日は解散ということで、はい。わかりました。今日はデータをサーバーに上げたら直帰します。発注者さんには…はい。了解です。お疲れ様でした。」
電話先の西田さんへ報告をおこなっていた東さんに問いかける。
「どうでしたか?」
「A県の県立病院に搬送されたようで、先ほど意識を取り戻したそうです。ただ、お孫さんが大分動転しているみたいで、ちょっと離れられる状況じゃないそうなので…しばらく付き添うようです。データに関しては吸い上げ終わっていますので、本日はこれで終了ということでお願いします。」
「とりあえず、無事ということですね?了解です。」
「ゆうき、お手柄だったなぁ…。」
「そうですね…今日は流石に疲れましたね…。」
「こんな事あるんですね…。」
「そらぁ人間生きてりゃあこんな事態もあるさ!まぁ生涯で1回くらいだろうけどな。」
「「つまり/まず、無いってことですね。」」
「ハモるな気持ち悪い。まぁそうだなぁ。とりあえず、今回調査は良いとして、次回調査の事よ。これだけゴタつく現場は中々無いから、大変だけど、東君頑張って…。一応、当初予定のつもりで体は開けとくけど、また連絡ください。あー。前泊のことも聞きたいから、落ち着いたら一度俺に連絡くれればいいや。そっから滝本、倉上にも連絡付けておくから、…正直こんな状況だと、後手後手になってもしょうがないとは思うからなぁ…。変更無いようだったら一番後回しにして良いからなぁ。友希もそれで良いだろ?」
「そうですね。一息ついたあとで全然問題ないです。」
「あー。そうですね…正直助かります。」
「これから会社戻るんだろう?疲れてるから事故には気を付けて帰りなよ。俺たちもそうだが。」
「とりあえず、寝落ちしないように無線つけて帰りましょう。」
「あー、今日ほど無線の免許取って役立ったことは…いやあるわ…。」
「え…」「あるんですね…」
「あーちょっと遭難したことあってなぁ。まぁ今度話すわ。長くなるし。」
「…まぁそうですね。寒いですし、…気になりますが、次回調査の時のお楽しみとしましょうか。」
「確かにちょっと気になりますね。…とりあえず、今日はお疲れ様でした。また連絡いれますので、よろしくお願いします。」
「おう!本当気を付けて帰りなよ?」
「そうですよ…。柴田の爺ちゃんも事故ったばっかですからね。お疲れ様でした。…とりあえずエナドリでも買ってきますか…。」
「そうだな…。」
「僕も…。」