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冬季調査1日目の夜

 コテージに戻り、各自のデータを集約し確認される。その中で、目を引くのは、私が撮った写真を無理やり拡大したものだ。


「腕が悪くてすみません。いかんせん距離と装備の限界で…」

「いえ、距離があるので、どうしようもないですよ。あの距離だと大玉のそれこそ800mmクラスの超望遠レンズでも狙えるか怪しいですし。」


 西田さんの言葉に安心する。


「しかし、良く撮れたなぁ。確かにウサギじゃないなぁ。シカにしては体のバランスが違うし、サルか…」


 師匠の言葉を受け、この面子の中で最も経験が浅い東さんが口を開く。


「すみません。無学なもので…何か見分けるポイントでもあるんですか?」


 東さんの質問に少し困った顔で師匠が口を開いた。


「うーん。コツと言うわけではないんだけど、ほらこの手足の末端部分、ダラーンって伸びている感じがするでしょ?多分シカの類だと、ここまで伸びないと思うのよ。」

「あとは、手のひらと腕とか足の要素の比率的に、シカとは違いますよね。これは専門の方にまた伺ってみようかと思います。」

「っていうと、例の人骨の査定してくれたっていう博物館の方ですか?」

「そうそう。私の大学の同期が博物館に勤めてまして、その伝手で紹介してもらったんですよ。」

「西田さん…顔拾いですね…」

「そんなことは無いですよ。まぁ東君にもそれを引き継いでいる最中ですが、この業界はどうしても顔つなぎが重要になってきますので。」

「友希も色々と顔出してコネを増やさんと、食ってけんからなぁ。俺も色々紹介してやるよ~。」

「それは…よろしくお願いします。」


 人見知りが割と激しいため少し気が重くなるが、素直にうなずく。東さんを見るとこちらも委縮しているようだ。


「まぁ種類はともかくとして、無事餌運びだけは確認されましたので、あとは巣材を運ぶところが押さえられれば完璧ですね。先回までの結果から、他の猛禽はあまり寄り付いてないみたいですから、ディスプレイ(縄張りの主張や求愛などの恣意的な行動)とかは期待できそうにないですね。」

「そういえば、あの若鳥…田辺さんが撮っておいてくれていたので助かりましたが…あれは、ただの旋回上昇ですかね?」

「お前、あれだけ時間があったんだから1枚くらい撮っておけよ…だからまだまだなんだよ…。」


 個体識別の事を思いつかず、写真を取らずに見送ってしまったため、素直に頭を下げる。


「いや、申し訳ないです。」

「まぁ良いよ。どっちにしろ遠かったしな…あの感じだと、普通に高度を上げただけだろう。ペア個体は引きこもっていたみたいだから、多分…あいつは去年生まれたヘルパー個体なんだろう。今日餌を運んだ個体も大分尾羽がボロボロで特徴的だったから、明日明後日でペア個体とヘルパー個体が出てもすぐ分かるだろう。」

「そう言えば、ペア見てないですね。クマタカの産卵には少し早く無いですか?」

「まぁ餌の状況で多少は前後するだろうから、今年は餌が多いんかもしれんなぁ…。」

「そうですね…。もう抱卵している可能性はありますね。ただ、そうなると…抱卵個体は出てこないでしょうから諦め、巣材運びと餌運びに注視して視野を広げましょうか。」

「了解です。」

「了解。」

「倉上さんの地点はやはり遠過ぎるので、そちらに東くん入ってもらって、視野を変えて、こちらのポイントを19番として入ってもらって良いですか?」

「あー、ここも林道からですね…。」


<コンコン…>


「…」「…」「…」「…」


 ほぼ無人のキャンプ場で、扉をたたく音に驚き皆口を閉じ、東さんが扉を開ける。


「はい…。」

「あーお話中すみません。夕食の方、準備が出来ましたので、声だけでもと思いまして。」


 扉の外に居たのは、管理人のお孫さんであった。どうも打合せが長引き、思ったより時間が経っていたようだった。


「態々申し訳ありません。打合せが長引いて気づきませんでした。管理棟の方で良かったですか?」

「はい。今日は祖父が不在でして、私の方で準備させていただいてます。」

「それは楽しみですねぇ。あと10分程で打合せが終わりますので、その後にうかがわせていただきます。」

「分かりました。それではごゆっくり…」

 管理人のお孫さんが立ち去ると対応していた西田さんが口を開く。

「ちょっと驚きましたね。あー結構時間が経ってますね…。柴田さんも来られたことですし、今日はこの位にしておきましょうか。倉上さん、地点の方は資料にありますが、場所は大丈夫ですか?」

「あー。大丈夫です。昨日行きがけにスタックしかけたところから入るんで…分かります。現地の写真もありますしね。ちなみにここの林道も施錠とかされていないんですよね?」

「ええ、大丈夫です。正直このあたりの管理組合はあまり精力的ではないので、手続きとか少なくて楽なんですがね。…ただ、道の整備があまりされていないので、…ジムニーなら楽勝ですよ。」

「僕のジムニーオンボロなので…過度な期待はしないでくださいよ。」

「とりあえず、夕飯にしましょうか。綺麗なお姉ちゃんが準備してくれたから、いつもみたいにインスタントみそ汁に川魚焼いただけ!とかは無いでしょう。」

「師匠ぉ…最近フラグがよく立っているんで、言葉にしないでくださいよぉ。」

「それ言ったらなぁ。…まぁお子さんが行方不明なのに、変に暗くなってなくて助かったわ。飯の時も気まずい雰囲気だとねぇ…」

「そのあたりは気をつけて、あまり話題に出さないようにしましょうか。」

「ですね。」



 幸いなことにやってきた管理棟で目にしたのは、巨大な鍋とおひつに出されたご飯。つまりはご馳走であった。油を含んだ水蒸気が満ちる室内に期待は高まる。


「これは…。」

「今日は大分冷えましたので…貰い物ではあるのですが、猪肉が手に入りましたのでお鍋の方用意させていただきました。何かありましたら、事務所の方に居ますので。それでは失礼します。」

「これはご馳走ですね…ありがたく頂戴します。」

「冷えましたから助かります!ありがとうございます。」

「態々すみません。」「ご馳走になります。」

 一瞬の困惑があったも、蓋を開けた瞬間立ち上がる味噌と肉が煮えた香りに一転、各々が謝意を示し、箸を手に取り、西田さんの音頭で手を合わせる。

「では、「「「いただきます!」」」」


 お玉で具材を取るも、冷えた体に先ずは汁をと無言で啜る。味噌で味つけをしてあるが、予想外に甘い。油は意外にあっさりとし、しつこさを感じない。そして生姜の効いた汁が胃腸に流れ込み腹の奥から温まるのが分かる。


「(これは…)美味い!」「ええ…。」「良い味だなぁ。」「美味しいですね…。」


 具材はおそらく猪肉、白菜、豆腐にネギとシンプルなものとなっているが、赤みそとおそらく白みそが合いまった甘めの出汁と合わさり、さらに加えて冷えて疲労した体がスパイスとなった結果、えも言われぬ多幸感が体に溢れる。


「…空腹が最高のスパイスとは言いますが…ンクっ!ウマ…!」

「冷えた体に効きますね…」


 言葉少なめにいや、時折「肉…」とか「白菜を…」とか「ネギと汁を多めに」とか聞こえるも、鍋を啜る音だけが室内を支配する。気が付けばお櫃の米は無くなり、皆腹を押さえて椅子に力なく凭れ掛かっていたいた。


「ヤバいですね…予想外に美味かったです。」

「これは、ちょっと宿代足がでてるんじゃないですか…?」


<コンコン…>


 言葉少なげに余韻を味わっていると、控えめなノックが聞こえ、東さんが口を開く。


「あ、はい!」

「あのー。ちょっと静かすぎたので、気になってしまったのですが、何か問題でもありましたか…?」

「いえ、大変美味しくて、お恥ずかしながら、無心で食事に集中してしまいまして。」

 美人良妻賢母系お孫様の言葉に西田さんが一同を代表して口を開く。

「あぁそれなら良かったです。ご満足いただけたようで、安心しました。祖父が作るともっとこう華やかに盛り付けるのですが…」

「ええ⁉」

「え?」


 思わず声を上げた東さんに柴田さんが首を傾ける。


「あーいえ、夏秋とお食事の方準備して頂いたのですが、焼き魚はともかく結構出来合いのものを頂くことが多かったので…」

「あぁすみません。何分、祖父も年なもので。」

「いえ!不満があるわけではないんですよ?むしろ、キャンプ場なのに、食事の準備までして頂けているので大変助かっています。インスタントラーメンで済ましたり、出されてもすべてレトルトだったりなんて良くありますので!まぁ田辺さん達は野宿しながら作ることも多いみたいですけど…。」


 珍しく焦った声で西田さんが続ける。


「あー野蛮ですみません。宿代ケチって滝本さんにつき合って野宿というパターンが多いもので…。と言うか、しし鍋?美味しかったです。これは赤と白を合わせて作ってるんですか?」

「はい。ぼたん鍋ですね。祖父直伝の味付けで、地元の白みそをかなり多めに合わせているんですよ。」

「おい友希、味しっかり覚えとけよ?今度滝本にも食わせてやれ。」

「良いですね~。猪肉は…豚で代用するとして、また河原で一杯やりますか~。」

「とまぁこんな人ばかりなので。電話をする度に山やら川やらで飲んでいるんですよ…。」

「そうなんですね。ご満足いただけたようで、こちらこそありがとうございます。えーっと、明日は朝食だけでよろしかったのですよね?炊飯器にご飯を炊いておきますので、出発前にまた捕食室の冷蔵庫に用意しておきます。」

「助かります。普段はおじい様の方が準備されているかと思いますので、あまり無理せず軽く用意して頂ければ構いません。ちょっと今晩は豪華過ぎて驚きました。」

「今晩はたまたま食材が手に入っただけですので、実はあまり手間がかかっていないので、大丈夫ですよ。鍋は…綺麗になくなっていますね。食器類はキッチンの籠に干しておいてください。それでは失礼します。おやすみなさい。」

「「「「ご馳走様でした!」」」」


 柴田さん(孫)が立ち去ると多少、膨満感が納まり、西田さんが口を開く。


「さて、片付けしたら休みますか…」

「やぁ正直、初対面…いやチェックインの時は空気が死んでましたが、柴田さん良い人で助かりましたね…。」

「あれはなぁ。どうしようもないけど、とりあえず、来月の件、西田さんよろしくお願いします。」

「ええ、なんとか調整しますので、前泊での捜索はよろしくお願いします。倉上さんは、何か持ってそうですから…何かしら貢献出来ると良いですが…。」

「いやいや、持ってるて…7月の骨の件ですか…?あれは驚きましたが。最悪のケース考えると…うーん。まぁ覚悟だけはして入るようにします。」


<カタッ…>


「あっ…」

「今の聞かれせちゃいましたかね…」

「まぁ聞かれて困るようなことでも無いですし…大丈夫でしょう。」

「すみません。気抜いてました。」

「いえ、大丈夫ですよ。明日か明後日にはこちらから打診するようなことですし。とりあえず、片付けも済みましたし、今日はもう休みましょう。明日は、巣材運びをなんとか押さえたいですね。」



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