灼熱の河原で
ジリジリと肌を焼く炎天下、身長160cm程の人影は、ジャングルハットの縁を掴みながら、雲一つない空で兆しを探している。時間にしてかれこれ5時間ほど、木影一つない河原で立ち尽くした状態である。
薄く緑がかった目を細めながら太陽を睨みつける。一番若いから、それにカバーが効きやすくいから!と、日当たりが最も良好な地点を押し付けられたのが運の尽きだ。胸元付けた無線機のマイクスピーカーは2時間前の生存報告以来、沈黙を保っている。防止の中まで熱が籠り、朦朧としてきた気がする。長袖の作業着を脱ぎ捨て目の前を流れる川に飛び込んでしまいたい衝動に駆られる。一度、先輩に声を掛けてから、陰のある車に避難するべきだろうかと思った瞬間、小鳥の鳴き声が一瞬止まる。
<ピルルルルルルゥーケッキョケッキョケッキョケッキョ…>
一瞬の間をおいてウグイスが突如、警戒心に満ちた声を上げた。
「…(来たっ?)」
肉眼で空を見渡し変化がないこと確認すると、ストラップが汗を吸い軽く異臭を放つ双眼鏡を構えると、眼前の山肌を舐めるように確認していく。しかし、念入りに2回ほど確認するも期待していた兆しは見つからない。
「…(カラスに警戒しただけか…?)」
熱中症になる前に車へ避難しようと思い、無線機のマイクを掴んだ瞬間。無線機のスピーカーが電子音と共に音声を吐き出した。
『こちら1番!4番上空にKT旋回中!川の丁度真ん中あたり!』
「…(見逃した!?)…こちら4番、了解!確認します!」
双眼鏡を手放し、即座にマイクのスイッチを押し連絡を入れる。腰元に吊り下げた重みを確認しつつ、首を回し頭上を見上げれば、炎天下で待ち続けた待望のソレが目に映る。
「…(アレか!)こちら4番、キャッチしました!」
目標の飛翔高度が思っていたよりも低く、ゴマ粒というには大きく精々米粒程に見える黒い点へ向け、腰もとにぶら下げていた一眼レフカメラを振り上げる。一眼のファインダーを覗き、中心に映る黒点と露出ゲージを確認すると、ダイヤルスイッチをガリガリと回しながら、十数回シャッターを切っていく。
<カシャ!ッカシャ!カシャ!カシャ!カシャ!カシャ!カシャ!…>
『こっち、山バックでロスト!』
「了解!こっちで追います!!(先輩も師匠も見てないから、ロストしたら不味い!)…っ。」
1.5kg程のカメラを上空へ向けたまま頭上を旋回する米粒を見失うまいと睨みつける。内心は立った今撮影した写真が上手く撮れているか気になり落ち着かない。
「…(露出(撮影した写真の明暗のバランス)の調整は間に合ったハズ。上手く撮れていて頂戴よ…。)」
そうして数分ほど頭上を見上げていた結果、無理な姿勢の負担は体へ現れる。
「…(あっ首が攣る…ヤバいかも…。)」
たかだか1.5kgとは言え、錘を抱えバレリーナような姿勢を保っていれば、当然のように首と腕に負担がかかる。一眼レフを下ろし、軽量の双眼鏡で監視を続けたい所であるが、高高度まで舞い上がった猛禽類から一瞬でも目を離せば、見失う可能性があり、恐ろしくてなかなか手放せない。数秒程どうしたものかと苦悩していると再び無線機が音声を受信した。
『はい、こちら7番もキャッチしました~。友希の上舞ってますね!』
「…(神が居た!)」
マイクの向こうへ心の中で感謝しながら、一眼を下ろすと、頭上を旋回する黒点を確認しつつ、気になっていた撮影した写真を横目で確認する。
「…(よし!体色が分かる程度には撮れている!)」
一眼のモニターから目を外すとともに、双眼鏡を構え、黒点の動向を注視すると…ソレは上空を旋回しながらさらに高度を上げ、ゴマ粒程の大きさになると、対岸に見えていたの山を越えて飛び去っていった。
「4番、高度上げ南東へ流れ、地点南東の尾根で見切れてロスト」
『1番了解。』
『はい。7番も、今尾根で見切れてロスト~』
「っふぅ…。」
警戒を解きながらため息をつく。半日ほど炎天下で待機し、ようやく目的の猛禽類の確認が出来た。3日間の調査の初日、しかも初現場の成果がこれなら上場だろう。吊り下げた一眼をプレビューモードにして改めて成果の確認をする。
「(逆光で白飛び(被写体と背景に対して、露出が高すぎ、真っ白な写真になること)している…。)」
<スッ、スッ、スッ、スッ、スッ、ピタ。カチカチ。>
確認した画像が7枚目程になり、ようやく鳶色の体色が確認出来る。動き的にもトビではないと思ったが、やはりKT…クマタカだ。心の中でガッツポーズを取るも、この写真は残念ながらピントが合っていない。頼みますよ…と拝む気持ちで次の画像を表示すると、真っ白な背景にオーバー気味(明るく映っている写真、この場合想定していたよりも明るいが、特徴の確認には使える程度の写真)ではあるが、尾羽の枚数まで確認できる写真が表示される。どうにか妄想ではなく真っ当な証拠(写真)を残せたようで安堵する。
『こちら7番。野帳はそっち任せて良いかね~?』
「はい。4番です。一応、そっちも記録お願いしていいですか?4番のナンバー1の軌跡で記録します。写真はどうでしたか?」
『はい。了解~。一応撮ったけど、ほぼ点だったわー。右翼P2(初列風切羽の2本目)欠損の個体でええかね?』
『確認します…ええ、そうです。これは…P3っポイですね。こちらは逆光ですけど、何とか撮れました~。』
7番地点で調査をする師匠と会話を続けていると、最初にクマタカを見つけた1番地点の先輩から連絡が入る。
『二人とも楽しそうだねぇ!適時休憩取ってよ!特に倉上は逃げ場ないんだから!』
『はい、4番…(そのつもりだったし)了解。野帳書いたらちょっと車内で体冷やしてきます。』
『了解ー。初日から倒れられたら敵わん!Aさん、フォロー頼んます!』
『ハイハイ!了解~。しっかりクールダウンしてきなよ~。』
「ちょっと抜けますね~。車の空調壊れてるんで、せめて日陰に入りたいです。おーばーぁ。」
無線機のマイクから手を放し時計で時間を確認すると、わずかに頭痛がする。「…はぁ(熱中症になりかけか?空調は死んだ愛車だけど、経口補水液があったハズだ…。)。」
などと考えつつ土手を這い上がると、木陰に駐車したハズの車を目指した。
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「うわ…ミスったかぁ。」
愛車を駐車した路肩に到着すれば、太陽が大分高く昇ったためか、黒塗りの四駆車は日差しに晒され、高熱を帯びていた。気のせいか近づくだけ熱を感じる。溜息をついて、覚悟を決めリアドアを開けると、クーラーボックスから温くなった経口補水液を取り出す。
<ゴクッ>
「…!(あっ。美味しい!)」
口にすれば甘くもなく塩辛さが気になる経口補水液であるが、脱水症状が酷い時ほど甘美に感じると言う。どうやら自分の状態はちょっとヤバ目であったらしい。そんなことを考えながら一気に経口補水液を飲みきると、A3サイズの記録野帳に本日唯一の成果を記録し始める。現在地から見える山の山頂、コンパスとスマートフォンでGPSの位置情報を確認し、記録紙の地図上へとクマタカの飛翔ルートを記入していく。初日調査でとりあえずは案山子の木偶の坊を避けられたことに安堵しつつも、キンキンに冷えたスポドリを浴びるように飲みたいなぁ…などと考えていれば、胸元に引っ掛けていたマイクスピーカーが音声を伝えてくる。
『ロストしたの13時56分で良かったけ~?』
『ミッちゃん低空で4番へ流れた!』
どうやら…まだ休めないようである。
「そうです。ミッちゃん了解!すぐ戻ります。」
『了解、よろしくー!』