悪役もドアマットもお断りですわ
エリシア・フラウベリンは少し前まで公爵令嬢だった。
母が亡くなり、その少し後に自らに残された資産と共に修道院へと行ってしまったので、今はもう公爵令嬢として暮らしたりはしていない。
修道院で慎ましく、それでいて日々を穏やかに過ごしている。
時折父からの手紙が届くが、エリシアはそれを見る事なく暖炉にくべていた。
どうせ見なくたって中身はわかりきっている。
それに、今のエリシアはもう公爵家の令嬢などではない。
あれは父親「だった」人で、今はもう父と呼ぶ存在でもないのだ。
時々届く手紙の存在だけが煩わしいが、それ以外は何も文句のない生活。
エリシアは生涯をここで過ごしていく心積もりであった。
貴族の娘として生まれた以上、政略結婚というものもいつか我が身に訪れるものと覚悟はしていた。
していたけれど、そうなる前にエリシアは修道院へやって来たので政略結婚以前の話である。
それ以前に婚約者すらまだいなかった。
それでもエリシアが言える事は、
「政略結婚なんてロクなものではありませんわ」
――である。
別に真に愛する者とだけ結ばれるべきだ、なんてお伽噺の中のお花畑のような理想論を振りかざすつもりはない。けれどもエリシアがそう言うのは、エリシアの両親が政略結婚で結ばれたからに他ならない。
父は母を愛してなどいなかった。
母は父を愛そうと努力はしていた。
けれど、一方だけが歩み寄ろうとしたところでそんな関係は築き上げられるどころか早々に破綻していて。
父はほとんど母のいる屋敷に寄りつかなかった。
必要最低限の関わり。
それは、エリシアが生まれる前も、生まれた後も変わらない事だった。
では、それ以外でエリシアの父がどこにいたかと言えば、簡単な話だ。
真に愛する者である愛人の家。
エリシアの父、カルロスにとってはむしろ愛人こそを妻として迎え入れたかっただろうに、しかし愛人の家柄的に妻にするには難しく、結局親が決めた結婚相手である母を妻とするしかなくなったものの、カルロスはそれを良しとはしなかった。
公爵としての執務がある時、必要に駆られて以外で公爵邸に姿を見せる事などほとんどなかった。
なのでエリシアにしてみれば、父親との接触なんてほとんどないのである。
幼い頃は寂しさを覚えた。どうしてお父様は家にいらっしゃらないの? なんて母に聞いたこともある。
けれどある程度成長してからは、いない方がむしろ当たり前で、家に戻ってこられた日は憂鬱ですらあった。
もし、母がもう少し早くに亡くなっていたのなら、エリシアの人生は今以上に悲惨な事になっていたかもしれないけれど。
母が亡くなったのは、エリシアが十七の時。じきに成人を迎える頃であった。
この頃には既にエリシアは貴族院に通っていたし、未だ婚約者の決まっていない娘という事で学院で縁を繋ぎたいと思う令息たちから声をかけられる事だってあったけれど。
エリシアはにこやかに微笑みそれらを躱していた。
学院に通って二年半ばで母が死に、その後喪が明ける間もなく父は愛人とその間に生まれたエリシアにとっての異母妹を連れて戻ってきた。
異母妹は無邪気によろしくお願いしますお姉さま! なんて言っていたが、生憎よろしくするつもりはこれっぽっちもない。
当たり障りのない態度で接して、そうして速やかに支度を整えてエリシアは家を出たのだ。
出奔だと連れ戻される可能性は高かったが、まぁどのみち今の今まで放置していた娘が家を出たからとて、父だった相手もすぐに連れ戻そうなんて考えたりはしないだろう。
そんな予想は見事に当たった。
修道院に入る際、貴族籍は抜いてきた。
その上で、事情を説明して修道院に入ったのだ。
学院だって当然退学。
これでもし、父がエリシアをそれでも連れ戻したとしても、そう簡単に思い通りにいく事はなくなった。
既に貴族ではなくなったとはいえ、修道院に身を寄せた時母が遺してくれた遺産の一部を寄付した事で、エリシアの立場は貴族であった時とそう変わらない。
大変かつ面倒な雑用や下働きは平民出身の修道女たちの仕事で、エリシアはそちらに回らず他の貴族の女と変わらぬ写本作りだとか、刺繍といった針仕事などが仕事として割り当てられている。
平民になったくせに貴族としての美味しいとこ取り、と考えると周囲のやっかみを食らいそうだが、しかしそうはならなかった。
むしろ周囲はエリシアに同情的ですらあった。
何故って、フラウベリン家の醜聞が知れ渡っていたからである。
貴族である以上政略結婚はそこかしこの家で当たり前にあるけれど、しかし結婚前から既に破綻しているのが見えているのはフラウベリン家くらいなものであった。
いかに相手が気に食わなかろうとも、家を繋げるためそこら辺の不満は飲み込んで貴族としての務めを果たすのが本来であるはずなのに、しかしエリシアの父であるカルロスはそうしなかった。
結婚前から愛人である女と共にいて、エリシアの母を蔑ろにし続けた。
それでも一応エリシアという子を産む事になったのは、当時のカルロスの親から叱られせっつかれたからだと母が言っていた。
母の生家は代替わりし、エリシアにとっての祖父母は既におらず、またカルロスの親もエリシアが生まれた少し後に亡くなってしまったので、そうなると後はもうカルロスにとって小煩い事を言う者はいなくなった。
つまりは、好き勝手できるようになってしまったのである。
実際母が死んですぐに愛人を家に連れてきたのだ。
そして愛人との間に既に娘が生まれていた。エリシアと一つしか違わない年齢である。
一応エリシアは知っていた。愛人との間に既に子が生まれていたという事を。
そしてそれが、娘であるという事も。
年がもっと離れていたならともかく、一つしか違わないのなら父が何を考えているのかなんてわかりやすすぎて予想する必要すらない。
子がエリシアしかいなかったのであれば、公爵家を存続させるために将来婿をとる必要がある。
何年も昔はまだ跡取りは長男である事がほとんどだったが、今は女であっても後継者とする事が可能となった。
なので子に余程の問題がない限りは、他から養子を迎えてそちらを跡取りに……などとするのは難しい。やってやれない事もないが、手続きがとにかく面倒なのだ。
カルロスには子が二人いる。
一人はしぶしぶ作った娘のエリシア。
もう一人は、望んで生まれてきてくれたマリナ。
本来ならばエリシアが後継者となるべきところではあるが、しかしカルロスにとってエリシアは邪魔者でしかない。
愛する者との間に生まれたマリナこそを、将来の後継者とするだろう事は余程の馬鹿であっても簡単に気付くだろう事で。
それもあって、エリシアは早々に家を出たのだ。
どこぞに嫁に出されて追い出されるくらいで済めばいいが、その相手がロクでもない相手かもしれないし、そうでなくとも邪魔だからと事故に見せかけて殺される可能性まで。
実に様々な最悪の想像が浮かび上がる。その最悪が一つだけならいいが、複数浮かぶ時点で相当である。最悪って最も悪い、の意だと思うのだが唯一じゃないあたりお察しという事なのだろうか。
エリシアが家を出た直後は、きっとカルロスも愛人も邪魔者が率先して家を出た事に歓喜したのではないだろうか。
余計な手間が省けたと。
異母妹に関してはどうだか知らない。
お姉さまができたと喜んでいたけれど、あれが本心であれ演技であれ、エリシアにはどうでも良かった。
どのみちマリナと末永くお付き合いをするつもりはこれっぽっちもなかったのだから。
大体、仲良くする必要はエリシアにはない。
もしマリナが本当に心から家族が増えたと喜んでいるのなら頭の出来を疑うし、演技であるなら尚の事。
演技であるならエリシアを悪者に仕立て上げ、周囲の同情を買って貴族の家に迎え入れられたばかりの至らない娘だが、健気に努力している風を装って味方を作るようにしたかもしれない。
まぁ、そううまくいくはずもないが。
本心から姉ができたと喜んでいるとするならば、そこで思考停止した状態なので間違いなく貴族としてやっていく事そのものに向いていない。
大体、カルロスが愛人の家に入り浸って滅多に屋敷に戻ってこない事なんて、他の貴族たちはとっくに知っているのだ。
公爵家であるために大っぴらに周囲も蔑むような事はできないが、それでも陰でボロクソに言われているのをエリシアは把握していた。
政略結婚でそこに愛がなかろうとも、それでもお互い最低限の礼儀というものがある。
貴族なのだからその程度の不満は飲み込み、最低限の流儀も礼儀も果たさなければならない。
けれどカルロスはそれすらしなかった。いや、できなかったと言うべきか。
ともあれ、そのせいで裏で公爵家――というよりはカルロスの評判は勝手に下がっていっていたのだ。
エリシアの母が社交界で何かを言わなくても、勝手に。
そこにエリシアが、学院であらかじめ噂というか、まぁ事実をばらまけば後は勝手に面白いように話なんて広がっていく。
エリシア本人は学院を退学しさっさと修道院へ引っ込むつもりだったので、その噂が醜聞として広まったところで特に痛い目を見るわけでもない。
痛い目を見るのは父だった男とその愛人から妻に昇格した女、そしてその娘だ。
無い事無い事嘘ばかりを並べ立てていたのならまだしも、エリシアは自分から見ての事実しか述べていない。
いくらカルロスが真実の愛がー、だのと表向き綺麗な言葉で取り繕ったところで、もう片方の真実ではなかった愛すらなかった相手の生んだ子目線での話が広まっていれば、一方だけの言い分だけを聞いて……などできようはずもなかった。
最初にカルロスが噂として美談をばらまいておけば、エリシアの噂など掻き消されたかもしれない。
けれど、カルロスは必要最低限、用がある時しか公爵邸に寄りつかず、その間家の中を切り盛りしていたのはエリシアの母、マローネである。
パートナーの同伴必須な場であればともかく、そうでない場でマローネがカルロスと共に参加した事がないという時点で噂の下地は充分出来上がってしまっていたし、公爵夫人として堂々と振舞っていた母は、愛などなくとも貴族としての役目を果たしているのだとその身をもって体現していた。
公爵家で仕えている使用人たちだって、マローネの味方だった。
勿論最初の頃はマローネよりカルロスの方に天秤が傾いていたようだけど、しかしそれは早々に終わりを迎えたのだ。
元々愛人がいると知っていた母は嫁いできた時点で端から幸せになれるなど思っていなかった。むしろ敵地に乗り込んだくらいの気持ちですらいた。
家から自分付きとして使用人を数名連れてくる事ができたのは、救いだとエリシアに笑って話していたくらいだ。
まぁ、母の実家より公爵家の方が大きかったから、大した事がないと侮っていたのかもしれない。
実のところ、エリシアが生まれた後。
幼くとも跡継ぎとなれるであろう子が一人生まれた時点で、カルロスはどうもマローネを排除しようと企んだようなのだ。
そうはいっても死に方次第では事件性を疑われ面倒な事になりかねない。
だから、毒を盛って衰弱させ、病にみせかけ死んでもらおうとしたらしいのだ。
当時、家令のジャクソンは愛する二人を引き裂いた悪女のようにマローネを見ていたらしい。
だからこそ、平然とマローネを排する事に、カルロスからの指示に従った。
マローネが飲む紅茶の中に、そっと毒を混ぜるだけ。
そうしてマローネが紅茶を飲むたびに、彼女は衰弱していきいずれは死に絶える。
茶葉と似たタイプの毒の葉であれば、混ぜ込んでしまえばすぐにばれないとでも思ったのだろう。
けれども最初から敵地にきたと思っていた母は、一切の油断なく警戒し続けていたからこそその企みに気付けた。母が実家から連れてきていた使用人たちが優秀であったのも大きい。
早々にその毒が混ぜられた茶葉の入った缶と、毒の入っていない物とをすり替えて、母は普通の紅茶を何食わぬ顔で飲んでいた。
すぐに衰弱するものではない、とジャクソンも理解していたからこそ、いつ効果がでるかと見ていたようだが、しかし一向にマローネは体調を崩す様子もない。
内心で焦れていたジャクソンに、ある日母は言った。
「このお気に入りの紅茶をそういえば以前貴方の娘にもおすそ分けしたのよ。彼女、美味しいって気に入ってくれたみたいで。
でも、そういえば最近あまり体調がよろしくないようね? 何が原因なのかしら、心配だわ」
目だけが笑っていない笑みを浮かべて言えば、ジャクソンは母の言葉の真意に気付いたのだろう。
「あぁ、そうね。原因を彼女に教えてもいいけど。実の父親が毒を入れた紅茶だった、なんて知ればどう思うかしら」
それだけで充分だった。
公爵夫人を害そうとした、なんて知られればどうなるかなんて言うまでもない。
ジャクソンは確実に罪を背負う形となるし、下手をすればジャクソンの血縁にまで責をとなる可能性すらある。
実際この一件は屋敷で働く者たちに知らされる形となったのだ。外に出して罪に問わないかわりに、マローネの敵に回りたいなら大切な誰かが犠牲になる覚悟をした上で臨め、と暗に告げた上で。
外に出してもいいが、その場合は当然罪人となり公爵家で働き続ける事などできなくなる。
この一件で、公爵家は母が掌握した。どのみちカルロスは滅多に家に帰ってこないのだから、遅かれ早かれ掌握はしていただろう。
たかが貴族令嬢一人と公爵家に劣る家格で働いている使用人数名、と侮った結果、公爵家に仕えていた使用人たちは見事にしてやられたのである。
カルロスがなんとかして母を排そうと使用人たちに指示を出したところで、これ以降素直にその指示に従う者はいなくなった。
ジャクソンは愛する妻の忘れ形見ですらあった娘を自らが仕込んだ毒によって失いかけたのだ。紅茶に毒が混ぜられていたという事実を明かせば、その毒を混ぜた人物をマローネは躊躇う事なく明かすだろう。
公爵家で家令として長年勤めている父親を誇りに思っているはずの娘がその真実を知れば、間違いなく失望する。失望で済めばいいが。
結果として、カルロスの指示に従う振りだけして、それらをマローネが偶然うまい具合に回避し続けているように見せかけていたのである。
蝶よ花よと育てられてきたはずの令嬢だったのに敵地に単身乗り込む気持ちで結婚に臨んだ母と、そもそも貴族としての役目もロクに果たさないぼんくらとでは勝負は見えていたのかもしれない。
カルロスの予定ではきっともっと早い段階でマローネは死んでいたはずだが、しかし母は生き延びた。
とはいっても、結局病に倒れ亡くなってしまったけれど。
それでも、エリシアがそろそろ一人でも大丈夫だと思えるくらいにまで持ちこたえてくれていた事には感謝しかない。
カルロスは相当焦っていたに違いない。
このままでは、家の後継者となるのはエリシアだ。
この国では成人と認められる年齢は、十八である。
それまでにカルロスはマローネと別れ後妻として真実の愛の相手と結ばれて、マリナを公爵家の正当な娘として届を出さねばエリシアが家を継ぐ事になってしまう。
それだけは避けたかったのだろう。
病に母が倒れてからは、早く死ねとばかりに色々と画策していたようだが、結局のところ今までの事を明るみに出せば使用人たちの人生も終了するので使用人たちがそれとなく阻止し続けてくれていた。
最初の頃の事はまぁ、そういうわけなので大目に見てあげる事にして公爵家での噂に関してエリシアは使用人たちの事はそれとなく庇う事にしておいた。
どのみち罪悪感を抱えてこれから先の人生を生きていく事となるのだ。それなのに使用人たちまでカルロスと同じ悪党のように思われてしまえば、今後の人生償いも何もあったものではない。
日々を穏やかに過ごしているエリシアではあるけれど、それでもかつての家の事は嫌でも噂として流れてきた。
喪が明ける前に後妻として愛人を引き入れたのは、そのままではエリシアが後継者となるだろうから。
学院を卒業した後で、家を継ぐ者は多い。むしろ学院を卒業する前に家を継ぐようなのは、余程の事情がある相手くらいだ。
だからこそ、マリナを家に迎え入れたカルロスは一先ず安心した事だろう。
公爵家の二人目の娘。真に跡継ぎとしたい愛する娘。
そんな彼女に全てを譲るかのように、エリシアは学院を退学し家を出て行ったのだから。
最初の頃は邪魔者が消えたとさぞ喜んだに違いない。
けれども、そう簡単にいくはずがなかった。
現にその後エリシアに家に戻れとばかりの手紙が届けられたのだから。
最初の頃は中身を読んだが、今はもう読んですらいない。でもきっと内容はそこまで変わらないだろう。
少し前まで聞こえてきた噂では、公爵家は没落寸前との事だった。
今はもう没落しているのではないだろうか。
マリナは貴族に向いていなかった。
彼女にとっては優しい両親だったのかもしれないが、しかし実際カルロスの妻はマローネだった。いくらカルロスが真実愛しているのはマリナの母でもあるミュナだと言ったところで、法的に認められている妻はマローネだ。
であれば、本人がいくらなんと言おうとも、ミュナはその時点ではカルロスの浮気相手でしかない。
そしてその二人の間にマリナは生まれた。
ずっと家にいて時々お仕事でいなくなる父親。
普通の家庭であればそれは、気にする事ではないのかもしれない。
だが、公爵邸にやって来た時点で気付くべきだと思うのだ。
本邸があるという時点で、本来こちらが正しい住処だと言われた時点で。
では何故今までそこに自分たちが住んでいなかったのかという事を。
ついでに姉ができたという事実にも。
その事実に気付かず浮かれていた時点で、それが演技であろうとも本心からであろうとも、どちらにしてもエリシアから見れば「無い」のだ。
学院を退学する前にエリシアは友人たちに事情を説明していった。特に口止めもしていない。
浮気相手の子が馴れ馴れしくエリシアに接してきた事も。
自分の立場を何一つ理解しているようではないという事も。
貴族の家に生まれた以上、己の立ち位置を理解できない相手なんてとんでもない爆弾みたいなものだ。
下手な相手につっかかって家ごと潰されるかもしれない、なんて事だってあるのだから、自分の家柄をよく理解し、そうして自分以外の者たちの派閥だとかをきちんと把握して動かないと、敵対派閥に下るような行動を知らずとってしまった、なんて事になりかねない。そうなれば親からだけではなく、その一門からも睨まれるのだ。
寄子となっている家の生まれであれば、最悪寄親からも睨まれるのだ。そうなれば一家の将来が途端に危うくなる。
マトモに育てられた貴族の子は、きちんと己の立ち位置を把握しているものなのだ。
いくら少し前まで庶民として暮らしていたからといっても、それならせめて学院に入るのはもう少し遅らせるべきだった。父がマリナを跡取りにしたいがために大急ぎで学院に通わせる事にしたからこそ、エリシアの流した噂はすさまじい勢いで広まったのだ。
「貴族としての最低限の常識も教わらないまま学院へ、なんてそれこそマトモな躾も予防接種も何もしていない犬を人の中に解き放つ行いも同然ですものね……」
いくらフレンドリーな態度でマリナがよろしくね、なんて言ったところで、常識知らずの相手が何をしでかし、また誰を巻き込むかわかったものではないのだから、マトモに育てられた貴族たちからすればよろしくしたくないのが本音である。
彼女が己の立場を弁えた上でそう言っているのならまだしも、間違いなくマリナはわかっていない。
マリナの母はカルロスがなんと言ったところで、妻から夫を奪った泥棒猫でしかないという事を。
カルロスにとって最初から愛して出会った順番もミュナが先だとしても。
先に結婚したのはマローネで、ミュナではない。
エリシアは友人たちから届けられた手紙の封を丁寧に開いて、中を見る。
もしマリナの態度が一向に変わる様子がないようなら、現実を教えてさしあげて、なんて面倒を押し付けたにも関わらず、友人たちはそんなエリシアの頼みを快く聞いてくれたらしい。
両親に愛されて幸せいっぱいなマリナは、自分が略奪愛から生まれた存在だと知って酷くショックを受けたらしい。
やっぱり理解できていなかったのね……としかエリシアは思わない。
周囲がマリナに対してそっけないのも、ひそひそと何やら小声で言うのも、てっきり少し前まで平民として暮らしていたから、それに関してだと思っていたらしい。
エリシアから言わせてもらえば、優秀な平民であれば貴族の家に養子として迎え入れられる事もあるので、別に元平民の現貴族なんて立場はそこまで珍しくもなんともない。
いちいちそれを毎回ひそひそしてたらキリがないと言ったっていい。
というかその程度のネタなどもう盛り上がる様子すらないのだ。わざわざネタにする価値すらない。
功績を出せば爵位を与えられる平民だっているのだから、元平民というだけでネタになると思っているのはむしろ平民だけだ。
結果としてどうして周囲がひそひそしているのか、という真実を知ったマリナはどうやら相当ショックを受けたらしい。まぁ、出自に関してはマリナが悪いわけではない。悪いのは親だ。カルロスがどうしてもミュナと結ばれたかったのなら、貴族をやめてから一緒になれば済む話だった。
その場合公爵家の跡取りに関して揉めたかもしれないが、少なくともマローネだって別の相手と結婚してもしかしたらそっちではお互い歩み寄って幸せな結婚生活を送れたかもしれない。
何より、公爵家で長年勤めていたジャクソンだって毒を仕込んだ結果マローネにしてやられて自分の娘が毒による衰弱……なんて事にならなかったかもしれないのだ。
ミュナとの仲をきっぱり清算してマローネと向き合っていたのなら、使用人たちだってマローネの事を格下だと侮るような事はなかっただろうし、結果として敵地のようなものと若い頃の母が覚悟を決める必要だってなかったかもしれない。
きっぱり言うのなら、諸悪の根源は父カルロスである。
あれが貴族としてちゃんとしていたのなら、こんな事にはならなかった。
だが恐らくあれは相当なぼんくらなので、きっと自分が悪いという事にすら気付かないのだろう。
実際学院でも、マリナ本人が悪いわけではないと思うのだけれど、でも……そういう事情のあるご家庭でしょう? なんて言葉を濁しに濁し、ハッキリ言えば公爵家という権力を持つから何をされるかわかったものではない、とやんわりふんわりマリナに理解させ、だから貴方が元平民だからというのではなく、あの家の人間だから関わりたくないの、と距離を取ったらしい。
更に他の友人の手紙を開封すれば、そちらはもっと踏み込んだ事を言ったらしい。
愛人の子となんて仲良くしたくない。
まぁそれは確かに、とエリシアだって思う。
いや、相手によるけれど、もしちゃんと自分の立場とか色々わかっている上で、お互いの距離をきちんとはかった上での付き合いなら、もう少し上手い事やれたのではないかと思う。
だがマリナはそんな事を理解してすらいなかったから。
貴方のお父さんが別の女性を連れてきて、腹違いの弟か妹も一緒にいて、貴方そちらと仲良くできるの? 貴方のお母様以外の女性と愛を囁いて結果できた子と? もしくは、貴方のお母様がお父様以外の男性と作った子の場合は? なんて明け透けに聞けば、マリナはようやくそこでエリシアにとっての自分がどんなおぞましい存在だったかを理解したらしい。
エリシアの気持ちになれば仲良くなりたいなんて思われるはずもないでしょう、と言われて、そこで自分がどれだけ無神経にエリシアに接していたのか、マリナは理解したようではあった。
そうでなくともエリシアの母が病気で倒れた時、父は見舞いに一度だってこなかった。
さっさと死ぬのを待っていたような男だ。見舞いにくるなどあり得ないだろうなと思っていたが案の定だ。
更に、昔母を亡き者にしようとしていた事実もちらりと明かし、このままだとエリシア様は貴方が家の跡取りになるために邪魔だと思われ殺されると判断して家を出たのよ、と突き付けたらしい。
自分を殺す原因になりうる相手と仲良くなどできるはずもないでしょうに、とズバッと言ってくれたらしく、言葉の刃が鋭すぎるとエリシアは手紙を読みながらつい笑ってしまった。
エリシア的にはマリナが学院で孤立したまま卒業すればいい、くらいの気持ちだったのに友人たちはそれを踏まえた上で更なるオーバーキルをしてくれたようだ。流石私の友人は素敵ね、愛してるわ。なんて手紙越しに思わずラブコールを送ってしまった。
たとえマリナにそんなつもりはなくても。
父であるカルロスにとっても、マリナの母ミュナにとってもエリシアという存在は邪魔で目障りなものだ。
マリナを次期女公爵とするためには、エリシアの存在はいない方がよいものである。
実際過去にエリシアの母マローネをカルロスは使用人に命じて排除しようとした事がある以上、今更何を言ったところでその言葉を全て信じる者などいるはずがない。エリシアは彼らが当時やった事をずばり周囲に話したわけではない。ふんわりやんわり言葉を選んでいる。だからこそ、排除されかけた、と周囲も知っているけれど、実際毒を盛った事は知られていない。だが、聡い者ならそのあたりは察していると思われる。
仲良くできるはずもないのに、しかし仲良くしなければお姉さまが冷たいの、なんてマリナが誰かに愚痴を零せばそれだけで、カルロスとミュナはエリシアが悪いと判断するに違いないのだ。
どうして妹を大事にしてやれないのか、なんて言われるだけならまだいいが、しかしいずれ邪魔だと判断されて秘密裏に始末されてしまっては堪ったものではない。
そりゃあわたくしだって同じ立場なら逃げ出しますわ、なんて友人たちはマリナに言ったらしい。
学院に通っていた時のエリシアは決して問題児などではなかった。
むしろ公爵家の令嬢として相応しい立ち居振る舞いをし、成績も優秀だった。
そんな学院にとっても誇らしいと思える生徒が、退学という選択をし、あまつさえ貴族籍を抜いて修道院へ逃げ込んだとなれば、いくらマリナがエリシアに友好的な存在であろうとも、周囲は決してマリナをありのまま見るなんて事はできない。
マリナがどれだけエリシアと本当の姉妹のようになりたいと願い望んでいたとしても、マリナの両親はそうは思っていないのだ。
優秀であるが故にエリシアはそれを早々に察し、自らを守るためにそうするしかなかったのだ、と周囲は受け止める。
勿論、他の方法があったと思う者はいるだろう。
しかし、その他の方法を実行するかどうかはエリシアが決める事であって、第三者が口を出す事ではない。
第三者にとっての最善と、エリシアにとっての最善であり最良は違うのだから。
エリシアは別に女公爵という立場に固執しているわけでもなかったし、面倒な身内を抱えたまま面倒な立場になんてなるつもりがなかった。自力で嫁ぎ先を見つけそちらに逃げ込むにしても、下手をすればその家まで面倒に巻き込む形になるかもしれないのだ。
けれど修道院ならば、そういった面倒はない。
神に仕える道を選んだ相手を無理に連れ戻せば教会との対立は避けられなくなるし、そうなれば国を巻き込んだ面倒事に発展する。
カルロスが無理に修道院までやって来てエリシアを連れ戻そうとしないのは、それをやれば王家が公爵家に何らかの処罰を下す可能性があるというのも大きな理由だが、単純にそこまでできる余裕すらないのだろう。
マリナは学院で周囲から遠巻きにされ、関わってはいけない相手のように扱われている。
実際関わっても旨味はない。
公爵家の娘といっても、貴族としての常識を学んできたわけでもないため、令嬢として不足部分ばかりが目につくような相手だ。
仮に彼女が女公爵となったとして、その婿となれば立場的には魅力的かもしれないが、現実的に考えると不足ばかりのマリナの補佐と言う名の召使になるようなもの。
女公爵の伴侶となったとしても、自分が公爵そのものになるわけではないのだ。
なのに仕事は公爵そのものと同じだけを求められるとなると、正直割に合わない。
妻がそれなりに優秀で、それを支えていくくらいならまだしも妻の仕事を全部背負い、挙句夫としての仕事も、と単純に一人で二倍働く事になるのだ。マリナがいつか女公爵として相応しく使いものになるとわかっているなら、期間限定で苦労をする事を選ぶ者もいるかもしれないが成人間近で貴族令嬢として不足しかない娘が女公爵として相応しくなるまで、果たしてどれだけの時間が必要になるか――
貴族としてマトモに育てられてきた者からすれば、ちょっと考えただけで割に合わなすぎるという結論に至る。
そうでなくとも、マリナの両親であるカルロスの評判は既に社交界で限りなく底辺、地に落ちていると言っても過言ではないし、マリナの母も同様だ。
能力的に不足ばかりのマリナは、見た目だけなら確かに可愛いかもしれないがそれだって正直、それくらいの容姿の女は探せばいくらでもいるものなので。
マリナが世界で一番美しいと思うような者であればまだしも、そうでなければマリナと結婚すればもれなくろくでもない噂しかない舅と姑もセットであるとなれば。
跡取りになれず成人後の身の振り方を考える令息たちであっても、わかりきった地雷に踏み込もうとは思わない。
それ故に、マリナと同じクラスになった令息たちは決してマリナと二人きりになるような事は避け、誤解がないよう徹底的に自らの振る舞いに気をつけ距離をとった。
令嬢たちも何せマリナの母は妻から夫を奪ったような存在だ。身分違いの恋に憧れ溺れていたとしても、現実を見据えず後妻となって貴族の仲間入りを果たしたと浮かれるような相手が母親である以上、その娘も同じように好きになってしまったから、なんていう理由で婚約者を奪うかもしれない。
穿った見方であろうとも、そういう疑いを濃厚にさせる生い立ちなのだ。マリナは。
自分の婚約者がそこまで愚かだとは思いたくないが、万が一という事もある。
ならば、最初から近づかず接点を作らない事が最善だ。
エリシアがいた学年と、入学したばかりの新入生との間で噂はあっという間に広がって、今更マリナが現実を知って打ちひしがれようと、カルロスが何らかの手を講じようと試みたところで。
結局のところ手遅れだった。
学院だけの噂で済めばよかったが、カルロスはミュナと再婚した時点で堂々と社交界にミュナを連れて参加したのだ。恥の上塗り、という言葉を知らないのかしら? とは他家のご夫人たちの言葉だ。
再婚の場合、相手の身分が最初の妻より下であろうともそこまでとやかく言われる事はない。だが、最初の妻を蔑ろにし続け、ずっと愛人と共に居た事が知られている挙句、妻が死んですぐさま再婚するような事をしでかした相手だ。
マローネが公爵夫人として不適切な人物であると周囲が思っていたのであればまだしも、そうではなかった。
マローネは夫に顧みられる事がなくても公爵家の使用人たちを掌握し、夫人としての役目を果たし、そうして夫婦で参加しなくても良い社交において精力的に人脈を築いてきた。
カルロスがミュナと長い蜜月を過ごしていた間に、マローネは自らの足場を固めていたのである。
カルロスは友人間でのやりとりはしていたようだが、それだけだ。
それでも彼がその時点ではまだ侮られたり嘲られる事がなかったのは、マローネによるものであった。彼女が妻としていたからこそ、彼は公爵としてそれなりに敬われていたのだ。表向きは。
しかしマローネが亡くなった直後、貴族としての礼儀作法も常識も中途半端なミュナを恥ずかしげもなく堂々と連れ回れば周囲は当然のごとくマローネとミュナを比べる。そこに気付けなかったのはカルロスだけだ。
ミュナがマローネより優れている点なんてなかった。
精々カルロスが愛しているかいないかの違いだ。
しかしそれはあくまでもカルロスにとっての感情であって周囲には関係がない。
周囲から見たミュナは、既婚者との関係を続け上手い事後妻におさまったものの貴族として何一つ足りてすらいない不作法者。
カルロスがこれからはミュナの事をよろしく頼むよ、なんて夫婦で他家との挨拶をしたところで、その場ではにこやかに応対されても、実際その後の付き合いなどあるはずもなかった。
それでも何度か茶会や夜会に参加してミュナこそが公爵夫人であるのだと知らしめようとしたようだが、それより先に周囲の悪意を悪意と本人以外に気付かせない巧妙なやり口で攻撃されて、ミュナは早々に心を病んだ。
今まではマローネが生きていたからこそ日陰の立場であったけれど、カルロスが用意した家で愛する男とその間に生まれた娘と三人で幸せに過ごしていた。その時点でミュナには貴族の妻としての立場があったわけでもない。責任もなく、ただカルロスに囲われてそこまで不自由のない暮らしをしていただけだ。
貴族になって華々しい生活を夢見ていたかもしれない女は、しかしその裏の毒々しさを知らなかった。
いや、何一つ知らないわけではなかったかもしれないが、甘く見ていたと言うべきか。
結果として思った以上の深手を負って、早々に公爵邸に引きこもる事となってしまった。
きっとミュナは愛人であるという事実にくすぶり続けながらも、そのまま過ごしていた方が幸せに生きていけたに違いなかったが、仮にそのような後悔をしたところで手遅れであった。
学院でマリナが孤立し、ミュナが心を病んで部屋に引きこもった事でカルロスは今更ながらに公爵家が周囲からどう見られているかに気付いたのだろう。
公爵令嬢であったとしてもマリナとの縁談を望む家はないと知り、公爵夫人となったミュナは使い物にならなくなった。
今までは最低限の事しかしなくて良かったカルロスに、マローネがしていた事までもが上乗せされてのしかかった事で気付く時点で遅すぎるとしか言いようがない。
今まではマローネが夫人として何だかんだ公爵家を支えていたからこそ、彼は愛人とのんきに生活できていた。どうしても公爵本人の承認が必要な事だけはしていたが、それだってある程度他の者があとはサインをすれば終わるだけにしておいたからその時だけちょっと屋敷に戻って作業するだけで済んでいたのだ。
そして、それらの仕事はマローネが実家から連れてきた使用人たちが今まではやっていた。
マローネが病に侵されたのは、別にカルロスが亡き者にしようとして仕組んだものとは関係なかったが、それでもマローネは自分の身体が動ける限界まで夫人としての務めを果たした。
そうする事で、少しの猶予を得るために。
マローネが死んだ途端に何もかもが滞るようであれば、エリシアが逃げるより先に面倒な仕事を押し付けられたかもしれない。マローネとエリシアにとって絶対的な味方であった使用人たちは、エリシアが家を出た直後に速やかに撤収した。何せ彼らは公爵家に忠誠を誓っているわけでもない、マローネの実家の使用人たちだ。役目を終えれば戻ってきていいと既に話はつけてあったのだから、これから明らかに面倒な事になるのがわかっている公爵家に残り続けるはずもない。
そしてマローネが最後まで頑張ってくれていたからこそ、元々公爵家に仕えていた使用人たちはカルロスの不出来さを目の当たりにするだろうし、ミュナというマローネと比べるのも失礼なレベルの無能に絶望し、脳天気極まりないマリナに絶句するだろう事も、エリシアにとっては想像に容易かった。
公爵家の使用人たちも早い段階でマローネが掌握していたからこそ、彼らは公爵家のために働きはすれど、カルロス個人のために率先して何かをしようとはしなくなっていった。
マローネの手伝いをしながらエリシアもそれとなく彼らがいずれ公爵家を見限る事を選ぶようにしてきたし、エリシアが家を出る前にマローネが用意しておいた紹介状を渡してきたので、もしかしたら既に数名は職を辞している可能性もある。
ただ、まぁ。
どちらにしてもエリシアは既にあの家から出たし、貴族を辞めたので関係ない。
かつて父だった男はどうやら公爵家の現状が相当不味いと理解したからか、エリシアを戻そうと手紙を送り続けてきてはいるけれど、エリシアが戻ってやる義理などどこにもないのだ。
父、といっても家族としての情などない。
そんなものを作る以前の関係でしかなかった相手だ。
最愛の女性との間に生まれた可愛くて仕方のない娘がいるのだから、彼女に頑張ってもらえばいい。
もっとも、マリナと同年代の貴族たちは令息も令嬢もどちらも決して自分の味方になってくれないとわかった上で、一人孤独に公爵令嬢として振舞いきれるかとなると無理だろうけれど。
同年代ですらそれなのだから、それより上の世代はもっと厳しい。
なんの事情も知らない下の世代なら或いは……と思えるが、しかしそういった相手は間違いなく上の世代から知らされるだろうから、そういった相手を敵に回してまでマリナの味方になろうという者が現れる確率は相当低い。
それでも、その状況を耐えてエリシア以上の淑女となれば周囲だってもしかしたらマリナ個人の事は認めてくれるかもしれないのだ。やってみる価値はある。
チャレンジ以前に既に心が折れてるようなので、恐らくは無理だろうけれど。
ともあれ、エリシアは自ら舞台を降りたようなもの。
それでも時折親切な友人たちの手紙でかつての舞台のあれこれを知るだけに過ぎない。
母の実家に逃げたところで、貴族のままでは父が連れ戻す可能性は高かった。
だが、貴族籍を抜けた以上、今更何かの手違いだったなどといって貴族に戻るにしても、簡単にいかないのだ。
それなりに複雑な手続きが必要になるし、それをした上でエリシアを連れ戻せたとしても、エリシアは決してカルロスの都合のいいように動く事はない。
大体、母の入れ知恵なのだ。
自分が死んだ後で屋敷に残るなら覚悟を持てと言っていた。
逃げ出すなら、籍を抜いた上で修道院へ駈け込めと。
その際にある程度の立場を保証してくれるだけの寄付金を持っていけば、身の安全は約束される事だって母から聞いてエリシアは知ったのである。
エリシアも知識としてふわっと知ってはいたけれど、そこまで具体的じゃなかったから母に教わっていなければ修道院に身を寄せたところで、今のような待遇での生活は難しかったかもしれない。
「どちらにしても、この国には公爵家は何もあの家だけではないのだもの。
お母様が事前に色々と頑張ってくれたから、公爵家の一つが消えたところで何も問題はない。
フラウベリン家の価値がほとんどなくなっている事に気付けなかったあの人の完全敗北よね」
それでもカルロスが公爵として在り続けたのだから、色んな意味で恐ろしい話である。
法律とか、見直した方が良いのではなくて? なんて思いはするが、思うだけだ。
今のエリシアはそういった相手にそういった発言ができる立場ですらなくなってしまったが故に。
後日、友人から届いた手紙にとうとう公爵家が没落したという事が書かれていたが、エリシアの反応は、
「まぁ、当然よね」
という至極あっさりしたものだった。
貴族ですらいられなくなったカルロスの事も、ミュナの事も、マリナの事もどうせロクな生活などできるはずがないとわかりきっているので、ほんの一瞬とはいえ家族だったような気がするこの三人の事なんて――
エリシアにとってはどうでも良かった。
次回短編予告
知ってる世界に転生した事に気付いた転生者が、あっ、このままいくと死ぬやつじゃん……
でもそのキャラと同じムーブは自分にはできないんだ、って事で軽率に原作クラッシュする話。
次回 転生令嬢はむしろ望むところである
ヤンデレは病まなきゃ無害。