31.
別の職員が隣の部屋に呼びに行く。扉の向こうからゆっくりとシモーネが現れた。その雰囲気はどこか柔らかく、他の誰よりも穏やかに見える。
だが、歩みに迷いはない。
「準備できてる、と思います」
そう言って笑うその声は、少しだけ震えていた。
シモーネはベッドに横になり、魔道具を握る。深呼吸を一度、二度……そのまま、静かに眠りに落ちた。
吹き出しが現れ、本が投げ込まれる。映像が浮かび上がった。
シモーネは馬車の後方を歩いていた。見回り役ではなく、補佐的な位置。彼女は騎士たちに水を渡しながら、時折、笑顔を見せている。その表情には余裕すら感じる。
襲撃は突如起きた。
シモーネは驚いた顔で立ち止まり、震える声で周囲を呼んだ。
「えっ、うそ……まって、誰か、助けて……!」
叫びながらも、彼女は躊躇うことなく馬車に向かって走り出した。
護衛対象のお嬢様が馬車から降りかけたその瞬間、シモーネがその腕を掴んで引き戻す。
「危ない! ここにいて!」
震えた声の中にある、必死の想いをお嬢様に伝える。
逃げ遅れた従者が、賊に襲われそうになるのを視界の端でとらえる。シモーネは迷った。このまま、お嬢様を守るか、従者を助けるか。
その迷いは、一瞬の隙を生んでしまう。でも、諦められない。
彼女は叫びながら、従者を助けに向かう。だが、間に合わない。追いつけない。届かない。
賊はそれを狙っていたかのように、ニヤリと笑い、お嬢様がいるはずの馬車にむかって攻撃を放った。
夢が終わる。
シモーネの瞳が開かれたとき、涙が一筋、頬を伝っていた。
「……守れなかった……」
掠れた声。イリーナがシモーネの右手を静かに握る。
「夢です。全部、夢。誰も消えたりしない」
彼女は、ゆっくりとイリーナに寄りかかっていく。その小さな震えを、イリーナは黙って受け止める。
シモーネの左手は、マリーが体温をわけ与えるようにしっかりと握った。
三人は身を寄せ合っていた。まるで、傷ついた子鹿が互いを支え合いながら、森の静けさに身を委ねているかのように――。




