3.
最初が肝心とばかりに、私が今持っている知識を総動員して臨んだ出勤初日。
過去の私は、まるで戦場に放り込まれた新兵のような心境で出勤したものだった。
まず、自分の身なりをできる限り整えてみた。
人は見た目が9割とはよく言ったものだと思う。第一印象や外見が私たちの生活にどれほど大きな影響を与えるかを、今の私は知っている。
「おはようございます」
明るく、けれど過剰にならない声で挨拶をする。
「緊張してる?」
隣の席の女性職員に声をかけられて、私は少しだけ笑ってみせた。
「はい。でも、早く戦力になれるように頑張ります」
その答えは、相手の好感度を上げるにはちょうどいい塩梅だったようだ。
——よくできました。
自分で自分を誉めておく。今の私は、未来を知っている。だから大丈夫。
そう、これは“やり直し”なんだから。
配属されたのは過去と同じ、通称2団。第2魔術団と第2騎士団をあわせてそう呼ぶのだが、実態は別々に活動している。
私の仕事は、魔術団での雑用である。魔術師のスケジュール管理や、経費の処理、報告書の作成などが主な業務となる。
魔法の才能はなかったけれど、昔から魔法が大好きだった私は、ある程度知識が必要な報告書の作成や研究のサポートという役割で、重宝されてきたように思う。
ここにはいないエライザを思いながら、業務を進める。
エライザにはわかりやすく丁寧に教えてくれる魔術師が多く、彼女の素直な性格もあって吸収がとても早かった。あのまま彼女が続けていたら、あと数年で私と同等のレベルで業務をこなせていたのかもしれない。
新人らしく振る舞いながらも、言葉選びは的確に。最初はひたすら素直に、謙虚に。
——「できすぎない新人」は、実は誰よりも好かれるのだから。
本日の業務内容は、魔術師が関与した戦闘の報告書作成。映像資料と現場の魔術師の証言をもとにまとめるのが私の仕事となる。
今回は第2騎士団との合同護衛任務だったらしい。魔物退治のような大がかりな戦いではなさそうなので、短時間で終わるだろうと軽い気持ちで映像を再生した。
画面に映し出されたのは、畦道を進む馬車の一団。その静けさを破るように、突如現れた集団が馬車を取り囲む。
御者が引きずり下ろされ人質に取られるその瞬間、騎士の一人がすぐに気付き、単身で敵に突撃した。彼は護衛対象の馬車を気にかけながら、人質となった御者を取り返すべく対応する。諍いに気付いた魔術師が駆けつけ、術を放ち、敵を蹴散らす。戦闘は終わりを迎えた。騎士は怪我を負っていた。
誰かを、何かを守りながらの戦闘は容易ではない。
今までの私は、魔術師の戦闘しか見ていなかった。そのことが急に、震えるほど怖く感じて胸には嫌な重さだけが残る。
「弱いくせに身体張って、だせえ」
そう呟いたのは、任務に同行していた若い魔術師。隣にいた先輩が眉をひそめ、静かにたしなめた。
「そんなこと言うもんじゃないぞ。あれは立派な仕事だ。自分の役目を果たしている」
私は、魔術師全員、魔法という才能を持つ立派な人ばかりだと勝手に思い込んでいた。
映像が止まる。
私の心をざわつかせた魔術師が、声をかけてくる。
「今度食事に行こうよ」
こんなこと過去にはありえなかったことだ。
「……ありがとうございます。みんなとても喜ぶと思います」
自然に口からこぼれた言葉も、過去の私には考えられないものだった。