28.
すべての参加者がゴールしたことを確認すると、騎士団長は周囲を見渡し、号令をかけた。
「よし、参加者は魔術団長について移動しろ。見物に来てるやつは俺と来い」
参加者は、緊張した面持ちで魔術団長の方へと歩みを進める。
「今から10分後に、魔術団の視聴覚室に集合」
魔術団長はそれだけを言い残し、無駄のない足取りで去っていった。
視聴覚室に入ると、長机の上には整然と筆記用具が置いてある。イリーナは空いている席に座った。試験と聞いて、心のどこかで予想はしていたものの、いざ本番となると胸の奥がざわついて落ち着かない。
「筆記用具が置いてあるところに座れ。筆記テストを実施する。今から配る問題を六十分で回答しろ。当然だが、不正をした場合は失格にするからな」
魔術団長の声は淡々としている。
魔法陣が淡く光を放ち、問題用紙がふわりと宙に現れた。紙片は空中を舞いながら各席の上に吸い寄せられ、無音のまま静かに降り立つ。
イリーナは小さく唾を飲み込み、胸の奥にこもる緊張をゆっくりと吐き出した。震える指先を押さえながら、そっと問題用紙を開く。ページをめくるたび、紙の擦れる音が耳に心地よく響くのを感じた。
――いよいよ始まる。
記された設問は多岐にわたっていた。貴族社会における階級と敬語の使い分け、格式に則った礼儀作法。地図の読解、薬草の効能と調合法、魔道具の適切な使用方法。まるで知識の迷宮に踏み入れたような気分になる。
一瞬、目の前が白くなりかけた。だが、イリーナは深く息を吸い込むと、目を閉じて心を整えた。
――大丈夫。準備はしてきた。
幼いころから、本と魔法が好きだった。知ることが喜びであり、世界と触れ合う手段でもあった。今回の試験に備えて、護衛に必要な知識も徹底的に学び直した。焦りに呑まれそうになるたび、蓄えてきた知識は心の支えとなって、彼女を立て直してくれる。
一問ずつ丁寧に、慎重に、確実に。
時間ぎりぎりまで使うことも覚悟していたが、予想に反して順調に進む。全ての設問に解答を記し、見直す余裕さえあった。いくつか自信のない問題はあったものの、全体としては――七割は取れている、はず。
それでも、胸の奥にはかすかな不安が残る。完璧ではない。けれど、今はもう、やりきったという実感がそれを静かに包み込んでいた。
ペンを置くと同時に、試験終了の鐘が鳴り響いた。
試験が終わると、視聴覚室の空気はふっと緩んだ。静まり返っていた室内にもざわめきが戻り、誰もが現実の世界へと帰還していく。
「イリーナ、ご飯食べよう」
明るい声に顔を上げると、アンナが満面の笑みでお弁当箱を掲げていた。その笑顔に、イリーナの肩の力もすっと抜ける。思わず微笑み返し、彼女の隣に立ち上がった。
二人は肩を並べて視聴覚室を出る。廊下は、昼休みの解放感に包まれた参加者たちのざわめきで満ちていた。笑い声、ため息、反省の声――それぞれの思いが交錯しながら、昼の時間をむかえた。
食堂の大きな窓からは、陽射しが柔らかく降り注いでいる。
窓際の席に腰を下ろし、弁当箱の蓋を開けると、急激に空腹を感じた。
「緊張した?」
アンナが箸を取りながら尋ねる。
「すごーく。でも、なんとか全部書けました。見直しも、一応……」
そう答えるイリーナの声には、ほのかな自信と安堵が滲んでいた。
「さすがイリーナね。私は、もう途中から時間との戦いだったわ。見直しなんて夢のまた夢」
アンナは肩をすくめ、大げさにため息をついた。そんな彼女の様子に、イリーナも思わず笑ってしまう。
試験のこと、周囲の様子、不安と期待。そんなことをぽつぽつと話しているうちに、試験で高ぶっていた気持ちが少しずつ落ち着いていく。
そのとき、食堂に設置してある拡声魔道具から、澄んだ音が鳴り響いた。
「試験結果を発表する。参加者は視聴覚室に集合するように」




