27.
試験当日。
騎士団の訓練用グラウンドに、動きやすい服装を身にまとった女性たちが集まっていた。
集まった参加者は、ざっと見て五十名ほど。イリーナは、その数に内心驚いていた。思っていたより多い。護衛試験という、厳しく狭き門を志す者が、これほどいるのか――。
周囲を見回すと、見慣れた上官たちの姿もちらほらと見受けられた昨日、団長が放ったひとことの影響だろう。視線はどれも鋭く、ただの見学とは思えなかった。
「よく集まってくれた。今日はよろしく頼む」
騎士団長の重みある声が、冷たい空気を震わせて響いた。
「早速だが、まずは体力テストを実施する。四百メートルを十周――護衛の試験ということを忘れず、取り組んでくれ」
その一言で、試験は静かに幕を開けた。
――パンッ!
乾いたスタートの合図が鳴る。次の瞬間、参加者たちが一斉に地面を蹴り上げる。足音と呼吸の音が重なり、朝の静けさをかき消していく。
身体は軽い。心臓の鼓動が徐々に速まり、肺が冷たい空気を吸い込むたびに、身体が目覚めていくのを感じる。視界の端で他の参加者が見えたが、気にしない。今はただ、自分のリズムを守ることが大切だ。ペースを乱してはいけない。焦りと油断は、禁物なのだから。
五周を過ぎたころ、集団は徐々に形を変え、先頭を争う面々が定まり始めている。イリーナは、その中にいた。
ラスト一周に入ったとき、空気が変わったのがはっきりとわかる。
誰かが、早くもスパートをかけたのだ。踏み出す音がひときわ大きくなる。前方の影が加速していく。
――早すぎる。
イリーナはそう思った。だが、その思惑どおり、全員がその速度についていけるはずもなく、先頭集団はさらに人数を絞り込んでいく。
残ったのは四人。イリーナは四番手につけていた。
一番、二番手は僅差で競り合っている。
イリーナの前を走る三番手の赤髪の女性が、突如として加速した。先頭との距離をどんどん詰めていく。
コーナーに差しかかる。そこで――。
赤髪の彼女は二番手を走るアンナのすぐ後ろへと、ぴたりとつけた。その走り方には、どこか不自然なものがあった。
――危ない……!
アンナの身体がぐらりと大きく揺れる。彼女は咄嗟に足を踏み直し、何とかバランスを取り戻す。
その動きに驚いた先頭を走る女性もまた、ペースを乱してしまう。
その一瞬の隙を、赤髪の彼女は逃さなかった。迷いなく先頭へと躍り出る。
――そんなこと……!
怒りとも驚きともつかない感情が、一気に喉元までせり上がってきた。そんなやり方は、許されるはずがない。
だが、走るのをやめる理由にはならない。
歯を食いしばり、ただ前を見つめる。心臓が苦しいほど鳴っている。脚は重い。けれど、まだ終わっていない。
最後の直線。残った力をすべて絞り出し、地面を蹴る。
けれど、届かなかった。
赤髪の彼女は、そのままトップでゴールを駆け抜けた。アンナと、もう一人の女性がほぼ同着で二位。イリーナは、四位だった。
悔しさが胸を締めつける。それでも、唇を結び、小さく息を吐いた。
「……よし」
小さくつぶやき、汗を拭う。視線を横にやると、アンナがいる。顔を伏せながらも、まっすぐに立っていた。その背中をじっと見つめる。
これは、ただの通過点だ。
まだ終わりじゃない。




