18.
「そういえばイリーナ、前に『私、年上ですから』なんて言ってたけど……あなた、まだ二年目でしょ? せいぜい二十歳そこそこじゃない?」
アンナが何気ない調子で問いかけた。けれど、その目にはわずかな探るような光が宿っている。
イリーナは一瞬、言葉を飲み込んだが、すぐにふっと小さく笑みを浮かべた。
「私、ずっと魔術師になりたかったんです……」
イリーナの言葉は、どこか遠い記憶を辿るようだった。
「卒業時の適性検査でダメで……魔術師を諦めるしかなくて。でも、それでもどうしても魔法に関わる仕事がしたかったんです。だから次の年に一般職を受けて……落ちて。それから、三回受けても全部ダメで……」
その声は静かだったが、過去の悔しさと執念がじんわりと滲んでいる。
「……その次の年に、ようやく合格できたんですよ」
そこでイリーナは小さく笑ったが、その笑みにも、努力が報われた安堵と、遠回りしてきた自嘲が混じっていた。
「だから今……27の年になりますねえ」
その一言に、空気が一瞬止まった。
「……まさかの年上?! 」
アンナの目が見開かれる。隣のレイリアも、口をぽかんと開けたまま、しばらく閉じられない。
「私のことお姉さんみたいって言ってたけど……リアルお姉さんはイリーナじゃない!」
「あはは……」
イリーナは困ったように笑ったが、どこか満足そうでもあった。
「というか、一般職ってそんなに何回も落ちるもの? しかもイリーナの能力で……まさか、1団で受けてた?」
アンナが身を乗り出して問いただす。イリーナは素直に頷いた。
「はい。そのとき一般職を募集していたのが、魔術第1団しかなかったので……1団に、四回チャレンジして全部落ちました」
「なるほどねえ……」
アンナは納得したように頷く。そして、ふと意味深な笑みを浮かべた。
「1団の一般職って、伯爵以上の家柄か、あるいは顔が整ってないと採用されないって有名なんだけど……知らなかったの?」
「……えっ!? そんな……うわ……それ、地味にダメージ大きいですね……」
イリーナの声が小さくなる。それでも、どこか吹っ切れたように笑ってみせた。
「でも、魔術団の一般職がそこしか募集してなかったなら……知ってても、きっと私は応募しちゃってたと思います」
その潔さに、アンナも苦笑する。
「ねえ、それもだけどさ……イリーナの顔で1団落ちるの?ってちょっと思ったんだけど……」
今度はレイリアが首をかしげる。まっすぐな目で、悪意なく尋ねてくる。
「あ……私、社会人デビューなんです。入団前に必死に身なりを整えました」
「ちょ、情報多すぎ!」
「イリーナ、面白すぎる……!」
アンナが吹き出し、レイリアもつられて笑う。
「そんなあっけらかんと、年齢とか、社会人デビューとか言う人、初めて見たかも……」
イリーナは微笑みながら、しかしどこか、ほんの少しだけ目を伏せた。
「……ええ、私、結構卑屈な女ですよ?」
「え?」
「心の中では、ボロクソ言ってます。今だって、嫌がらせにはしっかり傷付いてるし。あいつらみんな不幸になれ、とか……呪われろ、とか……」
イリーナの声には笑いがあった。でも、その笑いの奥に、濁った澱のような色が潜んでいる。
少しの静寂が落ちる。
「……うん、それでいいと思うよ」
レイリアが、ぽつりと呟いた。
「え?」
「だって、傷つかないふりして無理するより、ちゃんと怒ったり、呪ったりできる方が、人間っぽくて、私は好きだなって」
イリーナは思わずレイリアを見た。彼女の真っ直ぐな視線に、イリーナの胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。
「……ありがとうございます。
私だって可愛い女の子がすーぐに相手を見つけて、結婚して、子どもまで授かっていることが妬ましいんですよ~!
こちとらひとつも達成できてないんですけど!! 私のほうがその子より長く生きてるのに~! 」
アンナは笑いながら肩を竦める。
「まったく……こういうとこ、イリーナってズルいのよねー。なんか、ずっと昔からの友達みたいな気がしてきたじゃない」
その言葉に、三人の間に柔らかな空気が流れた。
世界は時に不公平だ。努力が報われないこともあるし、理不尽に笑われることだってある。
けれど、だからこそ、今日の嬉しさを大切にしていきたい。
イリーナはほんの少しだけ、肩の力を抜いた。
「本当にお酒弱いのねえ」
「ワイン一杯でたくさんここまで語ってくれるとは」
二人の声は呆れながらも、どこか優しさを含んでいた。




