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17.

美味しいものが食べたい――その一心で足を運んだのは、近所の大衆居酒屋だった。

 格子窓から漏れる賑やかな笑い声。ここなら警備隊の詰め所も近いし、まだ夜が深まる前の時間帯。何かあっても、すぐに駆けつけてもらえるはず。安心だと、ほんの少しの高揚感で足を踏み入れる。

 だが、ひとつだけ問題があった。イリーナは、お酒が強くない。ジョッキ片手に「プハーッ」と満足そうに息を吐く人たちを見ては、毎回、心から羨ましいと思うのだ。ああいう風に気持ちよく飲めたら、もっとこの場所を満喫できるのに――。

 今夜は、いつもより少し賑わっているようだった。扉を開けた途端、熱気がどっと押し寄せてくる。空いている席、あるかな……と店内を見回した、そのときだった。


「イリーナ!」

 賑わいの中で、自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。耳慣れた声に振り向くと、手を振っている二人の姿があった。先日の任務でともに行動した、魔術師のレイリアと同僚のアンナだ。

 アンナが椅子をずらして、こちらに空間を作ってくれている。レイリアは、グラスを片手に微笑んだ。


「任務ぶりだね、イリーナ。元気だった?」

 そう声をかけながら、レイリアが自然な仕草でメニューを差し出してくる。柔らかな微笑みとともに差し出されたそれに、イリーナは少しだけ肩の力を抜く。

「はい、その節はお世話になりました。……お二人って、お知り合いなんですか?」

「同期という名の腐れ縁よ」

 冗談めかしたその一言に、どこか長い時間を共に過ごしてきた人間だけが持つ、気のおけない信頼を感じた。


 アンナが店員を呼び、手際よく注文を済ませると、ふと思い出したようにこちらへ視線を向けてきた。

「それよりイリーナ、最近なにか思いつめてるみたいだったけど、また何かあったの?」

「またって何よ? 何かあったの?」

 テーブルに届いた飲み物を手に取りながら、レイリアが眉をひそめる。疑問のこもったその瞳がまっすぐこちらを見つめてきて、思わず視線を落とした。

「あなたにも話したでしょ、女性特有の陰湿なやつ」

 アンナがぼそりと呟いたその声には、どこか棘を感じる。過去の出来事を思い出しながらも、今は穏やかな笑みで応えることができた。

「でも、アンナさんが蹴散らしてくれたおかげで、だいぶ気が楽になってるんです。お昼も一緒に過ごしてくださるので、今はほとんどダメージないですよ」

 

 それを聞いたレイリアが、目を細めてぱっと嬉しそうに言った。

「そうなの? アンナ、いいやつ~! さすが~!」

「アンナさん、良い人ですよね!」

 思わず食い気味に同調する。

「最初はちょっと怖くて苦手だったんですけど……今は頼れるお姉さんって感じで、大好きです、私」

「……怖いって、あなた……本当に失礼しちゃう」

 そう言いながら、アンナがやれやれと苦笑して、イリーナの額に軽くデコピンを落とす。

 気づけば、笑顔が自然とこぼれていた。

「じゃあ、今日は三人での初めての食事に――」

 グラスを掲げたレイリアの声に、二人もすぐに続く。


「「「かんぱーい!」」」

 乾杯のグラスの軽やかなぶつかる音が、夜の喧騒の中へと溶けていった。


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