洞穴
三題噺もどき―ごひゃくにじゅうさん。
静かな葉擦れの音が心地よく響く。
ある有名な観光スポットに向かっていた。
車酔いをしてしまうので、小さく窓を開け、空気がこもらないようにしている。
その隙間からでも聞こえる音は、昔から好きだ。
時折聞こえる川の音も、なかなかにいいものである。
「……」
車内にはラジオの音が鳴ってはいるが、音量はだいぶ下げられているので、何を言っているのか分からない。電波が悪いのもあるだろうけど。
そのあたりの主導権は運転手である父がもっているので誰も何も言わない。
母がよく父に話しかけているのが耳に入るくらいだろうか。隣と、後ろに座る妹たちはスマホをいじるのに忙しいらしい。
「……」
私はスマホをいじりだすと、車酔いを助長するだけなので、鞄の中にしまっている。
そもそも、この辺りに来てしまうと電波もたいして良くはないだろうから何も出来ないだろう。事実、隣の妹の方は携帯を膝の上に置き、外を眺め出した。後ろのはまだやめてないだろう。スマホ依存もいいところだ。
「……」
そろそろ目的地につくのだろうか。
徐々に車のスピードを落としていく。
それなりに狭い道で曲がりくねっているので、そもそもそんなにスピードは出てはいないと思うけど。仕事柄こういう道を走り慣れているらしい父は、運転が上手いけど荒い。ノリ慣れているから何とも思わないけど、他の人から見るとジェットコースター並らしい。過去に母の仕事仲間を乗せていた時は猫バスだと言われたこともあるとかないとか。
「……」
猫バスで思いだしたけど、これくらいの山奥にくるときにはトトロとかいないものかと幼い頃は期待していたことがあった気がする。ジブリをよく見ていた頃だったからというのもあるだろうけど……。家に人形もあったくらいだから、それなりに好きだったんだろう。今好きなジブリ作品はハウルとかゲド戦記とかそのあたり。
「……」
狭い道を昇りきると、突然開けた場所が現れた。
どうやら駐車場についたようだ。それなりに有名なところだから、山奥にあるにしては広い駐車場だ。とは言え、今日は平日なので、車はあまりない。奥の方に一台あるけれど。我が家の車含めて二台しかない。
「……」
とめられた車から降り、軽く深呼吸をする。
窓を開けていたとはいえ、車の中は息がつまる。座りっぱなしも疲れるからな。
持ってきていたカメラを首にかけ、スマホだけをズボンのポケットに入れておく。広角レンズを持っていこうかと思ったが、重くなるのでやめた。
「……」
先を歩く両親の後ろから、のんびりと歩いていく。
今日来たのは、ある洞穴なのだが、ここからまた少し歩くようだ。
すぐそこには川が流れており、そり立つ山が自然の大きさを物語る。
かなり幼い頃にもここに来たことがあるらしいのだが、あまり記憶にない。
「……」
綺麗に舗装された道を歩いていく。
途中何人かの若い人とすれ違った。あの人たちが先程の車に乗ってきた人たちだろう。
大学生くらいだろうか。この時期に居るのはそうだと思うんだけど分からないな。
「……」
少し急な坂を下っていくと、公衆トイレが見えてきた。
先に見えるのがトイレというのもなんだか、残念な気がしたがそこは口をつぐもう。
一応は観光スポットなのだから、それがあって当たり前なのかもしれない。
「……」
そのさらに奥に、小さな鳥居が見えてくる。
鳥居の目の前まで来ると、目的の洞穴が見えてくる。
端に立ち、軽く礼をしてからくぐる。
「……」
洞穴の中は。
ただの暗闇が広がっていた。
陽の光が入り込む入り口のあたりはかろうじてわかるけれど、更に奥に広がる穴はただただ暗くて、恐ろしいと思ってしまった。
「……」
その洞穴に、恐れることもなくただ凄いと言う感銘の言葉を投げながら、進んでいく両親。妹たちもそれに続く。
離れないようにと私もなんとかついていく。
「―――」
一歩。
入っただけなのに。
雪の中に放り込まれたような気分になった。
足の底から冷えるような感覚。
このままでは凍え死ぬとすら思う。
「―――」
黒が塗りつぶす視界の中で。
何かが動いているような気分になる。
奥に奥に広がる洞穴。
黒々と広がる闇の中。
そこで蠢く何か。
「―――」
あなたはだぁれなんて、可愛らしく問いかけでもしたらいいんだろうか。
そもそも、そこにそんなものがいるわけもないのに、単なる勘違いだと言うのに。
そこに―『いる』と思ってしまうこの感覚はなんだ。
「―――」
ここで撮れる写真としていろんなサイトに見るものは、この暗闇に背を向けて鳥居を撮ったものだ。だから、私もそれを撮ろうと思って、カメラを持ってきたのに。
あんなものがいるここに、背を向けるなんて、できるわけがない。
そういえば思い出した。幼い頃にここに来たけれど、同じように恐怖を感じて入れなかったことを。なんで今まで忘れていたんだろう。
「――「帰るよー」
――!!」
びくりと体が跳ね、危うくカメラを手から離すところだった。首にはかけているけれど、落とす感覚を今は感じたくない。
「――…」
先に出ていた両親と1人の妹。まだ近くにいた妹を見て。
なんとなく安堵を覚えて、ようやく気分が落ちつく。
「いこ」
そう声を掛けてきた妹も何か感じたものがあったのだろう。
手に持っていたスマホを閉じて、軽く腕を組む。
まぁもとから仲はいいし、親に怒られるくらい普段から距離の近い姉妹なので。腕を組むくらい日常茶飯事だ。
「……」
もうここには二度と来たくない。
お題:あなた・黒・雪