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徒然メシ  作者: 友好キゲン
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大自然に囲まれて食べるキャンプ飯 後


 1時間後…

 パン生地の一次発酵が終わったのでラップを取る。ボウルの中には餅のようにふっくらと膨らんだ生地があった。触ってみると羽毛のようにふっかふかで、ほんのり温かい。「これが発酵の力か」と感心しながら、生地を取り出して9等分に切り分けて丸めて15分のベンチタイム。

一次発酵前にしっかり捏ねてグルテン膜を作っていると、切り分けてから丸める時に苦労せずに済むのでささっと丸めて形を整えて休ませ、また椅子に座り動かぬ竿の先を見ながらのんびり過ごす。


 ベンチタイムを終えたらガスを抜いて再度成形する。トッピングをする時はこのタイミングがベストなので、9個中3個に残ったバターを仕込み、塩を振りかけバター塩パンにする。バターを使った塩パンほどシンプルかつ旨いパンは無いからね。

 成形とトッピングが終わったら、底にクッキングシートを敷いたダッチオーブンに生地を敷き詰めてラップを掛ける。ここから更に1時間の二次発酵タイムだ。


「さて竿は…そうだよね、変わらないよね。」


 竿を一旦引き上げる。針先にはあたりめが齧られた形跡すらないほどに健在だった。

餌がダメだったのかと変えたいところだが、生憎餌になりそうな物は持ち合わせていない。

 強いて言うなら、ボウルにくっ付いて残ったパン生地くらいだ。

 試しにその生地を刮ぎ落とし集めて丸め、小さな玉にして針に付ける。

少し捏ねただけで手に染みつくほどのバターと小麦の香りを発する生地。「香り」という点では満点の代物だ。人の食欲を刺激する程に美味しい香りを出す物ならば魚もきっと食いつくはずだ。


 餌を変えて釣り糸を垂らし、待つこと約5分。

竿の先がピクリと動き、竿が引っ張られるのが見えた。すぐさま竿を持ち、引き上げる。

…重い。竹竿故に魚の力を直に感じる。

しかし負けるわけにはいかない。お前は1時間以上待って漸く来た獲物であり、釣れなければ今夜の献立がパンのみになってしまうからな。

そして…


ニジマスが釣れた。小さなパン生地がニジマスに化けたのだ。

 調子に乗ってきた俺はダッチオーブンに入っているパン生地を1個取り、それを千切って丸めて釣り針に刺して糸を垂らす。

ググッと竹竿が反応する。

獲物の動きや重さを感じながらこちらも負けじと力を込めて釣り上げる。

「当たりが来るように」と願掛けを込めて使ったあたりめでは得られなかった竿の動きと重さに興奮が止まらなかった。

 結果、パン生地1個でニジマスが3匹も釣れた。他にもフナやらナマズやらが釣れたが、今夜の献立は塩焼きと決めているうえに3匹も釣れれば明日の朝の分もあって充分。というわけで、今回は逃がすことにした。

調理の仕方も分からなかったからね。


 さあ、釣りを終えたら再び調理だ。

 パン生地の二次発酵が完了するまで残り20分の猶予があったので、その間にニジマスを捌く。捌くと言っても、鱗と肝を取り除いてよく洗い、頭とヒレに塩を擦り込むといった比較的簡単な作業だ。鱗は100均で買ったしゃもじで綺麗に取り、それからニジマスの腹に包丁を入れて、肝を抜き取ったら丁寧に洗う。三枚おろしや開きのような技術が必要な作業ではないから簡単だ。

 あとは2匹を串に刺せば焼く準備は完了だ。残りの1匹は燻して明日の朝食にしよう。ニジマスのスモークなんて洒落たもの、釣りたてじゃないと味わえないからね。


 ニジマスの下準備が終わったらダッチオーブンの中を確認する。底に敷き詰めたパン生地はふっくらと膨らみ、まだかまだかと焼かれるのを待っていた。

 ラップを外し蓋をしたら、レンタルした三脚を使い遠火になるように位置を調整する。手を翳して熱いサウナのようにじんわり熱を感じるくらいの遠火になるようセットしたら、蓋の上に熾火になった薪を一つ置きオーブン状態にすればOK。あとは20分放置すればパンの完成だ。

 その間に串に刺したニジマスも忘れずに焚き火の周りにセットする。こいつも遠火でじっくり焼く必要があるため、熾火にしてからの方が焼きやすい。

 火鉢で焼く餅や囲炉裏でじっくり焼く魚を想像して欲しい。大体あんな感じで焼けるのが熾火の良い点だ。


 時折ニジマスの火が当たる面を変えながら焼き、待つこと約20分。

「そろそろ食べ頃かな?」

火から遠ざけ、焼き色を確認する。皮はこんがりと焼けて芳しい香りを漂わせ、ヒレは化粧塩のおかげで黒焦げになることなく丁度良い塩梅だ。

 あとはパンだ。ダッチオーブンを火から離し蓋を開ける。湯気とともに小麦の香りがふわっと溢れてくる。

キッチンにあるオーブンとは違い、水分が逃げずに蒸し焼きに出来るダッチオーブンで作るパンは、普段パン屋で見るようなきつね色の物ではなく真っ白でふんわりとしたパンだ。キッチンペーパーを敷いて遠火でじんわり焼いているので焦げる心配もない。

 塩パンとプレーンを一個ずつ、それから焼けたニジマスを紙皿に盛り付ければ今夜のキャンプ飯は完成だ。


 チェアに座る。目の前には富士山、周囲には生い茂る緑と美味しい空気。そして満天の星空の下でのキャンプ飯。これだけで外ご飯効果で10倍は美味くなるだろう。



「いただきます。」


 焼きたてのニジマスの背をがぶりと齧り付く。パリッと程よい塩味の皮と共にふわふわの白身を噛めば、身に纏った蒸気と共に旨味や炭火で焼いた魚特有の香ばしさが溢れて口の中に広がる。

…美味い。

川魚故に小骨が少々あるが、それもまた美味さになる。

 美味しい魚料理は数多くあるが、人里から離れ、自然へ帰って食べる焼き魚もまた格別といえる。理性で噛みしめるのではなく、本能で咀嚼し味わう自然の味といえよう。


 本能で魚を味わったら理性を取り戻し現代へと戻ろう。

 ふわりの柔らかく、もちっと弾力のあるパンを一口齧る。小麦とバターの香りが口の中に広がり、鼻から抜けていく。噛めば噛むほど優しい甘さが生まれてくる。先のニジマスの塩気のおかげか、その甘さもより強く感じられる。

 自ら生地を作り、対話し、焼き上げたからだろうか。そのパンは、普段食べている食パンと比べ物にならないくらい美味さだった。


 ドイツの詩人ゲーテはこのような名言を遺した。「涙と共にパンを食べたことのある者でなければ、人生の本当の味は分からない」と。

 涙を流してはいないが、一度自然に帰り本能に戻った自分なら、その味に近いものを感じられたのかもしれない。

 感情に浸りながら塩バターパンもいただく。

先ほどのプレーンも美味かったが、塩バターの方も格別に美味い。焼きたて故に噛むとじゅわりもバターが滲み出て、塩の結晶と混ざり合う。今回はニジマスにも使う故行き塩を使用したが、岩塩のような粗い塩を使った塩パンの方が好きなので次作る時は岩塩を持ってこよう。


焼き魚を頬張り、パンを齧る。

普段よく食べているこの2つも、森の中では御馳走だ。今はこの御馳走を最後まで味わおう。

暗く涼しい自然の中、熾火になった炭のそばで、俺はじっくりこの味を噛み締めていた。


 プランクトンを好もうが、肉を好もうが、パンの誘惑には敵わない。だって人間ですらパンの焼ける匂いに惹きつけられてしまうのだから。

 実際に私もパン生地で何度か魚を釣っていますが、バターの香りが強いほど釣れる気がします。よく捏ねてグルテン膜をしっかり作っておけば多少溶けにくくはなるので、案外餌としても機能します。


もう少しだけ続きます。

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