本とカレーの街で出逢った極上の逸品
今日、俺は珍しく古書を見つけるために神保町に来ていた。
今時古い本なんてネットで検索すればいくらでも見つかるし、駅まで行けば中古の漫画や小説,玩具などを取り扱っている店だってある。
なのに何故この駅まで来たか。
答えは簡単、小さい頃好きだった今は無き本を探すためだ。
ネットでも駅前の店でも見つからなかった今なき本。だが書店や古本屋が沢山並ぶこの神保町に行けばもしかして…と思いこの地にやってきたのだ。
だが流石は古書。
既に4件は回ったが、珍しい本は山ほどあれど目的の本は一向に見つかる気配がなかった。
5件目の書店に入る。
今までの4件とは少し違う雰囲気を感じた。なんというか、お客さんによく間違われているような、そんな雰囲気だ。
その証拠に本屋の至る所に「カレー屋には行けません」と書かれた看板があった。
「この階段からカレー屋にはいけません」「このエレベーターからカレー屋にはいけません」「この通路はカレー屋に繋がっていません」と、所々に置かれていた。
古書巡り目的で足を運んだ俺には少々目障りに感じたが、逆に考えればそのカレー屋目的でこの本屋に立ち寄る人がわんさかいるということ。
───もしやその店のカレーは絶品なのでは?
看板を見るたび徐々に気になり始めた俺は、いつの間にか古書ではなくカレー屋の場所を探し始めていた。
店内を探索するが、入口らしき場所は見当たらない。
本屋を出て周囲をぐるりと探索してみる。すると、本屋の建物の裏口にぽつんと、そのカレー屋の看板らしきものが置かれているのが見えた。
その入り口からは隠れ家のような秘密基地のような少年心を擽る雰囲気を醸し出していた。
看板のある入り口を潜り抜け、階段をのぼる。階段のところから既に濃厚なカレーの香りが漂ってくる。鼻から脳へガツンと刺激を与えてくるようなカレーの香りは、カレー好きな日本人の遺伝子を刺激し、食欲を増進させ、空きっ腹にさせる。
「何名様で?」
「一名で。」
店の前に着くと店員さんに声をかけられ、それに応答をすると席へと案内された。
「ご注文は?」
「ビーフカレーを1つ。」
席に着いてすぐに注文をとりに来た店員さんに驚きながら、メニューにオススメと書かれていたビーフカレーを注文する。もっとじっくり見たかったが、オススメと書かれていたのもあって反射的に選んでいた。
注文後に値段を見ると1,600円と中々の額だったが、有難いことに給料日直後だった俺には問題なかった。
それより問題視していたのは、メニューに書かれたオススメのビーフカレー、その下を見ればポークやチキン,チーズカレーなどもあったことだ。
それは次の機会があればその時に食べるとしよう。
注文したカレーを待っている間、ふと周囲を見渡す。
店内は喫茶店のような内装で落ち着く雰囲気。ここでコーヒーを飲んだらきっと最高にオシャレだろう。
だが周囲を見渡すとコーヒーを飲んでいる人は殆どおらず、皆カレーを夢中になって頬張っていた。
カウンターに座るお洒落なおじさんも、テーブル席にいるご婦人方や子連れの御夫婦も、皆カレーを食べている。
やはりここのカレーは人気があるのだろう。カレー屋と書かれているし当然といえば当然だが。
「お待たせしました。こちら前菜のポテトと…ご注文のビーフカレーです。」
しばらく雰囲気を楽しんでいると、店員さんはそう言って、ジャガイモが2つとバターが乗った皿を出し、それに続くようにライスが乗った皿とグレービーボートにたっぷりよそわれた見るからに濃厚なカレーが置かれた。
『前菜ってなんだっけ?』と蒸されたであろうポテトを見てそう思いつつ、その濃厚なカレーをライスの上に掛ける。掛ける時に気づいたのだが、ライスの上にはぱらりとチーズが掛かっていた。
まずはルーだけを掬って一口。
最初に感じたのは甘く爽やかなフルーツの香り。カレーと相性抜群なリンゴ以外にも果物が入ってるような芳しいフルーティーな甘さが舌を刺激する。
それと同時にズドンと爆発するように口の中に広がるスパイスの香り。そしてカレーのコクと凝縮された旨みが押し寄せるようにやってくる。
次はごろごろとカレーの中を泳ぐ肉を掬い、一口で頬張る。
驚くほど柔らかい。ドレスコードを着て入るような店で出されるビーフシチューのように、口の中でホロホロと崩れて溶けるようだった。
しかもこの濃厚なカレーのスパイスのおかげか脂身も甘く感じられ、脂っこさは一切感じない。
「前菜です」とほぼ同時に出されたポテトもまた美味い。
バターを切って乗せるために出された小さなスプーンでも簡単に切れるほどに柔らかく熱されたポテト。
ホクホクとしているのに水分は失っておらず、しっとりと滑らかな舌触り。大きさからして新じゃがだろう。そこにバターが加わると最強のじゃがバターが完成する。
そんな至高のポテトにカレーを乗せて齧り付く。
ライスもそうだが、ジャガイモもカレーとは切っても切れない黄金の組み合わせ。それを両者ともに至高の一品で合わせると一体どうなってしまうのか、試さずにはいられなかった。
その結果、あまりの旨さに涙が出た。
人間、感極まると涙を流すことがあると本で読んだ事はあるが、まさか本当に起こるとは思わなかった。
縁日の屋台で食べるじゃがバターよりも、ステーキに添えられた肉汁を吸ったポテトよりも、何十倍も美味いポテトの食べ方だった。
ここから俺はじっくり味わうことを忘れ、一心不乱にカレーを食らった。
カレー共にライスを食し、時に肉を頬張り、ポテトとの調和も楽しむ。ポテトが無くなったら追加で注文をする。そしてこの幸福のスパイラルを皿が真っ白になるまで繰り返していた。
気づけば、俺の前にカレーもライスもポテトも消えていた。あったのは食べ尽くされて綺麗になった皿のみ。
満足した俺は2000円を支払い、店を後にする。結局のところ古書は見つからなかったが、古書以上のお宝を見つけられた気分だった。
こうして俺は駅へと向かい、本とカレーの街,神保町を後にする。
ここからは後日談だが、この話を親父とお袋にこの事を自慢げに話してしまい、後日またカレーを食べに足を運んだのはまた別のお話。
今回はカレー回でした!
カレーグランプリが開かれる程にカレー激戦区とも呼ばれる神田・神保町には、まだまだ美味しいカレー屋が沢山あるはず。
皆さんも神田に訪れることがあれば探索してみてください。きっとまだ見ぬカレーの世界への扉が開けることでしょう!